日本消化器内視鏡学会甲信越支部

28. 当院にてC型肝炎の全経過を観察できた1例

JA長野厚生連 佐久総合病院
宍戸 康恵、高松 正人、古武 昌幸、比佐 岳史、田中 雅樹、紅谷 知影子、堀田 欣一、友利 彰寿、宮田 佳典、小山 恒男

【はじめに】近年、C型肝炎および肝細胞癌に対する治療の進歩に伴い、ほとんどの症例で経過中に何らかの治療的介入がなされている。今回、様々な理由で積極的な治療がほとんどされず、ほぼ自然な形でC型肝炎の全経過を観察できた症例を経験したので報告する。【症例】50歳代、女性(受傷当時)。特記すべき既往なし。1985年、交通外傷にて上腸間膜動脈を損傷し、多量の失血にて2200mlの輸血がなされた。約半年後に初めて肝障害が出現し、肝生検では慢性活動性肝炎の所見が認められた。Alb 4.4、PLT 15.7であった。5年後の検査では、第一世代HCV抗体陰性であったが、その後施行した第二世代HCV抗体は陽性であった。この時、Alb 4.4、PLT 10.5万と血小板に減少傾向が見られ始めた。11年後にはAlb 3.9、PLT 8.1万で、腹水がみられるようになり、14年後から強力ミノファーゲンシーやアルブミン、アミノレバンの投与が開始された。15年後にはAlb 2.9、PLT6.5万となり、初めて肝性脳症が出現したが、繰り返すことはなかった。19年後に肝細胞癌が発見され、それに対してTAEを施行したが強く全身状態を悪化させたため、以後は肝細胞癌の治療を行なわず、肝硬変に対する支持療法のみを行なっていく方針となった。20年後からは肝性脳症が頻回にみられ、腹水および浮腫は難治性となり、徐々に肝機能が低下し、全身状態が悪化していく中、肝細胞癌の破裂にて輸血後21年で死亡された。剖検を施行したが、肝重量590gと高度に萎縮しており、多発肝癌とその破裂による血性腹水6400mlを認めた。【結論】輸血後C型肝炎を発症してから約11年で臨床的に肝硬変と判断できる状態に進行し、約19年で肝細胞癌が出現した。全経過21年で肝細胞癌破裂のため死亡した。