月の堕ちる夜

 

 

 街外れには毎週日曜日に人々が集まる場所があった。
 老人から赤ん坊まで様々な人が出入りをしている。
 其処は少々古ぼけた教会だった。
 今まで此処には老神父がいたのだが、先月急病の為に家族の元へ引っ込んでしまったのだ。
 その為に1人この地に派遣された神父が居た。
 神父がこの地に来て1週間が経とうとしている。

「おはようございます。神父様」
「おはようございます。今日はお早いのですね」
「えぇ、早く神父様にお会いしたくて」
「そうですか」
「それはそうと今度は隣り街の神父様が亡くなったそうですね。気を付けて下さいね」

 此処数ヶ月の間で幾つもの教会の神父が不自然な死を遂げていた。
 中にはそれはドラキュラの仕業だと騒ぐものも居た。
 神父もその噂を耳にしていたが、いまいち信用はしていなかった。

 また1人我先にと若い娘達が教会に顔を出す。
 其れを笑みを浮かべて迎え入れているのは、黒髪に黒の瞳を持つ男だった。
 小さな街ゆえに殆どの人がこの教会に集まってくるのだ。

 時間になるとミサを始める。
 神父は慣れた様に礼拝を進めて行った。
 其れが追われば人々は帰っていき若い娘達だけが残る。

「神父様、私の話を聞いて頂けます?」
「えぇ、構いませんよ?」

 そう答える神父に恋の悩みを打ち明ける女性達。
 神父はそれに笑みだけを浮かべて聞いている。
 女性たちの言葉は神父に向けてのアピールなのだが、神父は其れに答える事はなく只聞き入れるだけなのだ。

 そんな中、1人の男が何処からともなく神父に近付いて来た。
 男が現れた事で女性達は教会から姿を消した。

「マスタング神父・・・あんたがロイ・マスタング神父だな」
「そうですが、如何されましたか?」
「俺の話を聞いてくれるか?」
「勿論です。どうぞ、お掛けになって下さい」

 深刻な面持ちの男にロイは目の前の椅子を勧めた。
 ロイの前に座った男はそれから少しの間、口を開かなかった。
 神妙な面持ちの男は時折ロイを見て溜め息を漏らし口を開きかけるのだが言葉にならない。

「どうなさったのです?」
「マスタング神父にお願いがあるんだ」
「私にですか?」
「あぁ、人を1人預かって欲しい」
「え?」
「俺の義理の兄の息子なのだが・・・」
「訳有りですか」

 言葉を濁す男にロイは表情を引き締める。
 鋭い眼光を向けるロイに怯む事無く男は背後に視線を向けた。
 すると、草叢を分けて姿を現したのは金色の少年。

「エドワードと言う。三日で良いのでお願いしたい」
「解かりました。ですが何故、私の元へ?」
「それは、今夜になれば解かる」

 男はそれだけ言うとエドワードを置いて立ち去ってしまった。
 改めて見ればとても美しい少年だった。
 男が去った方角を見つめてまんじりともしない。

「エドワード」

 少年の名を口にした途端にピクッと反応を見せてロイの方へ振り向く。
 金の瞳がロイの姿を捉える。
 それに心が囚われるようだった。

 

 

 雑務をして礼拝をすれば直ぐに夜になる。
 その間、エドワードはずっとロイについて回っていた。

 食事を済ませるとロイはエドワードの部屋を案内する。
 こんな教会だが、ちゃんとゲストルームも存在していた。
 其処へエドワードを案内して、ロイもまた自室へ戻ろうとすると、ドアの前に突っ立ったままのエドワードに気付く。

「どうしたのかね?」
「この部屋に鍵は?」
「すまないね。殆どの部屋に鍵はついて無いんだよ」
「あんたの部屋も?」
「残念ながら・・・付いていないよ」

 ロイの言葉にエドワードの表情が曇る。
 だが、直ぐに顔を上げて言葉を発した。

「だったら、あんたが一緒に寝てくれよ」
「は?」

 ロイはエドワードの言葉に間抜けな表情を浮かべる。
 いきなりの提案に面食らったのは言うまでも無い。
 そんなロイにエドワードは首を傾げている。

「良いだろ?俺、床で寝たって良いし」
「君ね、1人で寝られない年でも無いだろう?」
「俺だって別に誰かと一緒じゃなきゃ寝られない訳じゃねーけど・・・」
「だったら1人で寝なさい」
「そう言うなら何が起こっても知らねぇからな!!」

 そう怒鳴るとエドワードは示された部屋に身を滑らせると“バンッ”と音を立ててドアを閉めてしまう。
 その行動にロイは苦笑が漏れた。
 何とも扱いにくい子供を預けられたものだ。

 勢い良く部屋に飛び込んだエドワードだったが、目の前のベットに近寄っても腰を下ろすだけで身体を横たえる事はなかった。
 何故ならエドワードは今夜しなければならない事がある。
 勿論、ロイの言葉に腹は立てたが無視する訳にはいかない理由があった。

 エドワードが窓の外を見つめると真っ赤な満月が姿を現している。
 これからもっと赤みを増すだろう月は不吉な出来事の前兆にも思えた。

「今度こそ」

 そう呟くとエドワードは脳裏に自分に良く似た年恰好で黒い長い髪を持つ者の姿を思い浮かべた。
 それこそがエドワードがこの教会に連れて来られた理由でもある。
 赤い月の光を浴びて尚、エドワードの金の瞳は煌きを増す。

 

 

 エドワードはその気配を感じる前にロイの寝室へと向かった。
 ロイの気配が色濃く感じられる部屋でエドワードは足を止める。
 ソッとドアに手を当てて中の様子を探った。

 感じられる気配からロイは熟睡をしているみたいだ。
 エドワードはそれに安堵すると音を立てる事無く扉を開く。
 無音のままロイの眠っているベットまで近付いた。
 月明かりに照らされているロイにエドワードは喉の渇きを感じる。
 こう見えてエドワードは吸血鬼である。
 その事実を知るモノはごく稀であり、また故郷に居る幼馴染みしか知らない。

 ベットに足を乗せると軋む音が響いた。
 その音にロイはゆっくりと瞼を開ける。
 其処にエドワードの姿を見て取り口元を緩めた。

「まさか、夜這いを掛けられるとは思わなかったよ」
「え?」

 ロイの言葉に反応が遅れるエドワード。
 声を上げた時には腕を取られてロイの下へと身体が移動していた。
 慌ててジタバタともがく。

「そ、そうじゃなくて!」
「私の血を求めて来たのかね?」
「な・・・んで?」
「この教会は特別でね。此処に派遣される者は人と人ざる者を見分ける力を有しているのだよ」
「だったら、何故俺達を招き入れた!」
「目的を知りたかったからだよ。此処最近、頻発しているドラキュラ騒ぎは君達なのかとね」
「そんな事か。そうであってそうで無い。俺達が関係しているモノは本当に少数の出来事だけだ。後はどっかのバカの仕業だろう」
「どっかのバカ?」
「俺達ドラキュラの全てが全てを把握している訳じゃない。それはあんた達、人だって同じ事だろう」
「確かに。では何故、君はこの教会に?」
「探している奴がいる。そいつは必ず此処に来る」
「それが今日なのかね?」
「そうだよ」

 ロイに見下ろされながらもエドワードは溜め息を吐きつつ、言葉を紡いでいった。
 そんなエドワードを拘束しつつもロイは背筋に冷たいモノを感じる。
 徐々に酷くなるそれに比例するようにエドワードの眼光が鋭く細められて行く。

「エドワード?」
「あんたも感じてんだろ?」

 エドワードの腕を掴む手が汗ばんでくる。
 それを感じ取ったエドワードは妖艶に微笑んで男の名を口に乗せた。

「ロイ、離して・・・」

 艶めいた声とお願いの言葉にロイはサッと腕を解く。
 その瞬間にガラスが割れた。
 其処に見えるのは真っ黒な闇色の髪に金色に光る瞳。
 口元には人ではありえない鋭い牙が覗いていた。

 素早くロイの下から移動したエドワードだが、一瞬ロイに気を取られ鋭い痛みを受ける。
 侵入者は次にロイを狙う。
 牙を剥いてロイに飛び掛った時、エドワードは侵入者の身体に自身の鋭い爪を突き立てる。

 その口から上がる咆哮。
 侵入者は苦しみながらもエドワードの喉元を切りつける。
 避けた拍子に首筋辺りに痛みが走り、滑る血の感触を感じた。

「エドワード!」

 エドワードの服が血に染まって行く様子を見てロイは叫ぶ。
 それに気付いて侵入者は再度ロイに向いた。

「全く、着任早々煩わしい」

 ロイはエドワードから侵入者に視線を向けて溜め息を吐く。
 その変化にエドワードは霞む視界を脳裏に焼き付けならが疑問に思った。
 だが、疑問に思ったのも束の間次の瞬間、大きく瞳を見開く。
 ロイに襲い掛かった侵入者は真っ赤な炎に包まれたかと思うと跡形も無く姿を消した。

「どう言う事だ・・・?」

 エドワードはその現状が把握出来ない。
 いくら人ざる者を見分ける力があったとしても、普通の人間に一瞬で吸血鬼を退治する力は無い筈。
 だが、目の前の男はそれをやってのけた。

 朦朧とする意識の中、ロイが近付いてくる。
 エドワードの身体を抱き寄せるとソッと耳元で囁く。

「私と共にあると言うのなら血を上げよう」
「え・・・?」
「どうする?このまま永遠の眠りに就くかね?」

 ロイの言葉を理解する事は難しかったが、間近にあるロイの体温と体臭にエドワードは、無意識に手を伸ばして顔を近付けて行く。
 シャツを緩められた首筋に迷う事無くエドワードは唇をつけていた。
 ゆっくりとその皮膚に牙を進めて血を啜る。
 その度にエドワードの傷口は塞がっていった。

 その様子をロイは眼を細めて笑っていた。
 そう、この後に支配されるのはロイではなくエドワードなのだから・・・

 

 

 朝、目が覚めると其処は最初にエドワードが与えられた寝室だった。
 その隣りには何故か温もりがある。
 ごろりと寝返りを打ってその温もりの正体を探るように手を這わせた。

「朝から何をするつもりだね?」

 クスクスと言う笑い声と共に降りてきた声にエドワードは顔を上げた。
 其処には昨夜、忍び込んだ部屋の主が居る。
 この部屋はエドワードが与えられた場所で、其処にロイがいる事がエドワードの頭を混乱させた。
 言葉にならずにパクパクと魚のようにただ口を開閉させる。
 そんなエドワードを楽しげな瞳で眺めていた。

「なっ・・・何であんたが此処に!?」
「昨夜は君が夜這いを掛けてきてくれたのでそれに答えたまでだが?」
「なっ!?」

 楽しそうにそうのたまうロイにエドワードはバッと上掛けを捲る。
 ロイはきっちりズボンもシャツも着ているが、エドワードはパンツ一丁だった。
 これはどう取ればいいのだろうと青ざめるエドワード。
 別に夜這いを掛けた覚えは無いが、ロイの部屋に行ったのは確かな事だ。

「確か昨夜はアイツを退治する気であんたの部屋に行ったけど・・・」

 しどろもどろに良い訳をするエドワードにロイは思わず噴出した。
 その瞬間、エドワードのきつい眼差しが飛ぶ。

「何がそんなに可笑しいんだ!」
「君が其処まで狼狽えるとは思わなかったからね」
「だってさ・・・」
「そうだな。別に私が君に何かをした事は無い。ただ、君を縛らせて貰ったけどね」
「縛ら・・・!?」
「あぁ、言葉通りの意味では無いよ。君が私から離れられなくなっただけだ」
「へッ?」

 エドワードの手を取って甲にキスを落とす。
 ロイの仕草に真っ赤に顔を染めるエドワード。

「てめぇ・・・何考えてんだよ!」
「君が可愛くてね。つい」
「ついじゃねぇ!それより縛るって!!」
「あぁ、私の血を飲んだだろう?」
「それが何だって言うんだよ」
「私の血は飲んだ者を束縛するのだよ。君はもう私以外の者から血を啜る事は出来ないと言う事だ」
「それじゃ・・・」
「だから、私の傍から離れられないと言ったのだよ。まぁ、これから仲良くやろうじゃないか」
「え?いや・・・」
「私は君が好きだよ」

 そう言ってエドワードの頬にキスを落とす。
 いきなりの事にエドワードは顔を真っ赤にして狼狽えた。

 朝の光に金の髪が反射する。
 それに指を絡めてロイは微笑んだ。
 こんな朝は初めてだろうか。

「君も私を好きになりたまえ」
「んなっ///!?」
「生涯私と共にあるのだから」

 嬉しそうにエドワードを抱き締めるロイ。
 真っ赤になったエドワードは反論する言葉も無く大人しく腕の中に収まってしまった。

「これからが楽しくなりそうだよ」
「俺は苦労しそうだ・・・」

 ボソッと漏らした言葉はロイの耳には届かなかった。
 
それを幸と取るのか不幸と取るかは本人次第。
 エドワードはこれからを思って重い溜め息をつくのだった・・

 

オマケへ行く

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柏木志也様のサイト「Blue lagoon」で64000HITのキリ番getしていただいてきましたー!! 

志也様本当にありがとうございますvvv

リクエストは「吸血鬼エドにちょっかいだす神父ロイ」でしたv

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