遊 旅人の 旅日記

2003年8月9日(土)曇りところにより小雨

富山県朝日町から黒部市へ
AM 4:30 いつもと同じ時間に目を覚ます。昨夜からの台風の動向が気になる。
今日のスケジュールは台風の状況を見た後 決めよう。
今現在、雨も降っていないし風も吹いていない。
テレビをつけ、天気予報を見る。大型の台風と報じている。予想進路を見ると富山県はちょうど進路の真中に当たる。今日の富山県内は、夕方六時頃まで大荒れとの予報である。


朝食を済ませ しばらく様子を見るが、台風の気配は全く感じられない。
女将さんと台風の話をする。雨と風が大変だと話すと女将さんは、台風が来ると暑くなるという。地方によって台風の捉え方が違うものだ。

工事の人たちはすでに現場に出かけてしまった。私もAM8:00出発をする。
空は一面台風の様相をした雲に覆われているが明るくなってきている。この様子ならば大丈夫だ。


<泊>
を過ぎ、一時間半ほどで、きれいな町並みの<入善町>に着く。入善駅で小休止、今夜の宿を予約する。
出来る限り先に進みたいが、台風のことも考えなくてはならない。黒部市泊りとする。黒部大橋付近から上流(南)立山連峰方面を望む

R8を黒部市に向かい歩く。はるか南には立山連峰の山々が雲間に見える。
<黒部川>を渡る。大きな川である。北上川、最上川、信濃川のように、水を満々とたたえて流れる川と違って、水はほとんど流れていない。川原である。ほんの一部にきれいな水が石の間を縫って勢いよく流れている。
芭蕉はこの川を
「くろへ四十八ヶ瀬とかや 数しらぬ川を わたりて・・・」と書いている。<黒部四十八箇瀬>とは、十四世紀後半の<義経記>に書かれている語であると言う。
黒部川により形成された、この辺り一帯の扇状地のことを表しているのである。その表現を思い出したのであろう。
川原の幅が一里半と言うのは、扇状地の幅のこと推測される。
芭蕉の歩いた頃、黒部川流域の扇状地は、まだ開拓がされておらず、川原状態であり、扇状地の中は幾筋もの川が流れていた。その広い扇状地のなかを、人足を雇い、荷物を持たせ歩いたのである。

雨が降って水嵩が増した時は6km程上流にある、当時は良く名の知られた<相本の橋>という<はね橋>を渡ったのである。


黒部川の上流には宇奈月温泉があり、黒部渓谷さらには黒四ダムがある。
黒四ダム、室堂、みくりが池には長野県大町側から登ったことがある。すばらしく景色の良いところである。
一度、富山県側から黒部渓谷をトロッコ電車に乗り、行ってみたい。


黒部大橋から下流、日本海」方面を望む黒部川を渡ると黒部市に入る。少しずつ雨が降ってくる。まだPM2:00だというのに薄暗くなってくる。雨がひどくならないうちに宿に入ろう。

R8沿いの100円ショップで石川県と福井県の地図を買う。100円ショップには随分と世話になる。

JR黒部駅で小休止。テレビで現在の台風の中心は富山市付近にあると報じている。富山市と黒部市は直線で30km程しか離れていない。黒部市も暴風圏に入っていると思うが、実際は雨が少し降っているだけで台風の影響は全く感じられない。
台風も2,000m、3,000mの高い山を越えて来ると弱ってしまうのであろうか。
PM3:00 宿に入る。PM5時頃になると土砂降りの雨になる。小降りになるのを待って食事に出ようとするが、土砂降りは収まらない。宿のおじさんに近所にある食堂をきいて出かける。商店街はみな閉まっている。台風に備えて厳戒態勢だ。食堂もしまっている。
一軒ぽつんと酒屋だけが開いている。その酒屋で食堂を探しているというと、スーパーの中にあると教えてくれる。土砂降りのなか、スーパーに向かうが 手前にラーメン屋を見つけ、そのラーメン屋に入る。
木を基調とした薄暗くおしゃれな店内である。寒々とした広い店内には私一人だけである。
早々に食事を済ませ宿に戻る。
台風の心配をしながら明日の行程を検討。明日は台風一過、天気が回復してくれれば良いが、もし雨、風が止まない場合は富山まで歩くのはかなりきつい。滑川に宿をとる。距離は随分短いが行程上やむをえない。土砂降りの雨音を聞きながら床に就く。
奥の細道
くろへ四十八ヶ瀬とかや 数しらぬ川をわたりて
曾良日記
泊ニ至テ越中ノ名所少々覚者有。入善ニ至テ馬ナシ。人雇テ荷ヲ持せ、黒部川ヲ越。雨ツヾク時ハ山ノ方ヘ廻ベシ。橋有。壱リ半ノ廻リ坂有。昼過、雨降為晴。
俳聖 松尾芭蕉・芭蕉庵ドッドコム

黒部市公式ホームページ