日本同盟キリスト教団

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神は真実です。その神に召されて、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられたのです。

 (コリント人への手紙 第一 19節)

  • 教会では、毎日曜日に神さまを讃える礼拝を行っています
  • 下記に、礼拝時に拝読している聖書の一部を掲載します
  • タイトルの部分をクリックしていただくと、文章が表れます
  • ※ご承知のように聖書は膨大な書物です
  •  少しづつ読み重ねていくことをお勧めいたします
  •  聖書は世界一のベストセラーと言われているんですよ

2023年1月29日 会堂での礼拝を行ないます
「心の奥底にある嘆き」  吉村恵理也師

 詩篇 102篇18節ー28節(聖書新改訳2017版を使用します)

 このことが 後の世代のために書き記され
 新しく造られる民が主を賛美しますように。
 主は その聖なるいと高き所から見下ろし
 天から地の上に目を注がれました。
 捕らわれ人のうめきを聞き
 死に定められた者たちを解き放つために。
 人々が 主の御名をシオンで
 主の誉れをエルサレムで語り告げるために。
 諸国の民や王国が 一つに集められて
 主に仕えるために。

 主は 私の力を道の半ばで弱らせ
 私の日数を短くされました。
 私は申し上げます。
 「私の神よ 私の日の半ばで
 私を取り去らないでください。
 あなたの年は代々に至ります。
 あなたは はるか昔に地の基を据えられました。
 天も あなたの御手のわざです。
 これらのものは滅びます。
 しかしあなたは とこしえの方です。
 すべてのものは 衣のようにすり切れます。
 外套のように あなたがそれらを取り替えられると
 それらはすっかり変えられます。
 しかし あなたは変わることがなく
 あなたの年は尽きることがありません。
 あなたのしもべたちの子らは 住まいを定め
 彼らの裔は 御前に堅く立てられます。」

 

2023年1月22日 会堂での礼拝を行ないます
「憎む心が安らぎを得るために」  吉村恵理也師

 詩篇 101篇1節ー8節(聖書新改訳2017版を使用します)

 恵みとさばきを 私は歌います。
 主よ あなたにほめ歌を歌います。
 私は 全き道に心を留めます。
 いつあなたは 私のところに来てくださいますか。
 私は家の中を 全き心で行き来します。
 私は 目の前に卑しいことを置きません。
 私は 曲がったわざを憎み
 それが私に まといつくことはありません。
 曲がった心は私から遠ざかります。
 私は悪を知ろうともしません。
 陰で自分の隣人をそしる者を 私は滅ぼします。
 高ぶる目とおごる心に 耐えることはできません。

 私の目は この国の忠実な人たちに注がれます。
 彼らが私とともに住むために。
 全き道を歩む者
 その人は私に仕えます。
 欺きを行う者は
 私の家の中に住むことはなく
 偽りを語る者は
 私の目の前に 堅く立つことはありません。
 朝ごとに 私は国の中の悪しき者を
 ことごとく滅ぼし
 主の都から 不法を行う者を
 ことごとく断ち切ります。

2023年1月15日 会堂での礼拝を行ないます
「水の上のパン」  山岸直生師

 伝道者の書 11章1節ー6節(聖書新改訳2017版を使用します)

 あなたのパンを水の上に投げよ。
 ずっと後の日になって、
 あなたはそれを見出す。
 あなたの受ける分を七、八人に分けておけ。
 地上でどんなわざわいが起こるかを
 あなたは知らないのだから。
 濃い雲が雨で満ちると、それは地上に降り注ぐ。
 木が南風や北風で倒れると、
 その木は倒れた場所にそのまま横たわる。
 風を警戒している人は種を蒔かない。
 雨雲を見ている人は刈り入れをしない。

 あなたは妊婦の胎内の骨々のことと同様に、
 風の道がどのようなものかを知らない。
 そのように、あなたは
 一切を行われる神のみわざを知らない。
 朝にあなたの種を蒔け。
 夕方にも手を休めてはいけない。
 あなたは、あれかこれか
 どちらが成功するのか、
 あるいは両方とも同じようにうまくいくのかを
 知らないのだから。 

2023年1月8日 会堂での礼拝を行ないます
「キリストによって育まれる」  吉村恵理也師

 コロサイ人への手紙 2章16節ー23節(聖書新改訳2017版を使用します)

 こういうわけですから、食べ物と飲み物について、あるいは祭りや新月や安息日のことで、だれかがあなたがたを批判することがあってはなりません。
 これらは、来たるべきものの影であって、本体はキリストにあります。
 自己卑下や御使い礼拝を喜んでいる者が、あなたがたを断罪することがあってはなりません。彼らは自分が見た幻に拠り頼み、肉の思いによっていたずらに思い上がって、
 かしらにしっかり結びつくことをしません。このかしらがもとになって、からだ全体は節々と筋によって支えられ、つなぎ合わされ、神に育てられて成長していくのです。
 もしあなたがたがキリストとともに死んで、この世のもろもろの霊から離れたのなら、どうして、まだこの世に生きているかのように、
 「つかむな、味わうな、さわるな」といった定めに縛られるのですか。
 これらはすべて、使ったら消滅するものについての定めで、人間の戒めや教えによるものです。
 これらの定めは、人間の好き勝手な礼拝、自己卑下、肉体の苦行のゆえに知恵のあることのように見えますが、何の価値もなく、肉を満足させるだけです。

2023年1月1日 会堂での礼拝を行ないます
「主にある交わりの回復」  吉村恵理也師

 コリント人への手紙第一 1章9節(聖書新改訳2017版を使用します)

 神は真実です。その神に召されて、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられたのです。

2022年12月25日 会堂での礼拝を行ないます
「神の栄光とみこころにかなう人」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 2章8節ー2章19節(聖書新改訳2017版を使用します)

 さて、その地方で、羊飼いたちが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていた。
 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。
 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。
 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
 あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。」
 すると突然、その御使いと一緒におびただしい数の天の軍勢が現れて、神を賛美した。
  「いと高き所で、栄光が神にあるように。
  地の上で、平和が、
  みこころにかなう人々にあるように。」
 御使いたちが彼らから離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは話し合った。「さあ、ベツレヘムまで行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見届けて来よう。」
 そして急いで行って、マリアとヨセフと、飼葉桶に寝ているみどりごを捜し当てた。
 それを目にして羊飼いたちは、この幼子について自分たちに告げられたことを知らせた。
 聞いた人たちはみな、羊飼いたちが話したことに驚いた。

2022年12月18日 会堂での礼拝を行ないます
「恵みによる子ども」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 1章26節ー1章38節(聖書新改訳2017版を使用します)

 さて、その六か月目に、御使いガブリエルが神から遣わされて、ガリラヤのナザレという町の一人の処女のところに来た。
 この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリアといった。
 御使いは入って来ると、マリアに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」
 しかし、マリアはこのことばにひどく戸惑って、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。
 すると、御使いは彼女に言った。「恐れることはありません、マリア。あなたは神から恵みを受けたのです。
 見なさい。あなたは身ごもって、男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。
 その子は大いなる者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また神である主は、彼にその父ダビデの王位をお与えになります。
 彼はとこしえにヤコブの家を治め、その支配に終わりはありません。」
 マリアは御使いに言った。「どうしてそのようなことが起こるのでしょう。私は男の人を知りませんのに。」
 御使いは彼女に答えた。「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる子は聖なるもの、神の子と呼ばれます。
 見なさい。あなたの親類のエリザベツ、あの人もあの年になって男の子を宿しています。不妊と言われていた人なのに、今はもう六か月です。
 神にとって不可能なことは何もありません。」
 マリアは言った。「ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」すると、御使いは彼女から去って行った。 

2022年12月11日 会堂での礼拝を行ないます
「律法と愛」  山岸直生師

 マタイの福音書 1章18節ー1章25節(聖書新改訳2017版を使用します)

 イエス・キリストの誕生は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人がまだ一緒にならないうちに、聖霊によって身ごもっていることが分かった。
 夫のヨセフは正しい人で、マリアをさらし者にしたくなかったので、ひそかに離縁しようと思った。
 彼がこのことを思い巡らしていたところ、見よ、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフよ、恐れずにマリアをあなたの妻として迎えなさい。その胎に宿っている子は聖霊によるのです。
 マリアは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方がご自分の民をその罪からお救いになるのです。」
 このすべての出来事は、主が預言者を通して語られたことが成就するためであった。
  「見よ。処女が身ごもっている。
  そして男の子を産む。
  その名はインマヌエルと呼ばれる。」
それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。
 ヨセフは眠りから覚めると主の使いが命じたとおりにし、自分の妻を迎え入れたが、
 子を産むまでは彼女を知ることはなかった。そしてその子の名をイエスとつけた。 

2022年12月4日 会堂での礼拝を行ないます
「救い主は誰の子か」  吉村恵理也師

 マタイの福音書 1章1節ー1章6節(聖書新改訳2017版を使用します)

 アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの系図。
 アブラハムがイサクを生み、イサクがヤコブを生み、ヤコブがユダとその兄弟たちを生み、
 ユダがタマルによってぺレツとゼラフを生み、ぺレツがヘツロンを生み、ヘツロンがアラムを生み、
 アラムがアミナダブを生み、アミナダブがナフションを生み、ナフションがサルマを生み、
 サルマがラハブによってボアズを生み、ボアズがルツによってオベデを生み、オベデがエッサイを生み、エッサイがダビデ王を生んだ。
 ダビデがウリヤの妻によってソロモンを生み、

 マタイの福音書 1章16節ー1章17節(聖書新改訳2017版を使用します)

 ヤコブがマリアの夫ヨセフを生んだ。キリストと呼ばれるイエスは、このマリアからお生まれになった。
 それで、アブラハムからダビデまでが全部で十四代、ダビデからバビロン捕囚までが十四代、バビロン捕囚からキリストまでが十四代となる。

2022年11月27日 会堂での礼拝を行ないます
「逆境における待ち方」  吉村恵理也師

 ミカ書 5章1節ー5章4節(聖書新改訳2017版を使用します)

 今、軍勢をなす娘よ、勢ぞろいせよ。
 包囲網が私たちに対して設けられた。
 彼らは、イスラエルをさばく者の頬を
 杖で打つ。

 「ベツレヘム・エフラテよ、
 あなたはユダの氏族の中で、あまりにも小さい。
 だが、あなたからわたしのために
 イスラエルを治める者が出る。
 その出現は昔から、
 永遠の昔から定まっている。」

 それゆえ、彼らはそのままにしておかれる。
 産婦が子を産む時まで。
 そのとき、彼の兄弟のほかの者は
 イスラエルの子らのもとに帰る。
 彼は立って、主の力と、
 彼の神、主の御名の威光によって群れを飼う。
 そして彼らは安らかに住まう。
 今や彼の威力が、地の果ての果てまで及ぶからだ。

2022年11月20日 会堂での礼拝を行ないます
「洗礼の喜び」  吉村恵理也師

 マルコの福音書 1章9節ー1章11節(聖書新改訳2017版を使用します)

 そのころ、イエスはガリラヤのナザレからやって来て、ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受けられた。
 イエスは、水の中から上がるとすぐに、天が裂けて御霊が鳩のようにご自分に降って来るのをご覧になった。
 すると天から声がした。「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ。」

2022年11月13日 会堂での礼拝を行ないます
「神の御名の力強さ」  山岸直生師

 詩篇 8篇1節ー8篇9節(聖書新改訳2017版を使用します)

 主よ 私たちの主よ
 あなたの御名は全地にわたり
 なんと力に満ちていることでしょう。
 あなたのご威光は天でたたえられています。
 幼子たち 乳飲み子たちの口を通して
 あなたは御力を打ち立てられました。
 あなたに敵対する者に応えるため
 復讐する敵を鎮めるために。
 
 あなたの指のわざである あなたの天
 あなたが整えられた月や星を見るに
 人とは何ものなのでしょう。
 あなたが心に留められるとは。
 人の子とはいったい何ものなのでしょう。
 あなたが顧みてくださるとは。
 
 あなたは 人を御使いより
 わずかに欠けがあるものとし
 これに栄光と誉れの冠を
 かぶらせてくださいました。
 あなたの御手のわざを人に治めさせ
 万物を彼の足の下に置かれました。
 羊も牛もすべて また野の獣も
 空の鳥 海の魚 海路を通うものも。

 主よ 私たちの主よ
 あなたの御名は全地にわたり
 なんと力に満ちていることでしょう。

2022年11月6日 会堂での礼拝を行ないます
「主のおしえに生きる人」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 24章25節ー24章34節(聖書新改訳2017版を使用します)

 そこでイエスは彼らに言われた。「ああ、愚かな者たち。心が鈍くて、預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち。
 キリストは必ずそのような苦しみを受け、それから、その栄光に入るはずだったのではありませんか。」
 それからイエスは、モーセやすべての預言者たちから始めて、ご自分について聖書全体に書いてあることを彼らに説き明かされた。
 彼らは目的の村の近くに来たが、イエスはもっと先まで行きそうな様子であった。
 彼らが、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕刻になりますし、日もすでに傾いています。」と言って強く勧めたので、イエスは彼らと共に泊まるため、中に入られた。
 そして彼らと食卓に着くと、イエスはパンを取って神をほめたたえ、裂いて彼らに渡された。
 すると彼らの目が開かれ、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。
 二人は話し合った。「道々お話しくださる間、私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内で燃えていたではないか。」
 二人はただちに立ち上がり、エルサレムに戻った。すると、十一人とその仲間が集まって、
 「本当に主はよみがえって、シモンに姿を現された」と話していた。

2022年10月30日 会堂での礼拝を行ないます
「輝き続ける主の栄光」  吉村恵理也師

 ヨハネの黙示録 22章1節ー22章5節(聖書新改訳2017版を使用します)

 御使いはまた、水晶のように輝く、いのちの水の川を私に見せた。川は神と子羊の御座から出て、
 都の大通りの中央を流れていた。こちら側にも、あちら側にも、十二の実をならせるいのちの木があって、毎月一つの実を結んでいた。その木の葉は諸国の民を癒やした。
 もはや、のろわれるものは何もない。神と子羊の御座が都の中にあり、神のしもべたちは神に仕え、
 御顔を仰ぎ見る。また、彼らの額には神の御名が記されている。
 もはや夜がない。神である主が彼らを照らされるので、ともしびの光も太陽の光もいらない。彼らは世々限りなく王として治める。




2022年10月23日 会堂での礼拝を行ないます
「空の鳥を見よ、野の花を見よ」  稲垣俊也師

 マタイの福音書 6章25節ー6章34節(聖書新改訳2017版を使用します)

 ですから、わたしはあなたがたに言います。何を食べようか何を飲もうかと、自分のいのちのことで心配したり、何を着ようかと、自分のからだのことで心配したりするのはやめなさい。いのちは食べ物以上のもの、からだは着る物以上のものではありませんか。
 空の鳥を見なさい。種まきもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。それでも、あなたがたの天の父は養っていてくださいます。あなたがたはその鳥よりも、ずっと価値があるではありませんか。
 あなたがたのうちだれが、心配したからといって、少しでも自分のいのちを延ばすことができるでしょうか。
 なぜ着る物のことで心配するのですか。野の花がどうして育つのか、よく考えなさい。働きもせず、紡ぎもしません。
 しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも装っていませんでした。
 今日あっても明日は炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこのように装ってくださるのなら、あなたがたには、もっと良くしてくださらないでしょうか。信仰の薄い人たちよ。
 ですから、何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかと言って、心配しなくてよいのです。
 これらのものはすべて、異邦人が切に求めているものです。あなたがたにこれらのものすべてが必要であることは、あなたがたの天に父が知っておられます。
 まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。
 ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります。

2022年10月16日 会堂での礼拝を行ないます
「脅しに屈しない秘訣」  吉村恵理也師

 ローマ人への手紙 8章12節ー8章17節(聖書新改訳2017版を使用します)

 ですから、兄弟たちよ、私たちには義務があります。肉に従って生きなければならないという、肉に対する義務ではありません。
 もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬことになります。しかし、もし御霊によってからだの行いを殺すなら、あなたがたは生きます。
 神の御霊に導かれる人はみな、神の子どもです。
 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは「アバ、父」と叫びます。
 御霊ご自身が、私たちの霊とともに、私たちが神の子どもであることを証ししてくださいます。
 子どもであるなら、相続人でもあります。私たちはキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているのですから、神の相続人であり、キリストともに共同相続人なのです。

2022年10月9日 会堂での礼拝を行ないます
「見よ、あなたがたの神を」  永井創世主事

 イザヤ書 40章6節ー40章11節(聖書新改訳2017版を使用します)

 「叫べ」と言う者の声がする。
 「何と叫びましょうか」と人は言う。
 「人はみな草のよう。
 その栄えはみな野の花のようだ。
 主の息吹がその上に吹くと、
 草はしおれ、花は散る。
 まことに民は草だ。
 草はしおれ、花は散る。
 しかし、私たちの神のことばは永遠に立つ。」

 シオンに良い知らせを伝える者よ、
 高い山に登れ。
 エルサレムに良い知らせを伝える者よ、
 力の限り声をあげよ。
 声をあげよ。恐れるな。
 ユダの町々に言え。
 「見よ、あなたがたの神を。」
 見よ。神である主は力をもって来られ、
 その御腕で統べ治める。
 見よ。その報いは主とともにあり、
 その報酬は主の御前にある。
 主は羊飼いのように、その群れを飼い、
 御腕に子羊を引き寄せ、懐に抱き、
 乳を飲ませる羊を優しく導く。

2022年10月2日 会堂での礼拝を行ないます
「正しい声に聴く」  吉村恵理也師

 使徒の働き 4章15節ー4章22節(聖書新改訳2017版を使用します)

 彼らは二人に議場の外に出るように命じ、協議して言った。
 「あの者たちをどうしようか。あの者たちによって著しいしるしが行われたことは、エルサレムのすべての住民に知れ渡っていて、われわれはそれを否定しようもない。
 しかし、これ以上民の間に広まらないように、今後だれにもこの名によって語ってはならない、と彼らを脅しておこう。」
 そこで、彼らは二人を呼んで、イエスの名によって語ることも教えることも、いっさいしてはならないと命じた。
 しかし、ペテロとヨハネは彼らに答えた。「神に聞き従うよりも、あなたがたに聞き従う方が、神の御前に正しいかどうか、判断してください。
 私たちは、自分たちが見たことや聞いたことを話さないわけにはいきません。」
 そこで彼らは、二人をさらに脅したうえで釈放した。それは、皆の者がこの出来事のゆえに神をあがめていたので、人々の手前、二人をばっする術がなかったからである。
 このしるしによって癒された人は、四十歳を過ぎていた。

2022年9月25日 会堂での礼拝を行ないます
「強くあれ、そして、賛美せよ」  篠原哲二師

 ヨシュア記 1章6節ー1章9節(聖書新改訳2017版を使用します)

 強くあれ。雄々しくあれ。あなたはわたしが父祖たちに与えると誓った地を、この民に受け継がせなければならないからだ。
 ただ強くあれ。雄々しくあれ。わたしのしもべモーセがあなたに命じた律法のすべてを守り行うためである。これを離れて、右にも左にもそれてはならない。あなたが行くところどこででも、あなたが栄えるためである。
 このみおしえの書をあなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさめ。そのうちに記されていることすべてを守り行うためである。そのとき、あなたは自分がすることで繁栄し、そのとき、あなたは栄えるからである。
 わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたが行くところどこででも、あなたの神、主があなたとともにおられるのだから。」

2022年9月18日 会堂での礼拝を行ないます
「キリストの証には力がある」  吉村恵理也師

 使徒の働き 4章1節ー4章14節(聖書新改訳2017版を使用します)

 ペテロとヨハネが民に話していると、祭司たち、宮の守衛長、サドカイ人たちが二人のところにやって来た。
 彼らは、二人が民を教え、イエスを例にあげて死者の中からの復活を宣べ伝えていることに苛立ち、
 二人に手をかけて捕らえた。そして、翌日まで留置することにした。すでに夕方だったからである。
 しかし、話を聞いた人々のうち大勢が信じ、男の数が五千人ほどになった。
 翌日、民の指導者たち、長老たち、律法学者たちは、エルサレムに集まった。
 大祭司アンナス、カヤパ、ヨハネ、アレクサンドロと、大祭司の一族もみな出席した。
 彼らは二人を真ん中に立たせて、「おまえたちは何の権威によって、また、だれの名によってあのようなことをしたのか」と尋問した。
 そのとき、ペテロは聖霊に満たされて、彼らに言った。「民の指導者たち、ならびに長老の方々。
 私たちが今日取り調べを受けているのが、一人の病人に対する良いわざと、その人が何によって癒されたのかということのためなら、
 皆さんも、またイスラエルのすべての民も、知っていただきたい。この人が治ってあなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの名によることです。
 『あなたがた家を建てる者たちに捨てられた石、それが要の石となった』というのは、この方のことです。
 この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。」
 彼らはペテロとヨハネの大胆さを見、また二人が無学な普通の人であるのを知って驚いた。また、二人がイエスとともにいたのだということも分かってきた。
 そして、癒された人が二人と一緒に立っているのを見ては、返すことばもなかった。

2022年9月11日 会堂での礼拝を行ないます
「絶望ではなく希望を」  山岸直生師

 エレミヤ書 29章10節ー29章14節(聖書新改訳2017版を使用します)

 まことに、主はこう言われる。『バビロンに七十年が満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにいつくしみの約束を果たして、あなたがたをこの場所に帰らせる。
 わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている——主のことば——。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
 あなたがたがわたしに呼びかけ、来て、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに耳を傾ける。
 あなたがたがわたしを捜し求めるとき、心を尽くしてわたしを求めるなら、わたしを見つける。
 わたしはあなたがたに見出される——主のことば——。わたしは、あなたがたを元どおりにする。あなたがたを追い散らした先のあらゆる国々とあらゆる場所から、あなたがたを集める——主のことば——。わたしはあなたがたを、引いて行った先から元の場所へ帰らせる。』

2022年9月4日 会堂での礼拝を行ないます
「預言と契約」  吉村恵理也師

 使徒の働き 3章17節ー3章26節(聖書新改訳2017版を使用します)

 さて兄弟たち。あなたがたが、自分たちの指導者たちと同様に、無知のためにあのような行いをしたことを、私は知っています。
 しかし神は、すべての預言者たちの口を通してあらかじめ告げておられたこと、すなわち、キリストの受難をこのように実現されました。
 ですから、悔い改めて神に立ち返りなさい。そうすれば、あなたがたの罪はぬぐい去られます。
 そうして、主の御前から回復の時が来て、あなたがたのためにあらかじめキリストとして定められていたイエスを、主は遣わしてくださいます。
 このイエスは、神が昔からその聖なる予言者たちの口を通して語られた、万物が改まる時まで、天にとどまっていなければなりません。
 モーセはこう言いました。『あなたがたの神、主は、あなたがたの同胞の中から、私のような一人の預言者をあなたがたのために起こされる。彼があなたがたに告げることすべてに聞き従わなければならない。
 その予言者に聞き従わないものはだれでも、自分の民から断ち切られる。』
 また、サムエルをはじめ、彼に続いて語った預言者たちもみな、今の時について告げ知らせました。
 あなたがたは預言者たちの子であり、契約の子です。この契約は、神がアブラハムに『あなたの子孫によって、地のすべての民族は祝福を受けるようになる』と言って、あなたがたの父祖たちと結ばれたものです。
 神はまず、そのしもべを立てて、あなたがたに遣わされました。その方が、あなたがた一人ひとりを悪から立ち返らせて、祝福にあずからせてくださるのです。」

2022年8月28日 会堂での礼拝を行ないます
「夏季シリーズ③ 祈りとは何か?」  吉村恵理也師

 マタイの福音書 6章6節ー6章8節(聖書新改訳2017版を使用します)

 あなたが祈るときは、家の奥の自分の部屋に入りなさい。そして戸を閉めて、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたところで見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。
 また、祈るとき、異邦人のように、同じことばをただ繰り返してはいけません。彼らは、ことば数が多いことで聞かれると思っているのです。
 ですから、彼らと同じようにしてはいけません。あなたがたの父は、あなたがたが求める前から、あなたがたに必要なものを知っておられるのです。

 マタイの福音書 6章33節ー6章34節(聖書新改訳2017版を使用します)

 まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。
 ですから、明日のことまで心配しなくて良いのです。明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります。

2022年8月21日 会堂での礼拝を行ないます
「夏季シリーズ② 説教とは何か?」  吉村恵理也師

 出エジプト記 3章1節ー3章12節(聖書新改訳2017版を使用します)

 モーセは、ミディアンの祭司、しゅうとイテロの羊を飼っていた。彼はその群れを荒野の奥まで導いて、神の山ホレブにやって来た。
 すると主の使いが、柴の茂みのただ中の、燃える炎の中で彼に現れた。彼が見ると、なんと、燃えているのに柴は燃え尽きていなかった。
 モーセは思った。「近寄って、この大いなる光景を見よう。なぜ柴が燃え尽きないのだろう。」
 主は、彼が横切って見に来るのをご覧になった。神は柴の茂みの中から彼に「モーセ、モーセ」と呼びかけられた。彼は「はい、ここにおります」と答えた。
 神は仰せられた。「ここに近づいてはならない。あなたの履き物を脱げ。あなたの立っている場所は聖なる地である。」
 さらに仰せられた。「わたしはあなたの父祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは顔を隠した。神を仰ぎ見るのを恐れたからである。
 主は言われた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみを確かに見、追い立てる者たちの前での彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを確かに知っている。
 わたしが下って来たのは、エジプトの手から彼らを救い出し、その地から、広く良い地、乳と蜜の流れる地に、カナン人、ヒッタイト人、アモリ人、ぺリジ人、ヒビ人、エブス人のいる場所に、彼らを導き上るためである。
 今、見よ。イスラエルの子らの叫びはわたしに届いた。わたしはまた、エジプト人が彼らを虐げている有様を見た。
 今、行け。わたしは、あなたをファラオのもとに遣わす。わたしの民、イスラエルの子らをエジプトから導き出せ。」
 モーセは神に言った。「私は、いったい何者なのでしょう。ファラオのもとに行き、イスラエルの子らをエジプトから導き出さなければならないとは。」
 神は仰せられた。「わたしが、あなたとともにいる。これが、あなたのためのしるしである。このわたしがあなたを遣わすのだ。あなたがこの民をエジプトかた導き出すとき、あなたがたは、この山で神に仕えなければならない。」

2022年8月14日 会堂での礼拝を行ないます
「平和をつくる者」  山岸直生師

 マタイの福音書 5章9節(聖書新改訳2017版を使用します)

 平和をつくる者は幸いです。
   その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。

2022年8月7日 会堂での礼拝を行ないます
「夏季シリーズ① 教会とは何か?」  吉村恵理也師

 エペソ人への手紙 1章17節ー1章23節(聖書新改訳2017版を使用します)

 どうか、私たちの主イエス・キリストの神、栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。
 また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しにより与えられる望みがどのようなものか、聖徒たちが受け継ぐものがどれほど栄光に富んだものか、
 また、神の大能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力が、どれほど偉大なものであるかを、知ることができますように。
 この大能の力を神はキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上でご自分の右の座に着かせて、
 すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世だけでなく、次に来る世においても、となえられるすべての名の上に置かれました。
 また、神はすべてのものをキリストの足の下に従わせ、キリストを、すべてのものの上に立つかしらとして教会に与えられました。
 教会はキリストのからだであり、すべてのものをすべてのもので満たす方が満ちておられるところです。

2022年7月31日 会堂での礼拝を行ないます
「奇跡信仰ではない復活信仰」  吉村恵理也師

 使徒の働き 3章11節ー3章16節(聖書新改訳2017版を使用します)

 この人がペテロとヨハネにつきまとっているうちに、非常に驚いた人々がみな、「ソロモンの回廊」と呼ばれる場所にいた彼らのところに、一斉に駆け寄って来た。
 これを見たペテロは、人々に向かって言った。「イスラエルの皆さん、どうしてこのことに驚いているのですか。どうして、私たちが自分の力や敬虔さによって彼を歩かせたかのように、私たちを見つめるのですか。
 アブラハム、イサク、ヤコブの神、すなわち私たちの父祖たちの神は、そのしもべイエスに栄光をお与えになりました。あなたがたはこの方を引渡し、ピラトが釈放すると決めた決めたのに、その面前でこの方を拒みました。
 あなたがたは、この聖なる正しい方を拒んで、人殺しの男を赦免するように要求し、
 いのちの君を殺したのです。しかし、神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました。私たちはそのことの証人です。
 このイエスの名が、その名を信じる信仰のゆえに、あなたがたが今見て知っているこの人を強くしました。イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの前で、このとおり完全なからだにしたのです。

2022年7月24日 会堂での礼拝を行ないます
「プレゼントの選び方」  吉村恵理也師

 使徒の働き 3章1節ー3章10節(聖書新改訳2017版を使用します)

 ペテロとヨハネは、午後三時の祈りの時間に宮に上って行った。
 すると、生まれつき足の不自由な人が運ばれて来た。この人は、宮に入る人たちから施しを求めるために、毎日「美しの門」と呼ばれる宮の門に置いてもらっていた。
 彼は、ペテロとヨハネが宮に入ろうとするのを見て、施しを求めた。
 ペテロは、ヨハネとともにその人を見つめて、「私たちを見なさい」と言った。
 彼は何かもらえると期待して、二人に目を注いだ。
 すると、ペテロは言った。「金銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」
 そして彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、
 躍り上がって立ち、歩き出した。そして、歩いたり飛び跳ねたりしながら、神を賛美しつつ二人と一緒に宮に入って行った。
 人々はみな、彼が歩きながら神を賛美しているのを見た。
 そしてそれが、宮の美しの門のところで施しを求めて座っていた人だと分かると、彼の身に起こったことに、ものも言えないほど驚いた。

2022年7月17日 会堂での礼拝を行ないます
「教会形成の過程」  吉村恵理也師

 使徒の働き 2章37節ー2章47節(聖書新改訳2017版を使用します)

 人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、私たちはどうしたらよいでしょうか。」と言った。
 そこで、ペテロは彼らに言った。「それぞれ罪を赦していただくために、悔い改めて、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。
 この約束は、あなたがたに、あなたがたの子どもたちに、そして遠くにいるすべての人々に、すなわち、私たちの神である主が召される人ならだれにでも、与えられているのです。」
 ペテロは、ほかにも多くのことばをもって証しをし、「この曲がった時代から救われなさい」と言って、彼らに勧めた。
 彼のことばを受け入れた人々はバプテスマを受けた。その日、三千人ほどが仲間に加えられた。
 彼らはいつも、使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていた。
 すべての人に恐れが生じ、使徒たちによって多くの不思議としるしが行われていた。
 信者となった人々はみな一つになって、一切の物を共有し、
 財産や所有物を売っては、それぞれの必要に応じて、皆に分配していた。
 そして、毎日、心を一つにして宮に集まり、家々でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、
 神を賛美し、民全体から好意を持たれていた。主は毎日、救われる人々を加えて一つにしてくださった。

2022年7月10日 会堂での礼拝を行ないます
「多くの実を結ぶ枝」  山岸直生師

 ヨハネの福音書 15章1節ー15章8節(聖書新改訳2017版を使用します)

 わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫です。
 わたしの枝で実を結ばないものはすべて、父がそれを取り除き、実を結ぶものはすべて、もっと多く実を結ぶように、刈り込みをなさいます。
 あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、すでにきよいのです。
 わたしにとどまりなさい。わたしもあなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木にとどまっていなければ、自分では実を結ぶことができないのと同じように、あなたがたもわたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。
 わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人にとどまっているなら、その人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないのです。
 わたしにとどまっていなければ、その人は枝のように投げ捨てられて枯れます。人々がそれを集めて火に投げ込むので、燃えてしまいます。
 あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまっているなら、何でも欲しいものを求めなさい。そうすれば、それはかなえられます。
 あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになります。

2022年7月3日 会堂での礼拝を行ないます
「救いを確信する」  吉村恵理也師

 使徒の働き 2章25節ー2章36節(聖書新改訳2017版を使用します)

 ダビデは、この方について次のように言っています。
  『私はいつも、主を前にしています。
  主が私の右におられるので、
  私は揺るがされることはありません。
  それゆえ、私の心は喜び、
  私の舌は喜びにあふれます。
  私の身も、望みの中に住まいます。
  あなたは、私のたましいをよみに捨て置かず、
  あなたにある敬虔な者に
  滅びをお見せにならないからです。
  あなたは私に、
  いのちの道を知らせてくださいます。
  あなたの御前で、
  私を喜びで満たしてくださいます。』
 兄弟たち。父祖ダビデについては、あなたがたに確信をもって言うことができます。彼は死んで葬られ、その墓は今日に至るまで私たちの間にあります。
 彼は預言者でしたから、自分の子孫の一人を自分の王座に就かせると、神が誓われたことを知っていました。
 それで、後のことを予見し、キリストの復活について、『彼はよみに捨て置かず、その体は朽ちて滅びることがない』と語ったのです。
 このイエスを、神はよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です。
 ですから、神の右に上げられたイエスが、約束された聖霊を御父から受けて、今あなたがたが目にし、耳にしている聖霊を注いでくださったのです。
 ダビデが天に上ったのではありません。彼自身こう言っています。
  『主は、私の主に言われた。
  あなたは、わたしの右の座に着いていなさい。
  わたしがあなたの敵を
  あなたの足台とするまで。』
 ですから、イスラエルの全家は、このことをはっきりと知らなければなりません。神が今や主ともにキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。」

2022年6月26日 会堂での礼拝を行ないます
「聖書を信じる影響」  吉村恵理也師

 使徒の働き 2章14節ー2章24節(聖書新改訳2017版を使用します)

 ペテロは十一人とともに立って、声を張り上げ、人々に語りかけた。「ユダヤの皆さん、ならびにエルサレムに住むすべての皆さん、あなたがたにこのことを知っていただきたい。私のことばに耳を傾けていただきたい。
 今は朝の九時ですから、この人たちは、あなたがたが思っているように酔っているのではありません。
 これは、預言者ヨエルによって語られたことです。
  『神は言われる。
  終わりの日に、わたしは
  すべての人にわたしの霊を注ぐ。
  あなたがたの息子や娘は預言し、
  青年は幻を見、老人は夢を見る。
  その日わたしは、
  わたしのしもべにも、はしためにも、
  わたしの霊を注ぐ。
  すると彼らは預言する。
  また、わたしは上は天に不思議を、
  下は地にしるしを現れされる。
  それは大いなる輝かしい日が来る前に、
  太陽は闇に、月は血に変わる。
  しかし、主の御名を呼び求める者は
  みな救われる。』
 イスラエルの皆さん、これらのことばを聞いてください。神はナザレ人イエスによって、あなたがたの間で力あるわざと不思議としるしを行い、それによって、あなたがたにこの方を証しされました。それは、あなたがた自身がご承知のことです。
 神が定めた計画と神の予知によって引き渡されたこのイエスを、あなたがたは律法を持たない人々の手によって十字架につけて殺したのです。
 しかし神は、イエスを死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。この方が死につながれていることなど、あり得なかったからです。

2022年6月19日 会堂での礼拝を行ないます
「確かな意思疎通」  吉村恵理也師

 使徒の働き 2章1節ー2章13節(聖書新改訳2017版を使用します)

 五旬節の日になって、皆が同じ場所に集まっていた。
 すると天から突然、激しい風が吹いて来たような響きが起こり、彼らが座っていた家全体に響き渡った。
 また、炎のような舌が分かれて現れ、一人ひとりの上にとどまった。
 すると皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた。
 さて、エルサレムには、敬虔なユダヤ人たちが、天下のあらゆる国々から来て住んでいたが、
 この物音がしたため、大勢の人々が集まって来た。彼らは、それぞれ自分の国のことばで弟子たちが話すのを聞いて、呆気にとられてしまった。
 彼らは驚き、不思議に思って言った。「見なさい。話しているこの人たちはみな、ガリラヤの人ではないか。
 それなのに、私たちそれぞれが生まれた国のことばで話を聞くとは、いったいどうしたことか。
 私たちは、パルティア人、メディア人、エラム人、またメソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントスとアジア、
 フリュギアとパンフィリア、エジプト、クレネに近いリビア地方などに住む者、また滞在中のローマ人で、
 ユダヤ人もいれば改宗者もいる。またクレタ人とアラビア人もいる。それなのに、あの人たちが、私たちのことばで神の大きなみわざを語るのを聞くとは。」
 人々はみな驚き当惑して、「いったい、これはどうしたことか」と言い合った。
 だが、「彼らは新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、嘲る者たちもいた。

2022年6月12日 会堂での礼拝を行ないます
「聖霊によって苦難を乗り越える」  山岸直生師

 ローマ人への手紙 5章1節ー5章5節(聖書新改訳2017版を使用します)

 こうして、私たちは信仰によって義と認められたので、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。
 このキリストによって私たちは、信仰によって、今立っているこの恵みに導き入れられました。そして、神の栄光にあずかる望みを喜んでいます。
 それだけでなく、苦難さえも喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生みだし、
 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。
 この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。

2022年6月5日 会堂での礼拝を行ないます
「祈りの応答」  吉村恵理也師

 使徒の働き 1章12節ー1章26節(聖書新改訳2017版を使用します)

 そこで、使徒たちはオリーブという山からエルサレムに帰った。この山はエルサレムに近く、安息日に歩くことが許される道のりのところにあった。
 彼らは町に入ると、泊まっている屋上の部屋に上がった。この人たちは、ペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党員シモンとヤコブの子ユダであった。
 彼らはみな、女たちとイエスの母マリア、およびイエスの兄弟たちとともに、いつも心を一つにして祈っていた。
 そのころ、百二十人ほどの人々が一つになって集まっていたが、ペテロがこれらの兄弟たちの中に立って、こう言った。
 「兄弟たち、イエスを捕らえた者たちを手引きしたユダについては、聖霊がダビデの口を通して前もって語った聖書のことばが、成就しなければなりませんでした。
 ユダは私たちの仲間として数えられていて、その務めを割り当てられていました。
 (このユダは、不義の報酬で地所を手に入れたが、真っ逆さまに落ちて、からだが真っ二つに裂け、はらわたがすべて飛び出してしまった。
 このことは、エルサレムの全住民に知れ渡り、その地所は彼らの国のことばでアケルダマ、すなわち『血の地所』と呼ばれるようになっていた。)
 詩篇にはこう書いてあります。
  『彼の宿営が荒れ果て、
  そこから住む者が絶えますように。』
 また、
  『彼の務めは、ほかの人が取るように。』
 ですから、主イエスが私たちと一緒に生活しておられた間、
 すなわち、ヨハネのバプテスマから始まって、私たちを離れて天に上げられた日までの間、いつも私たちと行動をともにした人たちの中から、だれか一人が、私たちとともにイエスの復活の証人とならなければなりません。」
 そこで、彼らは、バルサバと呼ばれ、別名をユストというヨセフと、マッティアのふたりを立てた。
 そしてこう祈った。「すべての人の心をご存じである主よ。この二人のうち、あなたがお選びになった一人をお示しください。
 ユダが自分の場所へ行くために離れてしまった、この奉仕の場、使徒職に就くためです。」
 そして、二人のためにくじを引くと、くじはマッティアに当たったので、彼が十一人の使徒たちの仲間に加えられた。

2022年5月29日 会堂での礼拝を行ないます
あなたはわたしを愛しますか」  山村諭師(日本同盟基督教団理事)

 ヨハネの福音書 21章15節ー21章19節(聖書新改訳2017版を使用します)

 彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たちが愛する以上に、わたしを愛していますか。」ペテロは答えた。「はい、主よ。私があなたを愛していることは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの子羊を飼いなさい。」
 イエスは再び彼に「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛していますか。」と言われた。ペテロは答えた。「はい、主よ。私があなたを愛していることは、あなたがご存知です。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。」
 イエスは三度目もペテロに、「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛していますか。」と言われた。ペテロは、イエスが三度目も「あなたはわたしを愛していますか」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ、あなたはすべてをご存じです。あなたは、私があなたを愛していることを知っておられます。」イエスは彼に言われた。「私の羊を飼いなさい。
 まことに、まことに、あなたに言います。あなたは若いときには、自分で帯をして、自分の望むところを歩きました。しかし年をとると、あなたは両手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をして、望まないところに連れて行きます。」
 イエスは、ペテロがどのような死に方で神の栄光を現すかを示すために、こう言われたのである。こう話してから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」

2022年5月22日 会堂での礼拝を行ないます
「発言の重み」  吉村恵理也師

 マタイの福音書 16章13節ー16章20節(聖書新改訳2017版を使用します)

さて、ピリポ・カイザリアの地方に行かれたとき、イエスは弟子たちに「人々は人の子をだれだと言っていますか」とお尋ねになった。
 彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人たちも、エリヤだと言う人たちもいます。またほかの人たちはエレミヤだとか、預言者の一人だとか言っています。」
 イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」
 シモン・ペテロが答えた。「あなたは生ける神の子キリストです。」
 すると、イエスは彼に答えられた。「バルヨナ・シモン、あなたは幸いです。このことをあなたに明らかにしたのは血肉ではなく、天におられるわたしの父です。
 そこで、わたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上に、わたしの教会を建てます。よみの門もそれに打ち勝つことはできません。
 わたしはあなたに天の御国の鍵を与えます。あなたが地上でつなぐことは天においてもつながれ、あなたが地上で解くことは天においても解かれます。」
 そのときイエスは弟子たちに、ご自分がキリストであることをだれにも言ってはならない、と命じられた。

2022年5月15日 会堂での礼拝を行ないます
「目標達成の秘訣」  吉村恵理也師

 マタイの福音書 14章26節ー14章33節(聖書新改訳2017版を使用します)

 イエスが湖の上を歩いておられるのを見た弟子たちは「あれは幽霊だ」と言っておびえ、恐ろしさのあまり叫んだ。
 イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。
 するとペテロが答えて、「主よ。あなたでしたら、私に命じて、水の上を歩いてあなたのところに行かせてください」と言った。
 イエスは「来なさい」と言われた。そこでペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスの方に行った。
 ところが強風を見て怖くなり、沈みかけたので、「主よ。助けてください」と叫んだ。
 イエスはすぐに手を伸ばし、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか。」
 そして二人が舟に乗り込むと、風はやんだ。
 舟の中にいた弟子たちは「まことに、あなたは神の子です」と言って、イエスを礼拝した。

2022年5月8日 会堂での礼拝を行ないます
「幸いな歩み」  山岸直生師

 詩篇 1篇1節ー1篇6節(聖書新改訳2017版を使用します)

 幸いなことよ 
 悪しき者のはかりごとに歩まず
 罪人の道に立たず
 嘲る者の座に着かない人。
 主のおしえを喜びとし
 昼も夜も そのおしえを口ずさむ人。
 その人は
 流れのほとりに植えられた木。
 時が来ると実を結び
 その葉は枯れず
 そのなすことはすべて栄える。

 悪しき者はそうではない。
 まさしく 風が吹き飛ばす籾殻だ。
 それゆえ 悪しき者はさばきに
 罪人は正しい者の集いに 立ち得ない。
 まことに 正しい者の道は主が知っておられ
 悪しき者の道は滅び去る。

2022年5月1日 会堂での礼拝を行ないます
「訓戒というリハビリ」  吉村恵理也師

 ルカの福音書 5章27節ー5章32節(聖書新改訳2017版を使用します)

 その後、イエスは出て行き、収税所に座っているレビという取税人に目を留められた。そして「わたしについて来なさい」と言われた。
 するとレビは、すべてを捨てて立ち上がり、イエスに従った。
 それからレビは、自分の家でイエスのために盛大なもてなしをした。取税人たちやほかの人たちが大勢、ともに食卓に着いていた。
 すると、パリサイ人たちや彼らのうちの律法学者たちが、イエスの弟子たちに向かって小声で文句を言った。「なぜあなたがたは、取税人たちや罪人たちと一緒に食べたり飲んだりするのですか。」
 そこでイエスは彼らに答えられた。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人です。
 わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためです。」

2022年4月24日 会堂での礼拝を行ないます
「正しい権威に従う」  吉村恵理也師

 マタイの福音書 28章18節ー28章20節(聖書新改訳2017版を使用します)

 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても地においても、すべての権威が与えられています。
 ですから、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。父、子、聖霊の名において彼らにバプテスマを授け、
 わたしがあなたがたに命じておいた、すべてのことを守るように教えなさい。見よ、わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。」

2022年4月17日 会堂での礼拝を行ないます
「はじめの挨拶」  吉村恵理也師

 マタイの福音書 28章5節ー28章9節(聖書新改訳2017版を使用します)

 御使いは女たちに言った。「あなたがたは、恐れることはありません。十字架につけられたイエスを捜しているのは分かっています。
 ここにはおられません。前から言っておられたとおり、よみがえられたのです。さあ、納められていた場所を見なさい。
 そして、急いで行って弟子たちに伝えなさい。『イエスは死人の中からよみがえられました。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれます。そこでお会いできます』と。いいですか、私は確かにあなたがたに伝えました。」
 彼女たちは恐ろしくはあったが大いに喜んで、急いで墓から立ち去り、弟子たちに知らせようと走って行った。
 すると見よ、イエスが「おはよう」と言って彼女たちの前に現れた。彼女たちは近寄ってその足を抱き、イエスを拝した。

2022年4月10日 会堂での礼拝を行ないます
「イエスが愛したように」  山岸直生師

 ヨハネの福音書 13章21節ー13章35節(聖書新改訳2017版を使用します)

 イエスは、これらのことを話されたとき、心が騒いだ。そして証しされた。「まことに、まことに、あなたがたに言います。あなたがたのうちの一人が、わたしを裏切ります。」
 弟子たちは、だれのことを言われたのか分からず当惑し、互いに顔を見合わせていた。
 弟子の一人がイエスの胸のところで横になっていた。イエスが愛しておられた弟子である。
 そこで、シモン・ペテロは彼に、だれのことを言われたのか尋ねるように合図した。
 その弟子はイエスの胸元に寄りかかったまま、イエスに言った。「主よ、それはだれのことですか。」
 イエスは答えられた。「わたしがパン切れを浸して与える者が、その人です。」それからイエスはパン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダに与えられた。
 ユダがパン切れを受け取ると、そのとき、サタンが彼に入った。すると、イエスは彼に言われた。「あなたがしようとしていることを、すぐしなさい。」
 席に着いていた者で、なぜイエスがユダにそう言われたのか、分かった者はだれもいなかった。
 ある者たちは、ユダが金入れを持っていたので、「祭りのために必要な物を買いなさい。」とか、貧しい人々に何か施しをするようにとか、イエスが言われたのだと思っていた。
 ユダはパン切れを受けると、すぐに出て行った。時は夜であった。
 ユダが出て行ったとき、イエスは言われた。「今、人の子は栄光を受け、神も人の子によって栄光をお受けになりました。
 神が、人の子によって栄光をお受けになったのなら、神も、ご自身で人の子に栄光を与えてくださいます。しかも、すぐに与えてくださいます。
 子どもたちよ、わたしはもう少しの間あなたがたとともにいます。あなたがたはわたしを捜すことになります。ユダヤ人たちに言ったように、今あなたがたにも言います。わたしが行くところに、あなたがたは来ることができません。
 わたしはあなたがたに新しい戒めを与えます。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
 互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるようになります。」

2022年4月3日 会堂での礼拝を行ないます
「受け入れによる解決」  吉村恵理也師

 ヨハネの福音書 13章14節ー13章20節(聖書新改訳2017版を使用します)

 主であり、師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのであれば、あなたがたもまた、互いに足を洗い合わなければなりません。
 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、あなたがたに模範を示したのです。
 まことに、まことに、あなたがたに言います。しもべは主人にまさらず、遣わされた者は遣わした者にまさりません。
 これらのことが分かっているなら、そして、それを行うなら、あなたがたは幸いです。
 わたしは、あなたがたすべてについて言っているのではありません。わたしは、自分が選んだ者たちを知っています。けれども、聖書に『わたしのパンを食べている者が、わたしに向かって、かかとを上げます』と書いてあることは成就するのです。
 事が起こる前に、今からあなたがたに言っておきます。起こったときに、わたしが、『わたしはある』であることを、あなたがたが信じるためです・
 まことに、まことに、あなたがたに言います。わたしが遣わす者を受け入れる者は、わたしを受け入れるのです。そして、わたしを受け入れる者は、わたしを遣わされた方を受け入れるのです。」

2022年3月27日 会堂での礼拝を行ないます
「積極的な奉仕」  吉村恵理也師

 マルコの福音書 14章3節ー14章9節(聖書新改訳2017版を使用します)

 さて、イエスがベタニアで、ツァラアトに冒された人シモンの家におられたときのことである。食事をしておられると、ある女の人が、純粋で非常に高価なナルド油の入った小さな壺を持って来て、その壺を割り、イエスの頭に注いだ。
 すると、何人かの者が憤慨して互いに言った。「何のために、香油をこんなに無駄にしたのか。 
 この香油なら、三百デナリ以上に売れて、貧しい人たちに施しができたのに。」そして、彼女を厳しく責めた。
 すると、イエスは言われた。「彼女を、するままにさせておきなさい。なぜ困らせるのですか。わたしのために、良いことをしてくれたのです。
 貧しい人々は、いつもあなたがたと一緒にいます。あなたがたは望むとき、いつでも彼らに良いことをしてあげられます。しかし、わたしは、いつもあなたがたと一緒にいるわけではありません。
 彼女は、自分にできることをしたのです。埋葬に備えて、わたしのからだに、前もって香油を塗ってくれました。
 まことに、あなたがたに言います。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられるところでは、この人がしたことも、この人の記念として語られます。」

2022年3月20日 会堂での礼拝を行ないます
「向こう岸へ渡ろう」  高橋宣広牧師

 ルカの福音書 8章22節ー8章26節(聖書新改訳2017版を使用します)

 ある日のことであった。イエスは弟子たちと一緒に舟に乗り、「湖の向こう岸へ渡ろう」と言われたので、弟子たちは舟を出した。
 舟で渡っている間に、イエスは眠り始められた。ところが突風が湖に吹きおろして来たので、彼らは水をかぶって危険になった。
 そこで弟子たちは近寄ってイエスを起こし、「先生、先生、私たちは死んでしまいます」と言った。イエスは起き上がり、風と荒波を叱りつけられた。すると、鎮まり、凪になった。
 イエスは彼らに対して、「あなたがたの信仰はどこにあるのですか。」と言われた。弟子たちは驚き恐れて互いに言った。「お命じになると、風や水までが従うとは、いったいこの方はどういう方なのだろうか。」
 こうして彼らは、舟で、ガリラヤの反対側にあるゲラサ人の地に着いた。

2022年3月13日 会堂での礼拝を行ないます
「クリスチャンは証人」  吉村恵理也師

 使徒の働き 1章4節ー1章11節(聖書新改訳2017版を使用します)

 使徒たちと一緒にいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。
 ヨハネは水でバプテスマを授けましたが、あなたがたは間もなく、聖霊によるバプテスマを授けられるからです。」
 そこで使徒たちは、一緒に集まったとき、イエスに尋ねた。「主よ。イスラエルのために国を再興して下さるのは、この時なのですか。」
 イエスは彼らに言われた。「いつとか、どんな時とかいうことは、あなたがたの知るところではありません。それは、父がご自分の権威をもって定めておられることです。
 しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」
 こう言ってから、イエスは使徒たちが見ている間に上げられた。そして雲がイエスを包み、彼らの目には見えなくなった。
 イエスが上って行かれるとき、使徒たちは天を見つめていた。すると見よ、白い衣を着た二人の人が、彼らのそばに立っていた。
 そしてこう言った。「ガリラヤの人たち、どうして天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行くのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになります。」

2022年3月6日 会堂での礼拝を行ないます
「本当のふるさと」  高橋宣広牧師

 へブル人への手紙 11章8節ー11章16節(聖書新改訳2017版を使用します)

 信仰によって、アブラハムは相続財産として受け取るべき地に出て行くようにと召しを受けたときに、それに従い、どこに行くのかを知らずに出て行きました。
 信仰によって、彼は約束された地に他国人のようにして住み、同じ約束をともに受け継ぐイサクやヤコブと天幕生活をしました。
 堅い基礎の上に建てられた都を待ち望んでいたからです。その都の設計者、また建設者は神です。
 アブラハムは、すでにその年を過ぎた身であり、サラ自身も不妊の女であったのに、信仰によって、子をもうける力を得ました。彼が、約束してくださった方を真実な方と考えたからです。
 こういうわけで、一人の、しかも死んだも同然の人から、天の星のように、また海辺の数えきれない砂のように数多くの子孫が生まれたのです。
 これらの人たちはみな、信仰の人として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるか遠くにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり、寄留者であることを告白していました。
 そのように言っている人たちは、自身の故郷を求めていることを明らかにしています。
 もし彼らが思っていたのが、出て来た故郷だったなら、帰る機会はあったでしょう。
 しかし実際には、彼らがあこがれていたのは、もっと良い故郷、すなわち天の故郷でした。ですから神は、彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。神が彼らのために都を用意されたのです。

2022年2月27日 会堂での礼拝を行ないます
「確かに復活されたイエス」  吉村恵理也師

 使徒の働き 1章1節ー1章3節(聖書新改訳2017版を使用します)

 テオフィロ様。私は前の書で、イエスが行い始め、また教え始められたすべてのことについて書き記しました。
 それは、お選びになった使徒たちに聖霊によって命じた後、天に上げられた日までのことでした。
 イエスは苦しみを受けた後、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。四十日にわたって彼らに現れ、神の国のことを語られた。

2022年2月20日 会堂での礼拝を行ないます
「一粒の麦」  高橋宣広牧師

 ヨハネの福音書 12章20節ー12章26節(聖書新改訳2017版を使用します)

 さて、祭りで礼拝のために上って来た人々の中に、ギリシア人が何人かいた。
 この人たちは、ガリラヤのベツサイダ出身のピリポのところに来て、「お願いします。イエスにお目にかかりたいのです。」と頼んだ。
 ピリポは行ってアンデレに話し、アンデレとピリポは行って、イエスに話した。
 すると、イエスは彼らに答えられた。「人の子が栄光を受ける時が来ました。
 まことに、まことに、あなたがたに言います。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます。
 自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世で自分のいのちを憎む者は、それを保って永遠のいのちに至ります。
 わたしに仕えるというのなら、その人はわたしについて来なさい。わたしがいるところに、わたしに仕える者もいることになります。わたしに仕えるなら、父はその人を重んじてくださいます。」

2022年2月13日 会堂での礼拝を行ないます
「同情に勝る真理」  吉村恵理也師

 ヨブ記 32章1節ー32章5節(聖書新改訳2017版を使用します)

 この三人はヨブに答えるのをやめた。ヨブが自分を正しいと思っていたからである。
 すると、ラム族のブズ人、バラクエルの子エリフが怒りを燃やした。彼は、ヨブが神よりも自分自身のほうを義としたので、ヨブに向かって怒りを燃やしたのである。
 彼はまた、その三人の友に向かって怒りを燃やした。彼らがヨブを不義に定めながら、言い返せなかったからである。
 エリフは、彼らが自分よりも年長だったので、ヨブに語りかける時を待っていた。
 エリフは三人の者の口に答えがないのを見て、怒りを燃やした。

2022年2月6日 会堂での礼拝を行ないます
「ろばの子に乗って」  高橋宣広牧師

 ヨハネの福音書 12章12節ー12章19節(聖書新改訳2017版を使用します)

 その翌日、祭りに来ていた大勢の群衆は、イエスがエルサレムに来られると聞いて、
 なつめ椰子の枝を持って迎えに出て行き、こう叫んだ。
 「ホサナ。
 祝福あれ、主の御名によって来られる方に。
 イスラエルの王に。」
 イエスはろばの子を見つけて、それに乗られた。次のように書かれているとおりである。
  「恐れるな、娘シオン。
  見よ、あなたの王が来られる。
  ろばの子に乗って。」
 これらのことは、初め弟子たちには分からなかった。しかし、イエスが栄光を受けられた後、これがイエスについて書かれていたことで、それを人々がイエスに行ったのだと、彼らは思い起こした。
 さて、イエスがラザロを墓から呼び出して、死人の中からよみがえらせたときにイエスと一緒にいた群衆は、そのことを証しし続けていた。
 群衆がイエスを出迎えたのは、イエスがこのしるしを行われたことを聞いたからである。
 それで、パリサイ人たちは互いに言った。「見てみなさい。何一つうまくいっていない。見なさい。世はこぞってあの人の後について行ってしまった。」

2022年1月30日 会堂での礼拝を行ないます
「違反の影響と信頼の影響」  吉村恵理也師

 ヨブ記 14章1節ー14章4節(聖書新改訳2017版を使用します)

 女から生まれた人間は、その齢が短く、
 心乱されることで満ちています。
 花のように咲き出てはしおれ、
 影のように逃げ去り、とどまることがありません。
 このような者に対してさえ
 あなたは目を見開き、
 この私をご自分とともに、
 さばきの座に連れて行かれるのですか。
 きよい物を汚れた物から取り出せたらよいのに。
 しかし、だれ一人できません。

2022年1月23日 会堂での礼拝を行ないます
「試練に向き合う」  吉村恵理也師

 ヨブ記 1章1節ー1章12節(聖書新改訳2017版を使用します)

 ウツの地に、その名をヨブという人がいた。この人は誠実で直ぐな心を持ち、神を恐れて悪から遠ざかっていた。
 彼に七人の息子と三人の娘が生まれた。
 彼は羊七千匹、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭、それに非常に多くのしもべを所有していた。この人は東の人々の中で一番の有力者であった。
 彼の息子たちは互いに行き来し、それぞれ自分の順番の日に、家で宴会を開き、人を遣わして彼らの三人の姉妹も招き、よく一緒に食べたり飲んだりしていた。
 宴会の日が一巡すると、ヨブは彼らを呼び寄せて聖別した。朝早く起きて、彼ら一人ひとりのために、それぞれの全焼のささげ物を献げたのである。ヨブは、「もしかすると、息子たちが罪に陥って、心の中で神を呪ったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつもこのようにしていた。
 ある日、神の子らがやって来て、主の前に立った。サタンもやって来て、彼らの中にいた。
 主はサタンに言われた。「おまえはどこから来たのか。」サタンは主に答えた。「地を行き巡り、そこを歩き回ってきました。」
 主はサタンに言われた。「おまえは、わたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように、誠実で直ぐな心を持ち、神を恐れて悪から遠ざかっている者は、地上には一人もいない。」
 サタンは主に答えた。「ヨブは理由もなく神を恐れているのでしょうか。
 あなたが、彼の周り、彼の家の周り、そしてすべての財産の周りに、垣を巡らされたのではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地に増え広がっているのです。
 しかし、手を伸ばして、彼のすべての財産を打ってみてください。彼はきっと、面と向かってあなたを呪うに違いありません。」
 主はサタンに言われた。「では、彼の財産をすべておまえの手に任せる。ただし、彼自身には手を伸ばしてはならない。」そこで、サタンは主の前から出て行った。

2022年1月16日 会堂での礼拝を行ないます
「キリストのために」  高橋宣広牧師

 ヨハネの福音書 12章1節ー12章11節(聖書新改訳2017版を使用します)

 さて、イエスは過越の祭りの六日前にベタニアに来られた。そこには、イエスが死人の中からよみがえらせたラザロがいた。
 人々はイエスのために、そこに夕食を用意した。マルタは給仕し、ラザロは、イエスとともに食卓に着いていた人たちの中にいた。
 一方マリアは、純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ取って、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。
 弟子の一人で、イエスを裏切ろうとしていたイスカリオテのユダが言った。
 「どうして、この香油を三百デナリで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」
 彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではなく、彼が盗人で、金入れを預かりながら、そこに入っているものを盗んでいたからであった。
 イエスは言われた。「そのままさせておきなさい。マリアは、わたしの葬りの日のために、それを取っておいたのです。
 貧しい人々は、いつもあなたがたと一緒にいますが、わたしはいつも一緒にいるわけではありません。」
 すると、大勢のユダヤ人の群衆が、そこにイエスがおられると知って、やって来た。イエスに会うためだけではなく、イエスが死人の中からよみがえらせたラザロを見るためでもあった。
 祭司長たちはラザロも殺そうと相談した。
 彼のために多くのユダヤ人が去って行き、イエスを信じるようになったからである。

2022年1月9日 会堂での礼拝を行ないます
「ひとりの人が民の代わりに」  高橋宣広牧師

 ヨハネの福音書 11章45節ー11章57節(聖書新改訳2017版を使用します)

 マリアのところに来ていて、イエスがなさったことを見たユダヤ人の多くが、イエスを信じた。
 しかし、何人かはパリサイ人たちのところに行って、イエスがなさったことを伝えた。
 祭司長たちとパリサイ人たちは最高法院を招集して言った。「われわれは何をしているのか。あの者が多くのしるしを行っているというのに。
 あの者をこのまま放っておけば、すべての人があの者を信じるようになる。そうなると、ローマ人がやって来て、われわれの土地も国民も取り上げてしまうだろう。」
 しかし、彼らのうちの一人で、その年の大祭司であったカヤパが、彼らに言った。「あなたがたは何も分かっていない。
 一人の人が民に代わって死んで、国民全体が滅びないですむほうが、自分たちにとって得策だということを、考えてもいない。」
 このことは、彼が自分から言ったのではなかった。彼はその年の大祭司であったので、イエスが国民のために死のうとしておられること、
 また、ただ国民のためだけでなく、散らされている神の子らを一つに集めるためにも死のうとしておられることを、預言したのである。
 その日以来、彼らはイエスを殺そうと企んだ。
 そのために、イエスはもはやユダヤ人たちの間を公然と歩くことをせず、そこから荒野に近い地方に去って、エフライムという町に入り、弟子たちとともにそこに滞在された。
 さて、ユダヤ人の過越の祭りが近づいた。多くの人々が、身を清めるため、過越の祭りの前に地方からエフライムに上って来た。
 彼らはイエスを捜し、宮の中に立って互いに話していた。「どう思うか。あの方は祭りに来られないのだろうか。」
 祭司長たち、パリサイ人たちはイエスを捕えるために、イエスがどこにいるかを知っている者は報告するように、という命令を出していた。

2022年1月2日 会堂での礼拝を行ないます
「正月の『正』から始まる」  吉村恵理也師

 ローマ人への手紙 10章17節(聖書新改訳2017版を使用します)

 ですから、信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。