1 はじめに
ただいまご紹介いただきました中川です。よろしくお願いいたします。
今、結婚話の時、身元調査をする人ほとんどいないでしょう。当人同士が好きあって結婚するのです。家柄がどうだなんて問題ではありません。これはこれまでの同和教育の成果の一つだと思います。しかし、就職や結婚などの人生の節目に部落差別が現存していることも事実です。我が国固有の部落問題を始めあらゆる人権問題の解消に向けて地域でも学校でも、行政でもいろいろな人権学習・啓発を進めています。本日は、上天草市の小中学校でその中心となって人権教育を推進している先生達と人権問題について研修する機会を与えてもらったことをとても光栄に思っています。
私が上益城のある小学校に勤務しているとき、登校班内でいじめが起きました。おじいさんは孫のいじめに心を痛められました。地区内で話し合いがもたれました。そのときのおじいさんの言葉です。
「今度のいじめは誰が悪かつでもなか。わしの孫に「いじめないで」といじめをはね返す力が無かったこと。いじめた子に弱い者をいじめることは愚かなことだと気づく力がなかったこと。周りの子にみんなで仲良くしようといじめをやめさせる力がなかったこと。これからこの区でわしや孫のように苦しい思いをする人が出ないようにみんなで子育てにあたろうではないか。」と。
おじいさんが言う3つの力が人権教育で目指している力でしょう。学校ではこれを合い言葉に人権教育に取り組みました。
21世紀に生きるキーワードは「生涯学習」と「人権尊重」です。これは学校でも地域でも家庭でも職場でも大事なことです。この2つの視点から人権について考えていきましょう。
今、午後2時15分です。一番眠くなる頃です。少し、身体と頭を使ってもらいます。
はじめに自分で思い描くコップの絵を描いてみましょう。
いろんなコップの絵が出来ています。たくさんの人に描いてもらいたいのですが代表して2人に描いてもらいましょう。(男の先生 水を飲むコップ 女の先生 取っ手がついたコップ)
私は「コップの絵を描いてみましょう」と言ったのですが、コップの受け止め方でいろいろな形が描かれます。みんなすばらしいコップです。言葉を聞いての受け止め方や思い描くイメージがこのように違いがあることに気づいたことと思います。「私はこう思うからみんなもこう思うはず」という考えはおかしいということがわかりますね。自分の考えを大事に、そして他の人の考えも大事にしていきたいものです。
今皆さんが描いたコップの絵には、いろんな形がありました。しかも、全てが上向きになっています。今こうして私の話を聞いている皆さんの心のコップも上を向いています。下向きのコップに外から水を注いでも、何も溜まっていきません。もったいないことですね。「心のコップ」はいつも「上向き」になるようにしたいものです。
資料1番目の四角は正方形でしょうか? 内側に曲がって見えませんか。家に帰って定規で確かめてください。
3番目の矢印で囲まれた直線の長さはどちらが長いでしょうか? 左側が長く見えませんか。後で物差しで確かめてください。
4番目の2本の線は平行でしょうか? ふくらんで見えませんか。
2番目の絵は、正3角形に見えませんか? 口が開いている絵を隠してみてください。三角形はないでしょう。なのにあるように見える。これらは全て目の錯覚です。
予断と偏見でものを見ると、間違って見えることがあります。「予断と偏見」、これはある一方的な見方・考え方で自分の中にしみこんでしまった見方・考え方です。この予断と偏見は、差別を温存助長させます。「そうかな?」と立ち止まって見つめ直す、考え直すことにより予断と偏見、差別心を少しでも取り除いていくことが大切です。
5番目の絵を見てください。若い女の人に見える人、挙手願います。おばあさんに見える人はいますか?
6番目の絵はおじいさんとおばあさんが向き合っているように見えますか? 人がギターを奏でているように見える人いますか?
隣同士で、教え合ってみてください。
一つの見方を他の見方に変えるのはなかなか大変でしょう。だから出会いが大切だと思います。人と人の出会い、人と人権・同和問題との出会い、いろんな出会いがありますが、正しい出会いをしたいものです。
特に同和問題については、先生方は学校で学び知った方が多いと思いますが、まだ学校で同和教育をしていなかったときも、ほとんどの人が被差別部落の存在を知っていたのです。どうやって知ったかというと、親兄弟、友達などから聞いています。しかもそのほとんどがマイナスイメージで聞いているのです。同和地区の人は怖いとか、恐ろしいとか。「あなたは怖い目にあったのですか?」と尋ねると「誰っでん言いよる」となるのです。自分で直接見たり、聞いたりして得た情報ではないのにマイナスイメージがふくらんで人から人へ伝わったのです。この考えを払拭するのは並大抵のことではできません。だから正しい出会い、正しい理解が必要なのです。
2 教職員の基本的認識の深化
「人の値打ち」をみんなで声に出して読んでみましょうか。
人の値うち 江口 いと
何時かもんぺをはいて バスに乗ったら 隣座席の人は おばはんと呼んだ
戦時中よくはいた この活動的なものを どうやらこの人は年寄りの着物と思っているらしい
よそ行きの着物に羽織を着て 汽車に乗ったら 人は私を奥さんと呼んだ
どうやら人の値うちは 着物で決まるらしい
講演がある 何々大学の先生だと言えば 内容が悪くとも 人びとは耳をすませて聴き
良かったと言う どうやら人の値うちは 肩書きで決まるらしい
名も無い人の講演には 人びとはそわそわとして帰りを急ぐ
どうやら人の値うちは 学歴で決まるらしい
立派な家の娘さんが 部落にお嫁に来る でも生まれた子どもはやっぱり 部落だと言われる
どうやら人の値うちは 生まれた所によって決まるらしい
人びとはいつの日 このあやまちに 気づくであろうか
まだ、この過ちに気づいていない人がたくさんいます。部落差別をはじめ、性差別、障害者差別などの差別があるからその解消と人権文化の花咲くまちづくりを求めて人権・同和教育を推進するのです。
この部落差別の起こりについては先生方、ご承知の通りです。封建時代、時の為政者が幕藩体制を維持するために作った身分制度、更に低い身分として作られたことが起源であることは小中学校の社会の学習で指導するとおりです。
明示政府は、富国強兵 殖産興業 文明開化 四民平等を推し進めました。
そして、1871年(明治4年)8月28日、太政官布告、いわゆる「解放令」を出しました。被差別部落の人々の身分・職業とも平民と同じになると宣言しましたが、宣言のみに終わり、何の行政施策もないまま被差別部落の人々にとってはさらに厳しい貧困と差別が続いたのです。
さらに、1872年(明治5年)わが国で最初の近代的な戸籍、いわゆる「壬申戸籍」が作られました。これには、旧身分や職業、壇那寺、犯罪歴や病歴などのほか、家柄を示す族称欄が設けられていました。戸籍法では、従前戸籍の公開が原則とされていたので、この「壬申戸籍」は1968年(昭和43年)包装封印されて厳重に保管されるまで、他人の戸籍簿を閲覧したり、戸籍謄(抄)本を取るなど、結婚や就職の際の身元調査に悪用されたのです。
一方、近代化を図るための国策とともに日清・日露戦争を契機に資本主義は急速に発達しましたが、多くの国民が低賃金で、長時間働であったのです。特に生活に苦しむ被差別部落の人々は、生きるために、低賃金、悪労働条件下、危険な仕事でも、働かざるをえなかったのです。
このことは、昭和54年の映画「ああ野麦峠」(監督山本薩夫)でも描かれています。明治から大正時代、信州へ糸ひき稼ぎに行った飛騨の若い娘達が吹雪の中を命がけで通った野麦街道の難所、野麦峠。かつて13歳前後の娘達が列をなしてこの峠を越え、岡谷、諏訪の製糸工場へと向かいました。故郷へ帰る年の暮れには、雪の降り積もる険しい道中で、郷里の親に会うことも出来ず死んでいった娘たちも数多かったといいます。ノンフィクション「ああ野麦峠」で知られ、悲しい物語を秘めた所です。
島崎藤村が「破戒」を発表したのが明治39年です。主人公 瀬川丑松は信州の出身ですが、父親から「決して自分の出身を明かしてはならない」という戒めを守り、学校で教鞭を執りますが、周りのいろいろな出来事から父の戒めを破りました。自分の出身を明かし、部落差別の不当性を糺すのではなく外国に出てしまいました。丑松が部落差別から逃げるのではなく、差別解消に立ち向かう先生であったならもっと社会の様子も変わったに違いありません。しかし、当時はそのように厳しい部落差別があったのです。
大正になり、米騒動が起きました。大正7年のことです。政府のシベリア出兵の時期を利用して大商人たちは米の買い占めを行い、民衆は米の値上がりに苦しみ、富山県の漁村の主婦たちが米の安売りを要求して立ちあがったのをきっかけに、全国的な米騒動に発展しました。苦しい生活を余儀なくされていた被差別部落の人々が多数参加したのです。
そして、大正11年3月3日、全国から被差別部落の人々がさまざまな弾圧を乗り越えて、京都の岡崎公会堂に集まり、全国水平社が創立されました。「人の世に熱あれ人間に光りあれ」の水平社宣言を採択し、被差別部落の人々自らの手で解放を勝ち取ろうという運動が青年たちを中心に始まったのです。
昭和21年11月3日、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重の日本国憲法が公布されました。
「オール・ロマンス事件」という言葉を聞いたことがありますか? 昭和26年、京都市衛生局の一職員が、『オール・ロマンス』という雑誌に被差別部落をモデルとして劣悪な実態を興味本位に強調して書いた小説を発表したのです。この問題について部落解放京都府委員会と京都市との話し合いがもたれる中で、「火事が起きたとき、消防車が入れないところはどこか」「下水道が完備していないところはどこか」「子どもたちにトラコーマが多いところはどこか」などを尋ね、その地を京都市の地図に書き入れていったところ、印が集中する地域があり、それが被差別部落であり、生活環境の低位な実態が明らかになったのです。この事件をきっかけに行政施策が必要であるとの考えが広まっていきました。
また、昭和38年、高知県で子どもたちの教育権を保障するために、「教科書無償」の取り組みがはじめられました。高知県の被差別部落の人々が、憲法には「義務教育は無償とする」とある。教科書は無償で支給して欲しいとの運動が起きました。国は、被差別部落の子どもたちに教科書を無償で支給すると回答しましたが、私たちの運動は私たちの子だけに特別に無償支給して欲しいと運動しているのではない。全国の子どもたちに無償で支給して欲しいと願っていると運動を続けました。奈良県でも、その取り組みがはじめられ、ついには、全国的なうねりとなって、昭和38年「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」が成立し、義務教育における「教科書無償」制度が実現をみたのです。
昭和40年、時の佐藤栄作総理大臣に同和対策審議会が「同和地区に関する社会的及び経済的諸問題を解決するための基本的方策」を答申しました。
前文に「同和問題は日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる問題であり、同和問題の早急な解決こそ国の責務であり、同時に国民的課題である。」と明記されています。答申の中で、「近代社会における部落差別とは、ひとくちにいえば、市民的権利、自由の侵害にほかならない。市民的権利、自由とは、職業選択の自由、教育の機会均等を保障される権利、居住及び移転の自由、結婚の自由などであり、これらの権利と自由が同和地区住民にたいしては完全に保障されていないことが差別なのである。これらの市民的権利と自由のうち、職業選択の自由、すなわち就職の機会均等が完全に保障されていないことが特に重大である。なぜなら、歴史をかえりみても、同和地区住民がその時代における主要産業の生産過程から疎外され、賤業とされる雑業に従事していたことが社会的地位の上昇と解放への道を阻む要因となったのであり、このことは現代社会においても変わらないからである。したがって、同和地区住民に就職と教育の機会均等を完全に保障し、同和地区に滞留する停滞的過剰人口を近代的な主要産業の生産過程に導入することにより生活の安定と地位の向上をはかることが、同和問題解決の中心的課題である。」と述べています。このことが進路保障・学力保障が同和教育の総和であるといわれる所以です。
この答申を受けて、昭和44年、同和問題の解決のための法律「同和対策事業特別措置法」がはじめて制定されました。この法律は10年間の時限立法でしたが、3年間延長されました。さらに地域改善対策特別措置法が、同対法施行13年間の成果をふまえながら、なお残された課題を解決するため、より一層の国民の理解と協力を得るという観点から、新規立法として制定され、5年間の期限で施行されました。さらに、地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律が施行されました。これは、一般対策への円滑な移行のための最終の特別法として制定されましたが、平成9年3月31日の改正において、特別対策は平成9年3月31日をもって終了することを基本としつつ、真に必要な事業に限って5年間の経過措置が講じられました。
以上のような同和対策の諸事業によって、住環境の整備でありますとか、経済基盤等の実体的差別はある程度解消されてきました。しかし、今なお、心理的差別は現存しています。平成14年3月31日をもって法は失効しました。この時期、法の失効と同時に同和教育もなくなったとの誤った理解をした人がいましたが、部落差別がある限り同和教育・人権教育を推進していくことは当然のことです。
平成8年、地域改善対策協議会が「同和問題の早期解決に向けた今後の方策の基本的な在り方について」総理大臣・関係各大臣に対して意見具申を行いました。それには、あらゆる差別の解消を目指す国際社会の一員として、その役割を積極的に果たしていくことは「人権の世紀」である21世紀に向けた我が国の枢要な責務である。同和問題など様々な人権問題を一日も早く解決するよう努力することは、国際的な責務である。さらには、差別意識の解消を図るに当たっては、これまでの同和教育や啓発活動の中で積み上げられてきた成果とこれまでの手法への評価を踏まえ、すべての人の基本的人権を尊重していくための人権教育、人権啓発として発展的に再構築すべきと考えられる。その中で、同和問題を人権問題の重要な柱として捉え、この問題に固有の経緯等を十分に認識しつつ、国際的な潮流とその取組みを踏まえて積極的に推進すべきであると述べています。
平成14年に、人権教育・啓発推進法が成立し、人権教育・啓発基本計画が策定されました。
そして、今年の1月文部科学省は、人権教育の指導方法等の在り方について[第2次とりまとめ]を発表しました。基本的な考え方として、「自分の大切さとともに他の人の大切さを認めることができるようになり、それが、様々な場面等で具体的な態度や行動に現れるようにすること」と述べています。つまり、実践的な行動力を身につけるようにすることが求められています。
具体的な力として、「他の人の立場に立てるような想像力や共感的に理解する力」、「伝え合うためのコミュニケーションの能力やそのための技能」、「人間関係を調整する能力」など能力や技能を総合的にバランスよく培うことを求めています。
明治から今日までの同和教育・人権教育を概観してきました。これらは、指導者としての教職員の人権問題に関する基本的認識の深化にあたるものです。
残りの時間は、どのように人権教育を推進していくかについて考えてみます。
3 人権教育の推進
「無知は偏見を生み、偏見は差別につながる」という言葉を聞いたことがあるでしょう。
ものごとを正しく知り、正しく理解することが大切なことを言い表した言葉です。学力がなければ正しく理解することはできません。人権問題の正しい理解のために基礎学力が必要なのです。子どもたちに基礎的基本的学力をはぐくんでください。
学校は組織体です。校長を中心とした組織体として共通理解・共通実践をしてください。このことが学校総体としての人権教育の推進の一つであると私は思っています。ある先生は右の方を向いて指導している。ある先生は左の方を向いて指導している。このようなことでは、子どもや保護者、地域の人はどう進めば良いか分かりません。これは人権教育に限ったことではありません。全ての教育活動に言えることですね。
人権教育の年間計画が作ってあることと思います。学級経営案にも人権教育の方針や視点を明記してあることと思います。私は、日頃の学習指導案にも人権教育の視点を明記するよう求めていました。それも、大まかな「仲間づくり」や「学力保障」ではなく、具体的な言葉として書くよう求めました。仲間づくりではどんな仲間を求めているのか、そのために本時ではどのような力や態度を求めているのか分かりません。
ある職員は「友達の考えをしっかり聞く」などと具体的に書いていました。その職員は、1年生を担任しているとき、一人の子が発表した時、拍手で褒めることはさせませんでした。私も拍手で褒めることは賛成できません。それは、そこで学習が一時中断するからです。
拍手ではなく、一人の発言を受けて、「他の子は、○○さんの意見に賛成です。私は・・・・と思います」などと学習を進めていました。友の意見をしっかり聞き、それを受けて自分の考えを発表することも友の意見を認め、褒めることです。このように具体的に視点を明記することが大切だと思っています。
「あらゆる教育活動の中で人権教育を推進する」この言葉もよく聞く言葉です。人権学習、人権週間、人権旬刊、人権月間は、人権について意図的に、計画的に知識として学んだり、自己決定にいたる思考を学んだりするものです。このような学習と同時に、毎日の生活や学習の積み重ねの中で、つまり学級経営、教科経営の中で人権感覚や実践力を培うことがとても重要であると考えます。
その一つが「生きる力」をはぐくむことです。この生きる力にはシャープな人権感覚を含んでいます。私たちは一つ一つを知識や能力、技能として学び蓄えてもそれを統合して総合的に実践に移すことができなければそれらは無用のものとなってしまいます。さきほど、「人権教育の指導法等の在り方について」で見ましたように、「能力や技能を総合的にバランスよく培うこと」です。これには脳の司令塔とよばれる「前頭前野」を鍛えることです。
東北大学の川島隆太教授は、読み書き計算とコミュニケーション、手指を使い何かをつくりだす、という前頭前野を鍛える3つの原則と説いています。つまり、毎時間の学習を充実させることです。
「人権を大切にする環境を整備する」は説明するまでもないことです。
「豊かな心を育てる」については、これまで私たちはいろいろな心を「豊かなこころ」でひとくくりにしてしまい、どんな心かをあいまいにしたままでした。優しい心、毅然とした心など一つ一つ見て欲しいと思います。
「情緒を育てる」、これは特に感受性や感性を育てることです。感動体験を数多くさせて欲しいと思います。私はこのことを情動体験と言っています。心を揺り動かされる体験です。私が御船町の七滝小学校に勤務しているときのことです。竹林の中にある学校で竹林の向こうに沈む夕日がとてもきれいでした。子どもたちが「校長先生、七滝小学校の夕焼けは日本一です。夕日を見に行きましょう」と私を運動場に誘いました。その日の夕焼けはことのほか美しく見えました。私は思わず「うわぁー、美しかー」と言いました。子どもたちも「美しかー」と言っています。感動は周りにいる人と共有することで増幅されます。このような情動体験を数多くさせて欲しいのです。
最近、自尊感情という言葉をよく聞きます。英語selfesteem(セルフエスティーム)の日本語訳で、弱さや欠点なども否定することなく、「自分が好ましい」と思う感情のことで、自己肯定感と言ったりもします。「自分が認められている」「自分が必要とされている」「自分が大切にされている」と感じた時、この感情が高まります。自尊感情が育っていない子は、「どうせ俺なんか、私なんか・・・・」となげやりになり、勉強にも運動にも集中できなく、将来の生き方にさえ展望が持てなくなります。自尊感情が育っている子は、考え方や生き方が前向きで、しかも「自分の人権を守り、他の人権を守るための実践的な行動ができる」といわれています。
小学校低学年を担任している先生から次のような話を聞いたことがあります。
小学校1年生は、褒めた分だけその子が自信を付けていくのがよくわかります。例えばひらがなの学習で「うわー、この字は上手に書けてるねぇ」と誉めると、すぐに「おれ『な』の名人だけん。」とか、「この文字大得意になったよ。」という言葉が返ってきます。「やればできるんだ」という気持ち(自信)の高まりがひしひしと伝わってきます。就学前や小学校低学年の時期に、周りの大人がていねいに関わって、子どもたちに自信を持たせたり、自己実現の機会を数多く持たせることが子どもの自尊感情を高める土台になると痛感しています。
このような体験は先生方数多く持っていることでしょう。「認め、褒め、励まし、伸ばす」は、熊本県教育の合い言葉です。この「認め、褒め、励まし、伸ばす」の視点で子どもたちに自己実現を体感させてください。
社会教育の観点から言いますと、60歳を過ぎて沢山の人が公民館講座などで学んでいます。その人達の大部分が子どもの頃、自己実現を数多く体感した人です。自己実現の体感は、今と将来の学習意欲を沸き立たせます。
小学4年生から中学2年生までに自己実現を体感した人が第一線をリタイアした後で学習意欲が旺盛であると論文があります。このことは義務教育に携わる者は肝に銘じておくべきことです。
最近、学校や企業などでは、人間関係を豊かにする方法として「アサーティブな気持ちの伝え方」に注目が集まり、学習が進められています。
例えば、買い物や乗り物に乗るために並んでいて割り込みをされ、「自分も急いでいるけど並んで待っている。きちんと並んで順番を待って欲しい。」と思ったとき、皆さんはどう対応しますか?
「こら!横はいりするな!」と相手を責めるような伝え方をして相手を怒らせたり、何も言わず睨んでいるだけでは、自分の気持ちや伝えたいことが正しく相手に届きません。
アサーティブな伝え方とは、「私メッセージ」とも言われ、相手を傷つけないように自分の気持ちを素直に伝えていく方法なのです。
具体的には、
@自分の気持ちや立場をはっきり伝える「私は、〜と思います。〜と感じます。〜しています。」、
A相手への思いやりや相手に対する理解の気持ちを添える「よかったら・・・・。悪いけど・・・・。」、
B相手にのぞむことをきちんと伝える「私は、〜してもらいたいです。〜してほしくありません。」などです。
先ほどの例では、「私たちもずっと待っているんですよ。よかったら、後ろに並んでもらえま せんか。」と、おだやかに返したらどうでしょうか。
私の孫は小学2年生です。めがねをかけています。クラスの男の子から「めがねばばー」と言われることがあるそうです。とてもいやだと言っています。連れ合いが「そんなときにはね、『私はものがよく見えるようにめがねはかけています。小学2年生です。私はババーではありません。私はめがねババーと言われるのはイヤです。』と言いなさい」と教えていました。自分の気持ちを素直にしかも相手を傷つけることなく主張できるようになることは、人権尊重の上からとても大切なことだと思います。
「社会性、コミュニケーション能力を育てる」こともとても大切なことです。これまで提案しましたことは、全て言って聞かせて子どもの身に付くものではありません。全て体験から身に付くものです。どうぞ、子どもたちに情動体験を数多く持たせてください。そして心豊かで、人権感覚シャープな子どもを育ててください。
また、これらの力は当該学校だけでははぐくむことはできません。幼・保・小・中の連携、家庭や地域との連携、さらには関連機関と連携して推進してください。
4 人権啓発の推進
先生方に求められているのは、子どもたちへの人権教育ばかりではありません。保護者や地域住民の皆さんへの啓発も求められています。講話やチラシで、心を揺り動かされるような啓発を期待します。
「差別のないまち」はお帰りになってから読んでください。
皆さんで、「人権感覚」って何ですかを声に出して一緒に読みましょう。
「人権感覚」って何ですか
桑原 律
「人権感覚」って何ですか それは ケガをして 苦しんでいる人があれば
そのまますどおりしないで 「だいじょうぶですか」と 助け励ます心のこと
「人権感覚」って何ですか それは 悲しみに うち沈んでいる人があれば
見て見ぬふりをしないで 「いっしょに考えましょう」と 共に語らう心のこと
「人権感覚」って何ですか それは 偏見と差別に 思い悩んでいる人があれば
わが事のように感じて 「そんなことは許せない」と 自ら進んで行動すること
「人権感覚」って何ですか それは すどおりしない心 見て見ぬふりをしない心
他者の苦悩をわが苦悩として 人権尊重のために行動する心のこと
桑原律さんは、人権についていろんな詩を作詩され私たちに人権について考える場を提供してくださっています。
先生方が、ご自身の人権感覚を磨かれるとともに、人権の世紀21世紀を担う上天草市の子どもたち、熊本県、日本の子どもたちに確かでシャープな人権感覚をはぐくんでいかれますことを祈念いたしまして話を終わります。
長時間のご静聴ありがとうございました。