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事務所代表 高橋博
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遺言書判例全文10-自筆証書遺言無効確認請求(神戸地裁平成15年10月17日)

(最高裁判所 裁判例情報より)

事件番号:平成14(ワ)1414
事件名:遺言書無効確認請求事件
裁判年月日:平成15年10月17日
裁判所名・部:神戸地方裁判所

主文
1 戸家庭裁判所平成14年(家)第530号事件において検認された,F(明治○○年○月○○日生。平成○○年○○月○○日死亡。本籍・神戸市北区G町a番地のb。最後の住所・神戸市北区G町a番地のb)作成名義に係る別紙記載の自筆証書遺言(以下「本件遺言書」という。乙2)は,うち○○○万円を被告に相続させる部分につき無効であることを確認する。
2 告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用のうち,参加によって生じた部分は補助参加人の負担とし,その余は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
神戸家庭裁判所平成14年(家)第530号事件において検認された,F(明治○○年○月○○日生。平成○○年○○月○○日死亡。本籍・神戸市北区G町a番地のb。最後の住所・神戸市北区G町a番地のb)作成名義に係る別紙記載の自筆証書遺言(以下「本件遺言書」という。乙2)は無効であることを確認する。

第2 事案の概要
1 事案の骨子
本件の主要な争点は,①本件遺言書はFの自筆・自署であるか,②仮に自署であるとしても,撤回あるいは意味が確定できないため無効であるか,という点で ある。
2 当事者間に争いがない事実
(1) 相続関係
原告ら及び被告はFの法定相続人である。
Fの相続関係は別紙相続関係図①,②のとおりであって,原告ら及び被告を含め,Fの法定相続人は合計16人である。
(2) 検認手続
被告は,Fが死亡した後,Fの遺言書が存在するとして,神戸家庭裁判所に遺言書検認の申し立てをし(同庁平成14年(家)第530号事件),平成14年 4月22日午後2時00分,本件遺言書の検認手続が行われた。
(3) F自筆の文字及び印鑑
ア 乙2の「平成十年十一月十四日」「F」の文字。
イ 乙1の封筒の文字。
ウ 乙3の文字
エ 乙6の文字
オ 乙1~乙4に捺印した印鑑はFの実印である。
3 原告らの主張
(1) 本件遺言書はFの自署ではない。たとえば,
ア 本件遺言書は,乙3などと比較して,筆勢は弱々しく,震えた手で記載されたようであること,各行が下に向かうにつれて左側に大きく歪曲していることなど,際だった相違点がある。
Fは几帳面な性格であったから,左に歪む遺言書を書く筈がない。
イ Fは自己の姓を記載するとき,日常簡略文字を使用し,旧字体の文字を使用していなかったが,本件遺言書では旧字体の文字が使われている。
また,Fの自筆であることに争いのない乙6の3には誤字があるのに,乙4に誤字のないことは,F以外の何者かが偽造したからである。
ウ 実印は第三者が持ち出して使用することが容易であったから,実印が押されているからといって,本人の意思に基づくことを意味していない。
エ 割印と「更新」に関する被告の主張は不自然である。
乙3と乙2の整合性に気を配ったのであれば,乙3の末尾に「私のその余の財産はすべてIに相続させること」の旨を加筆すれば足りるし,また,そのような遺言書を作るのが自然であって,割印や更新を行うこと自体が不自然である。
(2) Fの脳梗塞の症状について
ア 第1回目の入院(平成7年10月24日~同年11月17日)
入院当日の看護記録には「右手のいうことが思うように効かなくてもどかしい。」の記載があるが,翌25日の欄には「手のしびれなし。」と記載され,27日欄に「やや握力弱め。」との記載を最後に右手の症状についての記載はなく,症状は現れていない。
第2回目の入院(平成8年1月29日~同年2月16日)
肺炎をきっかけとする入院であり,診療録,看護記録を見ても,Fに右手麻痺の症状が現れたとの記載はどこにもない。
この入院中に外泊許可をもらって帰宅したときにFが作成した伝票(甲12の1~4)を見ても,乙2とは異なり,筆圧,筆勢など,筆跡に乱れはない。
ウ 第3回目の入院(平成8年2月21日~同年3月23日)
右膝関節血腫を発症したことによる入院であって,看護記録を見てもその記載は右膝関節血腫に集中している。
Fは2月22日に右手の動きが悪いと訴えているが,右手の症状を訴えたのはこの一度きりである。
エ 以上からすると,Fは,平成7年10月23日に右手麻痺の症状が出たが,2日後の10月25日にはその症状もおさまり,以後平成8年2月22日まで右手麻痺は再発しなかったことが認められ,乙2の遺言書の筆跡の乱れはFの右手麻痺によるものではないことが明らかである。
(3) 乙2,3,4の関係について
ア 乙2,3,4の3枚の紙片は全体として一個の遺言書と見るべきである。
そして,全体として一個と見た場合,平成8年2月16日付の「私の財産は全て甥Iに相続させる事」との記載は,これと抵触する平成10年11月2日付の乙3の記載で撤回された。
さらに,その後の平成10年11月14日付で,遺言書の内容が「更新」されている。
更新は,更新日に効力を有していた遺言の内容を再確認したに過ぎないもの,すなわち乙3の効力を再確認したもので,乙2を復活させる趣旨ではないと解釈するのが自然である。
いずれにせよ,「更新」の意味を一義的に確定することはできないから,「更新」部分は遺言としての効力はない。
イ 以上のとおり,乙2の遺言書は乙3の遺言書によって撤回され,「更新」の記載も無効であるから,本件一連の遺言書の内,乙2の記載に効力を有する記載はない。
4 原告ら補助参加人の主張
(1) 別紙記載の遺言状(乙2)は独立した遺言状とはいえず,割印がなされた乙3,乙4の書面と共に一体をなす,一個の遺言状の一部分である。
そうすると,一つの遺言状に日付が3つあることになるが,自筆証書遺言に必要な暦上の日付がいずれであるか特定することができず,結局日付を欠くのと同じことになって,無効である。
(2) 遺言者の最後の意思を尊重して,最後の日付である平成11年11月14日付けでこれら3葉の書面を一体とする遺言が成立したと解することも可能であると思われるが,この場合,同日付で書かれた文言の全てである「更新」こそが遺言の核心である。
しかるに,「更新」の意味は,更新されるべき遺言者の意思が遺言上,一義的に定まっていないから,必定,多義的となり,ことに遺産の全てを被告に与えるとする意味を更新することは,他に書かれている意思と矛盾して不可能である。
このように,平成11年11月14日の日付のある遺言書は,結局全体として何を更新するのか不分明であって,「更新」の意味が利害関係人にとっても,遺言執行者にとっても一義的に定まらず,内容的に無効である。
5 被告の主張
(1) 本件遺言書はFにより作成された。
ア 乙1~4,乙6の1~3に書かれている共通の単語(例えば遺言書)を比較すると,同一人物が書いた字であることは一目瞭然である。
その特徴は,漢字,ひらがな,数字の横線の入角が全て右上がりで,横線相互が平行なことである。
イ 原告らは,乙2と乙4は,乙3や乙6の3に較べ,筆勢が弱々しく震えた手で書かれたようであると主張するが,そのとおりである。
乙2と乙4は,いずれも平成8年2月16日に,病院の病室で作成された。
Fは,平成8年1月29日から同年2月16日まで,肺炎と多発性脳梗塞で(乙9)病院に入院していたが,乙2と乙4が作成されたのは入院中の最後の日である。
入院中は体を動かさなかったので体力が落ち,筆勢が弱々しいが,筆跡そのものはFの特徴を良く表している。
ウ 論理的に考えても,乙2は偽造ではない。
まず,最終行の日付と名前がFの字であることは原告らも認めている。
「更新」の字は,文字同士を比較してもFの字であることは明らかだが,本人の署名の前には「更新」しか書かれていないことからも,「更新」が本人の字でなければ本人が署名した意味がない。
そして,自分が書いていない前半部分を更新する訳はないから,乙2は全体としてFにより作成されたことが分かる。
エ 乙2と乙6の3の内容
原告らは,乙2は偽造であると主張するが,乙6の3はFのものであることを認めている。
ところで,乙6の3と乙2は,書かれている内容が同じである。
このことからも,乙2はFによって作成されたといえる。
(2) Fの親族関係
ア Fには子はいなかった。Fは,自分の生家であるH家が大切で,H家とのつながりを最優先にして過ごしてきており,老齢になってからは特にその傾向が強くなり,死後はH家の墓に入ることに決めて墓標を作り,誰が自分のことを祀ってくれるのか気にしていた。
イ 被告の実父JはFの実弟でH家の長男であり,Fにとって一番つながりの深い兄弟であった。
Fは,被告のことを,H家の長男の長男として,他の甥や姪と区別して考え,何かあると電話で被告を呼び,被告は昼夜を問わず出かけていって世話をした。
Fは,自分の墓を被告がH家の長男として守っていくことを強く希望し,何度も被告に頼み,被告がこれに応じると喜んでいた。
ウ 原告BはFの実妹Kの長女であり,原告Aを養子に迎え婚姻した。
原告Cは原告Bの妹であり,L家の養子となった。
原告Bは若い頃よりFの酒店を手伝っていたが,反面,Fの世話にもなっていた。
(3) 乙2,乙3の作成
ア 乙2について
Fは,平成8年1月末からの入院時,病状が良くなってから,「遺言状を書きたい」と言ってベッドの上で下書きもせず一気に2通の遺言状を書いて拇印を押した。これが乙2と乙4であり,「私の財産は全部あんたにやるさかい,あんたの好きにし。」「店の土地や建物はMさんの名義やさかい,Mさんにも遺言を書いてあんたに家賃を渡すことを頼んどく。」と言い,印鑑は家に帰ってから押すと言ってそのとおりにした。
その後,被告は,Fから,原告B宛の遺言状(乙6の3)を書いたことを聞かされた。
イ 乙3について
平成10年頃,Fは被告に対し,音信不通であった亡父の子であるNの消息が分かったと言った。また,同じく亡父の子であるOが毎年敬老の日に蘭の花を送ってくれるのを喜んでいた。
Fは,亡夫の子のことが気になっていたようで,上記2名を除く亡夫の子には金員を贈与していたが,NとOにはまだ金銭を与えていなかった。
Fは被告に対し,自分の死後,NとOに○○○万円ずつをやって欲しいと言った。これに対し,被告としては,Z家の人はFの相続人ではないので,Fとの口約束だけでNとOにのみ金銭を与えるとトラブルになると困ると考え,Fに対し,その旨の遺言状を書いて欲しいと言った。
そこでFは被告に預けてある遺言状と便せんを持ってくるように言い,被告はそのとおりにした。
数日後,被告はFから呼ばれ,F宅に行ったところ,Fは新しく乙3を作成していた。この内容は,Z家の子達に既に生前贈与した旨と,新たにNとOに遺贈することが記されていた。
そして,Fは,被告の面前で,乙2と乙3に割印をし,さらに乙3と乙4間にも割印をした。
Fは乙3を作成したが,これと,以前に作成した乙2,乙4が互いに矛盾するものではないとの意味で,これら3通に割印を押したのである。
ウ 乙2の「更新」の意味
その後,しばらくして,被告はFに呼ばれてF宅に行った。
このとき,Fは,被告の面前で,乙2の「更新」以下の部分を新たに記載した。
この意味につき,Fは被告に次のように言った。すなわち,乙3を新たに作成して,乙3と乙2,乙4が互いに矛盾しないものであることを表すために割印したが,それでも心配なので,乙2が有効であり,自分の意思どおりのものであることを念のため表すものとして,「更新」以下を記入したと説明した。
エ 乙2,3,4は,社会通念上,それぞれ独立した文書であって,一体となった一つの文書ではない。
Fは,乙3を作成することで乙2と形式的に矛盾が生じたと考え,乙3が乙2の趣旨に矛盾するものではないことを示すために両者に割印したものである。乙4は大意としては乙2と同様の趣旨であり,これについても,乙3と矛盾するものでないことを示すために割印したものである。

第3 判断
1 Fの病歴について
(1) 第1回目の入院(平成7年10月24日~同年11月17日)
Fは,平成7年10月24日,脳出血などで入院した(乙10,4頁)。
診療録の主要症状などの欄には,10月23日,軽度の右手麻痺が出現し,細かい動作ができなくなったと記載されている(乙10,2頁)。
(2) 第2回目の入院(平成8年1月29日~同年2月16日)
Fは肺炎を起こして入院した(争いがない)。
この時の診療録(乙11,3頁)には,肺炎,気管支喘息に加え,多発性脳梗塞と記載されている。
(3) 第3回目の入院(平成8年2月21日~同年3月23日)
Fは,第2回目の入院から退院して5日後に,右膝関節血腫と脳梗塞で再入院している(乙12,3頁)。
そして,3月5日の検査所見票(乙12,17頁)には,以前脳出血の既往あり,最近右手が動きにくい,と記載されており,看護記録の2月22日欄(乙2,39頁)には,脳梗塞の後遺症で右手も動きが悪く,以前(7E)入院中より現在の方が動き悪くなった。はしもうまく使えない。口まで手がとどかない様子,と記載されている。
ここに出てくる「7E」とは乙11,3頁の「7東」のことと推測され,第2回目の入院中も右手の動きが悪かったことを推測させる(ちなみに,第1回目の入院は4西(乙10,3頁),第3回目の入院は7西(乙12,3頁)である)。
(4) これらの事実によれば,第2回目の入院時には,Fは脳梗塞の影響によりある程度四肢の麻痺があったと推認するのが相当である。
2 署名,印鑑鑑定報告書(甲9)について
甲9,Pの証言及び弁論の全趣旨によれば,下記(1)~(3)のとおり認定,判断できる。
(1) まず,甲9を作成したPは,画像処理に関してすぐれた技能を持っているとしても,筆跡鑑定に関しては専門的な教育を受けたことはない。また,その鑑定書の記載内容も,Fの自筆とされる資料と異なる点については詳しく検討されているが,似ている字についての検討は少なく,似ている字と似ていない字を総合検討 して結論を出すという手法は取られていない。
(2) また,平成10年11月14日の字とされる乙2の部分と平成8年6月20日の字とされる乙6とを比較するに際し,青年期や老年期という単位で考えると2,3年の差は同時期と考えて良いから同時期に作成されたものとして鑑定しているが,Fの脳梗塞による四肢麻痺への影響は短期間で変化する可能性があると思わ れる(前掲カルテなど)ことに照らし,疑問がある。
(3) Pが鑑定するに際し,渡された資料は全部コピーであったから,その分資料としての価値が落ち,筆圧についてもその必要性は感じながらも検討ができていないなど,鑑定の資料として十分とは言い難いものがあった(P証言)。
(4) これらの点を考慮すれば,甲9の証拠価値はそれほど高いとまではいえない。
3 乙2と乙4について
(1) 乙1,乙3,乙6及び乙2の「平成十年十一月十四日」「F」の文字がFの自筆であることは当事者間に争いがない。
(2) これらに記載されている文字と乙2,乙4に記載されている文字につき,原告ら及び同補助参加人の準備書面に記載の主張を参考に比べてみるに,確かに何点かは異なっていると見られる文字があるといえるが,右上がりであるなど類似点も多く,四肢麻痺による運筆の乱れを考慮すれば,全体としては同一人の筆跡であると認定するのが相当である。
(3) この点につき,原告Bは,Fが第2回目の入院中に外泊して帰宅していたときに字を書くのに手が震えたりはしが持てないことはなかった旨供述し,その間にFが書いたものとして請求書(甲12の1~4)を提出する。
しかしながら,前掲診療録などによれば,Fは,第2回目の入院当時,脳梗塞の影響により右手の動きが悪かったことが認められることなどからすれば,自宅で,普段書き慣れている場所で書き慣れた請求書を書くのと,病室で,普段書き慣れていない遺言書を書くのとでは緊張度も違うと考えられ,甲12の1~4の存在は前記認定,判断を覆すには足りず,他に,乙2,乙4がFの自筆であることを疑わせるに足る十分な証拠はない。
(4) さらに,乙2,乙4の記載内容は,明治生まれで普段から長男や家,墓といったことを大切に思っていたFの気持とも符合しており(被告本人,弁論の全趣旨),その点からもこれらはFの意思に沿って作成されたものと推測される。
4 本件遺言書の効力について
(1) 前の遺言書と後の遺言書が抵触するときは,その抵触する部分につき,後の遺言書で前の遺言書を取り消したものと見なされる(民法1023条)。
(2) そうであれば,乙2の前半部分である平成8年2月16日の遺言書の「私の財産は全て被告に相続させる」は,乙3の平成10年11月2日の遺言書の「O,Nに各○○○万円相続させる」により,この抵触する○○○万円については上記2名に相続させることで取り消され,それを除いた部分は被告に相続させる内容に変更されたと解するのが相当であり,そのことは,乙2,乙3,乙4の遺言書が各別の遺言書であろうが,全体として一通の遺言書であろうが,その効力に変わりはないと言うべきである。
5 結語
以上のとおりであって,乙2の本件遺言書はFの自筆証書遺言として有効であるが,その内容は乙3によって一部取り消され,結局,Fの全遺産のうちOとNに各○○○万円,即ち合計○○○万円については被告は相続権を有しないことになる。
よって,主文のとおり判決する。

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