複雑な法律手続きから、文化摩擦、生活設計、結婚生活の悩みまで、国際結婚に関するあらゆる情報をお届けします。
明けましておめでとうございます。
旧年中は本メルマガをご愛顧頂きましてまことにありがとうございました。昨年のお正月には発行部数200部でしたが、あれから一年、おかげさまで発行部数も300部に到達致しました。読者の皆様から激励や情報提供のメールなども頂くようになり、大変感謝しております。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
行政書士 高坂大樹
私は十代の頃からの映画ファンです。現在、国際結婚をはじめとする異文化交流をテーマにした『映画で国際交流』というウェブサイトも運営しています。実は私は調理師でもあります。数年間、飲食店でランチを作っていました。映画と料理。ということで、今回は料理にかかわる国際交流の映画を3本紹介しましょう。
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ドイツの地方都市のフランス料理店で働いている、マーサという仕事一筋の女性シェフが主人公です。彼女のもとに姉が事故死したという報せが届きます。亡くなった姉は離婚していたため、父親と連絡が取れるまでの間、マーサが姉の娘を一時的に預かることになります。それまで仕事のことしか頭になかったマーサは、幼い姪との暮らしに戸惑い、生活のペースを乱してしまいますが、その時彼女をサポートしてくれたのが、新しく職場にやって来た陽気で開放的な性格のイタリア人シェフでした。人間好きな彼に幼い姪との接し方を教わり、また彼自身に男性としての魅力を感じるようになっていく過程を通じて、マーサが女性らしさや人間性、さらにはもともと才能を持っていた料理の腕も一層素晴らしいものへと開花させていくという作品です。
サンドラ・ネットルベック監督は、この映画で、女性ならではの視点から女性の幸福とは何かを追求しています。暗い作品も多いドイツ映画の中で、『マーサの幸せレシピ』は、ふくよかで明るい、観る者を幸せにしてくれる作品です。監督は料理を愛する人と思われ、出てくる料理がとても美味しそうに見えるのも、この作品の魅力です。監督はこの作品が映画デビュー作で、その後『サージェント・ペッパー ぼくの友だち』(04)という子供の世界を描いた作品を撮っています。
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ギリシャのアテネに住む天文学者のファニスという中年男性が主人公です。彼はトルコのイスタンブールのギリシャ人コミュニティの出身で、今もイスタンブールに残っている祖父がアテネに訪ねてくるのを待っているのですが、祖父が倒れて来られないとの連絡を受けるというのが、映画の発端です。
子供の頃、ファニスは両親や祖父と共にイスタンブールに住んでいました。イスタンブールは、ボスポラス海峡を挟んでアジアとヨーロッパに跨る大都市です。元は東ローマ帝国の首都で、1453年にトルコ人によるオスマン帝国に奪われるまではコンスタンチノープル(コンスタンティノポリス)と言いました。オスマン帝国でも首都になりますが、名前はイスタンブールに改められました。このように、古代からヨーロッパの中心地の一つとして栄えた国際都市でしたから、昔から様々な民族がここに集まり、商業をしていたものと思われます。ファニスの祖父はイスタンブールでスパイス店を開いていました。祖父自身はいつからそこにいたのかはわかりませんが、祖父自身にとってもイスタンブールは故郷と描かれているので、何代か前から一家はイスタンブールに暮らしていたのかもしれません。イスタンブールで生まれたファニスは、この都市を故郷として、祖父からスパイスの知識と天文学を学んで育ちました。
ところが、キプロス問題が起こり、トルコとギリシャとの関係が悪化します。地中海にあるキプロス共和国はキプロス島だけからなる島国で、1960年にイギリスから独立しますが、国民はギリシャ系住民とトルコ系住民に別れていて、民族対立が激化し、それに伴ってギリシャとトルコとの関係も悪化しました。この時、トルコ国籍を持たないギリシャ系住民はトルコから国外退去させられることになり、ファニスの父親も国外退去を命じられます。そのためファニスと両親はギリシャに帰ることになり、トルコ国籍を有していた祖父はイスタンブールに残り、一家は離れ離れに暮らすことになったのです。ギリシャに帰ったファニスは、イスタンブールを愛するあまり不適応を起こしますが、スパイスを駆使してイスタンブールの郷土料理を美味しく作る天才少年として周囲を驚かせます。
さて、物語は映画の冒頭に戻り、倒れた祖父に会いにファニスはイスタンブールを離れてから初めて35年ぶりに故郷を訪れるのですが、イスタンブールを愛していたファニスがなぜそれまで一度も故郷に帰らなかったかというのが、この映画の大きなテーマになっています。もう一つ、ファニスには故郷に初恋の少女がいました。彼女はイスラム教徒のトルコ人でしたが、祖父のスパイス倉庫でいつも一緒に過ごしていた幼馴染みでした。故郷に帰ったファニスは、35年ぶりに彼女とも再会します。ストーリーの紹介はこのぐらいにしておきますが、ヨーロッパ文明とイスラム文明がクロスするヨーロッパとイスラム双方にとっての古都を舞台にした、物語的にも映像的にもエレガントな作品です。
『タッチ・オブ・スパイス』は、ギリシャではハリウッドの大作を押さえて、公開から7週間連続1位の大ヒット作になり、入場者数も135万人を超えた映画です。2005年度のアカデミー外国語映画賞にノミネートされ、毎年ギリシャで行なわれるテッサロニキ国際映画祭においても10部門(最優秀作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞、編集賞、音響賞、音楽賞、美術賞、技術賞、観客賞)を受賞しています。監督はギリシャの国立テレビ出身で、主にCMを手がけている映像作家だそうです。たしかにCMを撮っている人ならではのイメージ表現の美しさがありました。
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北欧にフィンランドという国があります。有名なものと言えば、白夜とムーミンとサンタクロース、それに音楽ファンにはシベリウスの名前もよく知られているでしょう。西にスウェーデン、東にロシアと隣接していて、かつてはスウェーデンやロシアに従属していましたが、1917年にロシアから独立した若い国です。『かもめ食堂』は、フィンランドの首都ヘルシンキを舞台に、日本人女性が開いた日本風の大衆食堂の穏やかな日々を淡々と描いた作品です。
かもめ食堂には日本の慌しい生活から離れたい日本人たちが集まって来ます。面白いのは、ここに集まる日本人たちが求めているのがまさに古き良き日本の生活であることです。日本風の大衆食堂と言いましたが、店主が出すメニューはおにぎり、焼き鮭、とんかつなどで、彼女自身も典型的とも言える日本人女性です。この映画では、かもめ食堂の日本食がフィンランド人に浸透して行き、人気店になるまでの過程を、店にやってくるフィンランド人や日本人旅行客との交流を織り交ぜながら描いているのですが、フィンランドのゆっくりとした時間の流れや自然に癒される日本人女性が、持ち前の思いやりや柔らかさによってフィンランドの人たちを癒すという物語になっています。日本各地のミニシアターで上映され、ロングランになっていました。
ちなみに、かもめ食堂のメニューが映画の公式ウェブサイトに掲載されていましたが、おにぎりは梅・鮭・おかかの3個で5.5ユーロ、とんかつやショウガ焼きが9ユーロなどとなっています。ユーロは撮影時は130円〜140円を変動していましたが、現在は円安が進み150円強になっています。どちらにせよ、換算すると、かもめ食堂のメニューは少し高いように思います(笑)。フィンランドでは稀少な日本料理店ということでしょうか。
荻上直子監督はこれが3作目の作品になります。これまでに、『バーバー吉野』(03)、『恋は五・七・五!』(04)と、日本の田舎を舞台にした、ほのぼのとした作風の佳作を取っている現代日本映画の新進気鋭の監督です。どれも面白いので、ぜひ観てみて下さい。主演の小林聡美は、私の世代には大林宣彦監督の『転校生』(82)や『廃市』(84)のヒロイン役で懐かしい女優さんですが、今は演技派として多くの仕事をしているのは皆さんご存じでしょう。また、『かもめ食堂』で共演しているもたいまさことは、フジテレビの深夜の人気番組『やっぱり猫が好き』(88〜91)で共演して人気があったのを記憶している方もいらっしゃるのではないでしょうか。
平成19(2007)年1月1日
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