その瞬間のあいつの顔は、あいつのことを妄信的に慕っているどこぞの副官に見せてやりたいぐらい
気の抜けた、間抜けなものだった。
思わずこちらが唖然としてしまうほどの。


(フレンのこんな顔初めて見たかもしれねぇ・・・)


そのまま続けようとした追求の言葉も思わず飲み込んでしまい、あたりに僅かな沈黙が広がる。
沈黙を破ったのはフレンの、呆然としたような呟きだった。


「・・・君・・・事故にあって記憶喪失を通り越して馬鹿になってしまったのか・・・?」


馬鹿はないだろ馬鹿は、と思ったが、客観的に見てみると
今まで散々名前を呼んで普通に接していた奴から突然「お前は誰だ」と聞かれるのは・・・確かに意味がわからない。
こっちとしては「目の前のフレンは幻、もしくは偽者」という前提のもと話をしていたわけだが・・・


(普通はここでいかにも!っていう奴が高笑いしながら、ばれてしまっては仕方がない!とか言って正体現すとこじゃねぇの?)


だが目の前のフレンはただぽかんと口を開けてこちらを凝視しているだけで、一向に正体を現す気配はない。
逆にこちらが突拍子もないことを言ってしまったような不安に駆られ、慌てて今までの出来事を脳内で洗いなおす。
自分は何か決定的な思い違いをしているのだろうか。


(そもそもこいつの目的は何だ?俺の油断を誘うってことならチャンスはいくらでも・・・つか、俺気絶してたしな・・・。
宙の戒典か?いや、それも同じだ・・・毛布に隠れてただけで手の届く場所にあった)


必死に思考を働かせながらも(こういうの、俺の役目じゃないんだけどな)
呆然としているマリンブルーの瞳を見下ろす。


(ん?・・・・・・・・・見下ろす?)


「フレン、お前・・・」


しばらくの静寂を破った俺の呟きはやけに大きく響き、
呆然としたままだったフレンが、はっと我に返ったように目を数度瞬いた。


「・・・背、縮んだ?」
「え?・・・・・・えっ?」


フレンも気付いたようで、驚いたように一度目を見開いてから、
片足を一歩引かせて俺の爪先から頭のてっぺんまでぐるりと視線をまわし、次いで俺の顔に視線を戻した。


「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」


間に流れた微妙な沈黙がいたたまれず、俺は言葉を探しながら目の前の戸惑う瞳を見返した。
その瞳に映る自分の顔も、目の前の顔と同じような色を浮かべてて、内心で溜息をつく。


「お前、何センチ?」


しばらく考えてこれかよと思いながらも、
最近急激に身長が伸びた覚えはまったくないので、自分の身長は変わらないはずだと目の前のフレンに問いかけた。


「・・・175、だけど。君も同じだったろ・・・それにまだ18歳なんだからこれから、」
「18?いや俺らもう21歳に・・・え?」
「え?」


(んん?)


18歳?と改めて見返すと、確かに目の前のフレンはどことなく幼さを残している。
ころころ変わる表情も、足りない緊張感も、子供ゆえと思えば納得できないこともない・・・が。


(過去の、フレン?)


あいつが18歳の頃、こんなだったか?と思い出してみてもどこかしっくりこない。
18歳といえばもう騎士団には所属していたのだからやはり帯剣していないのはおかしいし、
・・・何より実戦経験があまりない時だったとはいえ、気配が緩すぎる。
18歳の頃なんて今の自分にしてみてはまだまだ青臭いガキだが・・・目の前のこいつはその青臭さすら通り越している気がした。


(・・・俺を騙したい幻だったらもっと納得いく状況用意しとけっつーの!)


その、目の前のフレンは俺以上に状況を理解していないようで、先程から顔の筋肉が緩みっぱなしだ。
これが演技だったら騎士団辞めさせて劇団ギルドに売りつけてやる、と俺が息巻いても許されるぐらいの名演技と言えるだろう。


(過去のフレンの、幻・・・ね)


だが、先程から「幻」ということをどこかしらの意識において対話をしてはいたが・・・話しているうちに幻、という感覚が薄れつつあった。
目の前のこいつはどう見ても「自分の意思で言葉を選び、自分の意思で、自分の感情をありのままに出している」としか思えないのだ。
幻だったのなら、どこかしらに術者の意思が紛れ込んでいるはずだが、それも伺えない。目的も、見えない。



(もし幻じゃないとしたら・・・例えば、何らかの原因で俺が過去に戻った。もしくは過去のこいつが来たとしたら・・・)
(いや、だが過去のフレンにしてもこのフレンは変だ。俺が過去に戻ったのだとしても、この部屋には見覚えがねぇ)
(フレンは・・・?大体、こいつは本当に敵なのか?もしこいつも巻き込まれたんだとしたら・・・)



何者か知れない、警戒は怠るな、と理性は訴えかけるが、
目の前のフレンが、確かにフレン≠ナあるのなら敵として思う気持ちにはなれない。


「どういうことだい・・・?ユーリ・・・21歳って?背だってそんな急に伸びるわけが・・・」
「俺にもわかんねぇよ。・・・でもお前にもわかんないんだな?」
「当たり前だろ。・・・いきなりいなくなったかと思えば、変な格好で真剣なんか持ってくるし、
挙句背もでかくて成人してるって?そんなの、まるで別人じゃないか・・・」


(フレンも俺と同じ考えになったか。こりゃますます・・・)


「それなんだが、本当に別人なんじゃないか?」
「・・・え?」
「なぁフレン、俺はお前の知るユーリ・ローウェルか?」
「それはどういう・・・」


怪訝そうに眉を寄せるフレンに、どう言ったものか、と少しだけ逡巡する。


「・・・いきなりいなくなって戻ってきたときは別人みたいだったんだろ?」
「ああ、どこかでユーリそっくりな人が入れ替わりでもしたのかと思うぐら・・・・・・え?」
「・・・お前は俺の知るフレンとは違う、多分、お前が俺に対して思ってるのと同じように」
「・・・まさか・・・君もだっていうのか・・・?君の知るフレン・・・だって?」


フレンも必死に状況を把握しようとしているんだろう、
どこか焦りを浮かべる表情に時折思案の色が見え隠れする。


「整理しようぜ。・・・どの答えが一番通りがいいと思う?」


可能性としてはあらゆるものが浮かんでくるが、
その中で今の現状と一致する結論といえばひとつしかない。
それでも、とても信じがたい話ではあるが。


「・・・そうだな、君が嘘をつくとは思えないし・・・でも待ってくれ、別人だと仮定すると君が二人・・・いや、僕たちが二人ずつ居ることに・・・?」
「そうなるんじゃないか。・・・俺のダチのフレンは身長180cmの21歳だし、な」
「・・・僕の友人のユーリは身長175cmの18歳だよ。・・・21歳になれば180ぐらいにはなってそうだけどね」


未だに信じきれていないといった表情のフレンが、
ついさっき自分でも浮かんだもうひとつの可能性をさり気なく示唆する。


「未来の俺が来たって?でも俺の記憶にある18歳のフレンともお前は違うぜ」
「そう、か・・・。・・・それはよかった。21歳のユーリが犯罪者になってるなんて考えたくもないからね」
「ッ犯罪者って・・・」
「銃刀法違反。この国ではライセンスもなしに銃や真剣を持つことは許されてないんだ。
厳密にはすぐ出せる状態で刃のつくものを持ち歩くことも犯罪になるし、模造刀やカッターですら持ちようによっては・・・」
「ああ、わかったわかった。よくわかんねぇけどわかったから落ち着け、話が逸れていく」


少し怒ったように眉を吊り上げたフレンに犯罪者、と言われて思わず後ろ指を指されたような気分になったが、
どうやらこのフレンが言っている犯罪は俺が思ったものとは違うらしい。


(銃や剣を扱うのにライセンスがいるなんて初耳だが・・・特別自治か何かか?
まさかラゴウみたいな奴が住民の反乱を抑えるために、とかそういうんじゃねぇよな。フレンがいるのに、まさかな・・・)


気になることは確かだが今は話を進めるほうが先決だ、と思い直しフレンに続きを促す。


「ともあれ身長が違うのは動かしようがない事実だな。身長以外、君はどう見てもユーリだし・・・
癖とか、話してる感覚とかもユーリと話してるとしか思えないよ、・・・現に今もね」
「俺も同じく。・・・原因はわからねぇが、ここは素直に俺たちが二人ずついるって仮定しておいた方が良さそうだな。真相はどうあれ」
「そうだね・・・正直、自分の頭がおかしくなったとは思いたくないけど。・・・ところで、君もユーリなら、僕の友人とみていいのかな?」


フレンらしいといえばらしい、能天気にも聞こえる言葉に、
思わず苦笑を浮かべながら小さく肩をすくめた。


「一応別人なんだがな。・・・ま、お前がいいならいいさ。・・・とりあえずどうする?元に戻る方法やら原因やらを探してみるか?」
「僕は君の話が聞きたいな。君が僕の知らないユーリなら、僕の知らない人生を歩んでるんだろ?興味がある」
「そこかよ・・・へいへい、ったくお前も本当人の話聞かないよな。うちのフレンといい勝負だぜ」
「何か言ったかい?」
「別にー。さて、と・・・面白い話もないが、一体何から話したもんかね・・・」


多少長くなるぜ、と前置きすると、ならお茶でも用意しようかとフレンがさっさと踵を返す。
その後姿を見ながら、俺は先程まで自身が寝ていたベッドに再度腰を下ろした。


「とりあえず俺とフレンの関係から、かな・・・」


関係といっても、俺とフレンの関係も
こちらのフレンと俺の知らないユーリ≠フ関係も大体のところで同じじゃないか、
なんとなくそんな気がして、再度口元に苦笑を浮かべた。



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やはり長く・・・\(^o^)/