レポート 平成20年4月5日更新 〔1〕 〔2〕

場所を変えよう。さっきまで善宝寺の駅跡と其処に居た車両をのぞいてみたが、今度は羽越本線の羽前水沢駅近くの蕎麦屋に保存されている車両を覗いてみよう。



IV. モハ8




逆光のなか撮影したので見苦しい感が拭えないかもしれないが、御了承願いたい。

モハ8形という形式名がついているこの車両は、1940年に日本車輌で製造された。車体は半鋼製で、台車は2軸のボギーになっている。落成された昭和15年から38年までの間は京王電軌(→京王帝都電鉄)で活躍し、同じ昭和38年に行われた1500V昇圧を機に、京王での活躍に終止符を打って湯野浜線へ入線した。

湯野浜線へ入線するにあたって改造は幾つか施されたが、パンタグラフや台車は京王時代のまま使用している(台車は云うまでもなく、改軌されている)。また外観は殆ど手が加えられなかった所為か、京王時代の原型をよく留めていて、京王時代の栄華を偲ばせてくれる貴重な存在であった。

今はこうして地元のお蕎麦屋さんの駐車場で保存されていて、車体の方はモハ3程ではないにせよ、比較的原型を留めている。しかしこの車両、次の写真を見れば分かるかもしれないが、結構危険な場所に保存されている。




これは戴けないとか云う以前の問題で、大丈夫かとはらはらしてしまいそうである。ちょっと地震か何かが起これば、電車はけたたましい音をたてながら下の小川に落ちてグシャグシャになってしまう。かもしれない。恐ろしいとしか云い様がない。

でもそれを除けば、電車が置かれている環境は至極ほのぼのとしたもので、下手な博物館や公共施設で保存される運命を辿るよりかは幾分かましに思える。なぜそう云い切れるか。まぁ下の写真を見れば分かるかもしれない。




これまた見難い写真で申し訳ない。

全国の保存車両の置かれている環境を見てもここだけだと思うが、この電車の周りには動物が飼われていて、上の写真を見るだけでも、あひる二匹と柴犬一匹が確認出来る。しかも聞いた話によると、電車は蕎麦屋によって飼われている動物達の家兼倉庫になっているとのこと。

これは某所にも書いたことだが、人通りの少ない所で寂しく放置されず、また辺鄙なところで野ざらしにされず、動物達と解体迄の余生を過ごすのは鉄道車両としては恵まれているのではないかと私は思う。硬派な車両好きからは苦情が来そうな気がしてならないが。

これぞまさに、自然との共生…なんて。



コアなファンや地元の方々以外は知らないであろう地方私鉄の“遺産”を今回紹介してみた。レポの始まりでは遺構と書いているが、そんなことはどうでもいい。私も東北出身の父からこの湯野浜線の話を聞かなかったら、その詳しい存在を知らないまま今に至っていたと思う。詳しい存在を知らないままと書いたのは、元来から吊り掛け電車が好きなため、ネットで関連の写真を調べていたら、いずれは湯野浜線の写真に辿りつくのは間違いないからである。

ちなみに今回このレポを書くにあたって使用した文献は以下の通り。

「RM LIBRARY [68] 庄内交通湯野浜線」
(久保田久雄 著 / NECO PUBLISHING CO., LTD)

在籍車両の解説の他にも路線の歴史や駅の解説、また庄内が生んだ文豪、藤沢周平の湯野浜線に対する思いなどについても書かれていて、非常に読み応えのある一冊である。

というわけで、とりあえず終了とする。

―――了―――



おまけと云ったらアレだが








写真上:モハ3形に似てると云われている銚子のデハ101。もう手の施しようがない。
写真下:モハ8形が保存されている蕎麦屋の駐車場にいる山羊。あひると犬とは離れた所に居た。



前へ 戻る