総持寺新田氏総領の二町四方に建てられた寺で「館の坊」 とも呼ばれる。新田義重・ 義貞・世良田頼氏などの 館だったのではないかとい う説がある。 右の写真は総持寺にある鐘楼。 |
二体地蔵塚世良田駅の南東約1キロにある。鎌倉幕府から派遣された武士が 臨時税を取り立てた。それを怒っ た新田義貞が使者を切ったと言わ れている場所。 |
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花見塚新田義貞の妻の墓所と言い伝えられている。つつじが咲き乱れていたことから、花見塚と よばれてい。7基の五輪塔などが残っている。 |
岩松八幡宮新田義貞が山城(やましろ)の岩清水八幡宮に参拝した時、松 の実を持ち帰ってこの地にまいた ところ、松の木がはえたので岩松 と地名をあらためこの八幡宮を建 てたといわれている。 |
明王院・千体不動塔二町四方の規模を持つ館跡に建てられた寺である。長楽寺の文書によれば新田義貞 が「安養寺殿」と呼ばれていたので義貞の可 能性が大きい。 新田義貞の鎌倉ぜめの際、 不動明王が山 伏(やまぶし)に化身して越後 一帯の新田一族にその指令をふれ歩いたと伝 えられそのことから「新田触不動」ともいわれて いる。 境内にある高さ6mにも達するピラミッド型の 石造供養塔で、この塔には千体の動明王が刻 まれている。 |