積み上げたものはとても重い罪。

 覆い隠したのは塞がらない痕。

 ただ1人、己の身内だけを受け入れて。

 心に誰も立ち入らせない城を築き上げていた・・・

 

+ 砂の城 +

 

 何ヶ月振りかに東方司令部の御膝元であるイーストシティに立ち寄った。
 ここにはあ の男が居る。
 俺の上司であるロイ・マスタング。

 トランクはアルフォンスに預けて俺1人、司令部へと足を向ける。
 だが、その足取りはとても重く、ともすれば反対方向へ向いて逃げ出したい程だ。
 いつからか俺は大佐に逢う事が怖くなった。
 築き上げてきたモノが根底から崩れてしまいそうで。

「誰か別の人に預けられたらな・・・」

 思わず漏れる溜め息交じりの声。
 静まり返った廊下で俺の声を聞く奴はいないのが好都合かもしれない。

『絶対に私の所へ持って来なさい。誰かに預けるなど以ての外だ』

 いつだったか大佐の不在の折りハボック少尉に預けた俺に、わざわざ俺達の滞在する宿を探してまで訪ねて来て言った台詞だ。
 そりゃ、報告書なんだから気軽に他人に預けるものじゃないんだろうけど、ハボック少尉は大佐の直属の部下だ。
 だから俺は大丈夫だと思ったのに。

 司令部の廊下を進む。
 顔見知りの軍人は俺に声を掛けてくる。
 それに律儀に返していても心は躍っていた。
 もうすぐ大佐達の執務室だ。

“コンコン”

 ノックと共に扉を開いた俺に向けられた視線。
 普段であれば笑みを浮かべて受け入れられる場所が緊張に包まれていた。
 ドアの前で固まって室内を見回す。
 大佐専用の執務室の前には見慣れぬ軍人の姿もある。

 意を決して俺はブレダ少尉の傍に寄った。
 じろりと見つめてくる軍人達の不躾な視線を俺は反対に睨み返す。
 すると直ぐにブレダ少尉に尻を抓られた。

「痛ッ!」
「しー、少し大人しくしてろ!」

 小声で怒るブレダ少尉に俺は眼を丸くする。
 だが、漸く俺も何となくだがこの緊張した空気の意味に気が付く。
 耳を澄ますと隣りから僅かだが声が聞こえた。
 要するに大佐以外の人間が隣室にいると言う事だ。
 そしてこの些か癇に障る護衛の態度で大佐の相手は地位が上の者なのだと分かった。
 まもなく声が止んだ。

 隣室から出てきたのは俺の予想を外れていた。
 将軍だと思っていた人物は女性だったのだ。
 だが、この物々しい警護の様子を見ると何処かの令嬢だろう。

 はっきり言えば綺麗な人だった。
 ブロンドの髪に碧色の瞳が印象的な美人だ。
 大佐がいつもデートをする女性達に劣らずの容貌。
 きつめの目許もその美貌を強調させる一つの要素だろう。
 だが、俺には苦手な部類の人間だ。

「それではロイさん。明日を楽しみにしてますわ」

 艶やかな笑みを浮かべて部屋の向こうに声を掛けている。

“羨ましい・・・”

 一瞬浮かんだ単語に俺は呆然とした。
 何故、あの女性が羨ましいのだろう。
 理由は分かっているが俺はそれを認めたくは無い。
 認めてしまったら崩れてしまう。

 女性は1度も此方を振り向く事無く執務室から出て行った。
 勿論、隣室に続く扉の前に立ち塞がっていた軍人もこの場を立ち去っている。

「ほら、大佐に用があるんだろ?」

 ブレダ少尉に背を押されて俺は隣室に足を踏み入れた。
 目の前には大佐と中尉とハボック少尉がいる。
 俺の姿を見て息を飲むのが分かった。

「報告書かね?」
「そうだけど・・・何?今の仰々しいご一行様は」
「中央の将軍の令嬢だよ。パーティの同伴を頼まれてね」
「ふーん、依りによってあんたに頼まなくってもまともな人間は沢山いるだろうに」

 憮然とした俺の態度に大佐は苦笑を浮かべている。
 俺の言い方はおおよそ上司と部下の関係とは掛け離れているだろう。
 だが、大佐に敬語は使いたくない。
 余計に距離が隔てられそうで。

 そう考えて自己嫌悪に陥る。
 俺はいつからそんな考えを持つようになったのだろう。
 俺はそんな事を考えてはいけない筈だ。

「鋼の?」

 黙り込んでしまった俺に大佐の声がかかる。
 慌てて笑みを作って慇懃無礼に報告書を投げ渡す。

「鋼ののこういった態度は安心するよ」
「え?」

 苦笑交じりに呟いた大佐の言葉に俺は驚きの声を上げる。
 だが、それに返答は無かった。
 それ以上追求するわけには行かない。
 追求すると取り返しのつかない事態になりそうだから。

 俺が無げ渡した報告書を捲って確認している大佐の様子をジッと眺めていた。
 流れるような前髪に視線を奪われる。
 ざわめく心からソッと意識を逸らした。

 報告書は特に質問も無く済んだ。
 いつもと変らない遣り取りをして俺は早々に大佐の執務室を出る。
 ふと通りがかった部屋の前で俺は思わず足を止めた。
 聞こえて来た会話の中に大佐の名を聞いたからだ。

 視線を向ければ其処は通信室。
 部屋の前には誰も居ない。
 廊下に誰の姿も無い事で俺はソッと聞き耳を立てていた。
 聞こえるのは先程聞いた女性の声。

『マスタング大佐はお引き受け下さいましたわ。お父様は明日此方に来られるのでしょう?』

 会話の内容からさっき大佐に言っていた内容だと気付く。
 だから、直ぐにその場を離れようとした。
 次の言葉さえなければ・・・

『本当にパーティにあの男が?勿論、私は心配などしては居ませんし、その為にマスタングさんに申し出たのですから』

 いよいよ俺の頭は混乱した。
 この親子は何をしようとしているのか。
 いけないと知りつつも俺は耳を欹てた。

『それに上手くいけばマスタングさんの恋人にだって・・・』

 その言葉に俺はショックを受けた。
 簡単に恋人の座を狙える女性が羨ましくて妬ましい。
 そう考えた自分の浅ましさに愕然となり、その場に縫い止められたように重い足が俺の心を現しているようだった。

 いつまでそうしていたのか解からないが、ドアが開いた事で我に返る。
 目の前には女性が立っていた。

「あら、確か貴方は鋼の錬金術師君よね?」
「あ・・・はい」
「こんなに可愛い方だったのね。史上最年少ですって?凄いのね」

 先程は見向きもしなかったのにいい気なもんだ。
 こんな事ならさっさとこの場を後にするんだった。
 後悔の念を抱きながら俺は女性と対峙する。

「それで今の話を聞いていたのかしら?」
「いえ、聞いていませんが?どうかしたのですか?」
「そう、聞いていないなら結構よ」

 見下すように向けられた視線に“カチン”と来た。
 しかもその女の後をついて行く軍人達の態度にも頭に来た。
 俺が何したって言うんだ。
 そりゃ、嘘は吐いたけど見破られたとは思わない。
 俺にしては愛想の良い笑みを浮かべたんだから。
 こうなったら先程の事を大佐に言ってやる。

 俺は元来た道を引き返す。
 勿論、大佐に逢う為に。
 引き返して行った俺を訝しげに見つめてくる視線も気にしない。
 “バンッ”と音を立てて執務室に入って大佐の前に立った。
 驚きの表情の大佐の前に立って俺は冷静になっていく。

 一体何をどう説明して良いのか分からない。
 まさか盗み聞きをしてしまったとも言えないし、だからと言ってこのまま何も言わないと言うのも嫌だ。
 何故かあの物言いに胸がざわついたのだ。
 パーティで何かが起こるような言葉に。
 俺は全てを隠して大佐を引き止める事にした。

「大佐、さっきの女性と明日パーティに行くんだよな?それ止める事って出来ないのか?代わりに誰か別の人が行くとか」
「突然現れたかと思えば何を言い出すのかね?」
「何か嫌な予感がするんだ」
「例え鋼のが嫌な予感がするからと何故私と関連付けるのかね?」
「それは・・・」
「それに令嬢との約束をそう簡単に反故には出来ないのだよ。それ位、鋼のにも分かるだろう?」
「でも!」

 尚も言い募ろうとした俺を大佐の鋭い視線が射る。
 大佐の言いたい事は分かるが例え怒られようと疎まれようと危険に巻き込まれるよりは良い。
 だが、大佐に睨まれたら口を閉ざすしかなくて。
 俯くと唇を噛み締めていた。

「宿にはアルフォンス君が待っているのだろう?用が無ければ早く帰ってあげたまえ」

 “はぁ”と言う溜め息の後に出てきた言葉に俺は肩を落として部屋を出た。
 執務室を出た所でハボック少尉と会ったから俺は腕を掴んで引っ張る。
 それでもハボックは足を止めただけで俺に引っ張られてはくれない。

「どうしたんだ?大将」
「ちょっと来て」
「ん?」

 ジッと瞳を見つめてそう言葉にすれば苦笑と共についてきてくれる。
 物陰に隠れて俺は口を開いた。

「明日、大佐のパーティにハボック少尉もついてって」
「大将!?」
「なぁ、お願いだから!」
「そう言ってもプライベートだろ?上官のプライベートまで・・・」
「そ・・・だよな。ごめん、無茶言って」
「いや、大将がそんな事言うんだから何か事情があるんだろ?」
「・・・・・聞いちゃったんだ。あの女性の電話。“あの男”とか“だから大佐を”とか・・・」

 いまいち要領の得ない俺の答えにハボック少尉は苦笑を浮かべて俺の頭を撫でた。
 いつもなら嫌な行為。
 でも、今はそれが心地良い。

「大将は大佐が好きなんだな」
「えっ/////!?」

 ハボック少尉の言葉にボンッと顔が真っ赤になったのが自分でも分かる。
 って、この反応はヤバイ!
 そう思ってもニヤニヤ笑いのハボック少尉の表情を見れば俺の態度はバレバレなのだと思った。
 一体いつの間に崩れてしまったのだろう。

 醜いキズを隠して全てを飲み込んで誰にも感情を寄せないと決めたのに。
 それなのに攫われるようにその外皮が剥がれている。
 笑顔と小生意気な子供を装って恋だなんて自覚しない振りをしてたのに。
 こうして表情に表れてしまった。

「分かったよ。気付かれずに出来る範囲で護衛をすれば良いんだろ?」
「ありがとう!少尉!!」
「大将も無茶はするなよ?大佐は誰よりも大将の事を想ってるんだからな」

 そんなハボック少尉の言葉に俺は知らず知らずに笑みを見せていたらしい。
 ハボック少尉が眼を丸くして此方を見ている。
 慌てて表情を直すと仏頂面を作ってハボック少尉の前から逃げ出した。

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