その7 マルコポーロが世界で最も美しく華やかな都と賞した杭州  

世界遺産 中国仙境・山水画街道を行く



(旅の7日目 杭州市内観光〜西湖遊覧〜霊隠寺観光)




 中国入りして7日目の朝を浙江省の省都・杭州市の四つ星ホテルでむかえた。
館内にはショッピングセンターやレストランなどの設備が、市内に数多くあるホテルのなかで杭州一といわれるほど充実しており、多くのビジネスマンがよく利用するホテルだ。
 さすが日本人ビジネスマンも多く宿泊するためか、パラボラアンテナが設置されNHKの衛星放送が部屋で視聴できる。、中国入りして以来、情報不足で渇望していた北朝鮮核実験に関する「まともなニュース」をやっと視聴することができた。 
 やはりHNKニュースだけに情報の信頼性が高い! 早く中国も政府の事前検閲なしに自由にニュース放送ができる国になってほしいものだ。    


 今日は杭州市内を観光後、いよいよ世界遺産「黄山」がある黄山市までのバス移動する強行軍だ。 あわただしく朝食を終えチェックアウトを済ませ、添乗員、中国人スルーガイドを含めて17名の大型旅行ケースをバスに積み込みこんだ。
 午前8時、私達を乗せたバスはホテルを出発した。車内ではホテルから乗り込んできた杭州市内観光を案内する現地ガイドの自己紹介と杭州の概要説明が始まった。
 車窓の外は中国特有の朝靄がたちこめた中に薄ぼんやりと人口600万人の杭州の街並みがつづく。                         月輪山に建つ高さ60mの仏塔・六和塔

 この杭州は、紀元前の秦の時代から2000年以上の歴史を誇り、中国六大古都の一つに数えられている。
「呉越」(893年〜978年)と「南宋」(1127年〜1280年)の時代に都となり、南宋以後は急速に発展し当時では世界有数の大都会になった。
 このころ杭州を訪れたイタリアの貿易商人で東方見聞録で日本を黄金の国と紹介した「マルコポーロ」は、杭州の規模と繁栄ぶりに驚嘆し、「世界で最も美しく華やか街」と絶賛している。
温暖な気候(冬でも0度以下にならない)が、この杭州一帯を中国でも有数の穀倉地帯にし、「西湖」と「絹織物」で有名な古都として、さらには中国を代表するお茶「龍井茶(ロンジン茶)」の郷として有名にさせている。

 週明けの月曜日でもあり通勤ラッシュが始まった市内をバスは最初の観光である「六和塔」にむかって走る。                   海水が逆流し河を遡ることで有名な「銭塘江」
 
 車窓から杭州の通勤ラッシュ模様を眺めていて気づいたことがある。 
 中国都市部では、ひところに比べ自動車の普及で序々にではあるが自転車が少なくなりつつあるのだが、この杭州の街は自転車での通勤がやたら多いのである。 ところが街を走っているどの自転車も乗ってる人がペダルを漕いでいないのである。 にもかかわらず自転車がスイスイと進んで行く。交差点でバスが止まったときじっくり自転車を眺めると何と!電動自転車ではないか。
 街行くほとんどの自転車が電動タイプになっているのである。

 
 この杭州は豊かなのである!生活水準が他の都市に比べ格段に高いのだ。中国一の経済発展を続ける上海は、ここ杭州から180Kmほどの距離で高速道を走ると2時間もせずに着くのである。
 その恩恵で企業進出が相次ぎ、農村部は上海に送り出す蔬菜の供給基地として、さらには世界中から訪れる観光客が落とす金で潤っているのだ。      銭塘江の北岸に建つ六和塔
 自動車までは手が届かない人々は電動自転車に切り替え通勤に使うようになりだしたのである。
 坂道が少ない杭州市内をあふれるばかりの電動自転車がスイスイ進んで行く、中国の変化は早い唖然とするばかりだ。

 30分ほどで午前最初の観光である「六和塔」に着いた。 この杭州には海水が逆流し河を遡ることで有名な「銭塘江」という大河が流れているのだが、この高波を鎮めるために呉越王が970年に建立した仏塔が六和塔なのである。
 銭塘江の北岸にある月輪山に建ち、高さ60m、八角形の幾層からもなる塔で、石段を登っていくと台上からは銭塘江と江南の風景が薄ぼんやりと見える。朝霧がたちこめ霞んでしか見えないのが残念だ。


 そくさくと塔の見学をすませるや、今日のメイン観光である「西湖」にむかった。 西湖が近づくと路の両側を西湖に向かってゾロゾロ進む観光客が増えだした。
 駐車場に着いたがすでに満車で駐車スペ     西湖遊覧にむかう中国人団体客
ースがない状態だ。

 杭州といえば「西湖」というぐらいに西湖はあまりにも有名な観光地である。 
 西湖は紀元前の春秋時代に「呉越同舟」の故事を残し活躍した越王「勾践」が、呉王「夫差」に贈った絶世の美女、「西施」にちなんで名付けられた湖で、数々の名所があり西湖十景に代表され、それぞれの景色に名が付けられている。
 宋代に「蘇東坡」が築いた「蘇堤」と唐時代の詩人「白居易」が築いた「白堤」によって幾つかの湖に分けられている。
 
 我々はその中から最大の外湖を船で遊覧するべく、遊覧船の船着場がある白堤の遊   遊歩道は観光客で溢れ身動きできないくらい
歩道を歩き始めた。
 時刻はまだ9時半にもかかわらず異常な人手である。人また人の渦で遊歩道を進むことができないほどだ。
 旗を持ったガイドを先頭に旅行会社から支給されたバッチがわりの帽子を被った集団が続々とやって来る。
さすが中国でも名だたる観光地だが、これでは落ち着いて観光なんかできやしない。
 かき分けるように進みやっと遊覧船の船着場に着いた。 混み合う桟橋でしばらく待機後、50名ほどが乗れる船に欧米人、韓国人と私達が交じり合って乗り込んだ。 1時間ほどの遊覧で西湖十景といわれるみどころを船上から見学するのだが、景色は薄靄がかかりせっかくの絶景も霞んでしまう。

マルコポーロが世界で最も華やかで美しい街と賞した杭州市の西湖
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 西湖遊覧を終え次の観光は「霊隠寺」である。    中国仏教禅宗五山の一つ霊隠寺
この寺は東晋時代今から1700年ほど前にインドから来た僧「慧理」が開山した中国仏教禅宗五山の一つ。 西暦900年ごろから1300年にかけて、境内岩壁に彫られた338体の石仏があることでも知られた寺でもある。
 参道脇の飛来峰とよばれる岩壁にはさまざま仏像が彫られているのだが、中には西遊記の物語が彫られた壁もある。 しかし悲しいことに、この貴重な文化遺産も文化大革命により半数以上の仏像の首が削り取られている。 当時、打ち壊しを先導したの紅衛兵達が今豊かになり観光に来ているのである!どんな気持ちで見学しているのであろうか?・・・ 境内は大勢の観光客で溢れ、私達は迷子にならぬようひとかたまりになって路を進む。 大雄宝殿と呼ばれる本堂には中国最大で25mもの高さの優美な坐仏があった。

中国仏教禅宗五山の一つ霊隠寺

   境内岩壁に彫られた石仏  西遊記の物語も彫られていた 中国最大の座仏がある大雄宝殿


 
 (旅の7日目 杭州市内昼食レストランでトラブル)

 午前に3箇所の観光を終えるとちょうど昼となった。   西湖湖岸にある南宋の英雄岳飛廟
私たちを乗せたバスは西湖湖岸の茶畑がつづく路を走り、湖岸と茶畑に挟まれた場所にあるリゾート風のレストランに案内された。
 このレストランで、店長、現地ガイドを巻き込んで大きなトラブルが発生してしまった!。
 フロアー中央に8名前後が座れる円形テーブルが10卓ほど、窓側に4名が座れる角テーブルが8卓ほどが配置された比較的新しい中型レストランだのだが、正午12時を過ぎたばかりなのに何故か客がいない、客は私達15名の日本人だけだった。


 私達は閑散としたフロアー中央の円形テーブルに8名と7名に分かれ座った。 私が座るテーブルにはいつの間にか常にビールを飲むグループが座るようになっており、今日も酒が飲める連中だけが同じテーブル席に座った。 
 今日の天気予報では杭州の気温は30度と暑く、午前の観光で歩き回った私達は全員がのどが渇いていた!
 常に持ち歩いているミネラルうウォーターは生温くなっており、私達のテーブルでは冷たいビールでのどの渇きを潤そうと皆が思っている。 中国のビールはアルコール度数が低く「甘くない苦めの炭酸水」みたいなもので、1〜2本飲んだぐらいではぜんぜん酔わないから日昼から水代わりに気楽に飲めるのだ。                     西湖の遊覧船桟橋


 私は席に座るや、傍に佇んでいる二人の小姐の一人に中国語で言った! お決まり文句で「冷えたビール有るかい?」、 小姐「有ります」、 私「幾ら?」、 小姐「10元(150円)です」。 ここで私が同卓の旅仲間にむかって言った!「ビールが1本10元です、今までのレストランに比べかなり安いです。」「私以外に注文したい人おりますか?」、すると5名が手を挙げた。 私は皆の注文分を小姐に取り次いで言った!「料理を運こんでくる前に先ずビールを6本持って来て!」。

 私の注文を聞いた小姐二人がビールを持ってきて円形テーブル上に置いた。


 中国のレストランでの勘定は前払いである。 ビールをテーブルに置いた時点で、私達ビールを注文した連中はそれぞれが10元札を取り出し小姐に手渡した。 
 早速ビールをコップに注ぎ乾杯で飲み始め、料理が2品ほど運ばれてきたところで、店の店長らしき中年女性と杭州の現地ガイド二人が私の席にやって来た!。
 何事かと思いきや、現地ガイドが日本語で私に向かって言った!「ビールの代金、先ほど注文を受けた小姐が間違えて10元と言ってしまいました!本当は1本20元なのであと10元づつ払ってくれませんか!」

 何と!ビール代金が間違えていたから不足分寄こせと言いに来たのである。 それを聞き私は反論して言った! 「ビールの値段間違えた!おかしいではないか?」「めったに注文されない料理の値段を間違えるのなら理解できるが、一種類しかないビールの値段を言い間違えなんてあり得ない!納得できない!」                       西湖


 この私の反論に対し当然予想していたかのごとく、現地ガイドが「先ほどの小姐は新人でまだビールの値段が分かっていなかったのです」と言うではないか!
 事前に店側と示しあせたかのごとき言い訳を用意していたのである。 先ほどまで私達テーブルの傍にいた二人の小姐が遠く離れた所から不安そうにこちらのやりとりを見ているのが分かった。 悲しそうな顔をしているではないか。



 店の店長らしき女性は日本語ができず私とガイドのやりとりを不安そうに見てている。 私はさらに反論した!「言い間違えた新人小姐以外に、もう一人の小姐も1本10元の料金を聞いて間違えていると言わずに10元を受け取っていた。」「本当は10元ではないのか?」 私の反論に対し現地ガイド「いや20元だ!間違えていない」と言う。
 ここで私以外にビールを注文した連中から声が飛んだ!「佐藤さん!やめときましょ!私達不足分の10元払いますから!」、仲間からこう言われては仕方がない、ガイドとのやり取りを打ち切り、各人が店長の女性に不足分の10元を払い始めた。


 私も店長に10元払うとき、中国語で言った! 「この店のメニュー表持って来て私に見せてください!」 この私の言葉を聞いて店長も現地ガイドも一瞬顔色が緊張したのが分かった!。
 店長が何と答えていいか分からず、現地ガイドの顔を見て助けてと応援を求めている。 二人とも返事をしない!もう一度、私は言った「レストランならメニュー表があるはずだ!持って来て見せなさい!」 しばし沈黙後、わかりましたと言って二人は店の奥へ消えていった。
 料理が次々と運ばれてきた!私達は先ほどやり取りを忘れ食べながら談笑していると、再び現地ガイドが私の席にやって来た!手に10元札を握っている。 何と!「皆さんに10元お返します」 「この10元は値段を言い間違えた小姐の給料から天引きして、皆さんにお返します」と言うではないか!                              杭州の街角で


 ガイドの言葉を聞き、私は一瞬耳を疑った! 
思わず私は言った!「それはひどい小姐がかわいそうだ!そのような金、受け取れるわけがない!」「金は要らないので小姐の給料から天引きするのはやめてほしい!」
 旅仲間からも「それはひどい!そんなことやめてください!」と声が上がる。 10元札を渡そうとする現地ガイドの手を押し返すのだが、ガイドはテーブルの上に10元札を置いてまた店の奥へ消えていった。
 いつの間にか、日本人添乗員のY女史もフロアーから消えて姿が見えないではないか。

 ガイドが去った私たちのテーブルでは大騒ぎとなった! 全員がこの店と現地ガイドはおかしい!と合唱する。 近郊農家からの出稼ぎにきたレストランの小姐の給料は日給換算すると50〜60元ぐらいである、値段を言い間違えた罰金として60元天引きされたら1日の働きはパーではないか。
 私はうすうす感じていた!この店のビール代金は元々10元なのだ! 私にメニュー表を見せろと言われインチキがばれそうになったので、 あくまでも小姐に責任転嫁して20元を正当化するため、汚い言い訳を考え恩着せがましく私達に返金すると言い出したのだ。

 これで終らせず嘘を暴いてやるつもりで、メニュー表が来るのを待つのだがいつまでも待って来ない! フロアーからはいつの間にか店長、現地ガイド、添乗員の姿が消えてしまっている。


 小姐を呼びつけ再度言った!「先ほどメニュー表を持って来てと言ったのだがまだ持って来ない!」「大至急持って来なさい」。
 小姐があわてて店の奥へ消えて行ったがやはり戻ってこない。
 テーブルの旅仲間も、レストランと現地ガイドがぐるになってインチキをやっているということが、分かってきたようで「佐藤さん、絶対に引かないで徹底的とっちめてやって!」全員が言うではないか。
 現地ガイドが小姐の給料から天引きすると言った言葉に旅仲間全員が憤慨し怒っているのだ。 意を強くした私はメニュー表が来るのを我慢強く待った。


 イラつく時間が経過し、もう食事が終わろうとしているのにメニュー表が来ない! 日本人添乗員のY女史がフロアーに戻って来た! 私たちのトラブルを知らないふりをして別なテーブルで食事を始めた。
 私は彼女の席に行き、今までの事情を話し、ガイドや店側の言うビールの値段が本当かどうかチェックするためメニュー表を持って来いと言っているのだが、いつまで待っても持ってこないと説明してやった。 彼女が店の奥へ消えて行った! しばらくするとY女史、現地ガイド、店長の3人が私達のテーブルにやって来た!。 観念したのか店長がメニュー表を手に持っている。

 店長がメニュー表を私に差し出した! 飲料のページを開くと瓶ビールの値段が「10元」とはっきり書かれているではないか!やっぱりである。 3人とも気まずそうに押し黙っている。


 私がメニュー表のビールの価格欄を指差し言った! 店長にも聞いて解るように中国語でだ!「メニュー表には10元と書かれている」 「私達は20元を請求され、いったん支払った!これはいったいどういうことなのだ!」 すると、この私の問い詰めに対し、何と何と!驚くべきことを店長が言った!

 「メニュー表に書かれている10元のビールは冷やしていないビールです」「皆さんのビールは冷やしたビールなので20元なのです」。
 何と何と!言うに事欠いてとんでもない屁理屈をこねだした! 現地ガイドと長時間あれこれ奥の部屋で言い訳を考えていたのであろう。            抗州の西湖


 これまで何度も経験してきた「謝罪をしない、詫びない、非を絶対認めない、何があっても自分を正当化する」などの、中華民族特有の醜い性格丸出しの場面を、このレストランでも経験することになってしまった。
 私が反論して「冷やしたビール20元とはメニュー表のどこに書いてあるのだ?」と言ってやった。 すると答えに窮し、またしても黙ってしまう。
 さすが添乗員のY女史も店側のこの言い訳は道理として通らないと思ったのか、厳しい言葉づかいで現地ガイドを叱りだした。


 それでも現地ガイドは自分は知らなかった、レストランが勝手にやったことで社長に連絡をとり厳しく注意すると醜い言い訳を始める始末である。
 私は何を言っているんだ! お前と店長がグルになってのピンハネでないか!と言ってやりたかったが、それを言ってもどうせ謝罪しないのは分かっていたので、かわりに添乗員のY女史にむかって言った! 「貴女も添乗員なら、ピンハネしていることは薄々感じていたはずだ! 今日までほとんどのレストランが現地ガイドと結託してピンハネしていた! 何故、今日まで注意しなかったのだ!」 気丈なY女史も半べそをかきながら、「二度とこのようなことはやらせませんので、ご容赦ください」と現地ガイドにかわって私達に謝罪をすることになってしまった。

 
 中国入りして今日で7日目、長沙の欧米人が大勢いた国際派レストランの1本6元のビール代金以外は、私達が食事した全てのレストランが今日まで、現地ガイドと結託しメニュー表を隠しピンハネしていたのだ。
 しかしこのトラブルは無駄にならなかった!。何と!この事件以来、日本に帰るまでの旅行期間中、見事にレストランで飲むビールの値段が半値から三分の一に下がったのである。
こんなトラブルの中での昼食を終え、私達はバスに乗り込んだ。路の両脇には中国で最も有名な「龍井茶」の茶畑が見渡す限り広がっている。



(旅の7日目 杭州〜安微省「黄山市」屯渓の街へ)


 バスの中で先ほどの現地ガイドが謝罪もせず    中国で最も有名なロンジン茶の産地
に言った!「皆さんご覧の通りここら一帯は龍井茶(ロンジン茶)の産地です」
「製茶工場で試飲できる所がありますので、希望者がおりましたらご案内します」いかがですか!・・・・
バスの中はシ〜ンとして誰も試飲したいという希望者が現れない。
 ガイドが何とか試飲に連れ込み、ついでにお土産として買わせようという魂胆が、私達全員には丸見えだ。  落胆した表情の現地ガイドは、製茶工場にむかって走りつつあったバスの運転手に「浙江省博物館」に行くよう変更指示した。 博物館での見学がると今日の観光は全て終わりである。
                                車窓からの江南の穀倉地帯

 時刻は午後2時半、杭州で全ての観光を終えた私達を乗せバスは安微省「黄山市」屯渓の街へ一路走り出した!屯渓の街までのバス移動時間は4時間ほどだ。
 これから行く黄山市は水墨画の世界を味わうことのできる山岳風景区で、ユネスコ世界遺産に登録されている「黄山」があるところだ。
 今宵の宿はこの黄山市の中心をなす屯渓の街にあるのである。
 バスは杭州市内をぬけ江南の平野を走る、ここ江南の地は中国を代表する穀倉地帯だ。車窓の外には秋の収穫真っ最中ののどかな農村風景が広がっている。

                                  稲の刈入れ全て手作業
 車窓から見える農村の民家を見ていて気
づいたのだが、白壁2階〜3階建て作りで一見ペンション風の豪華な住居なのである。
 数多く中国国内を旅してきたが、農村の住居といえば貧しさの代表のようなもので、レンガの1階建て作りで朽ちかけた家畜小屋に近いようなものばかりだった。
 今年の6月にも旧満州を旅してきたが、目に入る農村住居はおしなべてひどいものだった。
 ところが、この江南地方の農村はこれが今まで見てきた農家の住居かというぐらい立派なのである。温暖な気候から二期作、二毛作が行われ、近くに杭州や上海などの大消費地を控え蔬菜などが高値で売れるからなの      しゃれた農家の住居がいっぱい
だろうか?。


バスは江南の平野部をぬけ安微省山間部に入った。 
 道の両脇には竹林がつづき、彼方に見える山の稜線に今まさに夕日が落ちようとしており、なんとも幻想的だ。 
 いま自分がはるばるこんな所までやって来てバスで走っていることと、中国に来るのもこれが最後になるだろうという思いに感傷的になってくる。 
 そんな思いを乗せてバスは屯渓の街へひた走る。
 いま陽が落ちようとしている山の彼方にこれから登ろうとする世界遺産の「黄山」があ     安微省の山に夕日が沈もうとしている
るはずだ。
 

 何度かトイレ休憩をくり返し走り続けること4時間半やっと屯渓の街に着いた。 時刻は間もなく19時になろうとしている、暗闇にライトアップされた街並みが目に飛び込んできた。
 世界遺産「黄山」登山への拠点となる街だけに、華やかにイルミネーションがあちこちで輝いている。すでに夕食時間が過ぎている!ホテルチェックイン前に夕食を済ませるべく郷土料理レストラン玄関前にバスは横付けされた。

 レストランは真っ赤なちょうちんとネオンが輝き、屯渓の夜の帳に異彩を放っていた。           屯渓の街での夕食レストラン
玄関前には明日から4日間にわたって私達を観光案内してくれる現地ガイドが待機し出迎えてくれている。
私達だけの専用個室で安微省の郷土料理の夕食が始まった。 今日の昼食レストランでのトラブルに懲りたのかビール代金が一気に値下がりした!
 何と1本8元(120円)だ。トラブルは無駄でなかった。おそらくY女史が現地ガイドに事前に注意したのであろう。
 郷土料理とは銘打っているものの、正直言って私たちの口に合わず食が進ままない、テーブル上に並べられた料理はいつまでも残り小姐がなぜ食べないのだ!というような顔をしている。             
 夕食を終え黄山国際大酒店にチェックインする頃には20時半になろうとしていた。
  ホテル前のライトアップされた橋              屯渓の街、郷土料理の夕食

 旅その8 「黄山市屯渓の老街散策〜世界遺産安徽省古民家群〜黄山山麓」へ つづく

 
( 旅 7日目の出費)
        
      ミネラルウォーター 1.5元 × 2本   = 3元 (45円)
      ミネラルウォーター 2元  × 1本   = 2元 (30円)
      昼食ビール     10元 × 1本    = 10元 (150円)
      夕食ビール     8元  × 2本  =16元 (240円)
    ________________________________________________
                       合計    31元   (465円)
   
               (7日間の累計出費493.9 元 (7409円))