ニューメキシコ、サンワンリバーでの14日間 Part1
9月アメリカでの同時テロが起こり、アメリカ入国への不安がある中、
10月大きなリュックと釣り竿片手にコロラド州デンバー空港へと向かった。
心配した飛行機も満席でデンバーに着き、いよいよアメリカの旅が始まった。
レンタカーを借りて、右車線をおそるおそる走りだし、
ロッキー山脈を越えたニューメキシコ州サンワンリバーを目指した。
見渡せばほこりっぽい赤土に、背の低い草原が地平線へと続いていた。
なんちゅう広さだ!
まさに大地そして空があった。
ロッキーを上へ進むにつれ、乾いた大地はいつかテレビで見たような、
三角形の背の高い松と、ごつごつした岩山へと姿を変えていった。

サンワンリバーは、ニューメキシコ州の北西に位置し、
ニジマスの釣れる面白い川として有名で、
アメリカだけでなく日本にもその情報が流れてくるほどだ。
もともと鯉やナマズしか住まなかった川だったが、
1962年だったか?巨大なダム(ナバホダム)の完成とともに、
多くのトラウトの住む川として生まれ変わってしまったのだ。
というのは、ダム底の冷たい水を1年中安定して放水する事で、
カラカラの砂漠の大地に、一年中水温一定、そして安定した水量によって、
たくさんの水生昆虫が育ち、その結果多くのトラウトを生み出したと言うわけだ。
とサンワンリバーでフライショップとモーテルを営む友人のティムが教えてくれた。

7時間ほどのドライブでようやくサンワンリバーに着き、ライセンスを買い川へ。
ごつごつした赤い岩山に、背の低い草や木が生え、さわやかな香りを漂わせていた。
藍のように濃い空に刺すような強い日差し、釣り竿片手に川へと急ぐはやまる気持ちを、
汗が冷やした。

去年はここの賢い魚たちに苦い思いを何度も味わい、今年はさらに準備万端でリベンジ。
川に下りると俺を待っていたかのようにライズ(魚が水面の虫を食べる動作のこと)が広がる。
ポツーン、ポツーンと川のあちこちに波紋がみえる。
シメシメという気持ちと釣れてくれるかな?という気持ちで複雑な気持ち。
それだけこの川の魚たちは賢く、今年もまた日本からはるばるやって来てしまった。

釣り方はフライフィシング。いわゆる毛針釣り。
水面を流れる虫を食べているトラウトたちを、
その虫に似せたフライ(鳥の羽や動物の毛で作った疑似針)で釣るという、
単純な釣り方。
 
ポツーン、ポツーンと広がるライズは、ごく小さなユスリカを一匹ずつ食べていて、
そのユスリカに似せたフライを糸に結び、魚の口へと流し込む。
頭の中では、魚の口に針が掛かるまでのシーンがしっかりと描かれているが、
実際にそううまくいかないのがこの川の難しさであり。最高の面白さである。
ユスリカのサイズは2oよりも小さく、しかもユスリカが水面で羽化する際に、
蛹から成虫へと変わるステージに魚たちの選り好みがあるらしく、
魚たちが見せてくれるライズは水面直下を流れるユスリカの蛹に的を絞っていることが多い。
さらに魚たちは幾度となく釣り人に狙われ、針の味を知っている。
それだけに針、釣り糸をしっかりと見分けて、本物の虫だけを食べているようだった。

大きな魚がライズしているのを見つけ、シメシメとフライを流してみると、食わない。
それではとフライを変え流す。食わない。
それでは・・・食わない。それでは・・・食わない。
魚の口の開きぐわい。水面からの高さ、川の流れ、よれ、ユスリカの生態、
俺の持っている経験と知識をふる回転させ、次に糸に結ぶフライを選択する。
そして完璧なアプローチで流す・・・だけど食わない。まさにパズル。
ひとつひとつ考えられる謎を解きながらどんどんと迷宮へと迷い込んでいく。
目の前で大きな口に立派な尻尾れまで見せて「君には釣れないよ」と言わんばかりに、
水面を流れる何かしらをパクついている。
日本からはるばる釣りに来たのにこの一匹のために、
もうかれこれ2時間も時間をとられてしまっている。
周りには他にもライズしている大きな魚がいるのだから、
さっさとこの魚をあきらめればいいのだが、この魚に的を絞ってしまった以上、
釣り上げるまで、もしくはライズをやめてくれるか逃げ去ってくれない限り、
このライズに背を向けることは最大の屈辱を味わうことになる。
しかし魚は微笑んでくれることなく、
すべての手を尽くした俺をのんびりとしたライズで見送ってくれた。

そんな釣れないライズに幾度となく悩まされ、途方に暮れて川を歩く。
川岸ぎりぎりでライズしている魚を見つけた。
どうせ釣れないだろうと軽く見過ごすが、どうやら様子が違う。
とがった大きな口が水面高くまで出ては閉じ、
カパッと音が聞こえてきそうなほど勢いよくライズしている。
こいつは大きそうだ。
よーくそのライズを観察してみると、
黒っぽい大きなものが川岸を次々に流れてきては、大きな口にい込まれていく。
その固まりとはユスリカが6,7匹交尾のためか、
固まってダンゴのようになって川岸に集まって流れていく。
なんて賢い魚だ、6,7匹を一口でパクリとやった方がよっぽど効率が良いだろう。
そんなユスリカの固まりもあるだろうと持ってきた、
#16のグリフィスナットというフライを糸に結び、ゆっくりと糸を出していく。
魚のライズにあわせてフライを静かに水面へと乗せる。
カポッ、カポッとリズム良くユスリカの固まりが飲み込まれていく。
魚の上に俺のフライがさしかかったとき、
まったく同じリズムで俺のフライが魚の口へと吸い込まれていった。
 
やったぜ!

0.4号の細い糸の先に50pを越えるニジマスがしっかりと掛かり、
逃れようと暴れる魚をおそるおそるなだめる。
やっとのことでタモに納め、手にした魚は52pの口先のとがった雄のニジマスだった。
どこまでも青い空の下、刺すような日差し、
銀色の体に走るピンクが鮮やかにキラキラと輝かせていた。すばらしい1尾だった。

自分で飛行機のチケットを取り、まだ炭素菌がアメリカ国内を行き交う中、
アメリカ行きを決行し、慣れない英語でレンタカー、モーテル、食事など一つ一つこなし、
長かったデンバーからのドライブ。ある時はパンクのトラブルがあったり、
窮屈な車内生活などなど、すべてはこの一尾のために、
今までの苦労が大きければ大きいほど、この1尾を手にしたとき、
他の誰にもわからない、自分だけのずっしりと重く、最高の1尾となる。
 
この1尾のための旅なのか、旅をするための1尾なのかわからないけど、
言葉も文化も肌の色も違う大地で思いっきり自分を試すことは、
すべてが新鮮で時には英語にうちのめされることがあるけど、
すべては自分の実力の無さへと答えが出る。
その答えは次なる目標となって好奇心をかき立ててくれる。
日本に閉じこもっていては味わう事のできない、
地球の味を楽しんだ14日間だった。
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