トップ ●ルーブル美術館など   ヴァチカン美術館など    留守対策など
  鑑賞ペースの計算  モロー美術館と日本の特別展 
ホテルと交通事情  オルセー美術館  教会
オペラ・ガルニエ  クレジット・カード
   
                改定 '22.1.17      

 
     2月('08)の始め、「個人旅行」を銘打った旅行業者企画のパック旅行で、ヴェルサイユ宮殿のオプショナル・ツァー以外に 6日半のフリーの日程を組み入れて行って来ました。ルーブルは2日で見終わりました《ただし、フランス・ロココ絵画など、展示室の凡そ1割くらい閉鎖されていました》。
 その作品を観て廻るペース(テンポ)ですが、その絵の前に立ち止まって対面したとき、その絵の中に「人」が居なければサッサと次の絵の所に行ってしまいます《これは人物が描かれていない風景画でも動物の彫刻でも、やはり「人」の存在を感じなければ同じです》。芸術って人の素敵な生き方の発明品だと思っています
 ただし、天下のルーブル美術館にそんな「その中に人が居ない」様な駄作が多くの割合を占めている訳がないので、大方は丁寧に鑑賞したと言えます。絵が気に入れば結構長く、例えば 5~10分位観ている事があります。そして、次の展示室に行っても気になる様なら、戻ってまたその絵を観るという具合です。
 サモトラケのニケ、ミロのヴィーナス、ラトゥールの絵などは何回も観ました。他に「フェルメール・ファミリー」の作という、始めて見た作品も気になりました。
 日本国内の美術館の特別企画展でも同様のペースで観て、半日に一つの美術館。まる1日なら2つの企画展を梯子して、そのうちの片方の美術館の常設展も観るといったペースなので、多分一般的な鑑賞のペースなのだと思っています。
 或るサイト《現在は閉鎖》に、「ルーブルは全部観るのに三日」と書いているのを見ましたが、その人は本当に三日掛けて観たのだと思います。
 
鑑賞ペースの計算
   館内で売られている「ルーブル ポケットガイド(日本語版)」には、「収蔵品30万点のうちの3万5000作品が6万平方メートルのスペースに展示されている・・・」とあります。
 「展示品3万5000点」の9割を2日で見たとしたら、「1分で何点」のペースで見たのかを計算してみました。1日7時間観たとして
  35,000点×0.9/(2日×7時間×60分) = 37.5点/1分
  = 1点/1.6秒
となって1点を見るのに1.6秒しか時間を掛けなかった事になります。
 しかし、これでは歩く時間にもなりません。35,000点の展示品の数が、考古学室の様に細かい展示品に集中していたのかもしれませんが、こういう計算をして旅行の日程を組んでもナンセンスだという事を示す為、敢えて載せておきました《館内の案内図を見ながら歩いているし、どんな通路にも入ってみましたので、展示室を大きく見落としたという事はない筈です》。

 【下の写真】はラファエロの「バルダッサーレ・カスティリオーネ」(ルーブル美術館)。
 【右の写真】はボッティチェリの「三美神を伴うウェヌス(ヴィーナスのこと)から贈り物を授かる若い婦人」の中の二美神(部分、フレスコ画)(ルーブル美術館)。
 ただし左側の美神の顔のひび割れは画像修正しています。 
  

 (G.Moreau)
   東京で開かれたギュスターヴ・モロー展の「ヘラクレスと7つの頭の龍」《「龍」ではなく「水龍」だったかも》という作品は、製作過程で構想を練る為に画いたと思われる作品《構想画?》数点の中の一つの方が、その最終の完成作品よりも遥かに幻想的で、やや抽象的に描かれているだけに「幻想そのもの!」を描いたと言えるものでした。「私が大金持ちだったら買いたい」と思った位です。
 その構想画を死ぬ前にもう一度観たいと思ってモロー美術館を訪れました《半日弱》。
 しかし、東京で数点あった上記作品の構想画は、この美術館の本家なのに1点しか展示されておらず、しかもお目当ての構想画とは違い、夕焼け空が生(なま)の感じで嫌にギラギラとしていて、とても幻想の世界と言える様なものではありませんでした。
 最終完成作品が展示されているのですから、構想画だけを何処かの美術館に貸し出しているという事は有り得ません。展示品の入れ替えで偶々最悪のタイミングになってしまったのかもしれませんが、東京とパリの展示品の選択の違いは、ことに因ったら各学芸員の鑑賞眼の高さの違いによるものかもしれません。
 ルーブル所蔵のラトゥールの絵も、上野の特別展でほゞ全部観ました。
 各国の美術館を訪れても期待していた作品群がそっくり貸し出されている場合があり、日本の美術館の特別展は各国本場の美術館と比べてもかなりレベルが高いものだと思いました。
 ピカソ美術館(パリ)に行ったけれど絵は極く僅かしか有りませんでした。
 しかしこれも「'08年12月14日まで開かれた東京の2つのピカソ展の前に、他の2ヵ国で開かれたピカソ展に作品を貸し出していた為」だった様です。
 東京のピカソ展の点数は多かったのですが、箱根のポーラ美術館で開かれた特別展もピカソの絵を楽しめました。
 それよりも更にピカソの絵を楽しんだのは、スペインのピカソの生誕地、マラガ美術館でピカソが14歳のときの、貧しい老夫婦を描いた小さな1点(20.6×37.2cm)《「エルミタージュ美術館」本文内の写真》を観たときでした。
 ピカソが大芸術家になれたのは、そういう「貧しい人々に対する共感」という感性が幼いときから培われたからではないかという気がしました。
 私が繰り返しジーッと観ていたせいか、その美術館を出るとき、男性の職員が日本円で1,000円位しそうな図録を私にくれたので、私が「ハウ・マッチ?」と聞くと縦にした掌を横に振りました。
 その職員は、1点しかない、その小さな絵に誇りを感じていたのだと思います。
   嘗て('06年)東京で開かれたエミール・ガレ展のミュージアム・ショップで、薄いステンド・グラス的な物を売っていました。
 そのときは買わずに帰って来たのですが、その後我が家の公道側の新緑をカーテンで見えなくしているのが、ふと、もったいないと思えてきたので、そのステンド・グラス的な物をガラス戸に貼り付けて目隠しを兼ねて飾りたくなりました。
 デパートなど必死に探した結果、箱根ラリック美術館で「サン・キャッチャー」という名前で売っている事がネットで分かったので買いに行きました【下の写真の中の左側の楕円形】。
 この写真の中の右側の大きい方は箱根ガラスの森美術館で買ってきた物(幅 41cm、6,200円)。左記ポーラ美術館はその序に観ました。
 3館で丸1日
 【その下の写真】の赤は我が家の紅葉。

    その外側の金属部全周を、細く切った黒い粘着ゴム(厚い両面テープ)で貼り付けると安心です《薄いとは言えガラス製で重いので、フックの粘着力だけに頼ると何時かは落ちてしまいます》。水平を保つ為の位置決め用木片を、ガラス戸に貼り付けてから接着すると失敗が有りません。      
     ●ホテルと交通事情      
       パックツァーに標準的に付いていたホテルは、パリの「オペラ地区」ではありましたが何処へ行くのにも地下鉄に乗らなければなりませんでした。
 ホテルに着いた最初の夕方、近くのレストランや貸し自転車のステーションを探しに出かけましたが、サンクト・ペテルブルグとは違い道路が桝目状ではなかった為、帰りの道を5差路の所で1本間違えて暫くの間(1時間近くに感じました)ホテルに戻れなくなってしまいました。ちょっと近くを見て来るのにも、地図を持って交差点の店をメモするなどしないと迷子になります《地下鉄の駅からちょっと離れた所で食事をした帰り道でも、ひやりとした事が有ります》。
 貸し自転車のステーションはホテルの近くには1ヵ所もなく、ポンピドウ・センターやオペラ大通りの一部でしか見かけなかったので、一度も使いませんでした。
 しかし、今考えるとパリの道は直角に交差している所は少なく、いちいち地図を見てから自転車を走らせるのは時間を損するので、自転車による観光や美術館巡りをしなくて良かったと思います。
 パックツァーを選んだ利点はガイドさんに地下鉄の乗り方を教えて貰ったことです。
   
           1.5倍拡大可
 
 自分で選んでネットで予約した延泊のホテル「Hotel de Lille」はルーブル美術館の、セーヌ川対岸に在ったのでオルセー美術館やロダン美術館などには歩いて行きました《ただし「Lille」と言う名前のホテルはパリに少なくとも2つ有ります》。

 上記パックツァーに付いていたホテルは2人部屋で、一人で延泊したとしても1泊26,000円だったのに対して、そのLilleホテルはシングル・シャワー・朝食付き2泊で 214ユーロ(カード請求33,900円)でした。
 【右の写真】はそのホテルの、ローマ風の石積みのアーチの柱と天井の地下食堂です。朝食をとっていたら、フォーマルな服装の青年が美しい笑顔で「ボンジュール」と言いながら、20cmとは離れていない隣の席に座って来ました。
 私が席を立つとき、相手の口に食べ物が入っていない時を見計らって「ハヴ・ア・ナイス・ディ」と言ったら、やはり美しい笑顔で「メルスィ・ボク」と言いました。
 たったそれだけの事ですが、素敵な「相席」でした。
  ●オルセー美術館 
      これは東京にもない様な大きな美術館です。昼食は館内で食べ、夕方ピカソ美術館を観たので、オルセーは1日弱で観た事になります。
 印象派絵画が多く、一方ルーブルでは印象派絵画は見なかった様な気がするので、ルーブルと所蔵を分担しているのだなと思いました。
 そのせいか、冬季でも昼間に行くと長蛇の列。館内でのセイフティ・チェックに時間が掛かっている様で、寒い日に列の途中からトイレに行くのにどうするんだろうと思いました《今回、東京に帰ったら自宅の池の一部が凍っていたのでパリにも寒波が押し寄せていたのだと思いますが、寒波と思われるパリはサンクト・ペテルブルグより寒かったです》。
 しかし、開館直後に行くと10分位で入る事ができます。
  教会 
      日曜日には残響時間の長い教会のオルガンを聞きたかったので、いくつかの教会に行きました。ただし、祈りの場での見物人にはなりたくなかったので、信者の後ろで信者でもないのに規律したり座ったり、ちゃんと献金するなど気を配りました。
 嘗て('02年)リスボンのサン・ロケ教会に座って堂内を眺めていたら、偶然、私の大好きな、「前奏曲とフーガ・ニ長調」(バッハ)など3曲くらいが堂内一杯に鳴り響きました。聴衆はほぼ私一人。オルガニストの練習だったのかもしれませんが中断もなく、私には夢のコンサートでした。
 【下左の写真】はその教会から花嫁と花婿が出て行ったところ。上部がそのオルガン。
   グルベンキアン美術館(リスボン)でも、偶然、食堂に隣接した練習場の様な所で、小さな規模のカンタータを聴く事が出来ました【下の写真】。聴衆は演奏者よりも少ない位。主な演奏者は多分美術館の職員で、その女性達の表情と目線の先からすると、少年少女合唱隊はその子供達だったのかもしれません。音楽を楽しんでいる姿に魅せられ、演奏も良かったので1時間近く聞き入ってしまいました。これって行きずりの旅人にとっては家族ぐるみの持て成し《?》のコンサートです。
 そのときのカメラ(Nikon SP)は、シャッター音が小さ目だとは言えフォーカル・プレーン・シャッター(パシャッ!という音)だったので、その写真も、左の写真も各1枚だけ撮らせて貰いました。勿論、ストロボを光らせる様な野暮な事はしません。
 ロンドンのセント・マーチン in the フィールズ教会の前でチラシを配っていたので、夜その時間になって教会に行ってみたらキャンドル・コンサートでした(有料)。オペラ歌手とは違う“綺麗な”声のアルトが忘れられません。
 隣の席の貴婦人が笑顔で「どちらから?」と話しかけてきました。
 その晩泊まったホテル「Regent Palace Hotel 」は当日昼頃そのフロントで確保したもの《しかし、このサイトのホテルは私が泊まった場所からは移動してしまった模様》。
 
   このカメラ(Nikon SP)は、ファインダーの像と被写体の実物とが全く同じに見える、「等倍レンジ・ファインダー」です。現在のディジタル・カメラは高級一眼レフを含めて、被写体のディテールがファインダーだけでは分らない位 像が小さいので致命的なほど劣っています《私の視力は1.2~1.5なので、現在のデジカメのファインダーでディテールが分からないのは私の眼のせいではありません》。
 完全等倍ファインダー(倍率1.0倍)は両目を開けて被写体の周囲《ファインダーの外》の状況まで把握出来るので、それを使ったことが有る人には捨て難い魅力です。
 上記「完全等倍ファインダー」が他に製品化されていないのは、多分 光学系が難しいからだと思いますが、ライカのレンジ・ファインダー・カメラの名機M3ですらファインダーの倍率は等倍ではなく 0.91倍です。
 【下の写真】は、残念ながら端の2人が被写界の中に入って来るのを察知して、あと1秒早くシャッターを切っていれば美しい正三角形の構図になっていました。
   一人で旅をしていると、例えば路上で地図を広げていると女性が「お助けしましょうか」と親切に声を掛けてくれます《↓
 人間だって救いの手を差し伸べてくれるのですから、上に書いた「偶然」はきっと神様が上から見ていて私に贈り物をして下さったのだと思います《【右の上の方の写真】(リオデジャネイロのコルコバード)。これは1枚の写真を、色など画像編集していますが合成写真ではありません。
 偶然?雲の上にキリスト像だけが現れたのです》。

 上記 Nikon のカメラ【右の写真】のレンズ(Nikkor-S 50mm F1.4)はボケ味が良く、ピントを大きくずらした所は柔らかい像になります《一般にはピントをずらした画面周辺部に縞模様が現れるなど、汚い像になります》。
 また、その F1.4のレンズはソフト・フォーカス効果でピントが合っていても明るい部分は光芒を放った様になり《上記の教会の出入り口など》、明暗の少ない部分:例えば人の顔では光の滲みでロマンチックな顔になります《上のカンタータの写真では絞りを絞っていた為、レンズの特徴は少》。
 '05年、そのカメラの復刻モデルが売り出されました《ただし、レンズは 50mmではなく 35mm》。もう滅びてしまったと思っていた超人的なメカの復活には敬服します《現在、その販売のサイトは無くなったので、限定販売個数は完売した模様》。《←
 しかし、レンズが違います。あのレンズの人間臭い“味”こそ、ピント至上主義の現代に復活して欲しいものです。
 【右のスライドショー】の中のレンズの虹色の“トロッ”としたは、レンズを含めたカメラの美しさを紹介した本や雑誌にその像が写っている写真を今まで見た事が無い位 珍しいレンズ内反射です。上記教会の上の窓からの光芒はそれに因るものと思われます。

 【下の写真】もそのカメラによるもの。これは上記キャンドル・コンサートの翌日、大急ぎで見た《半日》大英博物館の多目的ホール「グレート・コート」【その下の写真】と同一撮影ポイント。【下の写真】の床や壁の格子模様は、ガラス屋根の格子の影。
   【下の写真】のレンズの中の像は、照明の光源を小さいものにし、被撮影レンズと 撮影カメラ及びその光源との間の距離 並びに被撮影レンズの光軸に対して直角方向に 撮影カメラ及び光源をずらす距離(同一の直角方向にずらす)を調整すると、撮影出来ます《撮影カメラ用三脚以外に光源用としても三脚が必要》。
 ただし明るいレンズでも、現代の「欠点」《?》を少なくしたレンズには多分現われない現象です。 暫く動かなかった下のスライドショーを修復しました。
   今まで団体で旅行している最中に現地の人に声を掛けられた事は一度も有りません《団体の中の一人に声を掛ける事が無いのは当然かもしれません》。
 ところが、サザンプトンで一人になった途端、一人の大学生位の若い女性が私に救いの手を差し伸べてくれました。 :
 私はサザンプトンからロンドンへ行くのに鐡道に乗ったのですが、飛行機以外の外国の公共交通機関を使ったのは初めてだったので、その列車が本当にロンドンに行くのか心配で堪らず、最初に停車した駅が 用意した時刻表通りの停車駅かどうかを確認しようとしました。ところが、デッキのドアも窓も開かず焦っていたら、その女性がデッキまで駆けつけてドアを開けてくれたので駅名が分かり、やっと「ロンドンに行けるのだな」ということが分かりました。
 その女性には、駅で貰ったお釣りのコインの価値も教えて貰いました。   ↗*
   ただし、地図とか方向に関しては地元の人だからと言って100%信じてはいけません。ロンドンのウォータルー駅を降りて西方向に在るテムズ川に向かっていたとき、地図を見ている私に女性が 「お助けしましょうか?」と声を掛けて下さいました。
 私は「現在地はこの地図の何処ですか?」と言ってボールペンを渡しました。数秒後、地図に印を付けて返してきたので私は丁重にお礼を言って別れたのですが、よく見ると、まだテムズ川を渡っていないのにテムズ川の“向こう側”に黒々と印が付いていました。
 私は決して女性蔑視をしていませんが、コト方向感《特に東西南北》に関しては女性は世界共通で方向音痴の方が多いと思います。「根拠も無くそういう事を言うな」と仰るならば、他にいくらでも事例を挙げることが出来ます。
 
   






 
●オペラ・ガルニエ
     
   オペラ座の一番前の列のチケットには「1列」と書いてなく、「ORCHESTRE(フランス語ではオーケストラ・ボックス)」と書いてあります。その列の中央の、身を乗り出さなくても室内楽の演奏者(第一Vn.)の足を掴める様な位置(日本では有り得ない近さ)で、1人20ユーロ(カード請求3,200円)でした。
 私は何十年と音楽を聴いていますが、内声(第二ヴァイオリンとかヴィオラなど和音の内側)の音を、手に取る様に聴いたのは初めてです《チケットを買うとき「Best seat」と言ったら、2階のローヤル・ボックスを示されましたが、「ノー」と言って「モゥスト・フロント・シート」にして良かったです》。
 その何倍もの高価な食事をしたときよりもずっと幸せでした《ガイドに予約して貰ったトリュフの、グラス・ワイン付きコース料理(2人で 200ユーロ。ガイドに頼まず自分で注文すれば 140ユーロ)は香りが無く、味も美味しいとは思わなかった。後の旅行で、北イタリアのアルバの酒屋さんで売っていたトリュフの小さな瓶詰めは実に美味かった》。
 労働組合の関係かどうか知りませんが、休憩時間がなく、数曲を一気に(全て)1ステージのみで終ってしまうとは夢にも思いませんでした。
 幸い尿意に迫られなかったものの、寒い日には演奏が始まる前にトイレに行っておく事をお勧めします。
  
  http://www.funlondon.net/companyHP/sightseeing/sight_britishmuseum.html より

 
クレジット・カード
    当たり前の事ですが、パリでは問題なくクレジット・カードが使えました《ただし美術館の半分位は駄目》。
 私のサインの字は物凄く下手なのですが、ミミズが這った様な漢字でサインしたら「ビューティフル!」と言われました。美術館のパリジェンヌにそう言われると嬉しくなります。
 スーパーのレジの女性にいたっては私に間違って赤ボールペンを渡してしまったのでしょう、近所の友達とのお喋りのあと署名を受け取ったとき、目を輝かせて「ワーッ!」と歓声を上げていました。
 これも、「必要も無いのに立って待たせている」という人間性を無視した日本のスーパーでは有り得ない反応です。トヨタの生産方式の影響でしょうか、大切な人間臭さなど何処かに吹っ飛んでしまっています。
 
 
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