2

 野良猫のくせに案外行儀がいいことに、やがて気がついた。
 トイレの場所も、やってきた日にすぐに覚えた。砂を入れた箱のところで必ず済ます。爪研ぎも決まった場所でする。先住民の犬の二匹は、食い物に関してはちょっといじきたないところがあって、我々がちょっと眼を離したすきに食膳の上の食べ物を盗み食いする癖が今でも直らないが、クロは食膳の上に上がったこともない。専用の皿の上に出したもの以外は口にしない。犬どもはすぐに舌がおごってきて既成品のエサだけだと気に入らぬ顔をして、口をつけないようになってきたが、クロは与えたエサに不満そうな顔をしたことがない。とにかく犬に比べて全然手がかからないのだった。
 最初は「アン・・・アン・・・」と、鳴き声とも何ともつかないような声しか出さなかったが、一ヶ月ぐらいすると、ごく控えめに「にゃあ」と可愛い声で鳴くようになった。その声を聞くと、不思議と、何とも言えないしみじみとしたものが、胸に湧き起こってくるようなのだ。こんなに可愛くて小さな生き物がこの世にいるのか、と思った。

 犬と猫が仲良く暮らせるのかどうか不安だったが、それも杞憂だった。
 最初、クロはクウのことが気に入ったみたいで、クウのフサフサした尻尾のあたりにうずもれて寝てたりしてた。見てるとクロは眼の前にある黒い肉団子みたいなものをペロペロ舐めている。そのうち「これ食えるのかな」みたいに軽くかじった。甘噛みであっても、金玉をかじられたクウは堪らず跳び起きて「ウウ、ウヮオ!」と唸った。それ以来クロはクウに、クウもクロに近づかなくなった。
 だけど、もう一匹の犬、ハルとは仲が良くなった。
添寝もするし、良くじゃれあう。
 人間の方も、クロの手触りのいい体を撫でたくて仕方がないのだから、ハルも撫でたいのだろう。ただし犬は手で撫でることはできないから、ペロペロと舐めまわす。
 家に来た当初、クロは舐められるがままにされていたが、だんだん自我が芽生えてきたのか、あまりしつこくされると「気安くさわんないでよ!」とばかりに相手の横っ面を張る。ハルは「いいじゃねえか、もっとさわらせろ」と彼女にのしかかろうとする。そのうち揉み合いになる。クロが逃げる。犬が入り込めないような狭い隙間に逃げ込む。ハルが追跡を諦めてつまんない顔をしてると、クロはやがて物陰から出てきてハルの尻尾をちょんちょんと叩く。「お兄ちゃん、もっと遊ぼうよ」と。

BACK NEXT