トーナメント表が発表される。
ユリはトップバッター、そして彼女は最後発だった。
「「あちゃ〜…」」
見事に僕と彼女の溜息がシンクロする。
ユリと闘うためには、嫌が上でも決勝戦に残らねばならなくなったのだ。
ユリが負けるような事があれば話は別だが、それはあるまい――。
その予感は間違いなかった。
第一試合。
ユリと、同じ格闘学科の男子生徒の闘いは、2秒でけりが付いた。
試合開始とほぼ同時に、放たれた矢のように奔ったユリの左拳が相手の顎を真下から捉え、吹き飛ばしたのだ。
哀れな男子生徒は空に舞い、地に大の字に倒れた。
試合終了。
「あわわ…やっぱユリ強いアル…」
まぁ、この反応は仕方あるまい。
だが、この程度で臆病風に吹かれているようでは、決勝進出など望むべくもない。
「確かに。でも、気持ちで負けちゃいけません。勝つんです」
背中をそっと撫で、彼女を励まし、彼女の心の動揺を少しでも抑えようとする。
「!…有難うネ、カイル。よーし、考えずに感じるアルよ!」
「いや、考えなきゃダメですけどね」
「やっぱりそうアルか?」
二人して笑いあう。
しおらしかった彼女に元気が戻り、表情もリラックスした様子に、僕も少し安心した。
それから出番までの間、彼女は自分が何をするべきか、じっくりと黙考しているようだった。
邪魔をするのも躊躇われたので、仕方なく闘技場に目を移す。
名も知らない生徒同士の、見るべきところもない試合に。
遅過ぎる…それでは捕まって当然だ。
何でそこで左を出す?躱されるのに。
蹴りの軸足がぶれている…筋力不足だ。
魅せるだけの飛び技など要らないだろう。
決定的な隙だったというのに…勿体無い。
数試合見ているだけで、苛立つ自分がいる。
修練が足りない。
闘っている皆、そして何より自分。
そして、時は来た。
普通学科から、しかも女子の参戦という大いなる無謀に、会場からどよめきが起こる。
だが、どよめきの理由はそれだけではなかった。
聞けば、格闘学科の男子の中でも一際強い、と噂されている生徒が相手だったようだ。
屈強さを誇示せんとするポージングの巨躯の男子生徒に、歓声が上がっていた。
「うう…強そうアル…」
拙い。
緊張と威圧感に、足が竦んでしまっている――この雰囲気に飲まれては、勝てるものも勝てない。
すぐに彼女を呼び寄せ、緊張を解すように自信満々の口調で耳打ちした。
「大丈夫です。ヤンヤンさんなら勝てます。会場の皆を、あっと言わせてやりましょう…アレで」
彼女は少し考えて――最後の修行の時を思い出しているのだろう――
「…そうアルな。あれだけ頑張ったんだから、勝てるアルね。よーしっ!」
いつもの負けん気ある顔つきで、フィールドへ飛び出していった。
改めて、対戦相手の男を見る。
確かに大柄で、筋肉もそれなりにある。
だが、眼が喋り過ぎる。
相手が一般学科の女だろうが容赦はしない、一発でKOだ…と大技を狙っている眼だ。
肉の付き方からすれば、大振りの右フックというところだろう。
丁度いい…その思惑、そっくり使わせてもらおう。
『始めっ!』
試合開始…その直後。
右腕を振りかぶった相手の懐に、彼女の小柄な身体が飛び込み――
ズンッ!!
大男は5mほど吹き飛ばされ、身体をくの字にしたまま、動かなくなった。
最後に教えた、木の裏の紙を吹き飛ばす修練によって得た、発勁(はっけい)の技法。
一瞬の静寂。
そして直後、割れんばかりの拍手が、大番狂わせを演じた彼女に向けられた。
彼女がいつものカンフーポーズを決めると、歓声はいっそう大きくなる。
エンターティナーだな、と思いかけて、そうでないことに気付いた。
彼女が視線の先に射たのは、自分と同じく2秒KO勝ちを収めた女――ユリ。
それはいわば、宣戦布告。
ユリの眼からしても、二人の間に火花が散っていることがよく分かる。
やる気だ…。
「いやぁ、素晴らしい勝利でした。修行の成果ですね」
こうして狙い通りの1回戦突破を果たした彼女を、僕は心からの笑顔で迎えた。
ハイテンションで戻ってきた彼女は、僕とハイタッチ。
余程嬉しかったのだろう。
だが――。
「これで自信が付いたアル。次からもガンガン行くネ!」
「あ、ちょっと待って下さい」
僕は彼女を、すぐに引き止めた。
「次からは、あの技は封印しましょう」
「エー!?何でヨ!?」
彼女の不満もよく分かる。
だが、僕としては、彼女を有頂天にして油断させる気はさらさら無かった。
それに。
「難しい言葉ですが『用うるもこれに用いざるを示すべし』という格言がありましてね。
必殺技は、乱用すればいつか見切られます。手の内を隠すのも、立派な戦術なんですよ。
次に使うべき時は、必ず来ますから。それまでは、他の技で闘っていきましょう」
彼女は不服そうではあったが、
「…分かったネ。うーん、じゃあ次は…」
1回戦前と同じく、戦術の構成を練るべく色々と考えを巡らし始めたようだった。
一安心だ。
そう思った瞬間。
「フッフフ、今回の大会は思いのほか面白くなりそうじゃな」
この場には意外とも思える人のこれまた意外な反応に、思わず声の方を向いてしまう。
「ロマノフ先生…」
見れば、髪と髭を年季で白く染めた最長老教師が横に立っていた。
先の笑い声が無ければ、怒っていると思われても仕方がないような仏頂面。
一応、口元が上がり、目尻が下がってはいるが、相好が崩れているとは言い難いその表情。
それが、彼女の活躍と、彼女と共にいる僕に向けられたものであるのは明らかだった。
何か、嫌な予感がする。
そして。
「どれ、儂も久しぶりに楽しませてもらおうかの」
そう言って、ここから動く気がないという意思表示をされた。
拙い人に居座られたものだ…。
内心には脂汗がダラダラと流れているが、平静を装うしかない。
こうして僕自身の闘いも、変な横槍のせいで、激しさを増していくのだった。
その後、彼女は順調に勝ち上がって行った。
やはり、あの必殺技を最初に見せてから封印したのは正解だったのだろう。
彼女に例の必殺技があることを知らしめたことで、相手はそれを警戒するようになる。
そこを、彼女が修練の際に習得した掌打や、ケンカで鍛えたという蹴りで抑え込んでいく。
玄人なら付け入る隙は幾らでもあるが、相手も修練中の身…その辺のケンカとレベルは大差ない。
僕が少し教えておいた連携を見切れずに次々と彼女の技を喰らい、倒れた。
必殺技はおとり…いわば抑止力として相手のリズムを崩し、それによって攻め勝つ。
『勝は知るべくして為すべからず』という格言の正しさがよく分かる。
これなら、闘いの前の僕の助言や終わった後の労いなど、不要だったかもしれない。
…いや、セコンドで、おまけにクラスメイトの女の子である以上、労いは必要か。
それに彼女は、こんなに頑張っているのだし。
そして、その時がやってきた――。
決勝戦。
外野から見れば有り得なくも、僕達からすれば宿命的な、その時が。
文武両道の格闘娘・ユリと、一般学科参加のサプライズ娘・ヤンヤン。
本当に、このカードが実現したのだ。
試合前のアドバイスをしようとして、彼女の顔つきが少々翳り気味なのに気が付いた。
緊張しているのだろうか。
勿論、怖くないわけではあるまい。
何しろユリは、これまで圧倒的な強さで勝ち上がってきたのだから。
でも、経験や技量で劣るとはいえ、彼女を勝利へと導くことが僕の使命である。
負けてもいい、などと悪い意味で開き直られては困る。
だから。
「ヤンヤンさん」
僕は彼女の目を見詰める。
案の定、彼女の目の色はあの時と――僕の部屋で真情を吐露してくれた時と――同じだった。
『勝てないの、分かってる…悔しいアル』
そんなこと、あるものか。
思いに駆られ、彼女の肩をガッシリと掴む。
「ほぇ!?」
眼を見開いて慌てた表情。
そんな彼女を、闘いへと集中させるべく、僕は…。
「あの特訓を思い出して下さい。今のヤンヤンさんなら、勝てます。絶対に。
腕っ節で勝てないんだったら、頭を使って勝ちましょう。頑張って下さい」
ありったけの励ましを並べた。
実際、ユリを想定した特訓は彼女の中に根付いている筈だ。
中には根拠のない言葉もある。
でも、彼女を奮い立たせるためならば…。
彼女は俯いて少しもじもじした表情をしていたが、
「うん!」
いつも通りの満面の笑みで応えてくれた。
名残惜しく、僕の手から肩を離した彼女は、僕に背を向ける。
あんなに小さい体躯で、本当によくやってきたものだ。
だからこそ、勝ってほしい。
「頑張るのじゃぞ」
その背中に、横からも応援が飛んだ。
ロマノフ先生だった。
彼女は――きっと耳には届いていただろうが――振り向かなかった。
立派に戦闘モードだ。
ザッ。
中央に、両名が並び立った。
「マジで、上がって来るなんてね」
ユリが、彼女に告げたのは、紛れもない本心だろう。
「あたし、ヤンヤンのこと本当に嘗めてた。だから、あの時のことは謝る。…本気で行くからね!」
微笑みと共に、仲直りと宣戦布告を混ぜた、さっぱり派のユリらしいセリフが彼女に投げかけられる。
「望むところアルね!」
わだかまりが消えたのだろう――顔は見えないが、構えた彼女の声も、心なしか嬉しそうだった。
闘いを通して、いい意味で互いを認め合える…僕にとって、それは羨ましい話だ。
僕の闘いは――とてもそんなものではなかった。
闇と怒号を潜り、相手を否定し虚無へと帰す…そんな…
「カイルよ」
隣からの不意の重い言葉に、慌てて我に返る。
ロマノフ先生は相変わらずの変化に乏しい面構えで僕を見ると、目を正面の格闘少女に向けた。
「…御主なら、アレをどのくらいで倒せる」
その問いに、ギョッとした。
表向き、僕はセコンドであって、格闘をする人間ではない。
「………僕が?ユリさんを?先生、ご冗談を…」
「本気じゃ」
こちらを見ようともしない先生の横顔から発せられる、無言の圧力。
気圧されて、視線を闘技場へ戻す。
他人にアドバイスできるのだから、自分ならどうするかなど、造作もない。
開幕、間合いを詰めての左アッパー。
この選択肢を読んでいる以上、対処法は引き出しに掃いて捨てるほどある。
思い切り振られた拳の下を潜って、肩で当身か。
転身の歩法で回り込んで、無防備な背中に一撃か。
引いて、空いた脇腹に一発見舞って仕留めるか。
いっそ、拳の勢いをそのまま使って投げ飛ばすか。
「…10秒、といったところでしょうか」
「謙遜するな。5秒あれば事足りよう」
数字を多めに申告したことすら、見破られていた。
もしかすると、先程の”本気”という言葉は、先生だけではなく、僕にも掛けられていたのだろうか。
駄目だ、この人には敵わない。
「は…」
だが、曖昧な薄笑いで、濁した。
これから、最も大事な試合が始まるのだ…そんなことで心を乱してなんかいられない。
長い長い一瞬の後――
『始めッ!!』
勝負どころの、開幕。
まるで弾丸のように走り、左拳を構えるユリ。
そこまでは、予想通り。
だが、予想以上に踏み込みは速かった。
ブンッ!!
彼女はユリの突き上げる左拳をスウェーバックで空振りさせることに成功したものの、そのまま尻餅をついてしまった。
皮肉にも、そのお陰でコンビネーションの右ストレートにも当たることはなかったのだが…。
彼女は慌てて体勢を立て直すと、しゃがんだままユリの軸足を払おうとする。
だが惜しいかな、ユリは咄嗟のバック転でそれを躱し、間合いを離していた。
最大のチャンスを逃してしまった。
僕は内心で歯噛みする。
シナリオでは、アッパーを避けつつ足払いで自由を奪い、マウントポジションで一気に勝負を決める気だった。
だが、それに失敗した以上、もうこの手は通用しない。
こうなると、手数や体力に勝るユリの方に分があることは言うまでもない。
例の必殺技を放つ隙など与えてはくれないだろう。
おまけに、攻撃に重点を置いて教えた彼女には、防御に関しては付け焼刃の感が否めない。
この状態で、勝算はあるのか…?
僕は、彼女を信じて、見守るしかなかった。
試合は予想通り、ユリが一方的に押す展開になった。
多彩なコンビネーションを駆使して、ガードの上から確実にダメージを蓄積させている。
彼女も思ったよりブロックしてはいるものの、完全に防戦一方だ。
僕としては割り込む隙間は充分ある連携なのだが、実戦経験の薄い彼女にそれを求めるのは酷だろう。
厳しい時は耐えろ、なんてアドバイスなんかするんじゃなかったか。
遂に、闘技場の壁際まで追い詰められてしまった。
ユリが止めとばかりに右拳を唸らせる。
だが。
ガキッ!
「痛!?」
彼女は壁に沿うように後ろに下がり、ユリの裏拳を空振らせた。
ユリの拳はそのまま、闘技場の壁を殴ってしまった。
右手にダメージが入ったに違いない――ヒビが入った壁はこの際見なかったことにする。
隣で先生に青筋が立ったのも怖かったし。
今のは、麻雀で鍛えた彼女の観察眼の賜物だろう。
これで、痛がるユリを尻目に、呼吸を整える若干の余裕ができた。
ユリの怒涛のラッシュはその後も続いた。
彼女は壁を背にして下がりながら対処していく。
拳をぶつけた痛さからか、ユリの技も少し単調になってきた…左フックを打っていない。
といっても、打撃を受け過ぎた彼女の両腕は鬱血し、見ていて痛々しい。
それに、蓄積したダメージは彼女の手捌きにも微妙な影を落とす。
そして。
ガスッ!!
遂に、ガードを破って――否、あれは温存していたのか――ユリのフックが彼女の顎を打ち抜いた。
「ヤンヤンさんッ!」
脳震盪を起こしかねない、危険な当たり方だった。
幸い意識は飛んでないようで、彼女はたたらを踏んで踏みとどまったが、壁にもたれて立っているのがやっと。
これは…ヤバイ。
ユリは、完全なる止めを刺すべく、猛然と奔り…必殺の構えに入った。
ダッシュしての左アッパー。
ブゥン!
「!!」
身体が、覚えていたのだろう。
今回は、完璧なスウェーだった。
彼女は、左腕を高々と上げたまま大きな隙を晒す真正面のユリの胸倉を掴む。
そして。
ゴチン!!
互いのおでこ同士を、強烈にキスさせた。
「………」
言葉が、無かった。
横目で見ると、先生もアンパン口を開けている。
ご老公のこんな顔は滅多に見られるもんじゃない貴重品だが、それは置いといて。
「〜〜〜〜〜〜〜!!!」
強烈なヘッドパッドに、流石のユリも頭を押さえてしまう。
その時だった。
「ハイィィィッッ!!」
ズンッ!!
必殺技――発勁が、炸裂した。
「ぎゃぼーーーーーーーー!!」
ユリの身体は吹き飛び、この闘いの終わりを告げる合図が聞こえた。
「やったネカイル!頭使って勝ったヨー!!」
おでこの大きなたんこぶを指差しながら、躍り上がって喜ぶ彼女。
いや、そういう意味じゃないんですが…。
ま、ここでそんなことを言うのは野暮というものだろう。
それに、身体が安定しないスウェーからではなく、頭突きで体勢を崩して発勁を叩き込んだのは紛れもない頭脳プレーだ。
「本当に、おめでとうございます」
アカデミーに、格闘大会一般科目生徒初優勝という栄冠が記された、記念すべき日であった。
翌日の教室での主役は、勿論彼女。
皆からの祝福や賛辞に、面痒そうにしている様子は何とも微笑ましい。
最大の懸念だったユリとの関係も、拳を通して何か通じ合ったのか、すっかり仲良くなってるし。
加えてもう一つの懸念…僕が何故セコンドにいたのかを突っ込んでくる人もいなかった。
これには正直、本気で安心したものだ。
そんなこんなで一日が終わり、僕は普通に帰途に就けるようになった。
けど、つい足癖で、先日まで修行をしていたあの木の所へ寄ってしまった。
「あ…カイル」
「ヤンヤンさん…」
やはり、彼女にも感慨があったのだろう。
同じ木を眺めるために、そこにいた。
「色々ありましたけど…良かったですね」
何となく口にする。
「ウン…けど」
言って、彼女は自分が付けた木の傷跡を見ながら、
「もう、ここに来ることもないアルな」
そう、呟いた。
「え?」
「ワタシ、決めたネ。もう、格闘はやらないようにするアル」
何故だろう。
ある意味では、自分の特技にもなり得る筈なのに。
「闘ってる時、カイルの顔が見えたネ。ずっと、心配そうな顔してたアル。
ワタシ、これ以上カイルの心配そうな顔、見たくないヨ」
………。
そんなに顔に出ていたのか、と自分の未熟を恥じる。
確かに、彼女が傷付くのを、そして傷付けるのを見たくはなかったから、それは安堵できることだ。
それと共に、それでも彼女が闘いの中でも僕を見てくれたことを、嬉しく思う自分もいた。
「それに…カイルは優しいから、拳を振り回す女の子は嫌いだと思うアル」
両方の人差し指をくっつけながら、俯いて呟く彼女が、愛しい。
「ヤンヤンさん…」
僕は彼女に、その好意への感謝を述べようとした。
その刹那だった。
「でも、今まで付き合ってくれて、本当にありがとネ」
そして彼女は、僕も予測できないほどの速さで間合いを詰めると、
「これは、今までのお礼アル」
その言葉を耳打ちして、頬にしっとりとした感触を押し付ける。
そして、疾風迅雷の如く走っていった。
一本取られたとしか言いようがない。
見る間に血が顔面に集まるのを感じる。
しかも。
「モテモテで結構じゃのう」
最悪な人に見られていた。
「………」
顔に集まった血が、即座に引いていく感覚…真っ赤から真っ青。
何か、過去に経験した修羅場を遥かに超える窮地のような気がした。
「ここで二人でずっと修行しとったのじゃろう?」
「…何故、それを?」
「人払いの結界が何日も同じ場所に張られておるのじゃ、気付かぬ筈があるまい」
…迂闊。
「黙っておいて欲しいか?」
「…はい」
「土産は忘れるでないぞ」
「…御意に」
「楽しみにしておるぞ。フッフフ…」
嫌な笑みと共に、翁は去っていった。
こうして、僕と彼女の闘いは、彼女のハッピーエンド、僕のバッドエンドという形で、終わりを告げた。
ちなみに、これは全くの余談であるのだが――
『失礼…あぁ、先生、いらっしゃいまいたか』
『おぉガルーダ先生、先日の大会ではご苦労でしたの』
『…全く、格闘学科の連中は弛み過ぎている…情けない限りだ』
『うむ、じゃが、いい刺激になったじゃろうて…当のヤンヤンにとっても』
『それはそうですが…』
『まぁ、そう渋い顔をせんと…実は、良い物が手に入りましてな』
『良い物?』
『これじゃよ、これ』
『ウォッカ…ほぅ、これは上物ですな』
『先生、慰労会も兼ねて、気晴らしに飲りませんか?…何なら、愚痴でもお聞きしますぞ』
『…良いんですか?』
『朝まででもお付き合いしましょうぞ。肴は儂がこしらえようて』
『それはかたじけない…しかし先生、先程から、随分と上機嫌ですな』
『そう見えますかの?…ま、出来の良い生徒のお陰、としておきますかな。ささ、まぁ一杯』
『はぁ…あ、これはどうも』
「ハックシュン!…ハァ」
「カイル、風邪でも引いたアルか?顔色も良くないネ」
「いえ…大丈夫です。誰かさんが噂でもしてるんでしょう…ハァ」
僕にとって、背負い過ぎたその荷物は、重く――(財政的な意味で)。
END