サンワンリバーでの14日間 Part.3


    ダムから見たサンワンリバー。大きな夢をのせて流れている

コヨーテハンティング

アメリカの釣具屋に入ると、たいていハンティング用品もおいてある。
釣り竿が並ぶ横には、
おもちゃのように本物のライフルがずらーっと並んでいる。
手前のケースにはアメリカ映画にでてくるようなハンドガンが陳列し、
玉は山のように積まれ売られている。
さすが銃社会だ。
来る途中、山道を走っていると、
「カーブ注意」などの黄色い標識に穴が開いているのをよく見かけた。
ハンターのいい的になるらしい。
ひどいものは穴だらけで、何を意味する標識なのかさえわからないものまである。
つまり「狩猟区間、流れ弾注意」を意味しているのだろうと勝手に想像する。
それだけハンティングが盛んなのか、
お店の壁に顔を出した剥製は鹿やカモや猛獣まで、まるで動物園だった。
おかげで、この付近にどんな動物がいるか何となくわかった。
私自身釣りは好きだけど、ハンティングはやりたいと思わない。
魚は殺すけど、鹿を殺すのはかわいそうというのは矛盾した話だけど、
大きさが違うし、処理もめんどくさそう。銃の管理もめんどくさい。
まあ、食べたいと思うくらい。
剥製になったアメリカの動物たちを見ているうちに、
それを捕らえるハンティングが見てみたくなった。
日本の動物にないワイルドさを、アメリカの動物たちに感じ、
無性にその地に足を踏み入れてみたくなった。

ハンティングに行きたいと思っても、そんな友達もいないし、
お金を払えばガイドが連れていってくれるだろうが、そんなお金もない。
誰かハンティングが好きなヤツはいないかと思っているとき、
ティムがハンティングをするという話を、
エイブスでティムの姪ローズが教えてくれた。
こりゃ楽しみになってきた。
夕方、さっそくティムにハンティングの話をもちかけてみた。
すると突然目の色を変えて、ハンティングの話が始まった。
食べかけの夕食を放り出して、俺の獲物を見せてやると、
車に乗せられ、ティムの家へと向かった。
跳ねる車の中でティムが興奮気味に早口で話すので、
何を言ってんだかさっぱりわからない。
それでも七面鳥やコヨーテの鳴き声のまねをするから、
ハンティングの面白さが伝わってくる。
家に着くと、周りには白くなった鹿の角がごろごろしている。
全部俺が獲った鹿だという。
家の中にはいると、さらにびっくり。
リビングルームにはエルク、ミュールディア、キジ、カモなどなど、
全部で10頭ほどの剥製が壁から頭を出していた。
そして、ガレージに入ると獲ったときの写真がずらりと並んでいた。
その中に新聞の切り抜きがあって、ティムが巨大なエルクと写っている。
その記事は、ティムが獲ったそのエルクがワールドレコードになったらしい。
「本当か?」と思ったけど、新聞にはそう書いてあった。
そんなこんなでティムがハンティングクレージーだということがよくわかった。
それじゃあ明朝行こうと話は進み、お前はライフルが必要か?と聞く。
まさか、一度もさわったことのない鉄砲で動物を撃てるわけがない。
まして、おっかない。
というわけで見物することにした。

次の朝モーテルにティムが迎えに来た。
澄んだ空にはまだ星がまたたき、車に霜が降りてガリガリに凍っている。
ティムの家でコーヒーを飲み、いかにもといった迷彩服で体を包んだ。
いよいよハンティング開始だ、狙うはコヨーテ。
東の地平線がオレンジ色に色づき始めると、空の紺が次第に青へと変わり、
夜の色は失われてゆく。
それを横目に狩り場へと急ぐティム。
跳ねる車の中、コーヒーをこぼさないようにバランスをとり、目を光らせる。
急に速度を落とした車は、ライトを消して荒れた山道へと入ってゆく。
ティムの目が鋭く辺りを見回す。魚を探す釣り人の目とまったく同じだ。
ゆっくりと車を止めると、静かにケースからライフルを抜き出す。
ドアを静かに閉めろと小声で話す。
何かを追いかけるように小走りで走るティムを、必死に追いかける。
ただでさえ歩幅が違うので、なかなかしんどい。
草木はまだ眠りから覚めていないようで、
日の出前の新しい空気は沈黙を守っている。
キーンと冷えた音のない空気に体を引き締められ、息が乱れる。
小枝が折れる音でさえ、動物達に気を悟られてしまいそうだ。


 茂みに隠れると透明人間のように姿が消える


見晴らしが良い場所まで来ると、背丈ほどの茂みを見つけその中に身を隠す。
帽子をかぶり、顔も手もすべて迷彩で覆う。
茂みに入れば透明人間のように姿が消える。
準備が整うとティムが笛を使って、ウサギのような音を鳴らす。
プゥーワ、プゥーワと繰り返してコヨーテを呼ぶ。
息をこらし、身を固める。
黒光りしたライフルと獲物を待つ目だけがそこにハンターがいることを教える。
どこから来るか。
来るとティムに撃たれるぞ。
プゥーワ、プゥーワと呼び続ける。
20分ほど待つがコヨーテは現れない。
移動して繰り返す。
乾いた赤土に背丈ほどの草が茂り、
サボテンを踏まないようにティムの後を追いかける。
日が昇ると一気に気温が上がり、朝の寒さが嘘のように汗ばんでくる。
早起きが祟って睡魔が襲い、
ウトウトしながらいつ現れるかわからないコヨーテを待つ。

ドキューン!

突然の発砲に、どうしたのかびっくりして目が覚める。
ティムを見ると、広兄に「Did you see him?」と繰り返している。
広兄は何を聞かれているかわからず「・・・・」とどうしていいかわからない状態。
俺が急いで訳してあげる。答えを待たずしてティムが歩き出す。
小走りで後を追うと、30メートルほど離れたところに、
コヨーテがばったりと倒れていた。


コヨーテは英語でいうとカヨーリ。「かより」と聞こえる

オーッ。すげえなぁティム。
一発だよ。
玉はコヨーテの頭に命中していた。
こりゃ即死だ。
柔らかい体から、温かい血が流れていた。
コヨーテの死に、惨さや可愛そうな気持ちはなく、
単純に銃で獣を仕留める、その技のみに関心を持った。
デレッとしたのコヨーテを前に3人で写真を撮った。
これで終わりかと思ったら。
「try again!」とティム。まだコヨーテを撃ちたいらしい。

車の中で明日はライフルを持つか?と聞いてきた。
しばらく考え、覚悟を決めて、
「Yes!」と答えた。
この日は結局1匹のコヨーテで終わり。
ライフル講習会に変わった。
道ばたに落ちているビールビンを集めて、40メートルほど離れた場所に立てる。
こうやって両手でライフルを握り、しっかりと脇にあてる。
目をスコープに近づきすぎず、息をこらして的を定める。
絞るように引き金を引く。
じゃあ、やって見ろ。とライフルを手渡される。

ドキ・ドキ・ドキ・ドキ・
緊張する。
息を止め的をねらう。
・・・・・・
プハッ。
なかなか的に定まらず息が持たない。
もう一度。
・・・・・・
ドキューン。
・・・・・・
でた。


                    的はビールビン

  ティムが寝そべった下にはサボテンがあった

これが鉄砲ってやつか。
衝撃が体を貫き、音が体の芯まで響いてくる。
始めての一発は見事にビールビンに命中し、ビンは粉々に砕け散った。
「try again!」とティム。
え、また?
・・・・
ドキューン。
「try again!」
ドキューン。
「try again!」
ドキューン。
ドキューン。
ドキューン。
3連発。次第に体が慣れてきて、呼吸が合ってくる。
今度は俺の帽子を的にしよう。と帽子を立てる。
ドキューン。
帽子は吹っ飛んだ。
ライフルの威力を物語るように、帽子は穴だらけになっていた。
それじゃあ、明日コヨーテを獲ろうぜ、と
ハンティング一日目は終了した。



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