症例は68歳男性。平成25年3月より上腹部不快感があり近医にて上部消化管内視鏡検査を受けた。その際、幽門前庭部後壁にタコイボびらんを認め生検にてGroup 2であった。2か月後の内視鏡では同部の生検はGroup1であったが、胃角大弯に約10mmの平坦な褪色領域を認め、生検にてsigと診断されたため精査治療目的に当科紹介となった。当科での再検内視鏡では背景粘膜に明らかな萎縮粘膜を認めず、胃体部全体にRAC陽性でありH.pylori非感染と考えられた。胃角大弯の平坦褪色病変は、villi様構造とpit様構造が混在した表面構造からなり、やや拡張、蛇行した微小血管を伴っていた。病変径10mm、0-IIb、sig、深達度M、UL(-)と術前診断した。その際に施行した周辺4点生検で腫瘍細胞は認めなかった。また、幽門前庭部後壁のタコイボびらんは、陥凹内部がやや不整なvilli様構造を呈しており、生検で腺腫以上の病変が疑われた。前者は適応拡大病変となるが、十分なICのもと、2病変に対し一期的にESDを行う方針とした。尚、術前に施行した胸腹部造影CTではリンパ節転移や遠隔転移を疑う病変は認められなかった。切除標本の病理組織学的所見では、前者が0-IIb、8mm、sig、M、ly0、v0、HM0、VM0、後者が0-IIc、5mm、tub1、M、ly0、v0、HM0、VM0であった。H.pylori感染の評価はESD標本の鏡検法、血中抗H.pylori抗体および便中H.pylori抗原で施行し、いずれも陰性であった。H.pylori陰性胃癌は胃癌全体の0.5-3%ほどと報告されており、H.pylori以外の発癌因子としてEBV、A型胃炎、遺伝性胃癌などが挙げられている。本症例には明らかな家族歴はなく、内視鏡的および病理組織学的に胃底腺領域の萎縮がみられず、リンパ球浸潤も認めないことから、H.pylori以外の因子は否定的であった。医学中央雑誌による検索では、H.pylori陰性多発胃癌の報告は1例のみと稀であるため、若干の文献的考察を加えて報告する。