THE FEMALE SUPREMACY

scene 1:策謀の宙域

「どうしよう…困ったなあ…」
腕組みをしながら、落ち着きなく教室を歩き回る、ショートカットの女の子。

「どうすればいいんでしょうね…」
「う〜ん…」
その場に席を共にするおさげ髪とツインテールの少女も、表情には苦悩の色が濃い。

ルキア、クララ、アロエの3人が頭を抱えているのには、理由がある。
数日後に開催される、とあるコンテストがその原因であった。

『WITCH(Wizard's Technical Contest of History)』。
この大会は、全国から集まる魔法使いの卵たちが、その魔力と技量を競い合うものである。
女子が4人1組でチームを組むことが出場条件とされるなど、団結力がものを言う競技会だ。
長い伝統を誇り、魔法を志す女子が憧れ、その場に立つことを願うコンテスト。
我らがマジックアカデミーからも、過去何人もの優秀な学生たちがこの大会で華々しい成績を残している。
実際、アカデミーにおいては、このコンテストで活躍することが賢者への登竜門とされるほどだ。
言うなれば、魔法学校版の甲子園(女子限定)といったところであろうか。

そして、今年はアカデミーから彼女たちがチームを組んでエントリーすることが決まっていた。
だが、コンテスト前日である今日になって、アクシデントが発生したのである。
メンバーの1人で、チームの柱とも言うべきトップエース・シャロンが体調を崩し、出場できなくなってしまったのだ。

急遽、彼女の代役を立てねばならなくなったのだが…
ユリは、同じ日に行われる格闘系学科の大会に出場するため参加できない。
まだ学校生活にも慣れていないヤンヤンにこの大役を押し付けるのは酷だ。
サツキは魔力・知識量共に充分だが…他の人に見えない時点で論外である。
然るに、必然的に白羽の矢が立つのはマラリヤ以外ないということになる。
ところが、彼女はそのコンテストの名を聞くと、断固として出場を拒んだのだ。
何事にも恬淡としたマラリヤが動揺の色を隠せなかったというのだから、余程のことがあるに違いあるまい。
そんな状況で出場を無理強いでもしたら、報復の毒物は間違いなく致死量を上回るだろう…くわばらくわばら。

因みに余談ではあるが、そのコンテストにはマラリヤが転校する前の学校の生徒たちも来ていたらしい。
もしかすると、その中にはマラリヤと旧知の仲の人物…いや、それどころか彼女にとって天敵とも言える人がいて、
彼女の過去や弱点などを喋られる――そんな可能性を恐れたのかもしれない。
…勿論、そんな推測が正しいか否かは杳として知れない――当人に尋ねようものなら、命が幾つあっても足りはしまい。

途中、先生に学生になりすましてもらう…という暴論が挙がり、教員室に発案者のルキアが乗り込んでいったのだが…
見た目では絶対バレない筈のマロン先生を擁立する案は、その筋では顔が割れてるから、とあっさり却下された。
じゃあアメリア先生は…と思ったが、学生時代にこのコンテストへの出場経験があるのでダメ。

「う〜ん…リディア先生やミランダ先生は、その年で『学生』で通すのは無理か…」
嗚呼、言っちゃいけないことを…!

かくしてルキアは、夜叉と化した2人から命からがら逃れた。
まあ、ほとぼりが冷めるまで暫くの間は教員室には出入りできまい。

ともかく、このままではメンバーが足りない。
これでは出場云々以前の問題である。
一向に難題解決の兆しが見えない3人の顔は苦り切っていた。

ガララッ。
突然、教室のドアが開き、先生が入ってきた。
ヤバい、と思うが早いか反射的に机の下に隠れるルキア。

「…ルキア、君は何をやってるんだ」
全然隠れてないルキアの身体を白眼視するのは『リ』の付く修羅でも『ミ』の付く羅刹でもなく、フランシスであった。
未だ思い出されるあの2人の殺気に怯えつつも、ルキアは安堵の表情でおずおずと机から這い出した。
詳しい経緯は全く聞いていなかったクララとアロエだが、よっぽどのことをしたんだな、ということだけは理解できた。

「全く…教員室の平和を乱すんじゃない」
腕組みをしたまま、うんざりした表情でルキアに愚痴るフランシス。
あの後、狂乱状態になった2人を止めるために、猛獣捕獲もかくやという大騒ぎになったらしい。
もしガルーダ先生があの場に居なかったらどうなっていたか…という先生の呟きには、妙に実感がこもっていた。
まあ、そう言いつつもてんやわんやな筈の教員室からちゃっかり逃げて来ている辺り、彼もしたたかと言うべきか。
流石に騒動の元凶であるという自覚があるだけに、ルキアはちょっぴりうなだれ気味である。
とはいえ残る2人は、ある意味肝の据わったルキアの行動に内心で喝采を送っていたという。

「さて…」
そんな彼女から視線を外しながら腕組みを解き、教室の壁にもたれ掛かって、フランシスは話を本題に移した。

「結局まだ代わりのメンバーは決まっていないのだろう?」
当面の最重要課題について切り出され、3人の視線は先生の顔へと集中する。
ルキアが教員室に来た時、大抵の見当は付いていたし、教師としてどうにかしてやりたい気持ちもあった。
そのために彼はわざわざこの教室へ足を運んだのである
だが、敢えてフランシスは、3人を試すことにした。

「…一つ聞きたい。君たちのこのコンテストに賭ける意気込みは、どれほどのものだ?」
不意に、フランシスは真剣な目つきを作りつつ、彼女たちに訊いた。

「え?い、意気込み…?」
突然投げかけられた問いに、そんなこと言われても、とルキアは戸惑う。

「…」
クララも、質問の意図を推し量りかねて考え込んでしまう。
意気込んでみたところで、まだ出場できる状態にすらなっていないというのに。

まぁ、その程度か――。
フランシスが、答えがない――即ち、この大会への強い思い入れはない――そう判断しかけた、その時。

「…優勝したい」
いち早くその質問に明確な形で答えたのは、アロエだった。
絞り出すような小さな声だったが、それは逆に彼女の懸命な心中を反映していた。
俄かに集まった視線に少し怯んだものの、彼女は続けて自分の気持ちを言明する。

「アロエ、このコンテストのためにずーっと頑張ってきたんだもん。みんなだってそうだと思う。
それなのに出られないなんて、嫌。コンテストに出て、優勝したい!」
握り締めて胸の前に揃えた拳、先程より強い声の調子、先生に向ける真剣な眼差し。
それは、フランシスならずともその感情を慮るには充分なものであろう。

「私も…アロエちゃんの言うとおりだと思います。ここで諦めたら、今までの努力が無駄になっちゃいますから…」
「うん…きっとシャロンだって、それを望んでいた筈だよ。彼女のためにも、大会に出て優勝しなくちゃ!」
そんなアロエの意見に背を押され、残る2人も出場に前向きな姿勢を見せ始めた。
ていうか、まるでシャロンと死に別れたかのようなルキアの発言はご愛嬌。

その雰囲気に手応えを感じ、フランシスはさらに続ける。

「どんな手を使ってでも優勝したい…そういうことだな?」

実は、これに対する肯定の答えこそ、彼が求めていたものだった。
『どんな手を使ってでも』
この言葉にかなり危険な匂いがすることは、少し考えれば分かることである。
しかし、大会への出場、そして優勝という餌をちらつかされた3人の若者には、その目標しか見えなくなっていた。
そんな状況で、フランシスの言葉の裏など理解できよう筈もない。
『優勝したい』という言葉に対し、3人はほぼ脊髄反射で肯定の身振りをしていた。
 

よし、先ずは第一関門クリア――
フランシスは、物事が自分の思う方向に向かう兆候を感じ取り、心の中でニヤリとした。
その内心をおくびにも出さず、フランシスは暫し閉じていた目を開き、苦笑いに近い表情を作る。
『君たちの熱意には負けたよ…』という、ポーズである。

「よし…いいだろう。君達のその意気込みに免じて、いい方法を伝授しよう」
そう言うと、教壇に立ったフランシスは皆に近寄るよう手で指示した。
彼を正面に、少女3人が顔を突き合わせ、そのまま肩を組めば円陣になるような体勢になる。
そんな彼女達に、フランシスは少々声のトーンを落として言葉を紡ぎ始めた。
別にひそひそ話にする必要はないように思えるが、少なくとも彼はそうしなくてはならないと思ったのである。

何故なら、彼のプランには、倫理的にどうかと思われるようなアイディアが根幹にあったから。
そして、その案が提示されると同時に――

「「「ええぇぇ〜〜〜〜〜!!」」」
耳をつんざく、驚愕とも嬌声ともとれる3人分の叫び声が、教室内にこだました。

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