長野福音教会 ON SITE 今週の聖書

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「イエスは弟子たちといっしょに舟に乗り、「さあ、湖の向こう岸へ渡ろう。」と言われた。それで弟子たちは舟を出した。」 (ルカの福音書8:22)

  • 教会では、毎日曜日に神さまを讃える礼拝を行っています
  • 下記に、礼拝時に拝読している聖書の一部を掲載します
  • タイトルの部分をクリックしていただくと、文章が表れます
  • ※ご承知のように聖書は膨大な書物です
  •  少しづつ読み重ねていくことをお勧めいたします
  •  ちなみに、聖書は世界一のベストセラーと言われているんですよ

2012年5月27日
「聖霊により宿られたお方」  高橋宣弘牧師

 マタイの福音書 1章18節-25節   

 イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。
 夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。
 彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現われて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。
 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
 このすべての出来事は、主が預言者を通して言われたことが成就するためであった。
 「見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)
 ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、
 そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。

2012年5月20日
「神のひとり子を信じる」  高橋宣弘牧師

 創世記 22章1節-14節   

 これらの出来事の後、神はアブラハムを試練に会わせられた。神は彼に、「アブラハムよ。」と呼びかけられると、彼は、「はい。ここにおります。」と答えた。
 神は仰せられた。「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そしてわたしがあなたに示す一つの山の上で、全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい。」
 翌朝早く、アブラハムはろばに鞍をつけ、ふたりの若い者と息子イサクとをいっしょに連れて行った。彼は全焼のいけにえのためのたきぎを割った。こうして彼は、神がお告げになった場所へ出かけて行った。
 三日目に、アブラハムが目を上げると、その場所がはるかかなたに見えた。
 それでアブラハムは若い者たちに、「あなたがたは、ろばといっしょに、ここに残っていなさい。私と子どもとはあそこに行き、礼拝をして、あなたがたのところに戻って来る。」と言った。
 アブラハムは全焼のいけにえのためにたきぎを取り、それをその子イサクに負わせ、火と刀とを自分の手に取り、ふたりはいっしょに進んで行った。
 イサクは父アブラハムに話しかけて言った。「お父さん。」すると彼は、「何だ。イサク。」と答えた。イサクは尋ねた。「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか。」
 アブラハムは答えた。「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」こうしてふたりはいっしょに歩き続けた。
 ふたりは神がアブラハムに告げられた場所に着き、アブラハムはその所に祭壇を築いた。そうしてたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。
 アブラハムは手を伸ばし、刀を取って自分の子をほふろうとした。
 そのとき、主の使いが天から彼を呼び、「アブラハム。アブラハム。」と仰せられた。彼は答えた。「はい。ここにおります。」
 御使いは仰せられた。「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」
 アブラハムが目を上げて見ると、見よ、角をやぶにひっかけている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行って、その雄羊を取り、それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた。
 そうしてアブラハムは、その場所を、アドナイ・イルエと名づけた。今日でも、「主の山の上には備えがある。」と言い伝えられている。

2012年5月13日
「全能の父である神」  高橋宣弘牧師

 創世記 17章1節-8節   

 アブラムが九十九歳になったとき主はアブラムに現われ、こう仰せられた。
  「わたしは全能の神である。
  あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。
  わたしは、わたしの契約を、
  わたしとあなたとの間に立てる。
  わたしは、あなたをおびただしくふやそう。」
 アブラムは、ひれ伏した。神は彼に告げて仰せられた。
  「わたしは、この、わたしの契約を
  あなたと結ぶ。
  あなたは多くの国民の父となる。
  あなたの名は、
  もう、アブラムと呼んではならない。
  あなたの名はアブラハムとなる。
  わたしが、あなたを多くの国民の
  父とするからである。
 わたしは、あなたの子孫をおびただしくふやし、あなたを幾つかの国民とする。あなたから、王たちが出て来よう。
 わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に、そしてあなたの後のあなたの子孫との間に、代々にわたる永遠の契約として立てる。わたしがあなたの神、あなたの後の子孫の神となるためである。
 わたしは、あなたが滞在している地、すなわちカナンの全土を、あなたとあなたの後のあなたの子孫に永遠の所有として与える。わたしは、彼らの神となる。」

2012年5月6日
「天地の造り主なる神」  高橋宣弘牧師

 創世記 1章1節-5節   

 初めに、神が天と地を創造した。
 地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。
 そのとき、神が「光よ。あれ。」と仰せられた。すると光ができた。
 神はその光をよしと見られた。そして神はこの光とやみとを区別された。
 神は、この光を昼と名づけ、このやみを夜と名づけられた。こうして夕があり、朝があった。第一日。

2012年4月29日
「神の栄光のためのもの」  高橋宣弘牧師

 ヨハネの福音書 11章1節-7節   

 さて、ある人が病気にかかっていた。ラザロといって、マリヤとその姉妹マルタとの村の出で、ベタニヤの人であった。
 このマリヤは、主に香油を塗り、髪の毛でその足をぬぐったマリヤであって、彼女の兄弟ラザロが病んでいたのである。
 そこで姉妹たちは、イエスのところに使いを送って、言った。「主よ。ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です。」
 イエスはこれを聞いて言われた。「この病気は死で終わるだけのものではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるためです。」
 イエスはマルタとその姉妹とラザロとを愛しておられた。
 そのようなわけで、イエスは、ラザロが病んでいることを聞かれたときも、そのおられた所になお二日とどまられた。
 その後、イエスは、「もう一度ユダヤに行こう。」と弟子たちに言われた。

2012年4月22日
「福音のはじめ」  篠原哲二牧師

 マルコの福音書 1章1節-8節   

 神の子イエス・キリストの福音のはじめ。
 預言者イザヤの書にこう書いてある。
 「見よ。わたしは使いをあなたの前に遣わし、
 あなたの道を整えさせよう。
 荒野で叫ぶ者の声がする。
 『主の道を用意し、
 主の通られる道をまっすぐにせよ。』」
 そのとおりに、
 バプテスマのヨハネが荒野に現われて、罪が赦されるための悔い改めのバプテスマを説いた。
 そこでユダヤ全国の人々とエルサレムの全住民が彼のところに行き、自分の罪を告白して、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けていた。
 ヨハネは、らくだの毛で織った物を着て、腰に皮の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。
 彼は宣べ伝えて言った。「私よりもさらに力のある方が、あとからおいでになります。私には、かがんでその方のくつひもを解く値うちもありません。
 私はあなたがたに水でバプテスマを授けましたが、その方は、あなたがたに聖霊のバプテスマをお授けになります。」

2012年4月15日
「私は信じます」  高橋宣弘牧師

 マタイの福音書 16章13節-17節   

 さて、ピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、イエスは弟子たちに尋ねて言われた。「人々は人の子をだれだと言っていますか。」
 彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人もあり、エリヤだと言う人もあります。またほかの人たちはエレミヤだとか、また預言者のひとりだとも言っています。」
 イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」
 シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」
 するとイエスは、彼に答えて言われた。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。

2012年4月8日
「命から愛が生まれる」  高橋宣弘牧師

 マタイの福音書 28章1節-20節   

 さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方、マグダラのマリヤと、ほかのマリヤが墓を見に来た。
 すると、大きな地震が起こった。それは、主の使いが天から降りて来て、石をわきへころがして、その上にすわったからである。
 その顔は、いなずまのように輝き、その衣は雪のように白かった。
 番兵たちは、御使いを見て恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。
 すると、御使いは女たちに言った。「恐れてはいけません。あなたがたが十字架につけられたイエスを捜しているのを、私は知っています。
 ここにはおられません。前から言っておられたように、よみがえられたからです。来て、納めてあった場所を見てごらんなさい。
 ですから急いで行って、お弟子たちにこのことを知らせなさい。イエスが死人の中からよみがえられたこと、そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれ、あなたがたは、そこで、お会いできるということです。では、これだけはお伝えしました。」
 そこで、彼女たちは、恐ろしくはあったが大喜びで、急いで墓を離れ、弟子たちに知らせに走って行った。
 すると、イエスが彼女たちに出会って、「おはよう。」と言われた。彼女たちは近寄って御足を抱いてイエスを拝んだ。
 すると、イエスは言われた。「恐れてはいけません。行って、わたしの兄弟たちに、ガリラヤに行くように言いなさい。そこでわたしに会えるのです。」
 女たちが行き着かないうちに、もう、数人の番兵が都に来て、起こった事を全部、祭司長たちに報告した。
 そこで、祭司長たちは民の長老たちとともに集まって協議し、兵士たちに多額の金を与えて、
 こう言った。「『夜、私たちが眠っている間に、弟子たちがやって来て、イエスを盗んで行った。』と言うのだ。
 もし、このことが総督の耳にはいっても、私たちがうまく説得して、あなたがたには心配をかけないようにするから、
 そこで、彼らは金をもらって、指図されたとおりにした。それで、この話が広くユダヤ人の間に広まって今日に及んでいる。
 しかし、十一人の弟子たちは、ガリラヤに行って、イエスの指示された山に登った。
 そして、イエスにお会いしたとき、彼らは礼拝した。しかし、ある者は疑った。
 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。
 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

2012年4月1日
「取って食べなさい」  高橋宣弘牧師

 マタイの福音書 26章17節-29節   

 さて、種なしパンの祝いの第一日に、弟子たちがイエスのところに来て言った。「過越の食事をなさるのに、私たちはどこで用意をしましょうか。」
 イエスは言われた。「都にはいって、これこれの人のところに行って、『先生が「わたしの時が近づいた。わたしの弟子たちといっしょに、あなたのところで過越を守ろう。」と言っておられる。』と言いなさい。」
 そこで、弟子たちはイエスに言いつけられたとおりにして、過越の食事の用意をした。
 さて、夕方になって、イエスは十二弟子といっしょに食卓に着かれた。
 みなが食事をしているとき、イエスは言われた。「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたのうちひとりが、わたしを裏切ります。」
 すると、弟子たちは非常に悲しんで、「主よ。まさか私のことではないでしょう。」とかわるがわるイエスに言った。
 イエスは答えて言われた。「わたしといっしょに鉢に手を浸した者が、わたしを裏切るのです。
 確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。しかし、人の子を裏切るような人間はのろわれます。そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。」
 すると、イエスを裏切ろうとしていたユダが答えて言った。「先生。まさか私のことではないでしょう。」イエスは彼に、「いや、そうだ。」と言われた。
 また、彼らが食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取って食べなさい。これはわたしのからだです。」
 また杯を取り、感謝をささげて後、こう言って彼らにお与えになった。「みな、この杯から飲みなさい。
 これは、わたしの契約の血です。罪を赦すために多くの人のために流されるものです。
 ただ、言っておきます。わたしの父の御国で、あなたがたと新しく飲むその日までは、わたしはもはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。」

2012年3月25日
「アーメン」  高橋宣弘牧師

 詩篇 89篇49節-52節   

 主よ。あなたのさきの恵みは
 どこにあるのでしょうか。
 それはあなたが真実をもって
 ダビデに誓われたものです。
 主よ。心に留めてください。
 あなたのしもべたちの受けるそしりを。
 私が多くの国々の民のすべてをこの胸に
 こらえていることを。
 主よ。あなたの敵どもは、そのようにそしり、
 そのように、あなたに油そそがれた者の足跡を
 そしりました。
 ほむべきかな。主。とこしえまでも。
          アーメン。アーメン。

2012年3月18日
「国と力と栄えは」  高橋宣弘牧師

 歴代誌 第一 29章10節-21節   

 ダビデは全集団の目の前で主をほめたたえた。ダビデは言った。「私たちの父イスラエルの神、主よ。あなたはとこしえからとこしえまでほむべきかな。
 主よ。偉大さと力と栄えと栄光と尊厳とはあなたのものです。天にあるもの地にあるものはみなそうです。主よ。王国もあなたのものです。あなたはすべてのものの上に、かしらとしてあがむべき方です。
 富と誉れは御前から出ます。あなたはすべてのものの支配者であられ、御手には勢いと力があり、あなたの御手によって、すべてが偉大にされ、力づけられるのです。
 今、私たちの神、私たちはあなたに感謝し、あなたの栄えに満ちた御名をほめたたえます。
 まことに、私は何者なのでしょう。私の民は何者なのでしょう。このようにみずから進んでささげる力を保っていたとしても。すべてはあなたから出たのであり、私たちは、御手から出たものをあなたにささげたにすぎません。
 私たちは、すべての父祖たちのように、あなたの前では異国人であり、居留している者です。地上での私たちの日々は影のようなもので、望みもありません。
 私たちの神、主よ。あなたの聖なる御名のために家をお建てしようと私たちが用意をしたこれらすべてのおびただしいものは、あなたの御手から出たものであり、すべてはあなたのものです。
 私の神。あなたは心をためされる方で、直ぐなことを愛されるのを私は知っています。私は直ぐな心で、これらすべてをみずから進んでささげました。今、ここにいるあなたの民が、みずから進んであなたにささげるのを、私は喜びのうちに見ました。
 私たちの父祖アブラハム、イサク、イスラエルの神、主よ。御民のその心に計る思いをとこしえにお守りください。彼らの心をしっかりとあなたに向けさせてください。
 わが子ソロモンに、全き心を与えて、あなたの命令とさとしと定めを守らせ、すべてを行なわせて、私が用意した城を建てさせてください。」
 そして、ダビデは全集団に向かって、「あなたがたの神、主をほめたたえなさい。」と言った。すると全集団は、父祖の神、主をほめたたえ、ひざまずいて、主と王とを礼拝した。
 その日の翌日、彼らは主にいけにえをささげ、全焼のいけにえをささげた。雄牛千頭、雄羊千頭、子羊千頭、これらに添える注ぎのぶどう酒、それに全イスラエルのためのおびただしいいけにえをささげた。

2012年3月11日
「試みに会わせないでください」  高橋宣弘牧師

ルカの福音書 22章31節-34節  

 シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。
 しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」
 シモンはイエスに言った。「主よ。ごいっしょになら、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております。」
 しかし、イエスは言われた。「ペテロ。あなたに言いますが、きょう鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言います。」

2012年3月4日
「赦すことができますように」  高橋宣弘牧師

マタイの福音書 18章21節-35節  

 そのとき、ペテロがみもとに来て言った。「主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。」
 イエスは言われた。「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。
 このことから、天の御国は、地上の王にたとえることができます。
 王はそのしもべたちと清算をしたいと思った。
 清算が始まると、まず一万タラントの借りのあるしもべが、王のところに連れて来られた。
 しかし、彼は返済することができなかったので、その主人は彼に、自分も妻子も持ち物全部売って返済するように命じた。
 それで、このしもべは、主人の前にひれ伏して、『どうかご猶予ください。そうすれば全部お払いいたします。』と言った。
 しもべの主人は、かわいそうに思って、彼を赦し、借金を免除してやった。
 ところが、そのしもべは、出て行くと、同じしもべ仲間で、彼から百デナリの借りのある者に出会った。彼はその人をつかまえ、首を絞めて、『借金を返せ。』と言った。
 彼の仲間は、ひれ伏して、『もう少し待ってくれ。そうしたら返すから。』と言って頼んだ。
 しかし彼は承知せず、連れて行って、借金を返すまで牢に投げ入れた。
 彼の仲間たちは事の成り行きを見て、非常に悲しみ、行って、その一部始終を主人に話した。
 そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『悪いやつだ。おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。
 私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。』
 こうして、主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏に引き渡した。
 あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。」

2012年2月26日
「私たちの日ごとの糧を」  高橋宣弘牧師

アモス書 8章1節-14節

 神である主は、私にこのように示された。そこに一かごの夏のくだものがあった。
 主は仰せられた。「アモス。何を見ているのか。」私が、「一かごの夏のくだものです。」と言うと、主は私に仰せられた。
  「わたしの民イスラエルに、終わりが来た。
  わたしはもう二度と彼らを見過ごさない。
  その日には、神殿の歌声は泣きわめきとなる。
  ―神である主の御告げ。―
  多くのしかばねが、至る所に投げ捨てられる。
  口をつぐめ。」

  聞け。貧しい者たちを踏みつけ、
  地の悩む者たちを絶やす者よ。
  あなたがたは言っている。
  「新月の祭りはいつ終わるのか。
  私たちは穀物を売りたいのだが。
  安息日はいつ終わるのか。
  麦を売りに出したいのだが。
  エパを小さくし、シェケルを重くし、
  欺きのはかりで欺こう。
  弱い者を銀で買い、
  貧しい者を一足のくつで買い取り、
  くず麦を売るために。」

  主はヤコブの誇りにかけて誓われる。
  「わたしは、彼らのしていることをみな、
  いつまでも、決して忘れない。
  このために地は震えないだろうか。
  地に住むすべての者は
  泣き悲しまないだろうか。
  地のすべてのものは
  ナイル川のようにわき上がり、
  エジプト川にように、
  みなぎっては、また沈まないだろうか。

  その日には、―神である主の御告げ。―
  わたしは真昼に太陽を沈ませ、
  日盛りに地を暗くし、
  あなたがたの祭りを喪に変え、
  あなたがたのすべての歌を哀歌に変え、
  すべての腰に荒布をまとわせ、
  すべての人の頭をそらせ、
  その日を、ひとり子を失ったときの喪のようにし、
  その終わりを苦い日のようにする。

  見よ。その日が来る。
  ―神である主の御告げ。―
  その日、わたしは、この地にききんを送る。
  パンのききんではない。
  水に渇くのでもない。
  実に、主のことばを聞くことのききんである。
  彼らは海から海へとさまよい歩き、
  北から東へと、
  主のことばを捜し求めて、行き巡る。
  しかしこれを見いだせない。
  その日には、美しい若い女も、若い男も、
  渇きのために衰え果てる。
  サマリヤの罪過にかけて誓い、
  『ダンよ。あなたの神は生きている。』と言い、
  『ベエル・シェバの道は生きている。』と言う者は、
  倒れて、二度と起き上がれない。」

2012年2月19日
「みこころのとおりにしてください」  高橋宣弘牧師

マタイの福音書 26章36節-50節

 それからイエスは弟子たちといっしょにゲツセマネという所に来て、彼らに言われた。「わたしがあそこに行って祈っている間、ここにすわっていなさい。」
 それから、ペテロとゼベダイの子ふたりとをいっしょに連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。
 そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」
 それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」
 それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「あなたがたは、そんなに、一時間でも、わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。
 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」
 イエスは二度目に離れて行き、祈って言われた。「わが父よ。どうしても飲まずには済まされぬ杯でしたら、どうぞみこころのとおりをなさってください。」
 イエスが戻って来て、ご覧になると、彼らはまたも眠っていた。目をあけていることができなかったのである。
 イエスは、またも彼らを置いて行かれ、もう一度同じことをくり返して三度目の祈りをされた。
 それから、イエスは弟子たちのところに来て言われた。「まだ眠って休んでいるのですか。見なさい。時が来ました。人の子は罪人たちの手に渡されるのです。
 立ちなさい。さあ、行くのです。見なさい。わたしを裏切る者が近づきました。」
 イエスがまだ話しておられるうちに、見よ、十二弟子のひとりであるユダがやって来た。剣や棒を手にした大ぜいの群衆もいっしょであった。群衆はみな、祭司長、民の長老たちから差し向けられたものであった。
 イエスを裏切る者は、彼らと合図を決めて、「私が口づけをするのが、その人だ。その人をつかまえるのだ。」と言っておいた。
 それで、彼はすぐにイエスに近づき、「先生。お元気で。」と言って、口づけした。
 イエスは彼に、「友よ。何のために来たのですか。」と言われた。そのとき、群衆が来て、イエスに手をかけて捕えた。

2012年2月12日
「御国が来ますように」  高橋宣弘牧師

ルカの福音書 17章20節-21節

 さて、神の国はいつ来るのか、とパリサイ人たちに尋ねられたとき、イエスは答えて言われた。「神の国は、人の目で認められるようにして来るものではありません。
 『そら、ここにある。』とか、『あそこにある。』とか言えるようなものではありません。いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。」

ヨハネの黙示録 22章16節-21節

 「わたし、イエスは御使いを遣わして、諸教会について、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である。」
 御霊も花嫁も言う。「来てください。」これを聞く者は、「来てください。」と言いなさい。渇く者は来なさい。いのちの水がほしい者は、それをただで受けなさい。
 私は、この書の預言のことばを聞くすべての者にあかしする。もし、これにつけ加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。
 また、この預言の書のことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。
 これらのことをあかしする方がこう言われる。「しかり。わたしはすぐに来る。」アーメン。主イエスよ、来てください。
 主イエスの恵みがすべての者とともにあるように。アーメン。

2012年2月5日
「御名があがめられますように」  高橋宣弘牧師

詩篇 86篇1節-17節

 主よ。あなたの耳を傾けて、
 私に答えてください。
 私は悩み、そして貧しいのです。
 私のたましいを守ってください。
 私は神を恐れる者です。
 わが神よ。どうかあなたに信頼する
 あなたのしもべを救ってください。
 主よ。私をあわれんでください。
 私は一日中あなたに呼ばわっていますから。
 あなたのしもべのたましいを喜ばせてください。
 主よ。私のたましいはあなたを仰いでいますから。
 主よ。まことにあなたは
 いつくしみ深く、赦しに富み、
 あなたを呼び求めるすべての者に、
 恵み豊かであられます。

 主よ。私の祈りを耳に入れ、
 私の願いの声を心に留めてください。
 私は苦難の日にあなたを呼び求めます。
 あなたが答えてくださるからです。
 主よ。神々のうちで、あなたに並ぶ者はなく、
 あなたのみわざに比ぶべきものはありません。
 主よ。あなたが造られたすべての国々は
 あなたの御前に来て、伏し拝み、
 あなたの御名をあがめましょう。
 まことに、あなたは大いなる方、
 奇しいわざを行なわれる方です。
 あなただけが神です。
 主よ。あなたの道を私に教えてください。
 私はあなたの真理のうちを歩みます。
 私の心を一つにしてください。
 御名を恐れるように。

 わが神、主よ。私は心を尽くしてあなたに感謝し、
 とこしえまでも、あなたの御名をあがめましょう。
 それは、あなたの恵みが私に対して大きく、
 あなたが私のたましいを、
 よみの深みから救い出してくださったからです。
 神よ。高ぶる者どもは私に逆らって立ち、
 横暴な者の群れは私のいのちを求めます。
 彼らは、あなたを自分の前に置いていません。
 しかし主よ。あなたは、あわれみ深く、
 情け深い神。
 怒るのにおそく、恵みとまことに富んでおられます。

 私に御顔を向け、私をあわれんでください。
 あなたのしもべに御力を与え、
 あなたのはしための子をお救いください。
 私に、いつくしみのしるしを行なってください。
 そうすれば、私を憎む者らは見て、
 恥を受けるでしょう。
 まことに主よ。
 あなたは私を助け、私を慰めてくださいます。

2012年1月29日
「天にいます私たちの父よ」  高橋宣弘牧師

歴代誌第二 6章18節-21節

 それにしても、神ははたして人間とともに地の上に住まわれるでしょうか。実に、天も、天の天も、あなたをお入れすることはできません。まして、私の建てたこの宮など、なおさらのことです。
 けれども、あなたのしもべの祈りと願いに御顔を向けてください。私の神、主よ。あなたのしもべが御前にささげる叫びと祈りを聞いてください。
 そして、この宮、すなわち、あなたが御名をそこに置くと仰せられたこの所に、昼も夜も御目を開いていてくださって、あなたのしもべがこの所に向かってささげる祈りを聞いてください。
 あなたのしもべとあなたの民イスラエルが、この所に向かってささげる願いを聞いてください。あなたご自身が、あなたのお住まいになる所、天からこれを聞いてください。聞いて、お赦しください。

ローマ人への手紙 8章14節-17節

 神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。
 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父よ。」と呼びます。
 私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。
 もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。

2012年1月22日
「知っておられる神に祈る」  高橋宣弘牧師

マタイの福音書 6章5節~6章13節

また、祈るときには、偽善者たちのようであってはいけません。彼らは、人に見られたくて会堂や通りの四つ角に立って祈るのが好きだからです。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。
 あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋にはいりなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。
 また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただくり返してはいけません。彼らはことば数が多ければ聞かれると思っているのです。
 だから、彼らのまねをしてはいけません。あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。
 だから、こう祈りなさい。
  『天にいます私たちの父よ。
   御名があがめられますように。
   御国が来ますように。
   みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。
   私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。
   私たちの負いめをお赦しください。
   私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。
   私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。』[国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン。]

2012年1月15日
「祈りを教えてください」  高橋宣弘牧師

ルカの福音書 11章1節~11章13節

 さて、イエスはある所で祈っておられた。その祈りが終わると、弟子のひとりが、イエスに言った。「主よ。ヨハネが弟子たちに教えたように、私たちにも祈りを教えてください。」
 そこでイエスは、彼らに言われた。「祈るときには、こう言いなさい。
   『父よ。御名があがめられますように。
    御国が来ますように。
    私たちの日ごとの糧を毎日お与えください。
    私たちの罪をお赦しください。私たちも私たちに負いめのある者をみな赦します。
    私たちを試みに会わせないでください。』
 また、イエスはこう言われた。「あなたがたのうち、だれかに友だちがいるとして、真夜中にその人のところに行き、『君。パンを三つ貸してくれ。
 友人が旅の途中、私のうちへ来たのだが、出してやるものがないのだ。』と言ったとします。
 すると、彼は家の中からこう答えます。『めんどうをかけないでくれ。もう戸締りもしてしまったし、子どもたちも私も寝ている。起きて、何かをやることはできない。』
 あなたがたに言いますが、彼は友だちだからということで起きて何かを与えることはしないにしても、あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要な物を与えるでしょう。
 わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。
 だれであっても、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。
 あなたがたの中で、子どもが魚を下さいと言うときに、魚の代わりに蛇を与えるような父親が、いったいいるでしょうか。
 卵を下さいと言うのに、だれが、さそりを与えるでしょう。
 してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」

2012年1月8日
「向こう岸で待っている人」  高橋宣弘牧師

ルカの福音書 8章22節~8章39節

 そのころのある日のこと、イエスは弟子たちといっしょに舟に乗り、「さあ、湖の向こう岸へ渡ろう。」と言われた。それで弟子たちは舟を出した。
 舟で渡っている間にイエスはぐっすり眠ってしまわれた。ところが突風が湖に吹きおろして来たので、弟子たちは水をかぶって危険になった。
 そこで、彼らは近寄って行ってイエスを起こし、「先生、先生。私たちはおぼれて死にそうです。」と言った。イエスは、起き上がって、風と荒波とをしかりつけられた。すると風も波も治まり、なぎになった。
 イエスは彼らに、「あなたがたの信仰はどこにあるのです。」と言われた。弟子たちは驚き恐れて互いに言った。「風も水も、お命じになれば従うとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。」
 こうして彼らは、ガリラヤの向こう側のゲラサ人の地方に着いた。
 イエスが陸に上がられると、この町の者で悪霊につかれている男がイエスに出会った。彼は、長い間着物も着けず、家には住まないで、墓場に住んでいた。
 彼はイエスを見ると、叫び声をあげ、御前にひれ伏して大声で言った。「いと高き神の子、イエスさま。いったい私に何をしようというのです。お願いです。どうか私を苦しめないでください。」
 それは、イエスが、汚れた霊に、この人から出ていけ、と命じられたからである。汚れた霊が何回となくこの人を捕えたので、彼は鎖や足かせでつながれて看視されていたが、それでもそれらを断ち切っては悪霊によって荒野に追いやられていたのである。
 イエスが、「何という名か。」とお尋ねになると、「レギオンです。」と答えた。悪霊が大ぜい彼にはいっていたからである。
 悪霊どもはイエスに、底知れぬところへ行け、とはお命じになりませんようにと願った。
 ちょうど、山のそのあたりに、おびただしい豚の群れが飼ってあったので、悪霊どもは、その豚にはいることを許してくださいと願った。イエスはそれを許された。
 悪霊どもは、その人から出て、豚にはいった。すると、豚の群れはいきなりがけを駆け下って湖にはいり、おぼれ死んだ。
 飼っていた者たちは、この出来事を見て逃げ出し、町や村々でこの事を告げ知らせた。
 人々が、この出来事を見に来て、イエスのそばに来たところ、イエスの足もとに、悪霊の去った男が着物を着て、正気に返って、すわっていた。人々は恐ろしくなった。
 目撃者たちは、悪霊につかれていた人の救われた次第を、その人々に知らせた。
 ゲラサ地方の民衆はみな、すっかりおびえてしまい、イエスに自分たちのところから離れていただきたいと願った。そこで、イエスは舟に乗って帰られた。
 そのとき、悪霊を追い出された人が、お供をしたいとしきりに願ったが、イエスはこう言って彼を帰された。
 「家に帰って、神があなたにどんなに大きなことをしてくださったかを、話して聞かせなさい。」そこで彼は出て行って、イエスが自分にどんなに大きなことをしてくださったかを、町中に言い広めた。

2012年1月1日
「向こう岸へ渡ろう」  高橋宣弘牧師

ルカの福音書 8章22節~8章25節

 そのころのある日のこと、イエスは弟子たちといっしょに舟に乗り、「さあ、湖の向こう岸へ渡ろう。」と言われた。それで弟子たちは舟を出した。
 舟で渡っている間にイエスはぐっすり眠ってしまわれた。ところが突風が湖に吹きおろして来たので、弟子たちは水をかぶって危険になった。
 そこで、彼らは近寄って行ってイエスを起こし、「先生、先生。私たちはおぼれて死にそうです。」と言った。イエスは、起き上がって、風と荒波とをしかりつけられた。すると風も波も治まり、なぎになった。
 イエスは彼らに、「あなたがたの信仰はどこにあるのです。」と言われた。弟子たちは驚き恐れて互いに言った。「風も水も、お命じになれば従うとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。」

2011年12月25日
「さらに恵みを」 高橋宣広牧師

ヨハネの福音書 1:14-1:18

 ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。
 ヨハネはこの方について証言し、叫んで言った。「『私のあとからくる方は、私にまさる方である。私より先におられたからである。』と私が言ったのは、この方のことです。」
 私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。
 というのは、律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。
 いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。

2011年12月18日
「神の子どもとされる」 高橋宣広牧師

ヨハネの福音書 1:9-1:13

 すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。
 この方はもとから世におられ、世はこのかたによって造られたのに、世はこのかたを知らなかった。
 この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。
 しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。
 この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。

2011年12月11日
「クリスマスの賛美」 高橋宣広牧師

ルカの福音書 2:8-2:20

 さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。
 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。
 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。
 きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
 あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」
 すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現われて、神を賛美して言った。
  「いと高き所に、栄光が、神にあるように。
   地の上に、平和が、
   御心にかなう人々にあるように。」
 御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。「さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。
 そして急いで行って、マリヤとヨセフと、飼葉おけに寝ておられるみどりごとを捜し当てた。
 それを見たとき、羊飼いたちは、この幼子について告げられたことを知らせた。
 それを聞いた人たちはみな、羊飼いの話したことに驚いた。
 しかしマリヤは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。
 羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

2011年12月4日
「光を証しする」 高橋宣広牧師

ヨハネの福音書 1:6-1:8

 神から遣わされたヨハネという人が現われた。
 この人はあかしのために来た。光についてあかしするためであり、すべての人が彼によって信じるためである。
 彼は光ではなかった。ただ光についてあかしするために来たのである。

2011年11月27日
「初めに、ことばがあった」 高橋宣広牧師

ヨハネの福音書 1:1-1:5

 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
 この方は、初めに神とともにおられた。
 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
 この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。

2011年11月20日
「情け深い神」 高橋宣広牧師

出エジプト記 22:20-22:27

 ただ主ひとりのほかに、ほかの神々にいけにえをささげる者は、聖絶しなければならない。
 在留異国人を苦しめてはならない。しいたげてはならない。あなたがたも、かつてはエジプトの国で、在留異国人であったからである。
 すべてのやもめ、またはみなしごを悩ませてはならない。
 もしあなたが彼らをひどく悩ませ、彼らがわたしに向かって切に叫ぶなら、わたしは必ず彼らの叫びを聞き入れる。
 わたしの怒りは燃え上がり、わたしは剣をもってあなたがたを殺す。あなたがたの妻はやもめとなり、あなたがたの子どもはみなしごとなる。
 わたしの民のひとりで、あなたのところにいる貧しい者に金を貸すのなら、彼に対して金貸しのようであってはならない。彼から利息を取ってはならない。
 もし、隣人の着る物を質に取るようなことをするのなら、日没までにそれを返さなければならない。
 なぜなら、それは彼のただ一つのおおい、彼の身に着ける着物であるから。彼はほかに何を着て寝ることができよう。彼がわたしに向かって叫ぶとき、わたしはそれを聞き入れる。わたしは情け深いから。

2011年11月13日
「となり人を愛する」 高橋宣広牧師

ルカの福音書 10:25-10:37

 すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスをためそうとして言った。「先生。何をしたら永遠のいのちを自分のものとして受けることができるでしょうか。」
 イエスは言われた。「律法には、何と書いてありますか。あなたはどう読んでいますか。」
 すると彼は答えて言った。「『心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』また『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』とあります。」
 イエスは言われた。「そのとおりです。それを実行しなさい。そうすれば、いのちを得ます。」
 しかし彼は、自分の正しさを示そうとしてイエスに言った。「では、私の隣人とは、だれのことですか。」
 イエスは答えて言われた。
  「ある人が、エルサレムからエリコヘ下る道で、強盗に襲われた。強盗どもは、その人の着物をはぎ取り、なぐりつけ、半殺しにして逃げて行った。
  たまたま、祭司がひとり、その道を下って来たが、彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
  同じようにレビ人も、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
  ところが、あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、
  近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで、ほうたいをし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き、介抱してやった。
  次の日、彼はデナリ二つを取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』
  この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。」
 彼は言った。「その人にあわれみをかけてやった人です。」するとイエスは言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」

2011年11月6日
「心の戸が叩かれたなら」 高橋宣広牧師

ヨハネの黙示録 3:14-3:22

 また、ラオデキヤにある教会の御使いに書き送れ。『アーメンである方、忠実で、真実な証人、神に造られたものの根源である方がこう言われる。
 「わたしは、あなたの行いを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。
 このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。
 あなたは、自分が富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。
 わたしはあなたに忠告する。豊かな者となるために、火で製錬された金をわたしから買いなさい。また、あなたの裸の恥を現わさないために着る白い衣を買いなさい。また、目が見えるようになるため、目に塗る目薬を買いなさい。
 わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。
 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。
 勝利を得る者を、わたしとともにわたしの座に着かせよう。それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに父の御座に着いたのと同じである。
 耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。」』」

2011年10月30日
「おいでなさい」  柿内ルツ師

マタイの福音書 14:22-14:32

 それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませて、自分より先に向こう岸へ行かせ、その間に群衆を帰してしまわれた。
 群衆を帰したあとで、祈るために、ひとりで山に登られた。夕方になったが、まだそこに、ひとりでおられた。
 しかし、舟は、陸からもう何キロメートルも離れていたが、風が向かい風なので、波に悩まされていた。
 すると、夜中の三時ごろ、イエスは湖の上を歩いて、彼らのところに行かれた。
 弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、「あれは幽霊だ。」と言って、おびえてしまい、恐ろしさのあまり、叫び声を上げた。
 しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」と言われた。
 すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」
 イエスは、「来なさい。」と言われた。そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。 
 ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ。助けてください。」と言った。
 そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」
 そして、二人が舟に乗り移ると、風がやんだ。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

2011年10月23日
「主の牧場(まきば)に帰る」  高橋宣広牧師

エレミヤ書 50:1-50:10、50:17-50:20

 主が、預言者エレミヤを通して、バビロンについて、すなわちカルデヤ人の国について語られたみことば。
  「諸国の民の間に告げ、旗を掲げて知らせよ。
  隠さずに言え。
  『バビロンは捕えられた。
  ベルははずかしめられ、
  メロダクは砕かれた。
  その像ははずかめられ、
  その偶像は砕かれた。』
 なぜなら、北から一つの国がここに攻め上り、この地を荒れ果てさせたからだ。ここには住む者もない。人間から家畜に至るまで逃げ去った。
 その日、その時、―主の御告げ。―
 イスラエル民もユダの民も共に来て、泣きながら歩み、その神、主を、尋ね求める。
 彼らはシオンを求め、その道に顔を向けて、『来たれ。忘れられることのないとこしえの契約によって、主に連なろう。』と言う。
 わたしの民は、迷った羊の群れであった。その牧者が彼らを迷わせ、山々へ連れ去った。彼らは山から丘へと行き巡って、休み場も忘れてしまった。
 彼らを見つける者はみな彼らを食らい、敵は『私たちには罪がない。彼らが、正しい牧場である主、彼らの先祖の望みであった主に、罪を犯したためだ。』と言った。
  バビロンの中から逃げ、カルデヤ人の国から出よ。
  群れの先頭に立つやぎのようになれ。
  見よ。わたしが、大国の集団を奮い立たせて、
  北の地からバビロンに攻め上らせる。
  彼らはこれに向かって陣ぞなえをし、
  これを攻め取る。
  彼らの矢は、練達の勇士の矢のようで、
  むなしくは帰らない。
  カルデヤは略奪され、
  これを略奪する者はみな満ち足りる。
  ―主の御告げ。―

 イスラエルは雄獅子に散らされた羊。先にはアッシリヤの王がこれを食らったが、今度はついに、バビロンの王ネブカデレザルがその骨まで食らった。
 それゆえ、イスラエルの神、万軍の主は、こう仰せられる。「見よ。わたしはアッシリヤの王を罰したように、バビロンの王とその国を罰する。
 わたしはイスラエルをその牧場に帰らせる。彼はカルメルとバシャンで草を食べ、エフライムの山とギルアデで、その願いは満たされる。
 その日、その時、―主の御告げ。―イスラエルの咎は見つけようとしても、それはなく、ユダの罪も見つけることはできない。わたしが残す者の罪を、わたしが赦すからだ。」

2011年10月16日
「ユダヤ人もギリシヤ人もなく」  高橋宣広牧師

ガラテヤ人への手紙 3:23-3:29

 信仰が現われる以前には、私たちは律法の監督の下に置かれ、閉じ込められていましたが、それは、やがて示される信仰が得られるためでした。
 こうして、律法は私たちをキリストへ導くための私たちの養育係となりました。私たちが信仰によって義と認められるためなのです。
 しかし、信仰が現われた以上、私たちはもはや養育係の下にはいません。
 あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです。
 バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです。
 ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。
 もしあなたがたがキリストのものであれば、それによってアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのです。

2011年10月9日
「宣教のために献げられる祝福」  高橋宣広牧師

ピリピ人への手紙 4:10-4:20

 私のことを心配してくれるあなたがたの心が、今ついによみがえって来たことを、私は主にあって非常に喜んでいます。あなたがたは心にかけたはいたのですが、機会がなかったのです。
 乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。
 私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。
 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。
 それにしても、あなたがたは、よく私と困難を分け合ってくれました。
 ピリピの人たち。あなたがたも知っているとおり、私が福音を宣べ伝え始めたころ、マケドニヤを離れて行ったときには、私の働きのために、物をやり取りしてくれた教会は、あなたがたのほかには一つもありませんでした。
 テサロニケにいたときでさえ、あなたがたは一度ならず二度までも物を送って、私の乏しさを補ってくれました。
 私は贈り物を求めているのではありません。私のほしいのは、あなたがたの収支を償わせて余りある霊的祝福なのです。
 私は、すべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロデトからあなたがたの贈り物を受けたので、満ち足りています。それは香ばしいかおりであって、神が喜んで受けてくださる供え物です。
 また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。
 どうか、私たちの父なる神に御栄えがとこしえにありますように。アーメン。

2011年10月2日
「キリストの功績によって」  高橋宣広牧師

ヨハネの福音書 6:52-6:59

 すると、ユダヤ人たちは、「この人は、どのようにしてその肉を私たちに与えて食べさせることができるのか。」と言って互いに議論し合った。
 イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。
 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。
 わたしのにくはまことの食物、わたしの血はまことの飲み物だからです。
 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。
 生ける父がわたしを遣わし、わたしが父によって生きているように、わたしを食べる者も、わたしによって生きるのです。
 これは、天から下ってきたパンです。あなたがたの先祖が食べて死んだようなものではありません。このパンを食べる者は永遠に生きます。」
 これはイエスがカペナウムで教えられたとき、会堂で話されたことである。

2011年9月25日
「慰めに生きる教会」  奥山信牧師

コリント人への手紙Ⅱ 13:11-13:13

 終わりに、兄弟たち。喜びなさい。完全な者になりなさい。慰めを受けなさい。一つ心になりなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます。
 聖なる口づけをもって、互いにあいさつをかわしなさい。すべての聖徒たちが、あなたがたによろしくと言っています。
 主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。

2011年9月18日
「キリストの福音に生きる」  高橋宣広牧師

ピリピ人への手紙 1:27-2:16

 ただ、キリストの福音にふさわしく生活しなさい。そうすれば、私が行ってあなたがたに会うにしても、また離れているにしても、私はあなたがたについて、こう聞くことができるでしょう。あなたがたは霊を一つにしてしっかりと立ち、心を一つにして福音の信仰のために、ともに奮闘しており、
 また、どんなことがあっても、反対者たちに驚かされることはないと。それは、彼らにとっては滅びのしるしであり、あなたがたにとっては救いのしるしです。これは神から出たことです。
 あなたがたは、キリストのために、キリストを信じる信仰だけでなく、キリストのための苦しみをも賜ったのです。
 あなたがたは、私について先に見たこと、また、私についていま聞いているのと同じ戦いを経験しているのです。
 こういうわけですから、もしキリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、
 私の喜びが満たされるように、あなたがたは一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つにしてください。
 何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。
 自分のことだけでなく、他の人のことも顧みなさい。
 あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。
 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、
 自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。
 キリストは人としての性格をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。
 それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。
 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、
 すべての口が、「イエス・キリストは主である。」と告白し、父なる神がほめたたえられるためです。
 そういうわけですから、愛する人たち、いつも従順であったように、私がいるときだけでなく、私のいない今はなおさら、恐れおののいて自分の救いを達成してください。
 神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。
 すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行いなさい。
 それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、
 いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。そうすれば、私は、自分の努力したことがむだではなく、苦労したこともむだでなかったことを、キリストの日に誇ることができます。

2011年9月11日
「ふるさとに帰る」  高橋宣広牧師

ルカの福音書 15:11-28:32

 またこう話された。
 「ある人に息子がふたりあった。
 弟が父に、『おとうさん。私に財産の分け前を下さい。』と言った。それで父は、身代をふたりに分けてやった。
 それから、幾日もたたぬうちに、弟は、何もかもまとめて遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩して湯水のように財産を使ってしまった。
 何もかも使い果たしたあとで、その国に大ききんが起こり、彼は食べるにも困り始めた。
 それで、その国のある人のもとに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。
 彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。
 しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいるではないか。それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。
 立って、父のところに行って、こう言おう。「おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。
 もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」』
 こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。
 息子は言った。『おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』
 ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。
 そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。
 この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』
 そして彼らは祝宴を始めた。
 ところで、兄息子は畑にいたが、帰って来て家に近づくと、音楽や踊りの音が聞こえて来た。それで、しもべのひとりを呼んで、これはいったい何事かと尋ねると、
 しもべは言った。『弟さんがお帰りになったのです。無事な姿をお迎えしたというので、おとうさんが、肥えた子牛をほふらせなさったのです。』
 すると、兄はおこって、家にはいろうともしなかった。それで、父が出て来て、いろいろなだめてみた。
 しかし兄は父にこう言った。『ご覧なさい。長年の間、私はおとうさんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友達と楽しめと言って、子山羊一匹下さったことがありません。
 それなのに、遊女におぼれてあなたの身代を食いつぶして帰って来たこのあなたの息子のためには、肥えた子牛をほふらせなさったのですか。』
 父は彼に言った。『おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。
 だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。』」

2011年9月4日
「主イエス・キリストを宣べ伝える」  高橋宣広牧師

使徒の働き 28:16-28:31

 私たちがローマにはいると、パウロは番兵付きで自分だけの家に住むことが許された。
 三日の後、パウロはユダヤ人のおもだった人たちを呼び集め、彼らが集まったときに、こう言った。「兄弟たち。私は、私の国民に対しても、先祖の慣習に対しても、何一つそむくことはしていないのに、エルサレムで囚人としてローマ人の手に渡されました。
 ローマ人は私を取り調べましたが、私を死刑にする理由が何もなかったので、私を釈放しようと思ったのです。
 ところが、ユダヤ人たちが反対したため、私はやむなくカイザルに上訴しました。それは、私の同胞を訴えようとしたのではありません。
 このようなわけで、私は、あなたがたに会ってお話ししようと思い、お招きしました。私はイスラエルの望みのためにこの鎖につながれているのです。」
 すると、彼らはこう言った。「私たちは、あなたのことについて、ユダヤから何の知らせも受けておりません。また、当地に来た兄弟たちの中で、あなたについて悪いことを告げたり、話したりした者はおりません。
 私たちは、あなたが考えておられることを、直接あなたから聞くのがよいと思っています。この宗派については、至る所で非難があることを私たちは知っているからです。」
 そこで、彼らは日を定めて、さらに大ぜいでパウロの宿にやって来た。彼は朝から晩まで語り続けた。神の国のことをあかしし、また、モーセの律法と預言者たちの書によって、イエスのことについて彼らを説得しようとした。
 ある人々は彼の語る事を信じたが、ある人々は信じようとしなかった。
 こうして、彼らは、お互いの意見が一致せずに帰りかけたので、パウロは一言、次のように言った。「聖霊が預言者イザヤを通してあなたがたの先祖に語られたことは、まさにそのとおりでした。
  『この民のところに行って、告げよ。
   あなたがたは確かに聞きはするが、
   決して悟らない。
   確かに見てはいるが、決してわからない。
   この民の心は鈍くなり、
   その耳は遠く、
   その目はつぶっているからである。
   それは、彼らがその目で見、
   その耳で聞き、
   その心で悟って、立ち返り、
   わたしにいやされることのないためである。』
 ですから、承知しておいてください。神のこの救いは、異邦人に送られました。彼らは、耳を傾けるでしょう。」
 こうしてパウロは満二年の間、自費で借りた家に住み、たずねて来る人たちをみな迎えて、
 大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。

2011年8月28日
「交わりへの招待」  矢田紫野師

ヨハネの手紙 第Ⅰ 1:1-1:10

 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、
 ―このいのちが現われ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現わされた永遠のいのちです。―
 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。
 私たちがこれらのことを書き送るのは、私たちの喜びが全きものとなるためです。
 神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。これが、私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせです。
 もし私たちが、神と交わりがあると言っていながら、しかもやみの中かを歩んでいるなら、私たちは偽りを言っているのであって、真理を行なってはいません。
 しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。
 もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。
 もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。
 もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。

2011年8月21日
「思いがけない恵み」  高橋宣広牧師

使徒の働き 28:1-28:15

 こうして救われてから、私たちは、ここがマルタと呼ばれる島であることを知った。
 島の人々は私たちに非常に親切にしてくれた。おりから雨が降り出して寒かったので、彼らは火をたいて私たちみなをもてなしてくれた。
 パウロがひとかかえの柴をたばねて火にくべると、熱気のために、一匹のまむしがはい出して来て、彼の手に取りついた。
 島の人々は、この生き物がパウロの手から下がっているのを見て、「この人はきっと人殺しだ。海からはのがれたが、正義の女神はこの人を生かしてはおかないのだ。」と互いに話し合った。
 しかし、パウロは、その生き物を火の中に振り落として、何の害も受けなかった。
 島の人々は、彼が今にも、はれ上がって来るか、または、倒れて急死するだろうと待っていた。しかし、いくら待っても、彼に少しも変わった様子が見えないので、彼らは考えを変えて、「この人は神さまだ。」と言いだした。
 さて、その場所の近くに、島の首長でポプリオという人の領地があった。彼はそこに私たちを招待して、三日間手厚くもてなしてくれた。
 たまたまポプリオの父が、熱病と下痢とで床に着いていた。そこでパウロは、その人のもとに行き、祈ってから、彼の上に手を置いて直してやった。
 このことがあってから、島のほかの病人たちも来て、直してもらった。
 それで彼らは、私たちを非常に尊敬し、私たちが出帆するときには、私たちに必要な品々を用意してくれた。
 三か月後に、私たちは、この島で冬を過ごしていた、船首にデオスクロイの飾りのある、アレキサンドリヤの船で出帆した。
 シラクサに寄港して、三日間とどまり、
 そこから回って、レギオンに着いた。一日たつと、南風が吹き始めたので、二日目にはポテオリに入港した。
 ここで、私たちは兄弟たちに会い、勧められるままに彼らのところに七日間滞在した。こうして、私たちはローマに到着した。
 私たちのことを聞いた兄弟たちは、ローマからアピオ・ポロとトレス・タベルネまで出迎えに来てくれた。パウロは彼らに会って、神に感謝し、勇気づけられた。

2011年8月14日
「みな無事に陸に上がった」  高橋宣広牧師

使徒の働き 27:27-27:44

 十四日目の夜になって、私たちがアドリヤ海を漂っていると、真夜中ごろ、水夫たちは、どこかの陸地に近づいたように感じた。
 水の深さを測ってみると、四十メートルほどであることがわかった。少し進んでまた測ると、三十メートルほどであった。
 どこかで暗礁に乗り上げはしないかと心配して、ともから四つの錨を投げおろし、夜の明けるのを待った。
 ところが、水夫たちは船から逃げ出そうとして、へさきから錨を降ろすように見せかけて、小舟を海に降ろしていたので、
 パウロは百人隊長や兵士たちに、「あの人たちが船にとどまっていなければ、あなたがたも助かりません。」と言った。
 そこで兵士たちは、小舟の綱を断ち切って、そのまま流れ去るのに任せた。
 ついに夜の明けかけたころ、パウロは、一同に食事をとることを勧めて、こう言った。「あなたがたは待ちに待って、きょうまで何も食べずに過ごして、十四日になります。
 ですから、私はあなたがたに、食事をとることを勧めます。これであなたがたは助かることになるのです。あなたがたの頭から髪一筋も失われることはありません。」
 こう言って、彼はパンを取り、一同の前で神に感謝をささげてから、それを裂いて食べ始めた。
 そこで一同も元気づけられ、みなが食事をとった。
 船にいた私たちは全部で二百七十六人であった。
 十分食べてから、彼らは麦を海に投げ捨てて、船を軽くした。
 夜が明けると、どこが陸地かわからないが、砂浜のある入江が目に留まったので、できれば、そこに船を乗り入れようということになった。
 錨を切って海に捨て、同時にかじ綱を解き、風に前の帆を上げて、砂浜に向かって進んで行った。
 ところが、潮流の流れ合う浅瀬に乗り上げて、船を座礁させてしまった。へさきはめり込んで動かなくなり、ともは激しい波に打たれて破れ始めた。
 兵士たちは、囚人たちがだれも泳いで逃げないように、殺してしまおうと相談した。
 しかし百人隊長は、パウロをあくまでも助けようと思って、その計画を押え、泳げる者がまず海に飛び込んで陸に上がるように、
 それから残りの者は、板切れや、その他の、船にある物につかまって行くように命じた。こうして、彼らはみな、無事に陸に上がった。

2011年8月7日
「希望を捨てないで」  高橋宣広牧師

使徒の働き 27:9-27:26

 かなりの日数が経過しており、断食の季節もすでに過ぎていたため、もう航海は危険であったので、パウロは人々に注意して、
 「皆さん。この航海では、きっと、積荷や船体だけではなく、私たちの生命にも、危害と大きな損失が及ぶと、私は考えます。」と言った。
 しかし百人隊長は、パウロのことばよりも、航海士や船長のほうを信用した。
 また、この港が冬を過ごすのに適していなかったので、大多数の者の意見は、ここを出帆して、できれば何とかして、南西と北西に面しているクレテの港ピニクスまで行って、そこで冬を過ごしたいということになった。
 おりから、穏やかな南風が吹いて来ると、人々はこの時とばかり錨を上げて、クレテの海岸に沿って航行した。
 ところが、まもなくユーラクロンという暴風が陸から吹きおろして来て、
 船はそれに巻き込まれ、風に逆らって進むことができないので、しかたなく吹き流されるままにした。
 しかしクラウダという小さな島の陰にはいったので、ようやくのことで小舟を処置することができた。
 小舟を船に引き上げ、備え綱で船体を巻いた。また、スルテスの浅瀬に乗り上げるのを恐れて、船具をはずして流れるに任せた。
 私たちは暴風に激しく翻弄されていたので、翌日、人々は積荷を捨て始め、
 三日目には、自分の手で船具までも投げ捨てた。
 太陽も星も見えない日が幾日も続き、激しい暴風が吹きまくるので、私たちが助かる最後の望みも今や絶たれようとしていた。
 だれも長いこと食事をとらなかったが、そのときパウロが彼らの中に立って、こう言った。「皆さん。あなたがたは私の忠告を聞き入れて、クレテを出帆しなかったら、こんな危害や損失をこうむらなくて済んだのです。
 しかし、今、お勧めします。元気を出しなさい。あなたがたのうち、いのちを失う者はひとりもありません。失われるのは船だけです。
 昨夜、私の主で、私の仕えている神の御使いが、私の前に立って、
 こう言いました。『恐れてはいけません。パウロ。あなたは必ずカイザルの前に立ちます。そして、神はあなたと同船してしている人々をみな、あなたにお与えになったのです。』
 ですから、皆さん。元気を出しなさい。すべて私に告げられたとおりになると、私は神によって信じています。
 私たちは必ず、どこかの島に打ち上げられます。」

2011年7月31日
「ヨナタンの信仰」 三川献児牧師

第Ⅰサムエル記 20:1-42

 ダビデはラマのナヨテから逃げて、ヨナタンのもとに来て言った。「私がどんなことをし、私にどんな咎があり、私があなたの父上に対してどんな罪を犯したというので、父上は私のいのちを求めておられるのでしょうか。」
 ヨナタンは彼に言った。「絶対にそんなことはありません。あなたが殺されるはずはありません。そうです。私の父は、事の大小を問わず、私の耳に入れないでするようなことはありません。どうして父が、このことを私に隠さなければならないでしょう。そんなことはありません。」
 ダビデはなおも誓って言った。「あなたの父上は、私があなたのご好意を得ていることを、よくご存知です。それで、ヨナタンが悲しまないように、このことを知らせないでおこう、と思っておられるのです。けれども、主とあなたに誓います。私と死との間には、ただ一歩の隔たりしかありません。」
 するとヨナタンはダビデに言った。「あなたの言われることは、何でもあなたのためにしましょう。」
 ダビデはヨナタンに言った。「あすはちょうど新月祭で、私は王といっしょに食事の席に着かなければなりません。私を行かせて、三日目の夕方まで野に隠れさせてください。
 もし、父上が私のことをとがめられたら、おっしゃってください。『ダビデは自分の町ベツレヘムへ急いで行きたいと、しきりに頼みました。あそこで彼の氏族全体のために、年ごとのいけにえをささげることになっているからです。』と。
 もし、父上が『よし。』とおっしゃれば、このしもべは安全です。もし、激しくお怒りになれば、私に害を加える決心をしておられると思ってください。
 どうか、このしもべに真実を尽くしてください。あなたは主に誓って、このしもべと契約を結んでおられるからです。もし、私に咎があれば、あなたが私を殺してください。どうして私を父上のところにまで連れ出す必要がありましょう。」
 ヨナタンは言った。「絶対にそんなことはありません。父があなたに害を加える決心をしていることが確かにわかったら、あなたに知らせないでおくはずはありません。」
 ダビデはヨナタンに言った。「もし父上が、きびしい返事をなさったら、だれが私に知らせてくれましょう。」
 ヨナタンはダビデに言った。「さあ、野原に出ましょう。」こうしてふたりは野原に出た。
 ヨナタンはイスラエルの神、主に誓ってダビデに言った。「あすかあさってかの今ごろ、私は父の気持ちを探ってみます。ダビデに対して寛大であれば、必ず人をやって、あなたの耳に入れましょう。
 もし父が、あなたに害を加えようと思っているのに、それをあなたの耳に入れず、あなたを無事に逃がしてあげられなかったなら、主がこのヨナタンを幾重にも罰せられるように。主が私の父とともにおられたように、あなたとともにおられますように。
 もし、私が生きながらえておれば、主の恵みを私に施してください。たとい、私が死ぬようなことがあっても、
 あなたの恵みをとこしえに私の家から断たないでください。主がダビデの敵を地の面からひとり残らず断ち滅ぼすときも。」
 こうしてヨナタンはダビデの家と契約を結んだ。「主がダビデの敵に血の責めを問われるように。」
 ヨナタンは、もう一度ダビデに誓った。ヨナタンは自分を愛するほどに、ダビデを愛していたからである。
 ヨナタンはダビデに言った。「あすは新月祭です。あなたの席があくので、あなたのいないのが気づかれるでしょう。
 あさってになれば、きびしく問いただすでしょうから、あなたは、あの事件の日に隠れた場所の行って、エゼルの石のそばにいてください。
 私は的を射るように、三本の矢をそのあたりに放ちます。
 いいですか。私が子どもをやって、『行って矢を見つけて来い。』と言い、もし私がその子どもに、『それ、矢はおまえのこちら側にある。それを取って来い。』と言ったら、そのとき、あなたは出て来てください。主は生きておられます。あなたは安全で、何事もありませんから。
 しかし、私が少年に、『それ、矢はおまえの向こう側だ。』と言ったら、あなたは行きなさい。主があなたを去らせるのです。
 私とあなたが交わしたことばについては、主が私とあなたとの間の永遠の証人です。」
 こうしてダビデは野に隠れた。新月祭になって、王は食事の席に着いた。
 王は、いつものように壁寄りの席の自分の席に着いた。ヨナタンはその向かい側、アブネルはサウルの横の席に着いたが、ダビデの場所はあいていた。
 その日、サウルは何も言わなかった。「あれに思わぬ事が起こって身を汚したのだろう。きっと汚れているためだろう。」と思ったからである。
 しかし、その翌日、新月祭の第二日にも、ダビデの席があいていたので、サウルは息子のヨナタンに尋ねた。「どうしてエッサイの子は、きのうも、きょうも食事に来ないのか。」
 ヨナタンはサウルに答えた。「ベツレヘムへ行かせてくれと、ダビデが私にしきりに頼みました。
 『どうか、私を行かせてください。私たちの氏族はあの町で、いけにえをささげるのですが、私の兄弟たちが私に来るように命じています。今、お願いします。どうか私を行かせて、兄弟たちに会わせてください。』と言ったのです。それでダビデは王の食卓に連ならないのです。」
 サウルはヨナタンに怒りを燃やして言った。「このばいたの息子め。おまえがエッサイの子にえこひいきをして、自分をはずかしめ、自分の母親の恥をさらしているのを、この私が知らないとでも思っているのか。
 エッサイの子がこの地上に生きているかぎり、おまえも、おまえの王位も危うくなるのだ。今、人をやって、あれを私のところに連れて来い。あれは殺さなければならない。」
 ヨナタンは父サウルに答えて言った。「なぜ、あの人は殺されなければならないのですか。あの人が何をしたというのですか。」
 すると、サウルは槍をヨナタンに投げつけて打ち殺そうとした。それでヨナタンは、父がダビデを殺そうと決心しているのを知った。
 ヨナタンは怒りに燃えて食卓から立ち上がり、新月祭の二日目には食事をとらなかった。父がダビデを侮辱したので、ダビデのために心を痛めたからである。
 朝になると、ヨナタンは小さい子どもを連れて、ダビデと打ち合わせた時刻に野原に出て行った。
 そして子どもに言った。「私が射る矢を見つけておいで。」子どもが走って行くと、ヨナタンは、その子の向こうに矢を放った。
 子どもがヨナタンの放った矢の所まで行くと、ヨナタンは子どものうしろから叫んで言った。「矢は、おまえより、もっと向こうではないのか。」
 ヨナタンは子どものうしろから、また叫んだ。「早く。急げ。止まってはいけない。」その子どもは矢を拾って、主人ヨナタンのところに来た。
 子どもは何も知らず、ヨナタンとダビデだけに、その意味がわかっていた。
 ヨナタンは自分の弓矢を子どもに渡し、「さあ、これを町に持って行っておくれ。」と言った。
 子どもが行ってしまうと、ダビデは南側のほうから出て来て、地にひれ伏し、三度礼をした。ふたりは口づけをして、抱き合って泣き、ダビデはいっそう激しく泣いた。
 ヨナタンはダビデに言った。「では、安心して行きなさい。私たちふたりは、『主が、私とあなた、また、私の子孫とあなたの子孫との間の永遠の証人です。』と言って、主の御名によって誓ったのです。」こうしてダビデは立ち去った。ヨナタンは町へ帰って行った。

2011年7月24日
「光が導く一本の道」 井上貴詞師

ローマ人への手紙 15:22-15:29

 そういうわけで、私は、あなたがたのところに行くのを幾度も妨げられましたが、
 今は、もうこの地方には私の働くべき所がなくなりましたし、また、イスパニヤに行くばあいは、あなたがたのところに立ち寄ることを多年希望していましたので、
 ―というのは、途中あなたがたに会い、まず、しばらくの間あなたがたとともにいて心を満たされてから、あなたがたに送られ、そこへ行きたいと望んでいるからです。―
 ですが、今は、聖徒たちに奉仕するためにエルサレムへ行こうとしています。
 それは、マケドニヤとアカヤでは、喜んでエルサレムの聖徒たちの中の貧しい人たちのために醵金(きょきん)することにしたからです。
 彼らは確かに喜んでそれをしたのですが、同時にまた、その人々に対してはその義務があるのです。異邦人は霊的なことでは、その人々からもらいものをしたのですから、物質的な物をもって彼らに奉仕すべきです。
 それで、私はこのことを済ませ、彼らにこの実を確かに渡してから、あなたがたのところを通ってイスパニヤに行くことにします。
 あなたがたのところに行くときは、キリストの満ちあふれる祝福をもっていくことと信じています。

2011年7月17日
「まさかの時の友」 高橋宣広牧師

使徒の働き 27:1-27:8

 さて、私たちが船でイタリヤへ行くことが決まったとき、、パウロと、ほかの数人の囚人は、ユリアスという親衛隊の百人隊長に引き渡された。
 私たちは、アジヤの沿岸の各地に寄港して行くアドラミテオの船に乗り込んで出帆した。テサロニケのマケドニヤ人アリスタルコも同行した。
 翌日、シドンに入港した。ユリアスはパウロを親切に取り扱い、友人たちのところへ行って、もてなしを受けることを許した。
 そこから出帆したが、向かい風なので、キプロスの島陰を航行した。
 そしてキリキヤとパンフリヤの沖を航行して、ルキヤのミラに入港した。
 そこに、イタリヤへ行くアレキサンドリヤの船があったので、百人隊長は私たちをそれに乗り込ませた。
 幾日かの間、船の進みはおそく、ようやくのことでクニドの沖に着いたが、風のためにそれ以上進むことができず、サルモネ沖のクレテの島陰を航行し、
 その岸に沿って進みながら、ようやく、良い港と呼ばれる所に着いた。その近くにラサヤの町があった。

2011年7月10日
「私の生き方を通して」 高橋宣広牧師

使徒の働き 26:19-26:32

 こういうわけで、アグリッパ王よ、私は、この天からの啓示にそむかず、
 ダマスコにいる人々をはじめエルサレムにいる人々に、またユダヤの全地方に、さらに異邦人にまで、悔い改めて神に立ち返り、悔い改めにふさわしい行いをするようにと宣べ伝えて来たのです。
 そのために、ユダヤ人たちは私を宮の中で捕え、殺そうとしたのです。
 こうして、私はこの日に至るまで神の助けを受け、堅く立って、小さい者にも大きい者にもあかしをしているのです。そして、預言者たちやモーセが、後に起こるはずだと語ったこと以外は何も話しませんでした。
 すなわち、キリストは苦しみを受けること、また、死者の中からの復活によって、この民と異邦人とに最初に光を宣べ伝える、ということです。」
 パウロがこのように弁明していると、フェストが大声で、「気が狂っているぞ。博学があなたの気を狂わせている。」と言った。
 するとパウロは次のように言った。「フェスト閣下。気は狂っておりません。私は、まじめな真理のことばを話しています。
 王はこれらのことをよく知っておられるので、王に対して私は率直に申し上げているのです。これらのことは片隅で起こった出来事ではありませんから、そのうちの一つでも王の目に留まらなかったものはないと信じます。
 アグリッパ王。あなたは預言者を信じておられますか。もちろん信じておられると思います。」
 するとアグリッパはパウロに、「あなたは、わずかなことばで、私をキリスト者にしようとしている。」と言った。
 パウロはこう答えた。「ことばが少なかろうと、多かろうと、私が神に願うことは、あなたばかりでなく、きょう私の話を聞いている人がみな、この鎖は別として、私のようになってくださることです。」
 ここで王と総督とベルニケ、および同席の人々が立ち上がった。
 彼らは退場してから、互いに話し合って言った。「あの人は、死や投獄に相当することは何もしていない。」
 またアグリッパはフェストに、「この人は、もしカイザルに上訴しなかったら、釈放されたであろうに。」と言った。

2011年7月3日
「暗やみから光に」 高橋宣広牧師

使徒の働き 26:1-26:18

 すると、アグリッパがパウロに、「あなたは、自分の言い分を申し述べてよろしい。」と言った。そこでパウロは、手を差し伸べて弁明し始めた。
 「アグリッパ王。私がユダヤ人に訴えられているすべてのことについて、きょう、あなたの前で弁明できることを、幸いに存じます。
 特に、あなたがユダヤ人の慣習や問題に精通しておられるからです。どうか、私の申し上げることを、忍耐をもってお聞きくださるよう、お願いいたします。
 では申し述べますが、私が最初から私の国民の中で、またエルサレムにおいて過ごした若い時からの生活ぶりは、すべてのユダヤ人の知っているところです。
 彼らは以前から私を知っていますので、証言するつもりならできることですが、私は、私たちの宗教の最も厳格な派に従って、パリサイ人として生活してまいりました。
 そして今、神が私たちの先祖に約束されたものを待ち望んでいることで、私は裁判を受けているのです。
 私たちの十二部族は、夜も昼も熱心に神に仕えながら、その約束のものを得たいと望んでおります。王よ。私は、この希望のためにユダヤ人から訴えられているのです。
 神が死者をよみがえらせるということを、あなたがたは、なぜ信じがたいこととされるのでしょうか。
 以前は、私自身も、ナザレ人イエスの名に強硬に敵対すべきだと考えていました。
 そして、それをエルサレムで実行しました。祭司長たちから権限を授けられた私は、多くの聖徒たちを牢に入れ、彼らが殺されるときには、それに賛成の票を投じました。
 また、すべての会堂で、しばしば彼らを罰しては、強いて御名をけがすことばを言わせようとし、彼らに対する激しい怒りに燃えて、ついには国外の町々にまで彼らを追跡して行きました。
 このようにして、私は祭司長たちから権限と委任を受けて、ダマスコへ出かけて行きますと、
 その途中、正午ごろ、王よ、私は天からの光を見ました。それは太陽よりも明るく輝いて、私と同行者たちとの回りを照らしたのです。
 私たちはみな地に倒れましたが、そのとき声があって、ヘブル語で私にこう言うのが聞こえました。『サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。とげのついた棒をけるのは、あなたにとって痛いことだ。』
 私が、『主よ。あなたはどなたですか。』と言いますと、主がこう言われました。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
 起き上がって、自分の足で立ちなさい。わたしがあなたに現われたのは、あなたが見たこと、また、これから後わたしがあなたに現われて示そうとすることについて、あなたを奉仕者、また証人に任命するためである。
 わたしは、この民と異邦人との中からあなたを救い出し、彼らのところに遣わす。
 それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。』


2011年6月26日
「それぞれの力に応じて」 高橋宣広牧師

使徒の働き 11:27-11:30

 そのころ、預言者たちがエルサレムからアンテオケに下って来た。
 その中のひとりでアガボという人が立って、世界中に大ききんが起こると御霊によって預言したが、はたしてそれがクラウデオの治世に起こった。
 そこで、弟子たちは、それぞれの力に応じて、ユダヤに住んでいる兄弟たちに救援の物を送ることに決めた。
 彼らはそれを実行して、バルナバとサウロの手によって長老たちに送った。

2011年6月19日
「今が、主を求める時だ」 杉江真牧師

ホセア書 10:9-10:12

 イスラエルよ。ギブアの日々よりこのかた、
 あなたは罪を犯してきた。
 彼らはそこで同じことを行なっている。
 戦いは、ギブアで、
 この不法な民を襲わないだろうか。
 わたしは彼らを懲らしめようと思う。
 彼らが二つの不義のために捕えられるとき、
 国々の民は集められて彼らを攻める。
 エフライムは飼いならされた雌の子牛であって、
 麦打ち場で踏むことを好んでいた。
 わたしはその美しい首にくびきを掛けtた。
 わたしはエフライムに乗り、ユダは耕し、
 ヤコブはまぐわをひく。
 あなたがたは正義の種を蒔き、
 誠実の実を刈り入れよ。
 あなたがたは耕地を開拓せよ。
 今が、主を求める時だ。
 ついに、主は来て、
 正義をあなたがたに注がれる。

2011年6月12日
「神のかたちの回復」 高橋宣広牧師

ガラテヤ人への手紙 5:16-5:26

 私は言います。「御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。
 なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。
 しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法にの下にはいません。
 肉の行いは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、
 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、
 ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。
 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、
 柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。
 キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。
 もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。
 互いにいどみ合ったり、そねみ合ったりして、虚栄に走ることのないようにしましょう。

2011年6月5日
「キリストは生きている」 高橋宣広牧師

使徒の働き 25:13-25:27

 数日たってから、アグリッパ王とベルニケが、フェストに敬意を表するためにカイザリヤに来た。
 ふたりがそこに長く滞在していたので、フェストはパウロの一件を王に持ち出してこう言った。「ペリクスが囚人として残して行ったひとりの男がおります。
 私がエルサレムに行ったとき、妻子たちとユダヤ人の長老たちとが、その男のことを私に訴え出て、罪に定めるように要求しました。
 そのとき私は、『被告が、彼を訴えた者の面前で訴えに対して弁明する機会を与えられないで、そのまま引き渡されるということはローマの慣例ではない。』と答えておきました。
 そういうわけで、訴える者たちがここに集まったとき、私は時を移さず、その翌日、裁判の席に着いて、その男を出廷させました。
 訴えた者たちは立ち上がりましたが、私が予期していたような犯罪についての訴えは何一つ申し立てませんでした。
 ただ、彼と言い争っている点は、彼ら自身の宗教に関することであり、また、死んでしまったイエスという者のことで、そのイエスが生きているとパウロは主張しているのでした。
 このような問題をどう取り調べたらよいか、私には見当がつかないので、彼に『エルサレムに上り、そこで、この事件について裁判を受けたいのか。』と尋ねたところが、
 パウロは、皇帝の判決を受けるまで保護してほしいと願い出たので、彼をカイザルのもとに送る時まで守っておくように、命じておきました。」
 すると、アグリッパがフェストに、「私も、その男の話を聞きたいものです。」と言ったので、フェストは、「では、明日お聞きください。」と言った。
 こういうわけで、翌日、アグリッパとベルニケは、大いに威儀を整えて到着し、千人隊長たちや市の首脳者たちにつき添われて講堂にはいった。そのとき、フェストの命令によってパウロが連れて来られた。
 そこで、フェストはこう言った。「アグリッパ王、ならびに、ここに同席の方々。ご覧ください。ユダヤ人がこぞって、一刻も生かしてはおけないと呼ばわり、エルサレムでも、ここでも、私に訴えて来たのは、この人のことです。
 私としては、彼は死に当たることは何一つしていないと思います。しかし、彼自身が皇帝に上訴しましたので、彼をそちらに送ることに決めました。
 ところが、彼について、わが君に書き送るべき確かな事がらが一つもないのです。それで、皆さんの前に、わけてもアグリッパ王よ、あなたの前に、彼を連れてまいりました。取り調べをしてみたら、何か書き送るべきことが得られましょう。
 囚人を送るのに、その訴えの箇条を示さないのは、理に合わないと思うのです。」

2011年5月29日
「カイザルへの上訴」 高橋宣広牧師

使徒の働き 25:1-25:12

 フェストは、州総督として着任すると、三日後にカイザリヤからエルサレムに上った。
 すると、祭司長たちとユダヤ人のおもだった者たちが、パウロのことを訴え出て、
 パウロを取り調べる件について自分たちに好意を持ってくれるように頼み、パウロをエルサレムに呼び寄せていただきたいと彼に懇願した。彼らはパウロを途中で殺害するために待ち伏せをさせていた。
 ところが、フェストは、パウロはカイザリヤに拘置されているし、自分はまもなく出発の予定であると答え、
 「だから、その男に何か不都合なことがあるなら、あなたがたのうちの有力な人たちが、私といっしょに下って行って、彼を告訴しなさい。」と言った。
 フェストは、彼らのところに八日あるいは十日ばかり滞在しただけで、カイザリヤへ下って行き、翌日、裁判の席に着いて、パウロの出廷を命じた。
 パウロが出て来ると、エルサレムから下って来たユダヤ人たちは、彼を取り囲んで立ち、多くの重い罪状を申し立てたが、それを証拠立てることはできなかった。
 しかしパウロは弁明して、「私はユダヤ人の律法に対しても、宮に対しても、またカイザルに対しても、何の罪も犯してはおりません。」と言った。
 ところが、ユダヤ人の歓心を買おうとしたフェストは、パウロに向かって、「あなたはエルサレムに上り、この事件について、私の前で裁判を受けることを願うか。」と尋ねた。
 すると、パウロはこう言った。「私はカイザルの法廷に立っているのですから、ここで裁判を受けるのが当然です。あなたもよくご存知のとおり、私はユダヤ人にどんな悪いこともしませんでした。
 もし私が悪いことをして、死罪に当たることをしたのでしたら、私は死をのがれようとはしません。しかし、この人たちが私を訴えていることに一つも証拠がないとすれば、だれも私を彼らに引き渡すことはできません。私はカイザルに上訴します。」
 そのとき、フェストは陪席の者たちと協議したうえで、こう答えた。「あなたはカイザルに上訴したのだから、カイザルのもとへ行きなさい。」

2011年5月22日
「わずかなものが豊かに-神がそこにおられる時-」 ダニー・モルキー師

使徒の働き 3:6-3:11

 すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って、
 彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、
 おどり上がってまっすぐに立ち、歩きだした。そして歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつ、ふたりといっしょに宮にはいって行った。
 人々はみな、彼が歩きながら、神を賛美しているのを見た。
 そして、これが、施しを求めるために宮の「美しの門」にすわっていた男だとわかると、この人の身に起こったことに驚き、あきれた。
 この人が、ペテロとヨハネにつきまとっている間に、非常に驚いた人々がみないっせいに、ソロモンの廊という回廊にいる彼らのところに、やって来た。

2011年5月15日
「総督ペリクスの前で」 高橋宣広牧師

使徒の働き 24:1-24:27

 五日の後、大祭司アナニヤは、数人の長老およびテルトロという弁護士といっしょに下って来て、パウロを総督に訴えた。
 パウロが呼び出されると、テルトロが訴えを始めてこう言った。
 「ペリクス閣下。閣下のおかげで、私たちはすばらしい平和を与えられ、また、閣下のご配慮で、この国の改革が進行しておりますが、
 その事実をあらゆる面において、また至る所で認めて、私たちは心から感謝しております。
 さて、あまりご迷惑をおかけしないように、ごく手短に申し上げますから、ご寛容をもってお聞きくださるようお願いいたします。
 この男は、まるでペストのような存在で、世界中のユダヤ人の間に騒ぎを起こしている者であり、ナザレ人という一派の首領でございます。
 この男は宮さえもけがそうとしましたので、私たちは彼を捕えました。
 閣下ご自身で、これらすべてのことについて彼をお調べくださいますなら、私たちが彼を訴えております事がらを、おわかりになっていただけるはずです。」
 ユダヤ人たちも、この訴えに同調し、全くそのとおりだと言った。
 そのとき、総督がパウロに、話すようにと合図したので、パウロはこう答えた。
 「閣下が多年に渡り、この民の裁判をつかさどる方であることを存じておりますので、私は喜んで弁明いたします。
 お調べになればわかることですが、私が礼拝のためにエルサレムに上って来てから、まだ十二日しかたっておりません。
 そして、宮でも会堂でも、また市内でも、私がだれかと論争したり、群衆を騒がせたりするのを見た者はありません。
 いま私を訴えていることについて、彼らは証拠をあげることができないはずです。
 しかし、私は、彼らが異端と呼んでいるこの道に従って、私たちの先祖の神に仕えていることを、閣下の前で承認いたします。私は、律法にかなうことと、預言者たちが書いていることとを全部信じています。
 また、義人も悪人も必ず復活するという、この人たち自身も抱いている望みを、神にあって抱いております。
 そのために、私はいつも、神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つように、と最善を尽くしています。
 さて私は、同胞に対して施しをし、また供え物をささげるために、幾年ぶりかで帰って来ました。
 その供え物のことで私は清めを受けて宮の中にいたのを彼らに見られたのですが、別に群衆もおらず、騒ぎもありませんでした。ただアジヤから来た幾人かのユダヤ人がおりました。
 もし彼らに、私について何か非難したいことがあるなら、自分で閣下の前に来て訴えるべきです。
 でなければ、今ここにいる人々に、議会の前に立っていたときの私にどんな不正を見つけたかを言わせてください。
 彼らの中に立っていたとき、私はただ一言、『死者の復活のことで、私はきょう、あなたがたの前でさばかれているのです。』と叫んだにすぎません。」
 しかしペリクスは、この道について相当詳しい知識を持っていたので、「千人隊長ルシヤが下って来るとき、あなたがたの事件を解決することにしよう。」と言って、裁判を延期した。
 そして百人隊長に、パウロを監禁するように命じたが、ある程度の自由を与え、友人たちが世話をすることを許した。
 数日後、ペリクスはユダヤ人である妻ドルシラを連れて来て、パウロを呼び出し、キリスト・イエスを信じる信仰について話を聞いた。
 しかし、パウロが正義と節制とやがて来る審判とを論じたので、ペリクスは恐れを感じ、「今は帰ってよい。おりを見て、また呼び出そう。」と言った。
 それとともに、彼はパウロから金をもらいたい下心があったので、幾度もパウロを呼び出して話し合った。
 二年たって後、ポルキオ・フェストがペリクスの後任になったが、ペリクスはユダヤ人に恩を売ろうとして、パウロを牢につないだままにしておいた。

2011年5月8日
「キリストの支配と守り」 高橋宣広牧師

使徒の働き 23:12-23:35

 夜が明けると、ユダヤ人たちは徒党を組み、パウロを殺してしまうまでは飲み食いしないと誓い合った。
 この陰謀に加わった者は、四十人以上であった。
 彼らは、祭司長たち、長老たちのところに行って、こう言った。「私たちは、パウロを殺すまでは何も食べない、と堅く誓い合いました。
 そこで、今あなたがたは議会と組んで、パウロのことをもっと詳しく調べるふりをして、彼をあなたがたのところに連れて来るように千人隊長に願い出てください。私たちのほうでは、彼がそこに近づく前に殺す手はずにしています。」
 ところが、パウロの姉妹の子が、この待ち伏せのことを耳にし、兵営にはいってパウロにそれを知らせた。
 そこでパウロは、百人隊長のひとりを呼んで、「この青年を千人隊長のところに連れて行ってください。お伝えすることがありますから。」と言った。
 百人隊長は、彼を連れて千人隊長のもとに行き、「囚人のパウロが私を呼んで、この青年があなたにお話しすることがあるので、あなたのところに連れて行くようにと頼みました。」と言った。
 千人隊長は彼の手を取り、だれもいない所に連れて行って、「私に伝えたいことというのは何か。」と尋ねた。
 すると彼はこう言った。「ユダヤ人たちは、パウロについてもっと詳しく調べようとしているかに見せかけて、あす、議会にパウロを連れて来てくださるように、あなたにお願いすることを申し合わせました。
 どうか、彼らの願いを聞き入れないでください。四十人以上の者が、パウロを殺すまでは飲み食いしない、と誓い合って、彼を待ち伏せしているのです。今、彼らは手はずを整えて、あなたの承諾を待っています。」
 そこで千人隊長は、「このことを私に知らせたことは、だれにも漏らすな。」と命じて、その青年を帰らせた。
 そしてふたりの百人隊長を呼び、「今夜九時、カイザリヤに向けて出発できるように、歩兵ニ百人、騎兵七十人、槍兵二百人を整えよ。」と言いつけた。
 また、パウロを乗せて無事に総督ペリクスのもとに送り届けるように、馬の用意もさせた。
 そして、次のような文面の手紙を書いた。
 「クラウデオ・ルシヤ、つつしんで総督ペリクス閣下にごあいさつ申し上げます。
 この者が、ユダヤ人に捕えられ、まさに殺されようとしていたとき、彼がローマ市民であることを知りましたので、私は兵隊を率いて行って、彼を助け出しました。
 それから、どんな理由で彼が訴えられたかを知ろうと思い、彼をユダヤ人の議会に出頭させました。
 その結果、彼が訴えられているのは、ユダヤ人の律法に関する問題のためで、死刑や投獄に当たる罪はないことがわかりました。
 しかし、この者に対する陰謀があるという情報を得ましたので、私はただちに彼を閣下のもとにお送りし、訴える者たちには、閣下の前で彼のことを訴えるようにと言い渡しておきました。
 そこで、兵士たちは、命じられたとおりにパウロを引き取り、夜中にアンテパトリスまで、連れて行き、
 翌日、騎兵たちにパウロの護送を任せて、兵営に帰った。
 騎兵たちは、カイザリヤに着き、総督に手紙を手渡して、パウロを引き合わせた。
 総督は手紙を読んでから、パウロに、どの州の者かと尋ね、キリキヤの出であることを知って、
 「あなたを訴える者が来てから、よく聞くことにしよう。」と言った。そして、ヘロデの官邸に彼を守っておくように命じた。

2011年5月1日
「勇気を出して」 高橋宣広牧師

使徒の働き 22:30-23:11

 その翌日、千人隊長は、パウロがなぜユダヤ人に告訴されたのかを確かめたいと思って、パウロの鎖を解いてやり、祭司長たちと全議会の召集を命じ、パウロを連れて行って、彼らの前に立たせた。
 パウロは議会を見つめて、こう言った。「兄弟たちよ。私は今日まで、全くきよい良心をもって、神の前に生活して来ました。」
 すると大祭司アナニヤは、パウロのそばに立っている者たちに、彼の口を打てと命じた。
 そのとき、パウロはアナニヤに向かってこう言った。「ああ、白く塗った壁。神があなたを打たれる。あなたは、律法に従って私をさばく座に着きながら、律法にそむいて、私を打てと命じるのですか。」
 するとそばに立っている者たちが、「あなたは神の大祭司をののしるのか。」と言ったので、
 パウロが言った。「兄弟たち。私は彼が大祭司だとは知らなかった。確かに、『あなたの民の指導者を悪く言ってはいけない。』と書いてあります。」
 しかし、パウロは、彼らの一部がサドカイ人で、一部がパリサイ人であるのを見て取って、議会の中でこう叫んだ。「兄弟たち。私はパリサイ人であり、パリサイ人の子です。私は死者の復活という望みのことで、さばきを受けているのです。」
 彼がこう言うと、パリサイ人とサドカイ人との間に意見の衝突が起こり、議会は二つに割れた。
 サドカイ人は、復活はなく、御使いも霊もないと言い、パリサイ人は、どちらもあると言っていたからである。
 騒ぎがいよいよ大きくなり、パリサイ派のある律法学者たちが立ち上がって激しく論じて、「私たちは、この人に何の悪い点も見いださない。もしかしたら、霊か御使いかが、彼に語りかけたのかもしれない。」と言った。
 論争がますます激しくなったので、千人隊長は、パウロが彼らに引き裂かれてしまうのではないかと心配し、兵隊に、下に降りて行って、パウロを彼らの中から力ずくで引き出し、兵営に連れて来るように命じた。
 その夜、主がパウロのそばに立って、「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない。」と言われた。

2011年4月24日
「復活の日曜日」 高橋宣広牧師

マタイの福音書 28:1-20

 さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方、マグダラのマリヤと、ほかのマリヤが墓を見に来た。
 すると、大きな地震が起こった。それは、主の使いが天から降りて来て、石をわきへころがして、その上にすわったからである。
 その顔は、いなずまのように輝き、その衣は雪のように白かった。
 番兵たちは、御使いを見て恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。
 すると、御使いは女たちに言った。「恐れてはいけません。あなたがたが十字架につけられたイエスを捜しているのを、私たちは知っています。
 ここにはおられません。前から言っておられたように、よみがえられたからです。来て、納めてあった場所を見てごらんなさい。
 ですから急いで行って、お弟子たちにこのことを知らせなさい。イエスが死人の中からよみがえられたこと、そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれ、あなたがたは、そこで、お会いできるということです。では、これだけはお伝えしました。」
 そこで、彼女たちは、恐ろしくはあったが大喜びで、急いで墓を離れ、弟子たちに知らせに走って行った。
 すると、イエスが彼女たちに出会って、「おはよう。」と言われた。彼女たちは近寄って御足を抱いてイエスを拝んだ。
 すると、イエスは言われた。「恐れてはいけません。行って、わたしの兄弟たちに、ガリラヤに行くように言いなさい。そこでわたしに会えるのです。」
 女たちが行き着かないうちに、もう、数人の番兵が都に来て、起こった事を全部、祭司長たちに報告した。
 そこで、祭司長たちは民の長老たちとともに集まって協議し、兵士たちに多額の金を与えて、 
 こう言った。「『夜、私たちが眠っている間に、弟子たちがやって来て、イエスを盗んで行った。』と言うのだ。
 もし、このことが総督の耳にはいっても、私たちがうまく説得して、あなたがたには心配をかけないようにするから。
 そこで、彼らは金をもらって、指図されたとおりにした。それで、この話が広くユダヤ人の間に広まって今日に及んでいる。
 しかし、十一人の弟子たちは、ガリラヤに行って、イエスの指示された山に登った。
 そして、イエスにお会いしたとき、彼らは礼拝した。しかし、ある者は疑った。
 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。
 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

2011年4月17日
「群集心理の陰で」 高橋宣広牧師

マタイの福音書 21:1-11

 それから、彼らはエルサレムに近づき、オリーブ山のふもとのベテパゲまで来た。そのとき、イエスは、弟子をふたり使いに出して、
 言われた。「向こうの村へ行きなさい。そうするとすぐに、ろばがつながれていて、いっしょにろばの子がいるのに気がつくでしょう。それをほどいて、わたしのところに連れて来なさい。
 もしだれかが何か言ったら、『主がお入用なのです。』と言いなさい。そうすれば、すぐに渡してくれます。」
 これは、預言を通して言われた事が成就するために起こったのである。
  「シオンの娘に伝えなさい。
  『見よ。あなたの王が、
  あなたのところにお見えになる。
  柔和で、ろばの背に乗って、
  それも、荷物を運ぶろばの子に乗って。』」
 そこで、弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにした。
 そして、ろばと、ろばの子とを連れて来て、自分たちの上着をその上に掛けた。イエスはそれに乗られた。
 すると、群衆のうち大ぜいの者が、自分たちの上着を道に敷き、また、ほかの人々は、木の枝を切って来て、道に敷いた。
 そして、群衆は、イエスの前を行く者も、あとに従う者も、こう言って叫んでいた。
  「ダビデの子にホサナ。
  祝福あれ。主の御名によって来られる方に。
  ホサナ。いと高き所に。」
 こうして、イエスがエルサレムにはいられると、都中がこぞって騒ぎ立ち、「この方は、どういう方なのか。」と言った。
 群衆は、「この方は、ガリラヤのナザレの、預言者イエスだ。」と言った。

2011年4月10日
「いのちのパンなるキリスト」 渡辺郁子牧師(アトランタ・ウェストミンスター教会)

ヨハネの福音書 6:27-35

 なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。この人の子を父すなわち神が認証されたからです。
 すると彼らはイエスに言った。「私たちは、神のわざを行なうために、何をすべきでしょうか。」
 イエスは答えて言われた。「あなたがたが、神が遣わした者を信じること、それが神のわざです。」
 そこで彼らはイエスに言った。「それでは、私たちが見てあなたを信じるために、しるしとして何をしてくださいますか。どのようなことをなさいますか。
 私たちの先祖は、荒野でマナを食べました。『彼は彼らに天からパンを与えて食べさせた。』と書いてあるとおりです。」
 イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。モーセはあなたがたに天からのパンを与えたのではありません。しかし、わたしの父は、あなたがたに天からまことのパンをお与えになります。
 というのは、神のパンは、天から下って来て、世にいのちを与えるものだからです。」
 そこで彼らはイエスに言った。「主よ。いつもそのパンを私たちにお与えください。」
 イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。

2011年4月3日
「自らの権威を主張せずに」 高橋宣広牧師

使徒の働き 22:22-29

 人々は、彼の話をここまで聞いていたが、このとき声を張り上げて、「こんな男は、地上から除いてしまえ。生かしておくべきではない。」と言った。
 そして、人々がわめき立て、着物を放り投げ、ちりを空中にまき散らすので、
 千人隊長はパウロを兵営の中に引き入れるように命じ、人々がなぜこのようにパウロに向かって叫ぶのかを知ろうとして、彼をむち打って取り調べるようにと言った。
 彼らがむちを当てるためにパウロを縛ったとき、パウロはそばに立っている百人隊長に言った。「ローマ市民である者を、裁判にもかけずに、むち打ってよいのですか。」
 これを聞いた百人隊長は、千人隊長のところに行って報告し、「どうなさいますか。あの人はローマ人です。」と言った。
 千人隊長はパウロのところに来て、「あなたはローマ市民なのか、私に言ってくれ。」と言った。パウロは「そうです。」と言った。
 すると千人隊長は、「私はたくさんの金を出して、この市民権を買ったのだ。」と言った。そこでパウロは、「私は生まれながらの市民です。」と言った。
 このため、パウロを取り調べようとしていた者たちは、すぐにパウロから身を引いた。また千人隊長も、パウロがローマ市民だとわかると、彼を鎖につないでいたので、恐れた。

2011年3月27日
「新しく生きる」 高橋宣広牧師

使徒の働き 22:1-21

 「兄弟たち、父たちよ。いま私が皆さんにしようとする弁明を聞いてください。」
 パウロがヘブル語で語りかけるのを聞いて、人々はますます静粛になった。そこでパウロは話し続けた。
 「私はキリキヤのタルソで生まれたユダヤ人ですが、この町で育てられ、ガマリエルのもとで私たちの先祖の律法について厳格な教育を受け、今日の皆さんと同じように、神に対して熱心な者でした。
 私はこの道を迫害し、男も女も縛って牢に投じ、死にまでも至らせたのです。
 このことは、大祭司も、長老たちの全議会も証言してくれます。この人たちから、私は兄弟たちへあてた手紙までも受け取り、ダマスコヘ向かって出発しました。そこにいる者たちを縛り上げ、エルサレムに連れて来て処罰するためでした。
 ところが、旅を続けて、真昼ごろダマスコに近づいたとき、突然、天からまばゆい光が私の回りを照らしたのです。
 私は地に倒れ、『サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。』という声を聞きました。
 そこで私が答えて、『主よ。あなたはどなたですか。』と言うと、その方は、『わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスだ。』と言われました。
 私といっしょにいた者たちは、その光は見たのですが、私に語っている方の声は聞き分けられませんでした。
 私が、『主よ。私はどうしたらよいのでしょうか。』と尋ねると、主は私に、『起きて、ダマスコに行きなさい。あなたがするように決められていることはみな、そこで告げられる。』と言われました。
 ところが、その光の輝きのために、私の目は何も見えなかったので、いっしょにいた者たちに手を引かれてダマスコにはいりました。
 すると、律法を重んじる敬虔な人で、そこに住むユダヤ人全体の間で評判の良いアナニヤという人が、
 私のところに来て、そばに立ち、『兄弟サウロ。見えるようになりなさい。』と言いました。すると、そのとき、私はその人が見えるようになりました。
 彼は言いました。『私たちの先祖の神は、あなたにみこころを知らせ、義なる方を見させ、その方の口から御声を聞かせようとお定めになったのです。
 あなたはその方のために、すべての人に対して、あなたの見たこと、聞いたことの証人とされるのですから。
 さあ、なぜためらっているのですか。立ちなさい。その御名を呼んでバプテスマを受け、自分の罪を洗い流しなさい。』
 こうして私がエルサレムに帰り、宮で祈っていますと、夢ごこちになり、
 主を見たのです。主は言われました。『急いで、早くエルサレムを離れなさい。人々がわたしについてのあなたのあかしを受け入れないからです。』
 そこで私は答えました。『主よ。私がどの会堂ででも、あなたの信者を牢に入れたり、むち打ったりしていたことを、彼らはよく知っています。
 また、あなたの証人ステパノの血が流されたとき、私もその場にいて、それに賛成し、彼を殺した者たちの着物の番をしていたのです。』
 すると、主は私に、『行きなさい。わたしはあなたを遠く、異邦人に遣わす。』と言われました。」

2011年3月20日
「神の忍耐」 高橋宣広牧師

ルカの福音書 13:1-9

 ちょうどそのとき、ある人たちがやって来て、イエスに報告した。ピラトがガリラヤ人たちの血をガリラヤ人たちのささげるいけにえに混ぜたというのである。
 イエスは彼らに答えて言われた。「そのガリラヤ人たちがそのような災難を受けたから、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い人たちだったとでも思うのですか。
 そうではない。わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます。
 また、シロアムの塔が倒れ落ちて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいるだれよりも罪深い人たちだったとでも思うのですか。
 そうではない。わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます。」
 イエスはこのようなたとえを話された。
 「ある人が、ぶどう園にいちじくの木を植えておいた。実を取りに来たが、何も見つからなかった。
 そこで、ぶどう園の番人に言った。『見なさい。三年もの間、やって来ては、このいちじくの実のなるのを待っているのに、なっていたためしがない。これを切り倒してしまいなさい。何のために土地をふさいでいるのですか。』
 番人は答えて言った。『ご主人。どうか、ことし一年そのままにしてやってください。木の回りを掘って、肥やしをやってみますから。
 もしそれで来年、実を結べばよし、それでもだめなら、切り倒してください。』」

2011年3月13日
「時が良くても悪くても」 高橋宣広牧師

使徒の働き 21:27-40

 ところが、その七日がほとんど終わろうとしていたころ、アジヤから来たユダヤ人たちは、パウロが宮にいるのを見ると、全群衆をあおりたて、彼に手をかけて、
 こう叫んだ。「イスラエルの人々。手を貸してください。この男は、この民と、律法と、この場所に逆らうことを、至るところですべての人に教えている者です。そのうえ、ギリシヤ人を宮の中に連れ込んで、この神聖な場所をけがしています。」
 彼らは前にエペソ人トロピモが町でパウロといっしょにいるのを見かけたので、パウロが彼を宮に連れ込んだのだと思ったのである。
 そこで、町中が大騒ぎになり、人々は殺到してパウロを捕え、宮の外へ引きずり出した。そして、ただちに宮の門が閉じられた。
 彼らがパウロを殺そうとしていたとき、エルサレム中が混乱状態に陥っているという報告が、ローマ軍の千人隊長に届いた。
 彼はただちに、兵士たちと百人隊長たちとを率いて、彼らのところに駆けつけた。人々は千人隊長と兵士たちを見て、パウロを打つのをやめた。
 千人隊長は近づいてパウロを捕え、二つの鎖につなぐように命じたうえ、パウロが何者なのか、何をしたのか、と尋ねた。
 しかし、群衆がめいめい勝手なことを叫び続けたので、その騒がしさのために確かなことがわからなかった。そこで、千人隊長は、パウロを兵営に連れて行くように命令した。
 パウロが階段にさしかかったときには、群衆の暴行を避けるために、兵士たちが彼をかつぎ上げなければならなかった。
 大ぜいの群衆が「彼を除け。」と叫びながら、ついて来たからである。
 兵営の中に連れ込まれようとしたとき、パウロが千人隊長に、「一言お話ししてもよいでしょうか。」と尋ねると、千人隊長は、「あなたはギリシヤ語を知っているのか。
 するとあなたは、以前暴動を起こして、四千人の刺客を荒野に引き連れて逃げた、あのエジプト人ではないのか。」と言った。
 パウロは答えた。「私はキリキヤのタルソ出身のユダヤ人で、れっきとした町の市民です。お願いです。この人々に話しをさせてください。」
 千人隊長がそれを許したので、パウロが階段の上に立ち、民衆に向かって手を振った。そして、すっかり静かになったとき、彼はヘブル語で次のように話した。

2011年3月6日
「より多くの人を獲得するために」 高橋宣広牧師

使徒の働き 21:17-26

 エルサレムに着くと、兄弟たちは喜んで私たちを迎えてくれた。
 次の日、パウロは私たちを連れて、ヤコブを訪問した。そこには長老たちがみな集まっていた。
 彼らにあいさつしてから、パウロは彼の奉仕を通して神が異邦人の間でなさったことを、一つ一つ話しだした。
 彼らはそれを聞いて神をほめたたえ、パウロにこう言った。「兄弟よ。ご承知のように、ユダヤ人の中で信仰にはいっている者は幾万となくありますが、みな律法に熱心な人たちです。
 ところで、彼らが聞かされていることは、あなたは異邦人の中にいるすべてのユダヤ人に、子どもに割礼を施すな、慣習に従って歩むな、と言って、モーセにそむくように教えているということなのです。
 それで、どうしましょうか。あなたが来たことは、必ず彼らの耳にはいるでしょう。
 ですから、私たちの言うとおりにしてください。私たちの中に誓願を立てている者が四人います。
 この人たちを連れて、あなたも彼らといっしょに身を清め、彼らが頭をそる費用を出してやりなさい。そうすれば、あなたについて聞かされていることは根も葉もないことで、あなたも律法を守って正しく歩んでいることが、みなにわかるでしょう。
 信仰にはいった異邦人に関しては、偶像の神に供えた肉と、血と、絞め殺した物と、不品行とを避けるべきであると決定しましたので、私たちはすでに手紙を書きました。」
 そこで、パウロはその人たちを引き連れ、翌日、ともに身を清めて宮にはいり、清めの期間が終わって、ひとりひとりのために供え物をささげる日時を告げた。

2011年2月27日
「主イエスの御名のためなら」 高橋宣広牧師

使徒の働き 21:1-16

 私たちは彼らと別れて出帆し、コスに直航し、翌日ロドスに着き、そこからパタラに渡った。
 そこにはフェニキヤ行きの船があったので、それに乗って出帆した。
 やがてキプロスが見えて来たが、それを左にして、シリヤに向かって航海を続け、ツロに上陸した。ここで船荷を降ろすことになっていたからである。
 私たちは弟子たちを見つけ出して、そこに七日間滞在した。彼らは、御霊に示されて、エルサレムに上らぬようにと、しきりにパウロに忠告した。
 しかし、滞在の日数が尽きると、私たちはそこを出て、旅を続けることにした。彼らはみな、妻や子どももいっしょに、町はずれまで私たちを送って来た。そして、ともに海岸にひざまずいて祈ってから、私たちは互いに別れを告げた。
 それから私たちは船に乗り込み、彼らは家へ帰って行った。
 私たちはツロからの航海を終えて、トレマイに着いた。そこの兄弟たちにあいさつをして、彼らのところに一日滞在した。
 翌日そこを立って、カイザリヤに着き、あの七人のひとりである伝道者ピリポの家にはいって、そこに滞在した。
 この人には、預言する四人の未婚の娘がいた。
 幾日かそこに滞在していると、アガボという預言者がユダヤから下って来た。
 彼は私たちのところに来て、パウロの帯を取り、自分の両手と両足を縛って、「『この帯の持ち主は、エルサレムでユダヤ人に、こんなふうに縛られ、異邦人の手に渡される。』と聖霊がお告げになっています。」と言った。
 私たちはこれを聞いて、土地の人たちといっしょになって、パウロに、エルサレムには上らないよう頼んだ。
 するとパウロは、「あなたがたは、泣いたり、私の心をくじいたりして、いったい何をしているのですか。私は、主イエスの御名のためなら、エルサレムで縛られることばかりでなく、死ぬことさえも覚悟しています。」と答えた。
 彼が聞き入れようとしないので、私たちは、「主のみこころのままに。」と言って、黙ってしまった。
 こうして数日たつと、私たちは旅支度をして、エルサレムの上った。
 カイザリヤの弟子たちも幾人か私たちと同行して、古くからの弟子たちであるキプロス人マナソンのところに案内してくれた。私たちはそこに泊まることになっていたのである。

2011年2月20日
「神の教会に仕える務め」 高橋宣広牧師

使徒の働き 20:28-38

 あなたがたは自分自身と群れの全体とに気を配りなさい。聖霊は、神がご自身の血をもって買い取られた神の教会を牧させるために、あなたがたの群れの監督にお立てになったのです。
 私が出発したあと、凶暴な狼があなたがたの中にはいり込んで来て、群れを荒らし回ることを、私は知っています。
 あなたがた自身の中からも、いろいろな曲がったことを語って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者たちが起こるでしょう。
 ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。
 いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。
 私は、人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。
 あなたがた自身が知っているとおり、この両手は、私の必要のためにも、私とともにいる人たちのためにも、働いて来ました。
 このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである。』と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです。」
 こう言い終わって、パウロはひざまずき、みなの者とともに祈った。
 みなは声をあげて泣き、パウロの首を抱いて幾度も口づけし、
 彼が、「もう二度と私の顔を見ることがないでしょう。」と言ったことばによって、特に心を痛めた。それから、彼らはパウロを船まで見送った。

2011年2月13日
「福音を証しする任務」 高橋宣広牧師

使徒の働き 20:13-27

 さて、私たちは先に船に乗り込んで、アソスに向けて出帆した。そしてアソスでパウロを船に乗せることにしていた。パウロが、自分は陸路をとるつもりで、そう決めておいたからである。
 こうして、パウロはアソスで私たちと落ち合い、私たちは彼を船に乗せてミテレネに着いた。
 そこから出帆して、翌日キヨスの沖に達し、次の日サモスに立ち寄り、その翌日ミレトに着いた。
 それはパウロが、アジヤで時間を取られないようにと、エペソには寄港しないで行くことに決めていたからである。彼は、できれば五旬節の日にはエルサレムに着いていたい、と旅路を急いでいたのである。
 パウロは、ミレトからエペソに使いを送って、教会の長老たちを呼んだ。
 彼らが集まって来たとき、パウロはこう言った。「皆さんは、私がアジヤに足を踏み入れた最初の日から、私がいつもどんなふうにあなたがたと過ごして来たか、よくご存知です。
 私は謙遜の限りを尽くし、涙をもって、またユダヤ人の陰謀によりわが身にふりかかる数々の試練の中で、主に仕えました。
 益になることは、少しもためらわず、あなたがたに知らせました。人々の前でも、家々でも、あなたがたを教え、
 ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰とをはっきりと主張したのです。
 いま私は、心を縛られて、エルサレムに上る途中です。そこで私にどんなことが起こるのかわかりません。
 ただわかっているのは、聖霊がどの町でも私にはっきりとあかしされて、なわめと苦しみが私を待っていると言われることです。
 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。 
 皆さん。御国を宣べ伝えてあなたがたの中を巡回した私の顔を、あなたがたはもう二度と見ることがないことを、いま私は知っています。
 ですから、私はきょうここで、あなたがたに宣言します。私は、すべての人たちが受けるさばきについて責任がありません。
 私は、神のご計画の 全体を、余すところなくあなたがたに知らせておいたからです。

2011年2月6日
「キリスト者の慰め」 高橋宣広牧師

使徒の働き 20:1-12

 騒ぎが治まると、パウロは弟子たちを呼び集めて励まし、別れを告げて、マケドニヤへ向かって出発した。
 そして、その地方を通り、多くの勧めをして兄弟たちを励ましてから、ギリシヤに来た。
 パウロはここで三か月を過ごしたが、そこからシリヤに向けて船出しようというときに、彼に対するユダヤ人の陰謀があったため、彼はマケドニヤを経て帰ることにした。
 プロの子であるベレヤ人ソパテロ、テサロニケ人アリスタルコとセクンド、デルベ人ガイオ、テモテ、アジヤ人テキコとトロピモは、パウロに同行していたが、
 彼は先発して、トロアスで私たちを待っていた。
 種なしパンの祝いが過ぎてから、私たちはピリピから船出し、五日かかってトロアスで彼らと落ち合い、そこに七日間滞在した。
 週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まった。そのときパウロは、翌日出発することにしていたので、人々と語り合い、夜中まで語り続けた。
 私たちが集まっていた屋上の間には、ともしびがたくさんともしてあった。
 ユテコというひとりの青年が窓のところに腰をかけていたが、ひどく眠気がさし、パウロの話が長く続くので、とうとう眠り込んでしまって、三階から下に落ちた。抱き起こしてみると、もう死んでいた。
 パウロは降りて来て、彼の上に身をかがめ、彼を抱きかかえて、「心配することはない。まだいのちがあります。」と言った。
 そして、また上がって行き、パンを裂いて食べてから、明け方まで長く話し合って、それから出発した。
 人々は生き返った青年を家に連れて行き、ひとかたならず慰められた。

2011年1月30日
「四方八方から苦しめられても」 高橋宣広牧師

使徒の働き 19:21-41

 これらのことが一段落すると、パウロは御霊の示しにより、マケドニヤとアカヤを通ったあとでエルサレムに行くことにした。そして、「私はそこに行ってから、ローマも見なければならない。」と言った。
 そこで、自分に仕えている者の中からテモテとエラストのふたりをマケドニヤに送り出したが、パウロ自身は、なおしばらくアジヤにとどまっていた。
 そのころ、この道のことから、ただならぬ騒動が持ち上がった。
 それというのは、デメテリオという銀細工人がいて、銀でアルテミス神殿の模型を作り、職人たちにかなりの収入を得させていたが、
 彼が、その職人たちや、同業の者たちをも集めて、こう言ったからである。「皆さん。ご承知のように、私たちが繁盛しているのはこの仕事のおかげです。
 ところが、皆さんが見てもいるし聞いてもいるように、あのパウロが、手で作った物など神ではないと言って、エペソばかりか、ほとんどアジヤ全体にわたって、大ぜいの人々を説き伏せ、迷わせているのです。
 これでは、私たちのこの仕事も信用を失う危険があるばかりか、大女神アルテミスの神殿も顧みられなくなり、全アジヤ、全世界の拝むこの大女神のご威光も地に落ちてしまいそうです。
 そう聞いて、彼らは大いに怒り、「偉大なのはエペソ人のアルテミスだ。」と叫び始めた。
 そして、町中が大騒ぎになり、人々はパウロの同行者であるマケドニヤ人ガイオとアリスタルコを捕え、一団となって劇場になだれ込んだ。
 パウロは、その集団の中にはいって行こうとしたが、弟子たちがそうさせなかった。
 アジヤ州の高官で、パウロの友人である人たちも、彼に使いを送って、劇場にはいらないように頼んだ。
 ところで、集会は混乱状態に陥り、大多数の者は、なぜ捕まったのかさえ知らなかったので、ある者はこのことを叫び、ほかの者は別のことを叫んでいた。
 ユダヤ人たちがアレキサンデルという者を前に押し出したので、群衆の中のある人たちが彼を促すと、彼は手を振って、会衆に弁明しようとした。
 しかし、彼がユダヤ人だとわかると、みなの者がいっせいに声をあげ、「偉大なのはエペソ人のアルテミスだ。」と二時間ばかりも叫び続けた。
 町の書記役は、群衆を押し静めてこう言った。「エペソの皆さん。エペソの町が、大女神アルテミスと天から下ったそのご神体との守護者であることを知らない者が、いったいいるでしょうか。
 これは否定できない事実ですから、皆さんは静かにして、軽はずみなことをしないようにしなければいけません。
 皆さんがここに引き連れて来たこの人たちは、宮を汚した者でもなく、私たちの女神をそしった者でもないのです。
 それで、もしデメテリオとその職人たちが、だれかに文句があるなら、裁判の日があるし、地方総督たちもいることですから、互いに訴え出たらよいのです。
 もしあなたがたに。これ以上何か要求することがあるなら、正式の議会で決めてもらわなければいけません。
 きょうの事件については、正当な理由がないのですから、騒擾罪に問われる恐れがあります。その点に関しては、私たちはこの騒動の弁護はできません。」
 こう言って、その集まりを解散させた。

2011年1月23日 
「神のみことばの力」 高橋宣広牧師

使徒の働き 19:8-20

 それから、パウロは会堂にはいって、三か月の間大胆に語り、神の国について論じて、彼らを説得しようと努めた。
 しかし、ある者たちが心をかたくなにして聞き入れず、会衆の前で、この道をののしったので、パウロは彼らから身を引き、弟子たちをも退かせて、毎日ツラノの会堂で論じた。
 これが二年の間続いたので、アジヤに住む者はみな、ユダヤ人もギリシヤ人も主のことばを聞いた。
 神はパウロの手によって驚くべき奇蹟を行なわれた。
 パウロの身に着けている手ぬぐいや前掛けをはずして病人に当てると、その病気は去り、悪霊は出て行った。
 ところが、諸国を巡回しているユダヤ人の魔よけ祈祷師の中のある者たちも、ためしに、悪霊につかれている者に向かって主イエスの御名をとなえ、「パウロの宣べ伝えているイエスによって、おまえたちに命じる。」と言ってみた。
 そういうことをしたのは、ユダヤの祭司長スケワという人の七人の息子たちであった。
 すると悪霊が答えて、「自分はイエスを知っているし、パウロもよく知っている。けれどおまえたちは何者だ。」と言った。
 そして悪霊につかれている人は、彼らに飛びかかり、ふたりの者を押えつけて、みなを打ち負かしたので、彼らは裸にされ、傷を負ってその家を逃げ出した。
 このことがエペソに住むユダヤ人とギリシヤ人の全部に知れ渡ったので、みな恐れを感じて、主イエスの御名をあがめるようになった。
 そして、信仰にはいった人たちの中から多くの者がやって来て、自分たちのしていることをさらけ出して告白した。
 また魔術を行なっていた多くの者が、その書物をかかえて来て、みなの前で焼き捨てた。その値段を合計してみると、銀貨五万枚になった。
 こうして、主のことばは驚くほど広まり、ますます力強くなって行った。

2011年1月16日 
「成長させてくださる神」 高橋宣広牧師

使徒の働き 18:24-19:7

 さて、アレキサンドリヤの生まれで、雄弁なアポロというユダヤ人がエペソに来た。彼は聖書に通じていた。
 この人は、主の道の教えを受け、霊に燃えて、イエスのことを正確に語り、また教えていたが、ただヨハネのバプテスマしか知らなかった。
 彼は会堂で大胆に話し始めた。それを聞いていたプリスキラとアクラは、彼を招き入れて、神の道をもっと正確に彼に説明した。
 そして、アポロがアカヤへ渡りたいと思っていたので、兄弟たちは彼を励まし、そこの弟子たちに、彼を歓迎してくれるようにと手紙を書いた。彼はそこに着くと、すでに恵みによって信者になっていた人たちを大いに助けた。
 彼は聖書によって、イエスがキリストであることを証明して、力強く、公然とユダヤ人たちを論破したからである。

 アポロがコリントにいた間に、パウロは奥地を通ってエペソに来た。そして幾人かの弟子に出会って、
 「信じたとき、聖霊を受けましたか。」と尋ねると、彼らは、「いいえ。聖霊の与えられることは、聞きもしませんでした。」と答えた。
 「では、どんなバプテスマを受けたのですか。」と言うと、「ヨハネのバプテスマです。」と答えた。
 そこで、パウロは、「ヨハネは、ご自分のあとに来られるイエスを信じるように人々に告げて、悔い改めのバプテスマを授けたのです。」と言った。
 これを聞いたその人々は、主イエスの御名によってバプテスマを受けた。
 パウロが彼らの上に手を置いたとき、聖霊が彼らに臨まれ、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした。
 その人々は、みなで十二人ほどであった。

2011年1月9日 
「連続する宣教の働き」 高橋宣広牧師

使徒の働き 18:12-23

 ところが、ガリオがアカヤの地方総督であったとき、ユダヤ人たちはこぞってパウロに反抗し、彼を法廷に引いて行って、
 「この人は、律法にそむいて神を拝むことを、人々に説き勧めています。」と訴えた。
 パウロが口を開こうとすると、ガリオはユダヤ人に向かってこう言った。「ユダヤ人の諸君。不正事件や悪質な犯罪のことであれば、私は当然、あなたがたの訴えを取り上げもしようが、
 あなたがたの、ことばや名称や律法に関する問題であるなら、自分たちで始末をつけるのがよかろう。私はそのようなことの裁判官にはなりたくない。」
 こうして、彼らを法廷から追い出した。
 そこで、みなの者は、会堂管理者ソステネを捕え、法廷の前で打ちたたいた。ガリオは、そのようなことは少しも気にしなかった。
 パウロは、なお長く滞在してから、兄弟たちに別れを告げて、シリヤに向けて出帆した。プリスキラとアクラも同行した。パウロは一つの誓願を立てていたので、ケンクレヤで髪をそった。
 彼らがエペソに着くと、パウロはふたりをそこに残し、自分だけ会堂にはいって、ユダヤ人たちと論じた。
 人々は、もっと長くとどまるように頼んだが、彼は聞き入れないで、
 「髪のみこころなら、またあなたがたのところに帰って来ます。」と言って別れを告げ、エペソから船出した。
 それからカイザリヤに上陸してエルサレムに上り、教会にあいさつしてからアンテオケに下って行った。
 そこにしばらくいてから、彼はまた出発し、ガラテヤの地方およびフルギヤを次々に巡って、すべての弟子たちを力づけた。

2011年1月2日 
「恐れないで」 高橋宣広牧師

使徒の働き 18:1-11

 その後、パウロはアテネを去って、コリントへ行った。
 ここで、アクラというポント生まれのユダヤ人およびその妻プリスキラに出会った。クラウデオ帝が、すべてのユダヤ人をローマから退去させるように命令したため、近ごろイタリヤから来ていたのである。パウロはふたりののところに行き、
 自分も同業者であったので、その家に住んでいっしょに仕事をした。彼らの職業は天幕作りであった。
 パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人とギリシヤ人を承服させようとした。
 そして、シラスとテモテがマケドニヤから下って来ると、パウロはみことばを教えることに専念し、イエスがキリストであることを、ユダヤ人たちにはっきりと宣言した。
 しかし、彼らが反抗して暴言を吐いたので、パウロは着物を振り払って、「あなたがたの血は、あなたがたの頭上にふりかかれ。私には責任がない。今から私は異邦人のほうに行く。」と言った。
 そして、そこを去って、神を敬うテテオ・ユストという人の家に行った。その家は会堂の隣であった。
 会堂管理者クリスポは、一家をあげて主を信じた。また、多くのコリント人も聞いて信じ、バプテスマを受けた。
 ある夜、主は幻によってパウロに、「恐れないで、語り続けなさい。黙っていてはいけない。
 わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから。」と言われた。
 そこでパウロは、一年半ここに腰を据えて、彼らの間で神のことばを教え続けた。