新しい家はこんな感じです。 by Tくん
こんな感じにできました。
家が建つまで第二部もありますよ
とうとう工事が始まりました。第三部オープン
第四部 ついに新しい家が見えてくる。
第四部その2 ついに新しい家が見えてくる。据付から
第四部その3 完成間近、クロス工事から
第五部 ついに完成!引渡し&引越し
家ができたぞー! 暮らしてみたらこんな感じ
報告・報告 家に関するいろんな報告現在、我が家は築30年弱の2階建ての借家に住んでいます。
私の実家のすぐ後ろということもあり、大家さんとは私が小さい時からの付き合い。
おかげでみんなびっくりするほどの安い家賃で借りています。
2階建ての一戸建て、実家とはかき氷もとけない距離、家賃は格安。
これ以上の条件はないというほど恵まれてはいるのですが
近所のひとり暮らしのおじさんが亡くなってから、実家の両親との同居を考えはじめました。
それで・・・
私の家が建つまで・・・
第一歩 平成12年9月某日
突然思い立って近くの住宅展示場へ
何の考えもなく、ただ漠然と「家を建てるのもいいかなぁ。」
と思っていたのですが、
9月に一週間ほど夏休みをとっていたので暇つぶしに住宅展示場へ・・・
実家の家を増築しようか?とも考えたのですが
実家の家がかなり古いこともあり、「思いきって建替えにしよう。」と決断。
展示場でもらったパンフレットなどを実家の父母に見せながら話してみると、
最初は家を壊すことに反対だった父もだんだん建替えに傾いてきました。
あとはスピードの問題。
父の気が変わらないうちに・・・とメーカーも即効で決めました。
この間なんと5日間。
これは、即効で対応してくれたトヨタホームの営業マン(Aさん)がいたからこそ
出来た早業でした。
Aさんは私が展示場に行ったときアンケートに記入したアドレスにすぐにメールを
くれて、返信で送った私の要望をしっかりと組み入れた間取りを
次の日にはメールで送ってくれる。という動きの速さでした。
父母に図面を見せると、もうそれをもとに「あーだこーだ」と話合う二人
私が決めるまでもなく、父母の頭の中はAさんの作ってくれた図面に
支配されてしまったのでした。
他社の反応
同じ日に展示場で同じようにアンケートに記入してきたにも関わらず
その日のうちに連絡をくれたのはトヨタホームのAさんのみ。
早いところで2日後ぐらいだったでしょうか。
遅いところでは1週間ぐらいしてから
「その後いかがですか?」と様子伺いの電話をくれるところも・・・
そんなに早くメーカーを決めてしまうとは思わないんでしょうね。
なにせ、2日後に電話をくれたメーカーの方にも
「メーカー決まりましたので・・・」と断ったんですから
ほとんどの方は「へっ?もう決まっちゃったんですか?」
と言う反応でした。
だってねぇ、次の日に「私のために作った」という図面を見せられたら
気持ちが傾くのは当然でしょう。
一応、各社「うちのプランも見てください」というので
私の希望「二間続きの和室」&予算を伝えたのですが(土地の図面もつけて)
あるメーカーは「この予算だと間取りはこのプランの中から選ぶようになります」
とのこと、探しても探しても二間続きの和室がないじゃないですか。
「あんた、私の話きいてたの?」って感じ。
「この予算この土地の広さ(狭さ?)ではできませんよ。」ってことかい?
他のメーカーもそれなりにプランを出してくれましたが
やっぱり、最初に見たものとの比較にしかなりませんでした。
そのうえ、他のメーカーが図面を作ってくれたころには
Aさんは改訂版をどんどん出してくれていましたから
ほぼ、私の思った通りの間取りが出来あがっていたのでした。
その間、資金の面でもいろいろと相談に乗ってくれたAさん。
ほんの数日のうちにまるで身内のような感覚になっていました。
次回、我が家の担当者となるSさん(T君)登場・・・彼は・・・
お金はない!
全く家を建てる予定もなかった我が家に
もちろん住宅取得のための貯金はありませんでした。
土地は、現在実家の父母が住んでる土地を使わせてもらう
ということで了解を得ましたが、
それ以外の部分はすべて0からの出発です。
以前から、今の借家を出たら(古くなっているので・・・)
次に借りる家は家賃が最低でも7・8万円はするだろう。
とは思っていましたので
メーカーに出した条件は支払いが月5〜6万ボーナス15万でした。
このくらいなら今とあまり変わりない生活ができる、と思ったのと
予算はオーバーするのが常なので、その辺も考慮したちょっと控えめの額でした。
Aさんが出してくれた返済計画は私が思った以上に
(もっとオーバーすると思っていましたが・・・)
私の出した条件に合っていました。
とにかく、住宅金融公庫からの借り入れは不可欠ということで
早速金融公庫の申込です。
申込の締めきりが迫っていたので
Aさんと我が家の担当になるS君(よくある姓なので私は名前でT君と呼んでます)
が、すぐに私の実家(建設予定地)に来てくれて申込書を作成しました。
私にとって一生に一回の多額の借金ということで
不安もありましたが、根っからのお気楽もの
「みんなやってるんだし、どうにかなるさ。借金も財産だぜぇ」
なんて、妙にうれしかったりもしました。
この日緊張していたのは、私よりT君の方だったかもしれません。
まだ新人のT君が上司のAさんの前で私に説明するのは緊張すると思います。
T君の説明をじっと聞くAさんは今までのAさんとは違っていました。
T君のフォローに徹する指導者としてのAさんの姿。
申込書を書きながら、変なところに感心してしまった私でした。
それ以降窓口は全面的にT君になりました。
私より10才(正確にはもう少し)年下のT君は
私にとってかわいい弟のような、それでいて頼れる営業マンなのです。
本人が「頼ってください」というので・・・お言葉に甘えて頼ってます。
子守り(特に花音の)はすっかりお任せ状態。
我が家に打ち合わせに来ても、子供達がまとわりついて
話が進まないのが常です。
なんか違うところで頼っている私なんです、ははは(^O^)
契約・・・でも迷いが・・・
金融公庫の申込も無事済ませ(私が銀行に出向き、会社の人にはびっくりされました
私(女性)の名義で申込んだからじゃないかという声もありました。)
とうとう、契約です。
契約時に支払う予定でいた
証券会社に預けていたお金がまだ換金できない(クローズ期間)とのこと
「お金がないぞー ピンチ!」という状態に・・・
とりあえず、集められるだけかき集めて用意しました。
「あつめると結構あるもんだ。」なんて妙に感心してしまいました。
子供のためにとか、何かあったときのためとか
ちょこちょこあちこちに貯めてた貯金が役に立ちました。
契約書に押印して、これで私の家が本当に建つんだ、という実感がわいてきました。
が、このころ会社の人やとっても遅れて反応してくれたメーカーのひとから
「トヨタホームは高いでしょう?」という話をされて
ちょっと迷ったのも確かです。
私としてはそれほど高いというイメージはなかったのですが
多くのメーカーと比較するということもしていなかったので
正確に言えば、高いのか安いのかよくわからないという状況でした。
でも、いろんな意味で妥当な金額だと思ったのでトヨタホームと契約しました。
Aさん、T君の人柄も気に入っていましたし・・・
「これから長い付き合いになりますね。」と挨拶をして私の覚悟も決まりました。
2000年9月30日契約!
打ち合わせ
契約までもいろいろな「打ち合わせ」と称するものがありましたが
契約後の本格的な打ち合わせもほとんど私とT君の漫才のようなもので
こんな姿勢で家を建てていいのだろうか?と言うほど
楽しんで設計や内装の打ち合わせも進んでいったのでした。
ある部屋の壁紙を決めたときには、
T君はまるで自分の家の内装を決めるように
「これにしましょう、絶対これ!」
なんて発言も・・・
屋根裏の収納スペースだったので、私も
「T君の好きなのでいいよ、家にきたときはそこに泊まってね。」
なんて、あっさり決まってしまいました。
その後、変更していないので
家が完成した折にはT君が選んだ壁紙がご覧頂けます。
あんまり、思いきった遊びはしていないので
間取りも内装も全体的に無難な仕上がりと言う感じだと思います。
唯一、2階のトイレの壁紙だけちょっと遊んで見ましたが・・
ちょっと見はごく普通なので、わからないかも。
HPを作ろう
契約を決めたころ、
トヨタホームのHPを見ようと「トヨタホーム」で検索をしたら
「トヨタホームによる建築日記」という項目を発見
それまではトヨタホーム側からの話しか聞いていませんでしたので
トヨタホームで建てた人の話も知りたいと思って
早速HPをのぞいてみました。
いろいろ問題もあったようですが
「やっぱりトヨタホームにして良かった」という内容でした。
そのHPを見て私は「やっぱりここを選んで間違いなかった」
と、また確信したのでした。
そのHPを見てから、
「私もHPを作りたい」と思い始めました。
それも、できるなら私の家が出来ていく様子を
実況中継するように見てもらいたい。
と、思ったのです。
2001年5月完成予定の家
1月現在、まだまだ何もない状態なので、
これからLIVEで家が出来て行く過程を見ていただきたいと思います。
もし、トヨタホームに興味をもたれた方は
私、お勧めのAさんとT君を紹介しますので
ご一報ください。
(別に私はトヨタホームから頼まれてるわけではないのですが・・・)
とりあえず、ここで第一部終了。
3月の実家解体までの間
第二部では余談雑談の数々を・・・聞いてね。