中途半端に治っていた傷の謎については、こんなことになった原因を究明すれば自ずと解決するようにも思えた。
だからそれは一旦放置し・・・といってもこうなった原因を掴める気配すらないのだが。
とりあえず俺達は、揃って学校≠ニいうところに行くことになった。


「・・・ユーリの席は窓際の前から4番目だよ」
「んで・・・俺は何してりゃいいわけ?」
「とりあえず真面目に席に座っててくれ」


周囲に怪しまれないように、並び立ちながらぼそりぼそりと言葉を交わす。
教室≠ニ呼ばれる部屋に入り言われた席に腰を下ろすと、俺は誰とも顔を合わせないように気をつけながら窓の外へと視線を向けた。
先程教室に入った時にざっと辺りを見回して確認したが、そこに見知った顔はほぼいなかった。
唯一いたのが・・・

(俺の腹を刺したあいつとはね・・・こっちでも嫌われてるようだったが、こっちの俺は何したんだか・・・)

まさか脱獄やら姫誘拐ではあるまい。
フレンと並び立って教室に入ると、ソディアはフレンに挨拶をすると共に横にいた俺を盛大に睨みつけた。
こちらの世界ではフレンも騎士ではないというのに、今度は一体フレンの何を信奉しているのか―――
窓の外をぼんやりと眺めながら先程の出来事を思い出して溜め息を吐くと、その瞬間ドン、と背中に強い衝撃を受けて上半身が思わず前につんのめった。


「よぉ、ユーリ!おはようさん!さっきから何見てたんだよ、可愛い子でもいたのか?」
「ってぇ・・・いきなり何す・・・ってお前、アシェット!?」
「は?・・・な、なんだよ、いきなり大声上げて・・・俺なんかしたっけ?」


不思議そうに目を瞬かせる旧友の姿に、はっと我に返って「なんでもない」と慌てて誤魔化す。
ちらりと教室内に視線を向ければ、先程の大声に気付いたのかフレンが心配そうにこちらを伺っていたので、
軽く首を振って大丈夫だと伝えると、その視線を辿ったアシェットが、俺とフレンの顔を交互に見回して呆れたように呟いた。


「何やってんの?お前ら」
「・・・放っとけ」


こうして、俺にとっては物凄く面倒で厄介な一日が静かに幕を開けた。







午前中は特に授業で指されることも無く、拍子抜けする程つつがなく過ぎていった。
そして昼休み、人目を避けるために屋上へ向かおうとした俺達の前に現れたのは、
俺からしても酷く見慣れた、桃色の髪の少女とその親友だった。


「ユーリ!フレン!二人ともこれからお昼です?」
「っ・・・エステリーゼ様・・・それにリタも」


今朝のアシェットの件と、テッドとハンクスじいさんの話からある程度予測はついていたが、
こうも見事に知っている人間と瓜二つな人物が現れると、やはりおかしな夢でも見ているような気分になってくる。
例えば揃いも揃って俺を騙そうとしているんだとか、これも全てヨームゲンの幻なのだとか・・・何もわからないよりは幾分マシな答えだ。
実はこのエステルやリタも俺と同じ世界のエステルとリタで、理由はわからないが俺のように周囲に気付かれないように自然に振舞っているとか―――

(・・・って、んなわけあるかよ。第一それじゃ俺の状況は何も変わんねぇだろうが)

有り得ないとわかっていながら飛躍した想像をしてしまうあたり、自分も案外この状況に参っているのかもしれない。
思わず出そうになった溜め息をかろうじて押しとどめ、目の前でごく自然に会話を続ける二人を見やる。
二人は非常に仲睦まじく・・・と茶化したら怒られるんだろうが、それでもどこか気を許しあった態度で言葉を重ねていた。
それはリタも感じているのか、苦笑を浮かべながらも特に口を挟まず二人を見守っている。


「だから、わたしのことはエステルって呼んで下さいって何度も・・・それから敬語、抜けてませんっ」
「っ!も、申し訳ありません・・・!」
「フレン!もう・・・」
「・・・へぇ」

(こっちの世界のエステルはフレンを尻に敷いてる、っと・・・)

少しだけ違うらしい人間模様に思わずにやにやと笑みを浮かべていると、それに気付いたフレンがむっとした表情で俺のわき腹を小突いてきた。
ぼろは出すなよという合図なのか、俺の笑みに対する文句か。
それにしてもエステルを親しげにあだ名呼びするフレンなんて想像も出来ない。

(あいつ無駄にお堅いからな・・・呼んでやりゃいいのに)

フレンには自分の世界にもエステル達と同じ容貌の人物がいることはまだ伝えていなかった。説明するより前に夜が明けてしまったからだ。
俺はどうにかそのことをフレンに伝えようと口を開いたが、エステル達の手前うまい言葉が見つからず結局は何も言わず口を閉じた。
エステルだけなら何とかもなるだろうが、このどこぞの天才魔導師サマと同じ顔の彼女まで誤魔化せる気はあまりしない。
第一こちらのユーリがエステル達をどう呼んでいるかもわからないのに、迂闊なことを口走ってフレンに睨まれるのはご免だ。


「ところで、エステリーゼ様達は何故こちらに・・・ここは3年生の棟ですが・・・」
「はぁ?あんた何言ってんのよ、いっつも来てるじゃない」
「ええ・・・わたし、二人をお昼に誘いに・・・あの、今日は物理準備室で食べないんです?」
「あっ・・・そう、でしたね。あの、今日は・・・天気もいいので屋上で食べようと、していて・・・」
「屋上で?・・・フレン・・・レイヴンと喧嘩でもしたんですか?それともまだ・・・?」


心配げに眉尻を下げるエステルを目の前に、フレンが困ったような表情のままこちらに視線を送る。
助けを求められても、と思わず苦笑を浮かべると、フレンは気付いたのか「あ」と口を開けてからおろおろと視線を彷徨わせた。
残念ながら俺は彼女達の知り合いのユーリではないのでこの場では何のフォローも出来ない。そのことをフレンは完全に失念していたらしい。
だが同時に、俺は別の事にも気を取られていた。

(レイヴンって言ったよな・・・まさか、おっさんか・・・?つかなんで屋上で食べると喧嘩したことになるんだ?)

口ぶりから察するに物理準備室という場所にレイヴンは住んでいるのだろうか。
いつもはそこで食事を共にしていたが、今回急に場所を変えたのでエステルが不審がった・・・と思えば辻褄も合わないことはないかもしれないが、
場所を変えたからといって即座に喧嘩に結びつける思考はどこか違和感が残る。

(フレンがおっさん相手に喧嘩?・・・少なくとも俺の世界では有り得ねぇな)

考えられるとしたら、フレンとおっさんの間には喧嘩をする理由がある・・・ということ。
・・・・・・エステルの風呂でも覗いたんだろうか。
いや、・・・そんなことをしようものなら恐らくおっさんは今この世に存在してはいまい。


「フレン、キレると案外怖いしな・・・」
「は?」
「あ、悪ぃ。・・・独り言」
「今日のあんた、いつにも増してワケわかんないわね・・・」
「気のせいだろ」


うっかり心の声を口に出してしまい内心で慌てたが、そんな空気は微塵も見せずに真顔で取り繕う。
だがリタは案の定というかなんというか、探るように目を細めて俺の顔を覗き込んだ。
それに対し「なんだよ」と苦笑して見せると、リタはしばらく俺の顔を見つめた後「まぁいいわ」と言って片手を面倒くさそうに振った。


「で、結局どうすんの?お昼終わっちゃうわよ」
「・・・そう、だね」
「いいんじゃねぇの?あーっと、・・・物理準備室?で食えば」
「でもユーリ、・・・それだと君が」
「つってもな・・・エステル、」


泣きそうだぜ?と言いながらエステルに視線を向けると、その視線を追ったフレンの目が驚愕に見開かれた。
エステルは、涙こそ流してはいないが悲しそうに眉尻を下げて瞳を潤ませている。
こんなエステルに対し冷たく当たれる奴がいるなら見てみたいものだ。


「フレンは・・・レイヴンのこと、まだ許してないんです・・・?」
「っ・・・許すも何も、あの人からは何の弁解も受けていないんですよ?理由もわからないのでは・・・」

(フレン・・・?)

フレンは苦しげに顔を歪めた後、困惑の色を隠さずエステルから視線を逸らした。
事情は分からないが、どうやらレイヴンに対し何か複雑な思いがあるようだ。
一瞬、バクティオン神殿で俺達の前に敵として現れたシュヴァーンの姿が脳裏を過ぎる。

(考え・・・過ぎ、か?)

違う人間だとわかっているはずだった。だが、こうも表面的な部分が同じだとどうにも繋げて考えてしまう。
レイヴンもフレンやエステル、リタのように俺の世界の彼と似た人物だったら・・・?
悪い人間ではないだろう、だがやはり会ってみないことには何もわからない。


「・・・わかりました、物理準備室で食べましょう。レイヴン先生にも授業のことで聞きたいことがありますし」
「いいんです・・・?」
「・・・レイヴン先生が、嫌いなわけではないんです。・・・ただ少し、」


フレンは消え入るような声音でぼそりぼそりと呟いたが、その声音はあまりに小さく最後まで聞き取ることが出来なかった。
その横顔には先程のような困惑の色は見られなかったが、どこか寂しそうに目を伏せていて。
それを間近で見てしまった俺は無意識に握った拳に力を込めていた。







物理準備室という部屋に着くと、そこには予想通りおっさんと瓜二つなおっさんが待っていた。
部屋に入った瞬間、コーヒーの独特の香りが鼻先を掠める。


「あらら、今日は随分と遅いんじゃないの。来ないかと思ってたわよ」


コーヒーを片手に新聞を読んでいたらしいレイヴンが、大きな欠伸をしながらのっそりとした動作で新聞を畳んだ。
そのままいそいそと立ち上がり実験器具のようなものが陳列されている棚の隅から人数分のカップと紅茶とココアの缶を取り出す。


「茶はおっさんが淹れたげるから、適当にそこら辺で飯でも食ってなさい」
「はい、いつもごめんなさい」


勝手知ったる様子でエステルとリタは既にお弁当を広げている。
俺とフレンは行く途中の購買で買ったパンを数個机の上に広げながら、どれから食べようかと視線を彷徨わせていた。
俺はカスタードクリームパンを手に取りながら、さり気なくおっさんを横目で観察する。
だがそんな俺の様子に流石に不信感を抱いたらしいエステルが、おずおずといった様子で話しかけてきた。


「あの・・・ユーリ、今日なんだか・・・おかしくないです?いつもより全然喋ってくれませんし・・・」
「ん、そうか?・・・あー・・・ちょっと腹の調子が悪くてな」
「お腹が・・・!?大変・・・!大丈夫です?保健室行きます?授業は受けられますか?」
「え、エステリーゼ様落ち着いてください!ユーリは大丈夫ですから!」
「・・・なんであんたがそんなこと言えんのよ」


しまったか、とお互い顔を見合わせたところでタイミングよくおっさんがカップを運んできた。
エステルとフレンの前には綺麗な色をした紅茶を、俺とリタの前には甘く香るココアを置く。


「お待たせしましたよっと・・・はぁ、なんでここをたまり場にするかねぇ」
「とか言いながら毎回律儀に飲み物出してくるあんたは何なのよ?」
「・・・紅茶とココアを持ち寄ったのはお前さんたちでしょーが・・・」
「ごめんなさい・・・つい居心地がよくて」


レイヴンはやれやれと苦笑を浮かべながら近くの椅子に腰を下ろした。
思えば先程からエステルはレイヴンを随分贔屓にしているような・・・そんな印象を受けるが、如何せん分からないことが多すぎて、
かといって外野が多くフレンに聞ける状況でも無いためもどかしい思いだけがじわりと募る。
推測だけでは前に進めないというのに。


「レイヴンの淹れてくれる紅茶、とても美味しいので大好きなんです」
「ま、でもどうせ大将には負けるんでしょ?」


レイヴンが悪戯っぽく目を細めると、エステルが肯定するように困った笑みを浮かべた。
・・・俺はその笑みを見つめながら、レイヴンの言葉を頭の中で反芻する。
レイヴンは今、なんと言ったか。


「・・・おい、・・・大将、って・・・?」


いつの間にか乾いていた唇を舌で湿らせながら、冷静を装い静かに問いかけた。
首の裏に痛みを伴う熱さが駆け抜け、堪えるように両手を握り締める。

(まさ・・・か・・・)

レイヴンが大将≠ニ呼ぶ人物・・・
狂気と独善で世界の支配を企み、エステルを傷つけ星喰みを呼び起こした一人の男。
そいつが死んだのは俺からしたらつい、昨日の話だ。



「ん?何言ってるのよ青年。アレクセイ理事のことでしょ、嬢ちゃんの後見人の」
「・・・・・・ッ!!!!」


(アレク・・・セイ・・・!!)


違う、別人だ。
そう言い聞かせても生まれてしまった疑心が理性といたちごっこをするように奴を疑う。
もし俺の世界の奴のように、こちらの世界の奴も狂気と独善を持ちえていたら、
エステルを道具のように利用しようとしていたら、

(クソッ・・・俺はこの世界のことを知らなすぎる・・・!)

全てもしも≠フ話で確信も何も無い。
だが、フレンのレイヴンに対する不信感・・・エステルの後見人という立場・・・
嫌でも想像が広がってしまう。
もし・・・そのもしも≠ェこれから起こりうる事実だった場合、俺は―――



「・・・なぁ、教えてくれないか」
「ユーリ・・・?」





俺は、何が出来るだろうか。



NEXT

アシェット物凄くキャラが立ってるよ!(わぁ 物語の中の日付を進めるのが・・・凄く・・・面倒くさいです・・・もう全部1日でやっちゃいたい/(^o^)\ イメージ的に大人ユーリは学生ユーリよりも敏い。でも学生ユーリも疎くはない。 でもねローウェルさん・・・ヴェ学のエステルは満月の子じゃありませんよー\(^o^)/