そろばんのよさを伝える学社連携   
       〜公民館講座を学校支援につなぐ〜   
福岡県立社会教育総合センター
平成21年5月16日〜17日

 平成7年1月17日に発生した阪神淡路大震災や平成9年日本海でのタンカー海難による石油流出事故、さらには長野オリンピック等を契機に、ボランティア活動は日本国民の間に大きな広がりをもって行われるようになってきました。日本人にボランティア活動が定着してきたように思います。
 私は、ボランティアを志向する社会は、一人一人が社会への共感に基づいて自主的に参加し貢献することに価値を置く社会であり、こうした方向を促進することは地域の教育力向上に繋がるものと考えます。
 人が、自分自身の存在意義を感じ、自分のためにではなく、人のために、みんなのために、社会のために自分が役に立つことに価値を見いだすようになったからだろうと思います。
 また、最近、学習するだけでなく、学習して得られた成果を生かして、身近な地域社会において何か活動したい、積極的に社会に関わりたいとする人が増えてきています。
 他方、地域社会においては、都市化や過疎化の進行などにより、地域の人々に一体感がなくなり、地域の教育力の低下が指摘されて久しく、地域社会の再生が大きな課題です。特に、地域ぐるみで子どもを健やかに育てるための地域活動が極めて重要な課題になってきています。これは、住民自らが学習し、主体的に参加しようとするときに初めて効果的な対処が可能となる問題だと思います。と同時に、地域住民のネットワークが地域に張り巡らされることが必要であると思います。
 そこで、公民館講座で楽しく学び、心豊かに生きる、学んだ知識や技能を地域に還元することで、自己実現を図るとともに地域の教育力向上の一助とすることを目指して「そろばん教室」を開講しました。
 講師を珠算連盟などから迎えるのではなく、私自身が講師を務めました。公民館講座で行う珠算は、営利目的ではありません。そこで、珠算のよさを指導できればよいと思っています。ですから、そろばんをしたことがある人で、かけ算指導、割り算指導、負の数の計算指導、暗算指導ができればどなたでも指導できると思います。ただ、かけ算の方法は5種類くらいあります。かける数とかけられる数両方をそろばんの上に置いて計算する方法、かける数だけ置く方法、どちらも置かないで計算する方法などです。しかし、これらの計算方法も少し勉強すれば指導できます。
 今年度は、「平成21年度公民館講座生募集」のチラシに示していますように、ペン習字をはじめ、16講座開講しています。現在、約500人が受講しています。自主講座と記していますのは、公民館が主催した講座を卒業した人たちや同好の人たちが自分たちでつくりあげている学習講座です。現在、陶芸教室や短歌、肥後狂句など31講座で役600人が学んでいます。
 今年のそろばん教室は、40代から70代まで18人が受講しています。
 その「そろばん教室」についてお話します。
 平成18年度、18人でスタートしたそろばん教室の目標は2つでした。
 1つは、脳の老化にブレーキをかけることです。2つは、近所の子どもたちにそろばんのよさを教えることでした。
 先ず、脳の老化にブレーキをかけるこについてお話しします。
 人は、40歳代から老化が始まるそうです。その特徴は、「物覚えが悪くなる」「物忘れが多くなる」「動作が緩慢になる」「怒りっぽくなる」「人付き合いが狭くなる」の5つだそうです。3〜4年前、この老化にブレーキをかける本が店頭を賑わせていました。東北大学の川島隆太先生は「毎日、積極的に脳を使う習慣をつけることによって、脳の機能の低下を防ぐことができる」と説いています。
 脳の司令塔としての「前頭前野」をどんどん使って鍛えること、「音読」や「計算」、漢字の「書取」が脳に効果的なトレーニングであると説いておられます。
 それも簡単な計算をすることが効果的であるそうです。そろばんは10までの数の合成分解をいつも瞬時に計算し、それを指を使ってそろばん上に表すものです。指を使うことは脳の活性化によいと言われています。
 そこで、そろばん学習を通して、脳に血流を多く流し、脳を活性化させ、老化にブレーキをかけることを目指しました。具体的には、月2回のそろばん教室、そして、毎日の買い物で、買い物の金学を概数にしてそろばん式暗算をしてレジに並びましょうということを奨励しました。
 そろばん教室に参加した人は、学習意欲旺盛な人たちでした。9時半からの教室に9時頃には教室に来て、そろばんの練習をしています。そして、互いに教えたり教えられたり、それこそ、めだかの学校よろしく誰が生徒か先生かみんなでそろばんを楽しんでいました。
 私が来るのを待って、「ここがどうしても分かりません。教えてください」と尋ねられます。分かると、「あぁ、そうか。分かりました。ありがとうございました」とにっこりされるのです。いわゆる、胸に落ちるのですね。私は、これこそ、「自ら課題を見つけ、自ら学び自ら考え、判断し行動する」生きる力そのものだと思っていました。
 「寝る前に見取り算を練習すると、適当に頭が疲れてよく眠れる。割り算の練習をすると頭がさえて眠れない」とか、「練習すると体が熱くなり、着物1枚脱ぎます」、「30分間続けてそろばんをするとのどが渇きます」など勉強ぶりを話していました。
 全国商工会主催のそろばんの試験があることを知らせると、「どれだけ自分のものになったか受けてみようか」となりました。これらを「そろばん使い脳と心の若返り」と題して、熊日新聞に投書しました。読んでみます。


      「そろばん使い脳と心の若返り」

 年をとると誰でも物忘れが増える。物忘れは脳の前頭前野の衰えによるのだそうだ。しかし、脳を鍛えれば、衰え始めた脳も復活するといわれている。
 脳の活性化と地域での指導者養成を目指して公民館講座「そろばん教室」が昨年10月開講された。講座生のほとんどが60代で、練習に励んでいる。講座では、読み上げ算、読み上げ暗算、かけ算、わり算、見取り算を学習している。
 「何度も何度も練習して、かけ算のやり方が分かりました。」「寝る前に見取り算の練習をすると頭が適当に疲れてよく眠れますが、わり算は頭がさえて眠れなくなります。」「親指と人差し指の動きがスムーズになってきました。」など励まし合って楽しく学習に取り組んでいる。講座がない日も、時間を見つけて練習する学習意欲旺盛な人ばかりだ。
 「そろばんの技能がどれだけ身に付いたか試してみたい」と珠算検定を受験する人も多い。「わり算の第1問で躓き頭が真っ白になってしまいました。でも全部できました。」「心臓がどきどきのしっぱなしでした。」など、試験終了後の表情は満足感でいっぱいだ。結果は、7級から4級を全員が見事合格。合格を知らせたときの「うわぁー、うれしいー。」の喜びいっぱいの声と顔。そろばんは「脳と心の若さを保つ」のに最適だ。

 2つは、学んで得た知識や技能を地域に還元することです。当時、私が考えていましたことは、そろばんを孫や隣近所の子どもたちに自治公民館などで教えてほしいと考えていました。
 平成19年度に町内の小学校から、「公民館講座でそろばん教室が開講されていると聞きました。3年生のそろばんの学習の手伝いをしていただく人はいないでしょうか」との問い合わせがありました。そこで、学級生と一緒に町内3小学校のそろばん学習の手伝いに行きました。指導形態は、担任の先生がチームリーダー、私たちがチームメンバーとなって指導を行うティームティーティング方式です。その様子も投稿しました。読んでみます。


       「学社連携したそろばん学習」

 先日、公民館講座「そろばん教室」の講座生が小学3年生のそろばんの授業を手伝った。
 「そろばんはどんなときに使うでしょうか?」の先生の問に、「そろばんは昔の電卓」とか「お金を計る(計算の意味)とき使う」などと発表し、子どもたちはそろばん学習に興味を示していた。
 そろばんの名称や5珠、1珠の意味、数の表し方と読み方、簡単な足し算、引き算を先生が全体指導された後で、私たちはグループごとに指導助手を務めた。珠を人差し指だけで入れる子、親指だけで入れる子、先に暗算で答を出してから入れる子、5珠を使った足し算が理解できない子など、子どもたちはさまざま。一人ひとりに計算の仕方と指使いを手を取り教えた。計算が出来ると「ヤッター!」と喜びを表していた。
 授業終了後、講座生が掛け算、割り算、読み上げ算、読み上げ暗算の模範を示した。珠を素早く動かし計算する姿を見て、子どもたちは「うわー、すごい」の言葉を発し、そろばんで正確に、素早く計算できることに驚いていた。そして「ぼくもそろばんを勉強しよう」「おばあちゃんのそろばんを借りて練習しよう」と口々に言っていた。
 社会教育の場で学んだ成果を生かして学校教育を支援する「少子・高齢化時代の学社連携」を求めた試みは大成功だった。


 校長先生の計らいで、指導後、学校給食をごちそうになりました。子どもたちと一緒に食べました。そこで、そろばんや遊びについて会話が弾みました。
 益城町では平成20年度から放課後子ども教室を2校で実施しました。放課後の子どもの安全・安心な居場所づくりで始まったのですが、学力充実も併せてねらいたいとの県教育委員会の考えがありました。だったら、公民館講座生の人にそろばん学習を手伝ってもらおうと、講座生に呼びかけ、そろばん教室の講座生が中心となって放課後子ども教室を始めました。
 また、学校支援地域本部事業で算数のそろばん学習を支援しました。そのときの子どものお礼の文です。

 
     「そろばんの先生へ」
 この前はそろばんを教えてくれてありがとうございました。さいしょは、(珠の)動かし方も知らなかったけど、先生たちの話を聞いて、1だまや5だま、位などのしくみがよくわかりました。先生たちはぼくたちがたった3日でくわしくわかるように教えてくれてすごいです。
 さいごのよみあげざんは、ひっさんのぼくたちもおいつけないくらいはやくてびっくりしました。
 これから先生に教えてもらったことをつかってそろばんをがんばります。


      「そろばんの先生へ」
 そろばんを教えてくれてありがとうございます。
 さいしょはそろばんとかおもしろくないと思っていたけど、教えてもらううちにだんだん楽しくなってきてよかったです。
 家にそろばんがあるかられんしゅうしています。だから、これからもっといろんなことをおぼえていっぱいみにつけていきたいです。

 平成21年度は、40代から70代までの18人が学んでいます。今年度も放課後子ども教室と学校支援地域本部事業を講座生と一緒に行っています。
 講座生の手記です。


 私は、70歳でそろばん教室を受講しました。60年ほど前、そろばんを学校で少し習いました。それ以来のそろばんです。ですから、「1+1」から教えて頂きました。10までの足し算・引き算ができるようになり、見取り算の練習に入りました。そして、かけ算・割り算を教えて頂きました。練習を始めて6ヶ月後、8級の検定試験を受けました。試験を前に、心臓がどきどきするのが分かります。試験となるといくつになっても緊張するものです。試験に合格し、先生から合格証を戴いたときのうれしさは忘れることができません。小中学生の頃にかえったようでした。それから、そろばんのおもしろさが分かり、毎日、時間を見つけて練習しました。4級の試験では、210点での合格でした。練習の時は、ほとんど満点が取れていました。合格はしたもののあまりうれしくありませんでした。そこで、家で一人、試験のつもりでやってみました。かけ算・割り算・見取り算すべて満点でした。思わず、万歳と叫びました。
 小学校のそろばんの勉強の手伝いに行きました。親指だけで珠を入れる子、珠を入れるのは親指か人差し指か迷っている子、5珠が下りているときの足し算の仕方が分からないで悩んでいる子、それらが手に取るように分かります。「7はいくつで10になるね」などの声かけで、「分かった」と珠を動かしていきます。分かったときのあの笑顔は忘れることができません。私のちょっとした声かけで子どもが分かったときは、私もうれしくなりました。そろばんの勉強が終わって、給食をごちそうになり子どもたちといろんな話をしました。
 近くのスーパーで買い物をしているときなど、「あっ、そろばんの先生。こんにちは」と挨拶する子が増えました。私も、「そろばんの勉強はしているね?」「先生の話はちゃんと聞いているね?」などと声をかけるようにしています。
 そろばんの練習を通して、新しい友だちができました。子どもたちとも顔見知りになりました。これは、私の一生の宝物です。

 終わりに、これまでの成果と今後の課題についてお話しします。
 講座生の学習意欲が向上していることです。「子どもたちに教えるからには、間違ったことを教えるわけにはいかない」「どんな質問にもわかりやすく教えることができるようになりたい」などからさらに熱心に学習に取り組んでいます。
 2つは、学社連携の進化です。これまでお話ししましたように「放課後子ども教室」や「学校支援地域支援本部事業」で学習成果を生かす人が増えてきました。人のために立つことで自己実現を実感する人が増えました。これは、地域教育力の向上に繋がります。
 先日の子ども教室で講座生の一人が、返事の声が小さい子に対して、「お父さんやお母さんからつけてもらった世界に一つしかない名前を呼ばれたのだから、大きな声で返事しなさい」と優しく諭されました。検定試験合格証をもらう際に、恥ずかしげにしていた子に対して、「あなたは自分の力を精一杯出して合格したのでしょう。もっと自信を持って誇らしく、堂々ともらいなさい」と諭されました。このような声かけが地域内での大人と子どもの交流には欠かせません。これらが地域教育力の向上につながるものと思います。学習成果を生かした学校教育などを支援することによって、交流が深まることを願っています。
 このような取組が少しずつではありますが拡がりを見せています。
 例えば、陶芸教室で学んだ人が学校で陶芸指導をしています。囲碁教室の人が福祉施設で囲碁対局で施設の人から喜ばれています。書道教室の人が学校で習字指導の手伝いをしています。
 このような動きは、まだまだ点にしか過ぎません。点から線へ、線から面へと拡がることを願ってこれからも公民館講座の充実に努めて参ります。