三国志街道を行く




古戦場定軍山と諸葛孔明の墓

 
蜀の古桟道を見学後、バスは山間に入りしばらく走ると三国志の古戦場である「定軍山」が見えてきた。 この旅のハイライトの1人である諸葛孔明が、この定軍山の麓に眠っているのである!バスはやがて孔明の墓である「武侯墓」に到着した。
 孔明は劉備玄徳亡き後、蜀の運命を一人で背負いその激務から、西暦234年「五丈原」で魏との戦いの真っ最中に病死するのだ。
 
 死を悟った孔明は遺言で、「遺体は漢中の定軍山に埋めよ」と指定したのであった。
 遺言にもとづき、ここ定軍山の麓に埋められた孔明墓を目の前にして、我々三国志ファンは厳粛な気持ちで手を合わせた。
 建物内には孔明ゆかりの様々な武将の塑像も陳列されており、これらを見学しながらロマンにふけりる感無量のひと時だった。
(孔明を祀った武侯祠は中国国内に何ヶ所かあるが、墓は唯一ここ1ヶ所だけなのである)

 この武侯墓の回廊の建物に石碑があり、その石碑の前で、彫られている文字を熱心に手帳に書き写しているリュックを背負った一人の若い細身の小柄な二十歳ぐらいの女性を見かけた。
 熱心に文字を書き写している彼女の姿を見ていると、何か不思議な感情が芽生え、妙に気になった。声を掛けてみたい衝動が湧き上ったが、集合時間が迫ってきたので武侯墓をあとにした。
(のちほど次の観光地で何と!この女性が一人旅の日本人留学生と判明することになる。)

田舎のレストランで昼食タイム

 いったん昼食の為、地図にも載っていないような小さな勉県の街(人口4〜5万)のレストラン前にバスが到着した。
 バスの降車口前には30才半ばぐらいのビシッとスーツを着た女性(経営者らしい)とチャイナ服の小姐が我々の到着を待っていてくれており、バスから降りる我々一人々に「ニーハオ!歓迎、歓迎」と言って笑顔で出迎えてくれる。 さらに私達全員が降りるのを待ち、女性経営者が先頭に立って我々をレストランの個室に案内してくれるではないか!こんな心のこもった出迎えは今日が初めてだ!
 個室に案内され我々は席に着いた、個室の中には大ホールのウエートレスとは違いひときわ容姿端麗な真紅のチャイナ服を着た若い小姐が専属で待機しているではないか。私達が席に着くや飲み物をかいがいしくグラスに注いでくれるのである。ビールも中国に来て今までで一番冷えている!

 心のこもった歓迎に感動!

 久々のギュとした冷たさに皆思わず「うまい」!の声が出る、感動ものだ!ビールの値段を聞くと1本5元(65円)と言うではないか!この良心的な値段に私は感激で目頭が熱くなり涙目になったぐらいだ!
 料理も次々運ばれて来る、私達が自分で小皿にとる前に、かいがいしくチャイナ服の小姐(ウエートレス)が一人一人に取り分けてくれる、実に気持ちのよい接遇だ!我々皆が彼女の一挙一動を感心して見ている。
 料理の味は可も無し不可も無しだったが、皆が注目した調味料があった!小皿に乗せられた黒い液体状の調味料で、生野菜にそれを付けて食べてみると全員がこれはうまいと言う、この調味料は何だ?何だ?と皆が言うので、私が小姐に質問すると「甜面醤」テンメンジャンと答えが帰ってきた。何人かが、ぜひこの「甜面醤」を中国土産に買いたいと言い出した!

 私と同様に、小姐のかいがいしく心のこもった接待に感動で涙目になっていたM氏が、突然私に向かって「佐藤さん!あの娘に俺の言葉を通訳してくれ!」と言い出した!
 「接客がすばらしいので、おじさんが感動していると褒めてやってほしい!」「ついでに彼女の年齢も聞いてくれ!」と言うではないか!
 私がM氏の言葉を彼女に伝えると、とてもうれしそうな表情で私達に「謝謝、謝謝」とお礼を言い、年齢は19歳であること、この店の従業員でないこと、今日は日本人の団体が来るということで、店主からアルバイトの手伝い応援を頼まれたことなどを話したのであった。
 あとで分ったのだが、外国人がこのレストランを利用するのは初めてであること、個室にはりつける接待ウエートレスのため、臨時アルバイトを我々のために用意したこと、経営者が事前に日本人の好みを情報収集しビールをキチンと冷やし、チャイナ服まで用意したこと、店始まって以来の外人客の為に、これ以上出来ない最高の接客をしてくれたのだった。

一人旅の日本人女子留学生

 昼食が終わり、女性経営者と従業員全員の見送りをうけて、午前中の武候墓に引き続き、こんどは孔明を祀っている「武侯祠」にむけバスは出発した。
 20分ほどで到着し、武侯祠の山門をくぐり琴楼ー拝殿ー孔明像ー大殿と見学をしていくと、何と!午前中の武侯墓で見かけ気になっていた同じ女性が、またしても一人、回廊に掲げられている額の文字を熱心に手帳に書き写しているではないか!
 どうも雰囲気が中国人らしく見えない(身なりが小ざっぱりしている)。思い切って中国語で声を掛けてみた!「もしかして貴女は日本人ではありませんか」?
 すると彼女がびっくりして中国語で答えた何と!「そうです日本人です」!「おじさんも日本人ですか」?と聞いてくるではないか。

 日本人と判明したからには日本語で会話すればいいのに、会話の流れの中でそのまま、日本人同士が中国語で会話を続ける妙な展開になった。私が聞く、「日本から貴女一人で旅をしてこんな田舎まで来たの」?彼女が答え、「中国に語学留学に来ています、西安から週末の休みを利用して三国志関連の史跡観光に来ました!」答えるではないか! 
 20歳ぐらいの女性がけなげにも留学の学業の合間をぬって、異国の地を一人旅をしているのに出会い、感動と共に日本人女性のたくましさを感じたひとときであった。

さまざまな三国志史跡

 しばらく会話のあと、夜行列車で西安に帰る彼女と別れ、私達は次に劉備の五虎将軍の一人である「馬超」の墓にむかった。
「武侯祠」から以外と近いところにある墓を見学し終えると、バスは次ぎの見学先に行くべく農道をしばらく走ると路肩に停まった。ここからは畑のあぜ道をしばらく歩き、小さな集落の中に有る「劉備」が初めて漢中王となったといわれる「説壇処」の石碑を見に行った。
 私達が集落の中に入ると、集落全ての住居から農民が飛び出してきて何事だとばかり我々を物珍しそうに見ているではないか!そりゃそうだ!地元の人でも立ち寄ることのないマイナーな三国志の石碑を、外国人が見学に来るなんて、集落始まって以来だろう。 小山が馬超の墓

その後バスは田舎道をひた走り四川省を出て、陝西省南部の農村地帯の中心都市である人口50万人ほどの漢中市に入った。この漢中市は古代からさまざまな歴史に登場し、街中いたるところに史跡があるのである。
 この漢中の街で今日から二泊することになるホテルが、先日まで宿泊した広元市のホテル以上に怪しく危険であることを添乗員H女子が、またしてもバスの中で話し出した。私達はまたかと!げんなりした気分で怪しげなホテル玄関前に横付けされたバスから降り立った。           

その9へつづく