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7月21日の夜、ぼくはすこし眠くなったので、うつらうつらしていた。
とても蒸し暑くて、気分はあまり良くなかった。
ハルに遅めの散歩させるために、外に出た父親が血相を変えて戻ってきた。
「大変だ!クロが死んでいる!」
ちょっとまどろんでいたので、夢のような感じがした。
しかしその「悪夢」のなかでぼくは跳ね起きた。頭から血の気が引くような思いがした。ぼくは古新聞の束を持って外に飛び出た。
先にとびだしていた妹と弟が向うから駆け寄ってくる。妹の抱きかかえているクロの顔を見て、ぼくはその場にへたりこんだ。あの可愛らしかったクロの顔が・・・・
茫然として家の中に入っていった。床に敷かれた新聞紙とタオルの上に、既に息絶えたクロが寝ている。頭の付近を車に轢かれたためか、左の目玉が飛び出して酷いことになっている。片方の目も空ろに開いて口も半開きになっている。ぼくは恐ろしくて自分の顔を両手で覆った、覆ったとたんに物凄い嗚咽が込み上げた。
父と弟も隣りでうつ伏せになって何も出来ずにワーワー泣いている。
妹と母は、勿論泣いてはいたけれど、比較的冷静だったように思う。血に濡れた体をふいてやったり、顔を撫でさすったりしている。ぼくは恐ろしくて、しばらく眼も開けられず、体にも触れなかったけれど、思いきって眼をあけて、クロの顔を撫でてやった。
家から3メートルも離れていないところで轢かれたのに、鳴き声も聞こえなかったから、たぶん即死だったのだろう。ああ、でも一瞬にせよ、苦しく恐かったに違いない。
家に運び込まれた直後、クロは苦しそうな顔をしていたけれど、家族で、一生懸命、顔を撫でさすっているうちに、自然に眼も口も閉じていって、やすらかな寝顔に変わってゆくようだった。体もまだ温かい。酷い方の顔は下にして寝かせてあげたから、うっかりすると、ただ寝ているだけのように見える。
ぼくは二階からスケッチブックを持ってきて、クロの最後の寝顔を描いてやろうと思った。しかし描こうと思っても手が震えるし、指に力が入らない。紙の上に涙がポタポタ落ちてくる。何度かやめようと思ったけれど、もう二度とクロのことが描けないのだと思うとやめるわけにもいかない。
描いているうちにだんだん気分が落ち着いていった。
できるだけ可愛らしく描いてやろうと思った。どういうわけか、描いた絵の方に近づくように、本物のクロも可愛らしい寝顔に変わってゆくように思えた。
時間をかけて描き終わると、絵の中のクロとそっくり同じに、本物のクロも、まるで、ただやすらかに寝ているだけのような姿になっていた。