次の日、俺はアルを宿に残して調べて貰ったパーティ会場へ足を向けた。
 大きな屋敷の前には様々な男女の姿。
 美しく着飾った人間が屋敷の中へと姿を消して行く。

「何だ、同伴者が必要なわけじゃねーんじゃん」

 女性同士や男が1人で入って行く者もいる。
 物陰に隠れて窺っていると大佐達が現れた。
 あの女をエスコートして笑みを浮かべている。
 俺は意地の悪い笑みしか向けられた事が無いのに、簡単に向けて貰える人達が羨ましい。

 大佐の姿が屋敷の中に消えると俺も忍び込む算段をつける。
 本日この屋敷にはとても多くの軍人が居る。
 いくら俺でも騒ぎを起こさずに侵入するのは無理だ。
 それに大佐にバレたらそれこそ目も当てられない。

 そんな事を考えていた俺の肩を叩く奴が居た。
 青い軍服を纏った男の肩章は将軍位。
 俺はこんな軍人にあった事は無い。
 勿論、将軍職に就く者になど殆ど会った事は無いが。
 訝しげに見上げる俺に厭らしい笑みを浮かべた将軍は口を開いた。

「確か鋼の錬金術師だったな。こんな所で何をしているのかね?」
「いえ、不穏当な噂を耳にしたものですから」
「そうか、ならば一緒に来るが良い。あの男1人では娘を守らせるので手一杯だろうからね」

 暗に何を言っているのか想像はつく。
 この屋敷で何かが起こるのは確実なのだろう。
 要するに事件の根源を俺に解決させると言うのだ。

「犬は犬らしく上官に尻尾を振りたまえ」

 口元にくっきりと笑みを浮かべた将軍に俺は無表情で返した。
 そうだ、俺は唯一つの事を成し遂げる為に“軍の狗”になる事を選んだ。
 それが俺が選んだ道で他の事に気を取られている場合ではない。

 将軍の後について屋敷に入る。
 だが、俺は入口の廊下で立ち止まってホールには入らない。
 入ってしまったら大佐に見つかる可能性は高いから。
 壁1枚隔てた空間の違いが咎人と人とを大きく隔てている気がする。
 それでも何が起こるか分からないから俺はソッとホールを窺っていた。
 通り過ぎる人達の訝しげな視線が煩わしい。
 いつもの赤いコートを纏っている子供の不自然さに意識を向けてしまうのだろう。
 その中で俺と匹敵するくらい不自然さを醸し出している奴がいた。

 格好は別段変わった事の無いスーツなのだが、キョロキョロと辺りを見回し俺と眼を合わせた途端に逸らしたのだ。
 これで怪しくない訳が無い。
 それにポケット付近に手を当てて撫でている所も怪しさ倍増だ。
 警戒しながら会場へ入って行く男を目で追う。

 見失う訳にも行かず覚悟を決めて人込みに紛れた。
 チラリと見回せば俺を引き入れた将軍の姿もあの女の姿もある。
 勿論、傍らには大佐の姿もある。

 談笑している相手が本日の主催者だろう。
 先程から皆が真っ先に挨拶に向かっている。
 視線を不審な男に戻すと将軍達に向かって足を進めていた。
 この人がごった返すホールで錬金術を使う事も出来ず、俺もまた将軍の傍に寄る。
 間近まで男が迫った時、其処に光を受けて反射するモノを見た。
 ナイフはあの女に向かっている。

「危ない!!」

 大佐にバレる事も厭わずに俺は声を上げた。
 俺の声に気付いて将軍は娘を大佐に押し付ける。
 サッと手を上げると数人の男達が現れた。
 軍服でなくきっちりスーツを纏っている事から客の中に紛れていたのだろう。

「何故、鋼のが此処に!?」

 取り押さえられた男は口元に笑みを引くと拳銃を取り出して引き金を弾いた。
 慌てて大佐とあの女の下へ飛びつく。
 続いて脇腹に激痛が走る。

 燃える様な高熱とジクジクと溢れ出す生温い感触に気持ち悪い。
 詰まった肺は上手く呼吸をしてくれず、息苦しさで脳裏がぼやけてくる。
 それなのにあの親娘の声だけはやけにはっきり聞こえて来た。

「きゃ、ドレスが汚れてしまったわ!私、着替えに行って参ります」
「そうだな、マスタング君。娘を頼むよ」
「いえ、それより」
「鋼の錬金術師さんは任務の最中なのでしょう?マスタング大佐は今、プライベートでしょう?」

 煩い。
 俺の傍に音を立てるなよ。
 アル・・・
 俺は直ぐに帰るって約束したんだ。
 大佐は無事だった。
 だから、俺は・・・

「君の優秀な飼い狗が手柄を立てたんだ。喜んでやりたまえ」

 飼い犬になったつもりは無いんだけどな。
 意識が朦朧としてくる。
 身体が強張っていく。
 それと共に俺の中でサラサラと崩れて行く。
 覆い隠した筈の傷痕が晒される。

「将軍は今夜起こるであろう事を承知していたのですか?」
「あぁ、していたよ。だから、君に娘を任せたのだ」
「では何故、鋼の錬金術師はこの場にいるのです」
「その子は私の話を聞いたからでしょう。盗み聞きなんてはしたないけど、役に立ってくれたから許してあげて」

 バレていたとは思わなかった。
 でも、都合良くあんな場所で足を止める奴なんて居ない。
 誰にとって役に立ったかなんて考えたくは無かった。
 いや、もう考える思考は無い。

「大将!」
「ハボック!?」

 俺の身体が宙に浮く。
 出来れば余り動かして欲しくない。
 でも、このままアルの元に帰れるなら良いか。

「私達はこれで失礼させて頂きます」
「マスタング大佐!」
「君は娘のパートナーだろう!?」
「それ以前に私は鋼のの上官ですから部下を放っておく訳にはいきません。ハボック、此方に渡せ」

 もうダメだった。
 意識がフェードアウトして行く。

 

 

「・・・・・の、はが・・・、鋼の!」

 まどろみの中に声が聞こえた。
 大佐が俺を呼ぶ声。
 その声が何処か悲痛な色身を帯びているようだ。
 何故そう思ったのだろう。

「大佐・・・」
「ハボックか、どうなった」
「犯人はそのままセントラルへ護送されました。将軍の部下が事件を解決したとの報告を受けました。大将の事は・・・」
「そうか」
「大将はこの事態をうすうす感づいていました。俺に大佐を護衛するように頼んできたんすよ。余りにも必死だったんで少しからかったら真っ赤な顔をしたんすよ」
「ハボック?」
「大佐を好きなんだろうと聞いたんすよ」

 何を話しているんだろう。
 ちゃんと声は届いているのに脳までは伝達されない。
 ただ、声が男のものだと言う事だけ認識出来た。

「私が愛しているのは鋼のだけだよ」
「へ・・・?」
「今回も元々あの将軍は鋼のを此方に呼び戻せと言っていたから、あのパーティで何かあるんだろうと思ったよ。だから私が出れば鋼のを遠ざけられると思っていた」
「大佐?」
「結局、鋼のが止めるのも聴かずにこんな大怪我をさせてしまったが・・・」

 額に何かが当たっている。
 それはゆっくりと頬へとなぞって行った。
 俺は誘われるようにゆっくりと瞳を開いていく。

「鋼の?」
「・・・・・ぁ?」
「気分はどうかね?」

 始めてみた大佐の優しい笑み。
 俺になんて向けられる事はないと思っていたのに。
 もしかしたらまだ夢の中で俺はまた違う城を築いているのではないだろうか。
 心が暖かくて俺の意思に関係無く涙が溢れた。

「何処か痛いのかね?あぁ、まさか傷が開いたのか!?ハボック!医者だ、医者!!」

 慌てふためく大佐を見れるなんて本当に夢なのかもしれない。
 それなのに視界が曇ってその姿すら見えなくなっていく。
 それが何故か悔しかった。

「すまなかったね。本当なら鋼のの言う通り女性の誘いなど断りたかったのだよ。だが、鋼のの名を出されたら断れなくてね」
「大佐・・・怪我、ねぇ?」
「無いよ。怪我は鋼のの方ではないかね。早く治してくれ」
「こんなの・・・ぃっ!」

 身体を起こそうとして痛みに呻き声が出た。
 思ったより重症そうだ。
 他人事のように思いながらも痛みを沈める。
 そんな俺に大佐は苦笑を浮かべて上掛けを直してくれた。

「大佐って俺にもそんな顔で笑ってくれるんだ」
「鋼の?」
「女の人には笑顔なのに俺には意地悪い笑みでさ」
「それは・・・私が鋼のを好きだと気付かれたくなかったからね」
「え?」
「鋼のが国家試験を受けに私の前に現れた時から好きだよ」
「大佐・・・」
「いつでも鋼のを心配しているし想っているよ」

 俺の中でさまざまな物が音を立てて崩れて行く。
 勿論、築き上げた城壁など風化してしまった様に消え失せて更地へと変貌を遂げる。
 後には男の姿しか無い。
 愛しいと感じてしまった男の姿しか。

「俺も、す・・・好きだから」

 想いが傷痕も罪も覆っていく。
 今、俺の心を覆うモノは脆く儚い砂の城ではなく陽だまりみたいな暖かい家だった。
 俺の言葉に本当に嬉しそうな笑みを浮かべた大佐。
 それに満足して俺はソッと瞳を閉じた。

 次に感じたのは唇への暖かな感触。
 重ねられた唇に再び俺は涙を流していた。

 城を壊した意味・・・其処には足りない物が多過ぎたと気付いたからだ。
 想うという無くてはならない大切な物が・・・

end

HP開設おめでとうございます!
とても喜ばしく思っていますv

お祝いの品がしょぼくなってしまいまして申し訳ありません。
切ない感じを目指したのですが失敗気味・・・
両想いなのに片想いと言うのが上手く書けませんでした。
エドの一人称にしたのが原因かと思われます・・・
おめでたいのにこんなお祝いで本当にごめんなさい!

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柏木志也様 素敵なお祝いをありがとうございましたv 志也さまのサイトでキリ番GETしたのがご縁でこんな素敵なお話を頂く事が出来ました! リク通りの切ないお話ありがとうございます! 柏木 志也さまの素敵サイトはこちら→ Blue lagoon

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