遊 旅人の 旅日記

2003年7月6日(日)曇り

鳴子温泉に滞在
朝起きて、歩いてみる。昨日ほどの痛みはないが、脛が少し腫れている。

宿で、朝食をとり、久しぶりにゆっくりと、朝の新聞を読み、テレビを見、社会の情勢を把握する。


しばらく休んだ後、消えてしまった日記のインプットにとりかかる。
見たこと、感じたこと、また思いついたことを、歩いている時、休憩している時にかかわらず、その都度、小型鳴子こけしのノートに書き留めている。それを毎日、夜 PCにインプットしている。
消えてしまった二週間分を、再度ノートを見ながらインプットしなければならない。
事柄・内容については問題はない。しかし、書いてある文字が問題だ。自分で書いた文字にもかかわらず、読みにくい。多くの文は、リュックを背負い、立ったまま書いている。その為、文字が躍っている。また雨に濡れた為、消えかかっている所もある。そうでなくても、字が下手なため解りにくい。シャープペンシルで走り書きしているから なおさらのことである。
幸い、まだそんなに時間がたっていない。頭の中に、歩いてきた状況の記憶は鮮明に残っている。文を辿り、記憶と照らし合わせながらインプットする。
しかし、当日インプットしたものと、数日たってインプットするのでは、文章に表れる臨場感が、違うかもしれない。
今日は、一日で7日分しかインプットできなかった。

2003年7月7日(月)雨

鳴子温泉に滞在
窓から外を見る、雨風がかなり強い。強い風に流された雨が、緑の濃淡の縞模様をつくり、山が波をうってい様にみえる。また山の上の方は雲の中に隠れている。


今日も、日記のインプットに精を出す。

昼食は、温泉街の飲食店に行く。テレビで放映されたという蕎麦屋が2軒有る。昨日は日曜日でもあったため2軒とも観光客が行列を作っていた。今日は月曜日のため、昨日ほどではない。しかし店内は一杯だ。私はその店を避け、早く済ませることの出来る店に入る。


宿は、朝、宿泊客が出発してしまうと静かになるが、三時過ぎると再び活気を取り戻してくる。丸々二日間 宿に居るため、宿の一日の様子が見えてくる。
夕食時になると、食事処は宿泊客で一杯だ。鳴子こけし

食事処の片隅で、一人で湯冶に来たと言うお年よりの女性がいる。隣に座り、世間話をしながら食事をする。何処からか、聞きなれたアクセントの会話が耳に入ってくる。
部屋の反対側の一角に二組の夫婦がいる。にぎやかに食事をしている。その夫婦から<群馬県>と云う言葉が聞こえてくる。すると私の隣のお年寄りが「この方も群馬県からですよ」と二組の夫婦に向かって言う。とたんに話が弾みだす。私が桐生だというと、自分達は伊勢崎だという。すぐ近くだ。伊勢崎のグループは、「昨日、銀山温泉に泊まり、今日、山寺に行ってきた。明日は月山、湯殿山、羽黒山に行く予定だ」という。
私が、「東京から<奥の細道>を辿って歩いている、大垣まで行くつもりだ」というと、4人で私の顔をじっと見つめ、「大学の先生ですか」と聞き返してくる。私の顔がそんなに、知的な、また哲学的な顔に見えたのだろうか。私が「サラリーマンを定年退職して、歩き始めた」と話すと、四人ともびっくりしている。
ちなみに、歩き始めてから、ひげは、たまにしか剃っていない。そのため、今は、日に焼け痩せた顔の、もみ上げから、鼻の下、あごへと白髪交じりの‘ひげ’で覆われている。ただ伸びっぱなしだと みすぼらしくなるため、我流で揃えている。
電話も住所も交換しないまま、機会があったら群馬で、また合いましょうとお互いに言いながら別れる。皆、私よりもかなり若く見えたが、良い旅行をしている人達だ。


日記の再インプットは完了。ホッとする。
明日は<旅立ちだ>と改めて気を引き締める。右足の脛も大分よくなった。しかし一気に尾花沢までは行けない。赤倉温泉で一泊することにする。
明日も温泉場だ。民宿を見つけ予約する。鳴子温泉にしても、赤倉温泉にしても宿泊料金は普通の町の旅館と変わらない。温泉場でも、よく探せば安く泊まることの出来る宿が見つかる。大助かりだ。
俳聖 松尾芭蕉・芭蕉庵ドッドコム

大崎市公式ホームページ