日本消化器内視鏡学会甲信越支部

70. 術前診断が困難であった小腸腸間膜脂肪織炎の一例

長野中央病院 消化器内科
太島 丈洋、小島 英吾、田代 興一
長野中央病院 病理科
束原 進

症例は64歳の女性.平成3年子宮体癌の手術,平成12年には椎弓切除+脊椎固定術を施行された.平成18年5月下旬より嘔気嘔吐・食欲不振が出現し,6月5日当院外来を受診された.6月13日の上部消化管内視鏡検査では特筆すべき所見は認めなかった.その後も症状持続し,食事が取れない状態が続くため7月13日に入院となった.CTで小腸の壁肥厚・腸管拡張・ニボー形成を認め,腸閉塞の所見を呈したものの,閉塞機転は不明であった.下部消化管内視鏡検査では異常を認めなかった.第13病日にイレウス管挿入を試みたが十二指腸水平脚を超えることができず下行脚へ留置した.排液は1日1Lほど連日認めたが病状は軽快しなかった.第18病日にイレウス管造影を試みたが,造影剤は水平脚以遠には流入しなかった.癒着性イレウスの疑いと判断し,第20病日に開腹術を施行した.術中所見では下腹部正中で小腸がループ状に腸間膜に癒着し,内ヘルニアを形成していた.癒着を剥離し内ヘルニアを解除したが,癒着部分が線維性の狭窄をきたしていたため,腸切除術を実施し,機能的端端吻合を行った.なお水平脚付近には異常を認めず,特に処置は行わなかった.切除標本の病理組織学的検査にて,腸間膜内にリンパ球・形質細胞・foam cellの浸潤と線維の増生が著明に認められ,腸間膜脂肪織炎と診断された.腸間膜脂肪織炎は原因不明の腸間膜の炎症性肥厚・線維化を生じる稀な疾患と考えられている.CTで"fat ring sign"や"tumor pseudocapsule"などの特徴的所見から診断をつけることが可能といわれているが,本症例ではこれらの典型的所見は認められなかった.線維化をきたす前であれば可逆的な炎症性疾患であり,予後は良好なため,ステロイドや免疫抑制剤などによる保存的治療が優先される.診断が困難な症例や高度の狭窄・保存的治療に抵抗する症例では外科的治療が選択されている.本症例は外科的治療を選択したが,線維化を起こす前に診断可能であれば,手術を回避することが可能な疾患であり,腸閉塞の診察においては本疾患も念頭に置いた鑑別診断が必要と考えられる.