「君という・・・奴は・・・!これで何回目だと思ってるんだ!?」
「あー・・・12回ぐらい?」


予想していた通り、俺たちの関係はお互い随分と酷似しているものらしい。
両親を亡くし、物心つく前から一緒に育ったことまで一緒だ。更に細かく言えば、・・・子供の頃は何でも半分こしていたことまで。
だが、何より驚いたのはテッドやハンクスじいさんといった馴染みの深い人物まで似たような関係性で身近にいるということ。
ここまでくると些か偶然では済ませられない、とは思うものの、
いかんせん原因を究明しようにも目の前の幼馴染によく似たはじめましてのお友達は、
そんなことお構いなしに今現在、くだらないことで声を張り上げている。


「30回だ。30だぞ!?今のでちょうど30だ!君は一体何回牢屋に入ったんだ!?」
「チッ、結構端折ったんだけどな・・・そんなに言っちまったか・・・」


まさか牢屋に入った回数まで数えられているとは思わなかった。
だが数々の武勇伝・・・とまではいかないが、過去の思い出話をするにあたって牢屋とは切っても切れない縁だから、それはもうどうしようもないことだろう。


「・・・・・・ユーリ?」
「・・・すみませんでした。一応・・・脱獄はしないでちゃーんと反省してるんだぜ?・・・あ、そういや1回だけ脱獄したっけ」
「だ、脱獄!?」


普段ならば脱獄なんて面倒な真似は絶対にしない。
帝都の下町にいる限りすぐに居場所はばれてしまうだろうし、
騎士団のことだから匿ってるんじゃないかだの何だととイチャモンをつけて下町の人々を苦しめるかもしれない。
それに、下町出身ということでただでさえ肩身の狭いだろうフレンからも後々盛大に愚痴を言われることも必至だ。
だがあの時は―――
エステルとの出会い、
全ての始まりの時を思い出し思わず頬を緩めると、何を思ったのかフレンはますます眦を吊り上げ「反省してない!」と声を荒げた。


「そもそもなんで脱獄なんて・・・っ」
「その話は次な。ほら、お前の番だろ。お前の思い出話せよ」
「ユーリ!・・・・・・君って奴はまったく、・・・しょうがないな・・・」


話が聞きたい、と言ったフレンに一方的に話すのではつまらないからと
お互いの話を交互にしていくことを提案したのは自分だ。
そのお陰で面白い話も色々聞けた。
・・・例えば、この世界はテルカ・リュミレースとまったく違った原理の世界であるとか。


「・・・うーん・・・じゃあ、脱獄で思い出したけど、二人で児童擁護施設から脱走した話」
「児童養護施設?」
「孤児院・・・って言ったほうが分かりやすいかな」
「ああ、孤児院か。なんだ、こっちじゃ随分堅苦しい呼び方すんのな」


ガキの頃、大人たちに内緒で結界の外に探検をしに行った話や、
フレンが川に流された時魚人に掴まって事なきを得た話をすると、
目の前のフレンは不思議そうに目を瞬かせてぼんやりと単語の端々を反復するものだから、こっちが驚いた。


「・・・僕の両親が死んで僕たち二人とも身寄りがなくなった時、児童養護施設に預けられたんだ」
「へぇ、じゃあ食うには困らなかったわけだ。・・・あ、脱走したんだっけ?」
「うん。なんていうか、空気が合わなかったっていうのかな」


話がわかりづらかったか?と尋ねると首を振りながら理解できない単語が多い、とフレンは困ったように眉尻を下げた。
聞けば結界魔導器もわからないらしい。・・・そこになってようやく俺は少しだけこの異常事態を理解した。


「は?えり好み出来る立場じゃねーだろ・・・そんな理由で衣食住を捨てたのか?」
「うん・・・馬鹿だなぁって思うよ。でも・・・その施設で天涯孤独だったのは僕らだけだったんだ。
それを知ったら、なんだか、・・・逃げたくなっちゃって。ほとんど何も考えずに逃げたんだ、二人で」
「・・・どういうことだ?」


エアルや魔導器、結界を張る理由、魔物・・・すべて本質を理解しているわけではない聞きかじりの知識だけだったがなんとか説明を形にすると、
あいつは「不思議な世界だね」と言いながらも、この世界にはそんなもの存在しないんだよ、とひとつ苦笑を浮かべた。


「児童擁護施設って、家庭に問題がある子とかが離婚調停中に一時的に預けられたり、とかも多くて。
・・・本当に、この世に誰一人身寄りがない人っていうのは、珍しい方なんだ」
「・・・なるほどね」
「その時はたまたまかもしれないけど、僕らしかいなかった。・・・だから僻んだんだよ、周りを。
彼らだって幸せな状況ってわけじゃないのに・・・、自分たちだけが不幸ぶって、ね」


まるで信じていないような様子だったが、フレンは笑みを深めながら「でも全部君の作り話だっていうよりは
信憑性があるね」と呟いた。「こんな想像力豊かな話が作れるなら君は今すぐ童話作家になるべきだ」とも。


「笑って言う話でもないだろうが、・・・大丈夫か?」
「僕、笑ってたかな・・・じゃあ大丈夫だ。それで結局見かねたハンクスさんが・・・あ、っと、もうこんな時間か」
「ん・・・?外が明るんでるな・・・もう朝か・・・?」


そりゃ勘弁、と苦笑しながら肩をすくめるとフレンは少しだけ驚いたような顔をして、そういえば君はユーリじゃなかった、と随分と失礼なことをのたまった。
大方、予想していた反応と違って動揺したか・・・その気持ちはわからなくもないので(未だにフレンと話しているように錯覚しちまう)深くは追求しなかったが。


「結局一睡もしないで話し込んでしまったね。大丈夫かい?」
「あ?俺は慣れてるし・・・元々そんな眠らないタチだからな。お前こそ大丈夫なのか?」
「生徒総会前とかは資料作りに追われてよく徹夜するんだ。大丈夫だよ」
「せいとそうかい・・・」
「あ、そうだ・・・それと、君に言わなければならないことがあるんだ」





そう言うと、フレンは痛ましげにも見える表情で片目をゆっくりと細めた。
こんなフレンの表情は初めて見る・・・と言っても出会ったばかりではあるが、
だからだろうか、・・・非常に嫌な予感しかしないのは。


「・・・右も左もわからないまま見知らぬ場所に不本意ながらやってきて、不安な君を休ませてあげたいのは山々なんだけど・・・」
「あ、ああ・・・?」


妙に回りくどい、・・・というかここまでくどいのは流石にらしくない上に軽く意味がわからない。
今にも猫なで声を出してきそうな雰囲気のフレンの気味悪さに思わず唇の端がひくりと震えた。


「こちらの世界のユーリが不真面目なせいで」
「うん・・・?」
「出席日数がぎりぎりなんだ」
「・・・・・・何の?」


だが、目の前のフレンは猫なで声どころか真剣な・・・むしろどこか鬼気迫るような声音でただ訥々と言い募る。
脅されているわけでもないのに、その妙に恐ろしさを感じさせる声音に気圧されて思わず曖昧に頷くと、
フレンはいつになく真剣な表情のまま口元だけにほんの少し笑みを浮かべた。真剣を通り越して目が据わり気味なのが余計な凄みを出している。


「だから申し訳ないんだけどユーリには授業に出てもらうよ」
「授業・・・・・・勉強?」
「ああ、出来るだけ僕もフォローするから。ユーリの身代わりに学校に通ってくれ」
「・・・・・・は?なんで俺が・・・!じょ」
「冗談じゃないなんて言わせないからね。・・・ユーリの卒業がかかってるんだ」


がしり、と音が聞こえそうなほど強く両肩を掴まれて、その勢いにうぐ、と息を飲み込む。
その視線は嫌でも出てもらわなくては困る、と強く訴えていて、
俺は思わず反射的に目を逸らして微苦笑を浮かべながら溜息を吐いた。我ながらなかなか器用な真似を。


(こっちのユーリ≠フ事情なんて知るかよ・・・)


とは思ったものの、まさか口になんて出せるはずもない。


「ちょっと待てつか、俺が出たって意味ないだろ・・・」
「確かに、こちらのユーリに勉強をさせないと意味はない・・・だから、彼が戻ってきたらみっちりとつきっきりで遅れた分の勉強はさせるつもりだよ?でも・・・
授業を受けた≠ニいう実績も必要なんだ、だから申し訳ないんだけど・・・」


俺はなんとかこの面白くもない事態を切り抜けようと普段碌に使いもしない頭を最大限に回してみたが、
こういう時のフレンには最初から勝てる気がしねぇ、と半ば心が諦めきっていたためか大した意味はなかった。
フレンの言っていることはわかる。騎士団の訓練時代も似たような制度で頭を悩ませたこともあったからだ。
尤も、その時はどうやってバレないようにサボろうか、そればかり考えてたが。


「でもよ、それって本人戻ってこなきゃ意味ねぇだろ、戻ってくるって信じてるのか?一生このままかもしれないぜ?」
「戻ってくるよ、ユーリは」
「―――・・・っ!」


瞬きもしないマリンブルーに真っ直ぐと見つめられて、周りからすうっと音が消える。
俺を見つめるその表情はある種確信に満ち、その瞳を見ていると自然と心が凪いで・・・その時初めて俺は心のどこかで不安が揺らいでいたことを知った。


(ああ、)


どうしてか。
どうしてこいつにこうも真っ直ぐに見つめられると不安が不安でなくなるんだろう。


(だから・・・お前は帰る場所を守るのか)


「僕の世界のユーリは強いよ。いつだって、・・・自分の足で立って歩ける」
「そっ・・・か。・・・そうかもな、・・・ならあいつらも、大丈夫か」
「あいつら?」
「俺が一緒に旅してた連中。あいつらなら俺が居なくてもやってけるだろうなって思ったよ・・・あいつらも、自分の足で歩ける奴らだからさ・・・俺の世界のフレンも、な」


それを聞くと、フレンはどこか嬉しそうに目を細めて「そうか」と呟いた。
自分のことではなくてもやはりフレン≠ェ褒められると嬉しいんだろうか、・・・先の自分のように。
何故か先程、こちらの世界のユーリ≠認められたとき、自分自身のことのように感じたことを思い出して不思議と首をかしげた。


「その話も聞かせてくれるかい?今は時間がないから、今夜にでも」
「また徹夜か?勘弁してくれ。・・・まぁ、まだ本命の部分を話してないんだけどな」
「本命?」
「なんで俺が旅をすることになったのか・・・まぁ、脱獄から絡んでくるわけだから、やっぱ次な」
「・・・脱獄・・・そうか、・・・今夜が楽しみだね」
「眠らせる気ほんとないのな、お前・・・」


脱獄、と聞いた瞬間フレンのこめかみがぴくりと動いたのを目の当たりにし、俺はかしげた首もそのままに口元に引きつらせた。
とりあえず今は夜のことは考えないようにして、
こちらの世界のユーリ≠フために人身御供に捧げられた我が身を嘆きながら覚悟を決めるのが先かもしれない。


(勉強ねぇ・・・こりゃ星喰み相手に戦ってた方がまだ楽だったかもな)


てきぱきとよく動き回るフレンと、自分の目の前に積み重ねられていく衣服(フレンが着てるのと同じデザインか?)やらを
交互に眺めながら、どこかぼんやりと溜息を吐いた。






「あ、フレンやべぇ」
「どうしたんだい?」
「傷口また開いた。普通に着たらシャツが血まみれになる」
「ええっ!?・・・待って今、包帯とか用意するから・・・!えっと救急箱・・・っどこだっけ、あ、あっちの部屋だったかな・・・」





「・・・治癒術にしちゃ荒すぎる・・・一度は傷は塞がってた・・・が、治療したわけじゃ・・・ない・・・?」




「・・・一体、誰が・・・」



NEXT

さあこれからユーリ・ローウェルさん(21)のドキドキ★スクールライフが始まるよ〜〜〜\(^o^)/