今更ではあるが、この世界に触れて気付いたことがある。
俺にとって見覚えの無い景色、見覚えの無い建物、見覚えの無い人々。
それらが示すのは俺の前に18歳のフレンが現れたのではなくフレンの前に21歳の俺が現れたということ。
つまり、この世界にとっての異分子は俺の方だったというわけだ。


では俺は何のためにこの世界に来たのか。
それとも逆に、消えてしまったユーリ≠ノ意味があるのか。


どちらにせよ俺がここに存在する以上、何か出来る事があるはずだ。
少なくとも今は、そう思いたい。
だから俺は。


「聞いてもらいたいことがある。その上で、教えて欲しい」
「っ!・・・ユーリ、まさか・・・。・・・話すのかい?」
「ああ。こいつらがこっちの話を信じる信じないは別として、信用は出来るだろうからな」


全幅の信頼を寄せることはまだ出来ないが、と続く言葉は心の中だけに留めることにして。
俺はフレンを一瞥してからゆっくりと周りを見回した。
信用出来ると断言した理由は、自らが信頼する仲間と同じ姿かたちをしているから、というだけではない。


「俺が知らなくても、お前の・・・フレンのダチなら信用は出来る」
「ユーリ、」
「・・・って、ちょっと待ちなさいよ!あんたらさっきから一体何の話・・・」


その時、叫びかけたリタの言葉を遮るかのように室内に鐘の音が鳴り響いた。
鐘なんて見当たらないというのにすぐ近くで鳴っているかのような大音量だ。聞き慣れない音に思わず眉をひそめる。
だが俺を除いた4人は、その音を聞くや否や慌てたように広げた弁当箱やらティーカップやらを仕舞い始めた。


「ユーリ、悪いけど時間切れだ」
「・・・ってするとこの鐘が休憩終了の合図ってわけか?」
「そう、あと数分でもう一度鐘が鳴る。それまでに教室に戻らないといけない、規則だ」


言いながらもフレンが当たり前のように俺の分まで後片付けをしてしまったので、
若干手持ち無沙汰になりながらせわしなく動き回る4人を見つめる。
カップを洗うレイヴンをエステルとリタが手伝っており、そちらの人手は足りていそうだ。
俺はごみを片付けているフレンに近寄り、手伝うことはないかと声をかけたようとしたが、
フレンもフレンで手際よく片付けを終わらせてしまっていたので、結局俺は口許に苦笑のような笑みを浮かべることしか出来なかった。


「悪いな、手伝わなくて」
「え?・・・ああ、手伝ってもらうほどの量じゃなかったからね。・・・それより、今の話だけど」
「あっそれなんですけど・・・」


カップを洗い終わったらしいリタとエステルが、ハンカチで手を拭きながら急ぎ足でこちらに向かってくる。
その後ろではおっさんが紙の束と冊子・・・多分、学習用の資料だろう、をいそいそと纏めながらこちらを窺うような視線を向けていた。


「大事なお話・・・なんですよね?だったら放課後、続きをしませんか?」
「エステリーゼ様、でも部活は・・・」
「先生には話しておきます、怒られるかもしれませんが・・・でもユーリが、・・・とても真剣だから」
「エステル・・・」
「ユーリが真剣な時はいつだって大事なことがあるんです」


そうですよね、と信頼の滲む顔で微笑まれて、俺は思わず自然な動作を装い視線を脇へと逸らした。
エステルが信頼しているユーリ≠ヘ自分ではない。
だからなのか、その信頼を素直に受け取るのはどこか憚られる気がした。
あからさまに振舞ったつもりはないがフレンは何か気付いたのだろう、フレンの物言いたげな視線が俺の横顔に静かに突き刺さる。
俺はあえてそれに気付かないふりをして何事もないようにリタとおっさんに視線を向けた。


「二人はいいのか?」
「へっ?・・・ああ、うん、おっさんはいいけど」
「あたしも別にいいわよ。あ、でも剣道部にはあたしも行くわ、エステルだけじゃサボる口実思いつかないでしょ」
「リタ・・・サボるって・・・そ、そうかもしれませんけど・・・」


元来の真面目な性格からか、サボるという単語に抵抗があるらしいエステルが戸惑うように目を瞬かせた。
リタはそれを平然と聞き流し、エステルと同じく生真面目なフレンだけがどこか困った表情でエステルと、それから後ろにいたレイヴンに交互に視線を寄せる。


「じゃあとりあえず放課後にここ集合ってことで、ほら、早くしないと授業始まっちゃうわよ」


怒られるのおっさんなんだからね!と捲くし立てるレイヴンの言葉にそれぞれが軽く頷き、足早に部屋を後にする。
どうやら本当に時間がやばいらしい。物凄い勢いで早歩きをするフレンに並びながら、焦りを浮かべる横顔を覗き込んだ。


「遅れるとそんなにまずいのか?」
「ああ、君の心証がまた悪くなるし、内申点にも影響が出る。遅刻も数えられるしね」
「俺かよ・・・」


だったらせめて走ればいいだろ、と呆れながら呟くとすぐさま「廊下は走らない!」とフレンの叱責が飛んできた。
どうやらそれも規則らしい。遅刻はするな、だが走るな。ある意味理不尽に思えなくもない。


「まったく・・・ユーリは普段の行いが派手すぎるんだよ、服装も含めて」
「いや、それは俺じゃねぇだろ・・・つうかお前の説教はいい加減聞き飽きた」
「それも僕じゃないだろ?」
「ああ―――確かに」


今のは冗談の範囲だ、お互い承知の上でのやり取りに思わずクスリと笑みを浮かべる。
フレンもつられたようにふっと笑ってから、やれやれとでも言いたげに眉尻を下げた。

このくだらないやり取りで少しだけ、冷静さを取り戻せた気がする。

(もしアレクセイが何か企んでやがるなら目的は何だ?この世界にはエアルはない、ならそもそも満月の子も・・・?)

フレンから少し聞いた限りでは、ここはエアルもなければ魔物もいない、そして何より戦争もない。穏やかで平和な世界のはずだ。
ならばこの世界でアレクセイは何を求めるのだろうか。ここに・・・奴の求めるものはあるのだろうか。



(世界は、平和だ)




会った事もないこの世界のアレクセイに思いを馳せている内に、
いつの間にか午後の授業が終わり、放課後≠ニいう時間になっていた。









エステル達は剣道部というところに寄ってから来るというので、俺とフレンは先にレイヴンの元へ行っていることにした。
物理準備室・・・に向かう途中の廊下でにやにや顔のアシェットに肩を叩かれ、思わず不審げに眉を顰める。


「ユーリさんは相変わらずモテモテで羨ましいこって」
「は?なんのことだよ」
「手紙、預かってるぜ。ほら、確かに渡したからな」


いつの話だ、だの誰からの、だの大事なことは言わないままアシェットは「部活があるからじゃあな!」と駆け出していった。
その背中にむかってフレンが「廊下は走らない!」と怒鳴りつけるがアシェットは聞いてもいないようで、その速度を落とすことなくすぐに見えなくなる。


「はぁ・・・まったくアシェットは・・・。・・・ユーリ、それは?」
「手紙らしいが・・・封筒にも入ってない、二つ折りの紙が手紙ねぇ」
「誰かに対して真剣に綴った想いがあるのならそれは立派な手紙だよ」
「そういうもんかね。っと・・・どれどれ」


二つ折りの手紙を開くと、最初の行に「ユーリ・ローウェル」と書いてあるのが辛うじて読めた。
書いたのは一体誰だろうか、どうにも字が汚なすぎて、読むのも途切れ途切れで苦労する。


「ガキが書いたんじゃねぇんだから・・・っと・・・。ほう、か・・・?」
「放課後、だね」
「・・・放課後、校舎裏で・・・待つ?・・・この間の・・・礼・・・・・・って。・・・アシェットの奴、何がモテモテだよ・・・」


にやけた顔の旧友を思い出しながら「あいつ中身読みやがったな・・・」と苦々しい声音で呟く。
どう見てもこれはラブレターのような甘やかしいものではない。
尤も、隣のフレンは能天気な顔で「この人はユーリにお礼がしたいみたいだね」等と言っているが。


「なぁ、こっちのユーリ≠チて人の恨み買うようなことしてたのか?」
「まさか!確かに喧嘩っ早いところはあるけど、ユーリは理由もなく人を傷つけるようなことは絶対にしないよ。この間だって不良に絡まれてる女の子を助けたみたいだし」
「・・・へぇ・・・やるじゃねぇか」


じゃあこの手紙はどういう訳だ?と少しばかり首を捻る。有力な線は逆恨みか。
ともあれ呼び出しを食らってしまったわけだが・・・。
行っても行かなくても面倒なことになりそうだ、なんとなくそんな気がして思いあぐねていると、
俺の逡巡に気付いたのだろう、フレンは後押しするべくかいつもより3割り増しは爽やかに「行ってあげたらいいんじゃないか」と笑顔を浮かべた。
まぁエステル達が来るまでには時間はあるが・・・
そもそも、多分お前の言うような礼じゃないぞと言ったところでこのフレンに通じるかもわからない。
こちらのフレンは、なんとなく俺の知るフレンよりも天然さの比率が高い気がする・・・と苦笑を浮かべたところで、
廊下の向こうから急ぎ足のソディアがこちらに向かって来るのが視界に入り、俺は浮かべた苦笑を反射的に引きつった笑みへと変えた。


「会長!こちらにおられたんですね。・・・貴様も一緒か、ユーリ・ローウェル・・・!」
「やめないか、ソディア。・・・僕に何か用事かい?」
「・・・失礼しました。フレン会長に来客が、すぐに応接室に来て欲しいとのことです」


心当たりがないのか「来客?」とフレンが首を傾げる。


「何故校内放送で呼び出さないんだろう・・・」
「それが、私も一瞬しか姿を見ていないのですが・・・・・・・・・」


どこか焦った様子のソディアがフレンに耳打ちすると、フレンは目に見えてその顔色を変えた。
信じられないとでも言うように大きく目を瞠った後、ソディアの焦りが伝染したかのように焦燥の顔でこちらを見る。

(なんだ?)

踏み込んでいい領域かを判断するために目を眇めて様子を窺っていた俺に、フレンが焦りの表情を浮かべたまま口を開いた。


「日を改めてくれとは言わないけど、ユーリは先に行っててくれ」
「・・・説明は?」
「わからない。・・・必要があれば」


日は改めない、この言葉から読み取れるのは「大した用事ではないからすぐに終わる」ということか、もしくは、
「俺がこれから皆に話そうとしていることに関係がある」ということだろう。
フレンの驚愕具合からして前者という可能性は低いような気もする。
だとしたら後者か・・・だが、俺の問いに対して「わからない」とまず即答したことから考えると、関係性自体は薄い可能性もある。

(もしかしたら関係するかもしれない・・・、人物)

フレンは必要があれば説明すると言った。ならば自分はこれ以上立ち入る術はない。
しかし、一体誰だろうか。
ソディアの手前ということもあったので、湧き上がる疑問や疑心を押し隠し、
俺は何でもないような素振りで「じゃ、頑張ってこいよ」と言い捨てながら踵を返した。

エステルやリタに続いてフレンも用事が出来てしまった。
このままひとりでレイヴンの元へ行ったとしても暇を持て余すだけだろう。

(だったら・・・)

手紙の送り主のお礼≠ノでも付き合うとするか。
よっと片腕を振り上げて大きく背伸びをしながら、俺はぼそりと呟いた。










指定された場所は校舎裏
校舎裏というのは単純に校舎の裏側のことだろうから迷うこともないだろう、と高をくくっていたのは数分前。
だが・・・
如何せんこの学校という場所は、騎士団の詰め所なんかよりも遥かにでかかった。
流石にザーフィアス城までとは言わないが小さな村ならすっぽり入ってしまいそうな広さには違いない。

昼間よりも随分と人の減った廊下を、ひたすら裏側を求めながら進んでいると、
不意にどこからか聞き覚えのある叫び声が耳に飛び込んできた。


「ユ〜〜リィ〜〜!!!!」
(は・・・?)



だがそれは、こんなところに居るはずがない人物の声で。
その時俺ははた、と気付いた。



まさか、この手紙、



NEXT

次回、まさかの(笑)