跋章:Yesterday once more. 2004年9月5日(日)

夜明け カーテンを明けると、ドナウタワーが夜明けの街角に浮かんでいた。
今日、9:50の飛行機でウィーンからチューリッヒへ、そして日本へ戻る。
H1、H2氏に別れを告げ、一人だけ、先にユースを出ようとしたものの
カウンターのお兄ちゃんに言葉が通じず、急遽H2氏を叩き起こして、解説してもらうハメに・・・すまぬ。

ハンデルスカイ駅からSバーンに乗って20分。ウィーン空港駅に着いた。
そこは、既にウィーンの空気ではなかった。
どこにでもある、欧州の空港の景色である。

帰りの飛行機は1時間30分ほどで無事チューリッヒへ到着。
ターミナルビルも同じだったので、行きのようなトラブルもなく、
約1時間30分のトランジットの後、無事、成田行きのA320に乗り込んだ。

機内は、半分以上が日本人。もう、空気は日本である。
そして配られた朝日新聞電信版の記事で、ロシアの北オセチアで学校が占領されたことを知った。
今、この飛行機の真下で、悲惨な事件が起きている・・・。急に全てが現実に引き戻された様に感じる。



欧州の路面電車をほんの少しだけ垣間見た今回の旅。
しかし、それは常識を疑うキッカケを与えてくれた。

たとえば、私達は、路面電車と鉄道という概念を、単純に併用軌道と専用軌道という部分で分けがちである。
あるいは、走っている電車の形で、筑豊電鉄を路面電車に分類してみたりもする。
しかし、ドイツの電車は専用軌道だろうと併用軌道だろうと、ホームが低いため、
車輌の形で分類することはない。また専用軌道だから鉄道ということでもない。

そうではなくて、もっと機能的な面から、「電車」と「鉄道」を分類している。
電車は、市内とその郊外の旅客輸送を目的に、比較的短編成の電車で運ぶもの。
鉄道は、もっと重厚な軌条の上を、長距離・長編成の列車が高速で走りぬけるものである。

だから、日本の路面電車に限らず、地方電鉄の多くは、こちらでは同じ「電車」になるだろう。
カールスルーエのDB直通トラムを、福井鉄道や広電宮島線に例えるのは間違いで、誤解を招き易い。
(そもそも福井鉄道のような路線は多数存在する)。
北陸本線あたりに乗り入れて、はじめてカールスルーエのダイナミズムが理解されるのではないだろうか?

一方で、カールスルーエの直通用車輌は、ステップがついている以外は日本の私鉄中型車なみの大きさがある。
編成の長さも72m。
グリーンムーバやMOMOが山陽本線に乗り入れている姿を想像されると、これまたおかしくなってしまうのである。

次に、広い道路があるから路面電車が残れた・・というのが日本の常識である。
しかし、今回旅した街は、その限りではない。
路面電車の走る道は日本なみに狭いところが多かったが、交通量は総じて少ない。
これは、並行して作られた幹線道路と役割を分担しているからだろう。
その上で、幹線道路に敷設する場合はセンターリザベーションになっていることが多い。
広島や熊本中心地のような光景は、実はあまり存在していないのである。

それでも、クルマの往来をシャットアウトしてスムーズに走れるように
殆どを専用軌道化したのが、シュタットバーンであり、本来のLRTである。
だから、日本のLRTは、広島電鉄でも京阪京津線でもない。
静岡鉄道静清線であり遠州鉄道西鹿島線であり、そして東急池上線であるはずだ。

また、街の賑わいについても、いろいろ思うことがあるだろう。
その華やかさに驚くと同時に、日本と雰囲気も構造的にもまるで違うことを思わずにいられない。

つまり、日本人の概念と常識、そして欧州に抱く憧れは、
ドイツの概念と常識、そしてその実態と全く合致していないのである。
翻訳をもとに、うわべだけの共通項を探しても、なんの意味もない。
一旦、全ての概念をリセットしない限り、ドイツの街に路面電車が走る真意は掴めない。

私は、日本の路面電車復活の動きを歓迎しつつも、なにか強烈な違和感を持って見ていた。
それが何故なのか、少しだけだが理解できたように思う。


翼 長い夜のシベリアを抜けると、いつのまにか日本海の朝だった。
もう成田は目の前である。
ふと、ヘッドホーンから流れてきたのは、カーペンターズのYesterday once moreだった。

あのドイツの街や電車のように、
日本でも地方都市の中心地と、それに関わる交通機関が蘇る日を思ってみた。
それを信じたい気持ちと、前よりも更なる壁の高さを感じつつ・・・・。


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