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みなさん、こんにちは。行政書士の高坂大樹です。今回はいつもと少し趣向を変えて、留学生の日本体験について取り上げます。
みなさんは、現在、日本にどれくらいの外国人留学生がいるかご存じでしょうか。昭和58年(1983)、日本の国際的な地位の向上やグローバル化によって留学生の重要性が高まっているにも関わらず、他の先進諸国に比べてその数が際だって少ないという状況があったことから、当時の中曽根康弘総理大臣が「留学生10万人計画」を打ち出しました。この数値目標が達成できたのは、20年後の平成15年(2003)です。日本学生支援機構(JASSO)の調査によると、平成19年5月1日現在の留学生数は11万8498人だそうです。この中には約2万5千人の専修学校生なども含んでいますので、大学生(院生を含む)だけに限れば9万1102人です。平成19年度の大学生数(院生を含む)は282万8708人なので(文部科学省調べ)、大学生(院生を含む)の約30人に1人は外国人留学生ということになります。
ここで、留学生や留学終了者に日本での留学経験について総務省が行なったアンケートを紹介しましょう。
※平成17年1月11日、総務省「学生の受入れ推進施策に関する政策評価資料(アンケート調査結果)」
まず留学終了者(帰国者)に対するアンケート調査では、「留学目的の達成状況」の項目を見ると、留学目的が「十分達成できた」及び「ほぼ達成できた」と回答した者は267人(82.9%)で、留学目的が「あまり達成できなかった」及び「全然達成できなかった」と回答した者は33人(10.2%)となっています。また「日本での留学経験は役に立っているか」の項目では「役に立っている」「少しは役に立っている」と回答した者が272人(84.5%)で「全く役に立っていない」と回答した者はわずか2人(0.6%)です。これを見る限りでは、留学生が日本への留学経験におおむね満足していることがわかります。
これに対して、留学終了者(帰国者)ではなく、留学生に対するアンケートの「日本への留学を他の人に勧めたいか」という項目では、「勧めたい」と回答した者が948人(40.2%)に対して、「勧めたくない」と回答した者は603人(25.6%)、「どちらでもない」と回答した者は706人(29.9%)となっていて、否定的な意見も多いことが注目されます。「日本への留学を他の人に勧めたくない理由(複数回答)」として、「物価が高く、生活が大変(アルバイトに追われ十分に勉強する時間がない)だから」「奨学金や授業料免除措置が充実していないから」「日本で就職するのが難しいから」「宿舎等居住環境が良くないから」等の答えが見られます。
以上のアンケートから、留学終了者(帰国者)は日本での経験を言わば乗り越えた人々であり、結果として日本への留学経験を肯定的に考えていますが、現在日本に滞在中の留学生は困難やストレスを感じていることが伺えます。
海保博之・柏崎秀子編著『日本語教育のための心理学』(新曜社、平成14年6月)の第4章「日本文化への適応と援助〜異文化接触の心理学」によると、留学生のように異文化に接触した場合の適応(文化移動)やストレス・不安の程度は、次のように時間的・段階的に変化するそうです。
(1)接触前の段階
準備を開始し、少しずつ不安と期待が膨らんでゆく段階。
(2)接触の直前(不安の最初のピーク)
パスポートや住居の手配など、現実に処理していかなければならない事柄のストレスもあり、不安が募っていく段階。症状が身体的に現れることもある。
(3)接触開始
始まってみると、何事も物珍しく、好奇心がつのり、昂揚した気分になる段階。
(4)「すべてバラ色」の終わり(不安の2番目のピーク)
自分の文化と相手の文化との違いに不満を感じるようになり、相手の文化を否定的に捉えてしまう段階。
(5)慣れ
知識や理解が深まるにつれて自他の違いを客観的に捉えることができるようになる。有意義な人間関係も形成することができるようになり、自分のポジションを見つけられるようになる段階。
(6)別離の予感(不安の3番目のピーク)
帰還が近づくにつれ、留学先で築いた関係との別離に対する不安と、帰還後の本国での将来に対する不安を感じる段階。
(7)ウェルカム・ホーム
実際に帰ってみて、異文化に身構える必要がなくなり、ほっと安心できる段階。
(8)帰還への疑問(不安の最後のピーク)
異文化体験を経たために、逆に自文化に対して疑問を覚える段階。自分は日本にいた方がよかったのではないかというような気持ちも生まれる。
(9)統合の段階
異文化接触以前と以後の自分、自文化と異文化との違いに折り合いが付く段階。
留学生はこれら9つの段階をおおむねこの順で経験しますが、個人差や状況による違いもあり、すべてを経験するとは限らないそうですが、このプロセスそのものは日本人が外国の留学した場合でも同じであり、日本人が日本国内において移動した場合、たとえば大学生活・転校・転勤などでも似たようなことを体験することに気づくでしょう。先ほど紹介したアンケートで、現在日本に滞在中の留学生が日本での生活に否定的な意見も多かったのは、(4)と(5)の段階と重なる部分があるのではないかと思われます。
日本人の恋人ができた場合は留学生の心理は大きく変わるでしょうし、最初に接触した日本人の印象でも随分変わると考えられます。また、(4)と(5)の違和感と慣れのプロセスは一回だけ通過するのではなく、何度かそういう体験を繰り返すのではないかと思われますが、そのようにして少しずつ異文化適応していくという体験を積み重ねるほど、日本への理解や愛着も深まっていくことでしょう。このモデルは異文化接触後に母国に戻る(留学を終えると帰国する)場合のものですが、卒業後も留学先に留まって就職や結婚した場合や、最初から国際結婚(お見合い)で日本に来た場合など母国に戻らない場合には、(5)から一足飛びに(9)の段階が来ると考えれば応用がききそうです。
さて、福田康夫総理大臣は今年1月18日の施政方針演説の中で、「留学生30万人計画を策定し、日本の大学や大学院が国際的に高い評価を受け、世界の人材育成、研究の拠点となることを目指す」という内容のことを語っています。期限は2025年だそうですが、計画が実現すると、大学生(院生を含む)の10人に1人が外国人留学生、いや、日本はさらに少子化が進んでいますから7〜8人に1人が外国人留学生という状況になるかもしれません。
現状でもそうですが、7〜8人に1人が外国人留学生ということになるとすれば、日本人の方も、単に外国人に対して共感するとか、異文化コミュニケーションとか多文化共生などというお題目だけではなく、受け容れ側として留学生の心の問題についての理解が必要になります。今回はそういう問題意識から留学生の日本体験、その心理について考えてみました。
平成20(2008)年6月1日
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