症例は70歳代男性.既往歴として非アルコール性脂肪肝炎に伴う肝細胞癌に対し,2003年に肝切除術が施行されている.2010年9月,近医で施行された上部消化管内視鏡検査にて異常を指摘され,当科紹介となった.内視鏡検査では前庭部小弯に径15mmの丈の高い隆起性病変を認めた.隆起の表面は表層上皮が脱落し,白色の腫瘍がむき出しになっている状態であった.生検病理診断の結果は低分化型腺癌(充実型)であったため,幽門側胃切除術が施行された.胃切除材料の組織学的所見では,豊富な好酸性顆粒状の胞体を有する腫瘍細胞が充実性に増殖する肝細胞癌類似の組織像を呈し,一部に胆汁産生を認めた.また辺縁には通常の分化型腺癌の成分を伴っていた.AFPは部分的に陽性であった.以上より胃原発の肝様腺癌が疑われたが,既往に肝細胞癌があることから肝細胞癌の胃転移の可能性も否定できなかった.そこで,Ushikuらの報告に基づき転写因子SALL4の免疫染色を施行したところ腫瘍細胞に陽性となり,胃原発の肝様腺癌と診断した.腫瘍は粘膜筋板まで浸潤していたが,粘膜筋板直下のリンパ管に腫瘍細胞浸潤を認め,深達度はSM1と診断された.切除されたリンパ節には転移を認めなかった.
肝様腺癌は進行癌で発見されることが多く,早期癌の報告は少ない.また,本症例のように肝細胞癌の既往がある場合,転移性胃癌との鑑別が問題となる.SALL4は胚性幹細胞の多分化能維持に重要な役割を担う転写因子であり,腸管上皮においては胎生初期の分化段階の細胞で特異的に発現している.UshikuらはSALL4が肝様腺癌において高頻度に発現し,肝細胞癌との鑑別に有用なマーカーであると報告しており(Am J Surg Pathol 34 : 533-540 , 2010),本症例でも有用であったため若干の文献学的考察を加え報告する.