ウィークリー顔インタビューより(平成6年4月16日・朝日新聞より)

 甲西町に工房を構え、伝統工芸品の制作活動をする十人の゛職人゛が結成する「甲西町伝統的工芸工房の会」
の作品展が、このほど同町の町伝統工芸会館で開かれた。展示品の中でひときわ注目されたのが、蒔絵師の
白井義次(松丘)の作品だった。
 作品は、蒔絵を施した印籠。本来、蒔絵と印籠作りの作業は別々の職人が携わる。しかし、白井さんは戦後、
東京で印籠の制作技術を習得した父親・義雄さんの教えを受けて印籠の制作から蒔絵までの技法を習得。
今では、全国でも数少ない印籠作りから蒔絵まで一貫した作業ができる職人となった。
 白井さんに、印籠の歴史や仕事にかける情熱、苦労話などを聞いた。


――印籠の歴史や使い方について教えてください。


いつごろから印籠が使われるようになったか、明らかではありませんが、近世以降に流行したと考えられています。
室町時代には、判紙や朱肉入れの総称でしたが、桃山時代から携帯用の薬入れを印籠と呼ぶようになったようです。


――印籠を作るようになったきっかけは。


父が戦前に、東京の蒔絵師に弟子入りして、そこで印籠の技法を学びました。当時は、全国でも何人か印籠を手掛
ける職人はいましたが、いまでは印籠の土台となる生地作りから、最終的な蒔絵を施すまでの作業をするのは私だけ
になったと聞いています。



――印籠作りは根気のいる作業の連続ですね。


完成までには百以上もの複雑な工程があり、一つを作り上げるのに最低、六週間はかかります。乾燥に一年以上、
費やしますから、複数の作品を同時に作っていきます。印籠作りは、まず本体となる木型を指物師に作ってもらうこと
から始まります。木型ができたら、うるしと砥粉(とのこ)とを混ぜ合わせた粘りのあるサビと呼ばれる材料を和紙に付
けて、その和紙を木型に巻き付けていきます。これを、゛サビ付け゛と呼び、とても大切な工程の一つです。


――特に難しい点は。

印籠は輪切り状の筒を重ね合わせたものですから、その接続部分の合口(あいくち)をそろえるのに細心の注意が
必要です。
 

――組み立てた本体に、白井さんが本職とする蒔絵を描いていくわけですね。


そうです。蒔絵は、漆で図柄を描き、金粉や銀粉などで絵模様をつける漆工芸です。図柄は印籠の形に合わせて
考えますが、昔の作品を参考にしながら花鳥風月や動物、昆虫などを描いていきます。特に、一ミリにも満たない
細い線を一本ずつ線書きする最後の工程を、゛毛打゛(けうち)といいます。固いうるしで細い線を引くのが腕の見せ
どころで、まさに根気と気迫の連続です。斬新な図柄よりも、一般的には大和絵が喜ばれるようです。


――生きた線を引くのは、練習しだいで上達するのですか。

個人的な差はあると思います。ほとんどの工程は伝授できますが、毛打だけは教えようがありません。
あとは努力です。蒔絵師に限らず、伝統工芸に携わる職人たちは、生活のためにやっている部分がありますが、
息子には私の後を継いで、日本の誇る伝統技法を習得してほしいと思っています。


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