伝え聞いたことの断片

それは甘いまぼろしのように
迷い込んだ真夜中の森の奥にとつぜん現れた天幕のサーカス
満天の電飾で飾られた遊園地

かつてそこに遊園地があったという噂
誰もその遊園地に行ったことはないというのに
そこにいる人々を見たことはないというのに
いまも伝承されているかれらの肖像、その場所の記憶


カストリ

あやしげな商人が、透明なお酒を売っている。
そこには何も入っていないように見えるのだけど、と言うと
にやりと首を振って香りを嗅がせてくれた。
雨のようなにおいがした。

日陰・薔薇園の沼で

園内の奥の薔薇園のずっと奥
こんもりした日陰の下に、沼がかっぽりと口をあけている。
「彼」は沼の淵に毎日佇んでいる。
退屈しないの、と聞くと
しずかにほほえんでいた。



アトラクションガール・特急木箱

「特急木箱」と描いているネオンを見つけた。
がらがらとやってくるジェットコースターを横目に
チケをもぎってもらいながらふと、
どこかで会った気がしたのは気のせいか、
どうもさっき会ったアトラクションガールも
こんな風貌だった気がしてならない。

夏至・薔薇園の番人

園内の奥の薔薇園園長のひとり娘だという
だれも園長をみたことがないけれど
彼女が白いほっぺをつやめかせ
ぴょこぴょこ歩いて行く後ろ姿を何人かが見ている。


口上オババ

見世物小屋から響くしわくちゃの声
「よってらっしゃいみてらっしゃい
絶世の美女がはるばるやってきたよ!」
つられて入ったいく人かの証言では
覗き穴の向こうにいたのはそのオババだった、といううわさ。

夾竹桃レ コード

古いフィルムが見つかった。
コマ送りが怪しくなったはかない映像に映るのは、異国帰りだというダンサー歌手。
高くあげる足に魅了される。
曹達がはじけるような泡立つ音声から聴こえる歌は、はっきりいってうまくない。
でもそのけだるい歌い声にはなんだか魅かれてしまう。


おもてなし の館〜青桃の実る頃〜

開口部が大きく取られた縁側
誰でも
腰掛けると
青い夏のドレスを着たアトラクションガールが
銀のトレイに
みずみずしいくだものを載せてやってくる

房々と実る青桃に囲まれた
森 の中にある離れの館
それはとてもやわらかい水色、びろうどのようなやさしい感触。
  六花大酒店−1月のホテル−《十二ヶ月の旅》

一月
帽子型や六角柱
つめたく結晶がまたたく夜、
二つとない結晶の鍵を渡されて
氷柱のホテルに宿泊する。


12月のシンポジウム/11月の集会

青い桃の館を抜け、更に森の奥、
音楽堂ではいままさに公開講演のまっさいちゅう。

美し い蓑を持っている少年は
Psychidaeを代表して演説をする。
ココア色のコートをまとって
背が低くてふっくらしたその姿は神々しい。

彼の去ったじゅうたんにはきらきらした鱗粉が
彼の存在をしめすかのように。