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私の母 「寺島トヨ」 
開業助産師の戦争体験記(埼玉県熊谷市にて)

その1


昭和20年8月14日の夜中、むし暑さ体中汗でじたじたとむしあつい夜。
隣組より、あかりをつけてわならないと言ふお話があった。

其の時、入院産婦あり電気をつける事も出来ず分娩室に黒一色の暗まく。
産婦の陣痛も強く。其の時思いついたのが蚊取線香だった。これに火をつけた。
分娩進行がやがて眞夜中一つの蚊取線香の光をたよりに助手の手をかり、今生まれる赤ちゃんの頭部発露。
もう一息、さあ一息。しっかり産婦の呼吸。はぁ、はぁ〜
波うつ母体をはげまし蚊取線香の上部にもえた灰を取しおとし局部に近づけやがて元気の初聲上がった。
赤ちゃんの聲にはげまされて産婦も私しも嬉しなみだにむせんだ。
正常分娩安産であったのがせめてものすくいであった。
やがて手さぐりで赤ちゃんの臍帯消毒。けっさつ。切断。手早く助手が消毒布で赤ちゃんの体をふき、お湯に入れる事も不能で初着をきせ。母体の胎盤も処置終りました。

眞くらの中で。こんなにも蚊取線香の明るかった事は生涯忘れる事も出来ません。
又有難い光と思った事もございません。
母体の汗をふき。よかった。よかった。安心して下さい。
赤ちゃん近づけやさしくなぜまわす産婦。処置ばんたんととのい、お産も終わりました。
やがて産婦人にモンペ姿として防空頭布を枕もとにおき一杯の水を産婦にのませ、蚊取線香の光を消しました。

くらやみの中、他の入院産婦を一通順廻し異常なし。
私しも安どし急に気持のつかれと暑さのため廊下に出、空をなにげなくながめやれやれよかったと思った其の時だ…
八木橋デパートあたりに突如照明弾が落とされた。
空は明るく昼間の様だ。
私しは主人もおこした。しかし警報まだ発せられてない。
怪しんでいると空襲警報けたたましくなった。さてはと思った。

日頃の訓練を生かして入院産婦を起し、二人の助手を相手に私しは今分娩したばかりの産婦を背負い胸には三角布、袋の中に赤ちゃんを抱き急ぎ防空壕に入った。
入院者8名と記おくしている。日頃の訓練とは

1.分娩が終るとすぐ産婦にもんぺをはかせ、防空頭布を何時も付けていた。
風呂敷で三角布袋造り、後で結んで首からさげ、其の中に赤ちゃんを入れて胸で抱く事

2.防火用水、バケツ、防空壕へ入り方。非常時持出し物等々

このものすごい早わざだ。
空は第一機のてき飛行機より次々と照明弾落下眞昼をあざむく青白い光の中市街地の渦巻く紅蓮の焔。
円をえがきB29米軍機ウォーン。ウォーンと特種の飛行機音。
爆撃の惨禍ものすごく生きた心地さらさらなく、いよいよ防空壕より出て避難せなければ身にきけんを感じ次々と爆弾が落ちた。恐ろしい音だ。

防空壕の上の土。砂。ザザザァ…と音をたてて落ちた。

                                             その2へ続く

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