日本消化器内視鏡学会甲信越支部

9.ガストログラフィンで駆虫を試みた無鈎条虫症の1例

長野中央病院 消化器内科
木下 幾晴、小島 英吾、松村 真生子、太島 丈洋、田代 興一

 症例は21歳エチオピア人女性.マラソンランナーとして長野市内にて合宿中であった.1ヶ月前から腹部の違和感を主訴に来院.エチオピア人には寄生虫感染者が多いため,来院の目的は「駆虫薬が欲しい」とのことであった.通訳を介した話が,「回虫」とのことであったため,コンバントリン錠を処方した.しかしその後症状は改善せず,後日肛門から排泄された虫体の一部を持参された.虫体(体節の一部)は白色で運動性があった.持参された虫体をホルマリン固定後,H260Zで内視鏡的に観察.虫体には生殖孔と思われる孔が存在し,同部より墨汁を注入し割を入れると各側に15以上の子宮の分枝を認めたため,形態上無鈎条虫症と診断した.牛肉の生食の食歴があるため,牛‐人感染と考えられた.治療としては内視鏡を十二指腸内に挿入しガストログラフィンにより駆虫を行った.ガストログラフィンを注入すると,透視下に空腸内から虫体がガストログラフィンで押し流される様子が確認されたが,その後確認が困難となった.文献的にはガストログラフィン注入後早ければ30分以内に虫体がS状結腸まで下降し排泄されるとあるが,本症例ではS状結腸までなかなか到達せず,腸管洗浄液(PEG)を追加するものの、排便が認められなかった.翌日虫体がバラバラになり排泄されたが,頭節の確認はできなかった.ガストログラフィン法は1984年に本邦で開発され,人や虫に殆ど危害がなく,頭節を有する生きた虫体が得られることで条虫症の駆虫の方法として一般的に施行されている.ガストログラフィンの駆虫効果は,成分の一つであるポリソルベート80の関与が大きいとされている.しかし,1987年以降ポリソルベート80の添加が削除され,駆虫効果が落ちているとの報告もあった.本症例は駆虫薬による追加治療を検討したが,帰国されたため追加治療は行えていない.魚の生食をする本邦では比較的珍しい条虫症であり,文献的考察を加え報告したい.