東京・深川を5月29日に発ち、大垣に8月29日到着。93日間掛けて「奥の細道」全行程を無事踏破した。
「奥の細道」の文庫本を片手に、芭蕉の足跡を辿る旅は、定年退職後の、わが人生の一つの区切りとして満足できる旅であった。そして人生第二ステージに向け、気力、体力を確認した旅でもあった。これから十年、二十年と生きてゆくためには、充実した気力、体力が必要である。
20kgのリュックを背負って歩く、と言う一番基本的なことに身体が慣れるのに、仙台を過ぎるあたりまで、ほぼ一ヶ月かかった。出発前一年半程、およそ10kmのパワーウォーキングを毎日やっていたとはいえ、リュックを背負って歩くのはぶっつけ本番であった。
歩き始めて四日目の頃には、両足の裏の皮が半分ほどむけてしまった。また出発して十五日目で、体調を崩し、風邪の症状が出てきた。また二十五日目には、宿のエアコンの調節が効かず寝冷えをしてしまった。
脛の骨の猛烈な痛みが仙台の手前から発症したが平泉につくころには治っていた。岩出山から鳴子で再発したが、山刀伐峠を越す頃には治っていた。痛みさえ我慢していれば、そのうちに治ると思い、歩き続けたのである。整形外科的な症状は時間がたてば治るものである。
真夏の暑さの中、汗をかき、時には土砂降りの雨の中、全身ずぶぬれになりながら、凍えるような寒さに耐え歩いたが、体調を崩したり風邪を引くことはなかった。
肉体には自然治癒力、回復力がある。人間の体と言うものは、つくづく丈夫なものだと思いながら歩いていた。
新たに出てくる障害よりも、持病の方が心配であった。三十年来付き合っている<ぎっくり腰>、<高血圧>、夏汗をかきすぎると必ず出てくる<脱水症状>、正座が出来ないほど痛む膝、癖になりつつある左足首の捻挫などである。
血圧はホームドクターに、歩いて旅をすると話をしたら特別に二ヶ月分の薬を出してくれた。ただ少しでもきつくなったら必ず帰ってきなさいと釘を刺された。幸い全行程を通して血圧は安定し、持病は発症しないまま歩き通すことが出来た。冷夏で、雨の日や、曇りの日が多く、真夏の暑い日が少なかったのも幸いした。
歩き終えた後の生活では、腰の具合はよくなり、正座も出来るようになり、踝はかえらなくなり脱水症状も起こらなくなっている。
二ヶ月目あたりから、歩くペースも出来、心身ともに対応能力が備わり歩き通すことが出来たのである。
途中であきらめようか、中断しようか、などと言う事は全く考えなかった。
歩くルートは、岩波文庫の「おくのほそ道」に、手引書としての全幅の信頼を寄せ、足跡を辿った。この文庫本には、<本文>、<曾良日記>、解説の<菅菰抄>、<宿泊の地及び天候>さらに<工程図>が載っており、情報、道案内の資料としては充分と判断したからである。多くの資料、情報を参考にしてしまうと、目標が絞れなくなり混乱してしまう恐れがあった。一冊で充分であった。
1994年に芭蕉生誕350周年記念事業が行われたと言うことで、足跡が整備されていたのも幸いした。
また各地に芭蕉について知識を持っている人たちがおり、色々と教えていただいた。
当初は、「奥の細道」と言うルートを忠実に歩けばよいと歩き始めたが、歩き始めてまもなく、宿泊した場所、訪れた知人宅、句碑のある場所を尋ねて歩くようになり、それだけ一人旅も充実したものになっていった。
さらに芭蕉の詠んだ俳句の場所に身を置いて、想像をたくましくしてみると、<俳句の心>、<風狂の精神>と言う難しいことはさておき、句として詠われている、自然の状況、歴史など、目の前に現れている表面的な状況は分かるような気がしてきた。このことは、足跡を辿りながら歩くことを一層楽しくさせてくれた。
旅と言うことを考えると、車や交通機関を使って行く旅では、通り過ぎ、見逃してしまいがちな、自然、人々の暮らし、その土地に残されている話、歴史、心などに触れることが出来たように思う。
歩くことは五感を活性化する。
空・山・海・田畑・草木などの自然から、様々な色を感じ、臭いを感じ、耳では、風や雨の音、鳥のさえずり、波の音、肌では暑さ寒さ、雨・風を感じ、宿では、その土地の食にめぐり合い、五感が蘇ったような気がする。
自然のあらゆるものからはエネルギーをもらい、鍛えられながら歩き通すことが出来た。
出会った人々、特に、朝、通園・通学する元気な子供達と交わした挨拶は、その日一日、元気に歩くエネルギーとなった。
私は旅行が好きで、日本の全国、また近年は海外まで足を伸ばし旅行をしてきた。
今までの旅行は、国内では、車で走り廻った旅行であり、制約された時間内で、出来るだけ多くの場所を訪れ見て楽しむ。海外ではツアーに入り、駆け足で観光地を巡る。とにかく忙しい旅行をしてきた。限られた時間で出来る限り沢山の新しいものを見、知り、体験する、そのような旅行であった。
「舟の上に 生涯を うかへ 馬の口とらへて 老を むかふるものは 日々旅にして旅を栖(すみか)とす」と「奥の細道」の出だしに、芭蕉は人の一生を旅にたとえた文を書いている。
私は、自分の人生の中でサラリーマンを終えた一つの区切りとして、歩いて「奥の細道」の足跡を辿ってきた。貴重な体験であった。そして60才と言う年齢は、まだまだ先の長い <人生> と言う旅の途中である。これから人生の第二ステージ、苦しくも楽しくも、健康で過して行きたい。
サラリーマン生活で衰えた体を鍛え直さなくてはいけない。
まだまだ心身ともに、鍛えられることを体感し、確信した旅であった。
私の高校の友人が、本を出した。タイトルは「63歳・東京外語大3年<老学生の日記>」(坂本武信 産経新聞社の本)です。
友人は、60歳の定年を目前に、心筋梗塞と言う大病に見舞われる。闘病生活の後、会社に復帰するが、これを機会にと 早期退職をする。しかし家庭は<安住の地>ではなかった。奥さんに、「家の中でごろごろとして濡れ落ち葉になるのは困る」と言われ、一念発起、東京外語大に入学、それも難解なポーランド語を専攻する。そして40歳も若い学生の中に、第二の人生の船出をし、学生生活を満喫してゆく。そんな素晴らしい<人生と言う旅>を送っている友人の日記である。軽妙なタッチで書かれている。是非、ご一読を お勧めいたします。
NHKラジオ 第一放送で 6/5(火)〜6/18(月)の間<私の本棚>で放送されました。
<遊旅人の旅日記>はこれで終わります。長い間、ご愛読 有難うございました。 |