平成10年12月 |
上益城郡社会教育委員連絡協議会研修会 |
1 はじめに
皆さんは、下村湖人という作家をご存じのことでしょう。佐賀中学校から第五高等学校を経て、東京大学を卒業し、長く教職にあって、退職後は、社会教育者として青少年の指導に当たったことで有名な人です。
その下村湖人の作品「次郎物語」は皆さんよくご存じの通りです。
この物語の中で、次郎は朝倉先生が主催する白鳥会というグループに入っていました。朝倉先生が次郎達に話した「白鳥芦花に入る」という言葉を紹介します。
「白鳥芦花に入る」は、真っ白な鳥が真っ白な芦原の中に舞い込むと、その姿は見えなくなります。しかし、その羽風のために、今まで眠っていた芦原が一面にそよぎ出すと言う意味だそうです。このことを村おこし活動の在り方で次のように説明しています。30代位の若い人たちが20数名集まって会を作り、会員は熱心に村のことを研究し、生活の調和と革新を図っています。その会員は、意見を出し合い、計画を定め、その実現を誓い合いますが、それをみんなに発表するようなことはしないで、率先躬行したり、村の人の中で身近な人を説き伏せていき、いつのまにやら村の気風を改めている。このように話しています。この次郎物語は下村湖人が1936年頃から執筆を始めたということですので、もう60年以上も前のことですが、現在の私たちにも「まちづくり」にある示唆を与えているような気がします。
社会教育委員もある種このような役割を担っていると私は考えています。それでは、社会教育委員の役割を一緒に考えていきたいと思います。
2 社会教育委員の役割
先ず、社会教育委員制度の経緯を見てみますと、
第1は、社会教育行政に広く地域住民の意見等を反映させるため、教育委員会の諮問機関として設けられた制度であることです。このことを合議機関という人もいます。
第2は、市町村の社会教育委員について、青少年教育に関しての指導員的機能が付加されていることです。このことは、教育委員会に出席して、青少年教育について意見を言うことができることです。このことから、独任機関という人もいます。
次に、社会教育委員の制度上の職務を見てみます。
社会教育法第17条に社会教育委員の職務が明記してあります。
社会教育委員は、社会教育に関し教育長を経て教育委員会に助言するため、左の職務を行う。
一 社会教育に関する諸計画を立案すること。
二 定時又は臨時に会議を開き、教育委員会の諮問に応じ、これに対して、意見を述べること。
三 前2号の職務を行うために必要な研究調査を行うこと。
2 社会教育委員は、教育委員会の会議に出席して社会教育に関し意見を述べることができる。
3 市町村教育委員会は、当該市町村の教育委員会から委嘱を受けた青少年教育に関する特定事項について、社会教育関係団体、社会教育指導者その他関係者に対し、助言と指導を与えることができる。
このように法には規定してあります。
3 社会教育委員に期待されるもの
以上のようなことから、社会教育委員の皆様に今期待されていることは、地域住民と社会教育行政とのパイプ役を果たしていただくことです。まとめて言いますと次の2点に集約されます。
○地域住民の社会教育や社会教育行政に対する希望、不平、期待等を整理して、社会教育行政へ伝達する役割。
○社会教育行政の方針、具体的施策、事業の趣旨等を地域住民に周知させる役割。
このことは、平成10年9月生涯学習審議会が文部大臣にたいして答申しました「社会の変化に対応した今後の社会教育行政の在り方について」で次のように述べていることからもうかがうことができます。
○地方分権と社会教育行政における住民参加の推進
「これまで以上に社会教育行政の政策形成過程に住民の意思を反映していくことが求められることから、社会教育委員制度を積極的に活用していくことが必要である。」
○教育委員会における社会教育行政推進体制の強化
「独任機関である社会教育委員は、教育委員会の会議に積極的に出席して意見を述べるとともに、会議体としての社会教育委員の会議の審議機能の強化を図る必要がある。社会教育委員の会議を活性化し、各種審議、提言活動などや、調査研究機能を強化するとともに、公民館、図書館、博物館等の社会教育施設の運営の在り方についても、総合的な企画立案、提言等を行うなど、積極的かつ恒常的な活動が期待される。」
それでは、期待される役割について具体的に考えてみたいと思います。
4 社会全体ですすめよう「心の教育」
栃木県黒磯中学校でのナイフを使った教師殺害事件など青少年の非行が続いています。このような問題の解決には、子どもたちが小さいときから正義感や倫理観、思いやりの心などの豊かな人間性をしっかりとはぐくんでいくことが重要です。このことを中央教育審議会は本年6月30日町村文部大臣にたいして幼児期からの心の教育の在り方について「新しい時代を拓く心を育てるために〜次世代を育てる心を失う危機〜」を答申しました。
答申に当たって根本中央教育審議会会長は談話の中で、
○特に家庭は、すべての教育の出発点であり、基本的なしつけを行う場であることから、どの家庭でも考えていただきたい基本的な事柄について具体的に提言を行いました。これらの提言を手がかりとして、一人一人の親が家庭を見つめ直し、できるところから取り組んで欲しいと願っています。
○地域社会に対しましても、子育て支援や子どもたちの体験活動の振興をはじめ様々な取り組みについて提言を行いました。行政における取り組みはもちろんのこと、青少年団体等の関係団体をはじめ、町内会、企業やメディアなどにも積極的なご協力をお願いしたいと思います。
○学校に対しても、心を育てる場として、道徳教育を充実していくことや子どもの悩みを受け止める相談体制の充実などを求めています。各学校においては、地域の様々な人々の力を借りながら、是非これらの提言内容の実現に向けて積極的に取り組んでいって欲しいと願っています。
このように述べています。
中教審が提言している具体的な内容を見てみます。
提言のいくつかを抜粋しました。
(1)正義感や思いやりの心など豊かな人間性をはぐくもう
子どもたちが身に付けるべき「生きる力」の核となる豊かな人間性とは、
i)美しいものや自然に感動する心などの柔らかな感性
ii)正義感や公正さを重んじる心
iii)生命を大切にし、人権を尊重する心などの基本的な倫理観
iv)他人を思いやる心や社会貢献の精神
v)自立心、自己抑制力、責任感
vi)他者との共生や異質なものへの寛容
などの感性や心である。このような感性や心が子どもたちに確かにはぐくまれるようにするため、我々大人が、大人社会全体、家庭、地域社会、学校の足元を見直し、改めるべきことは改め、様々な工夫と努力をしていこうではないか。
と述べています。
私は、子どもたちが身につけるべき心、持ちたい心、情緒を次のようなもではないかと考えています。
・正義感 ・卑怯を憎む心 ・人を敬う心 ・報恩感謝の心 ・向上する心 ・倫理観
・ルールを守る心 ・善悪の判断 ・ありがたい心 ・がまんする心
・もったいないの心 ・謙虚な心 ・人を思いやる心 ・感動する心
・成し遂げたよろこび、克服したよろこび、
・恥ずかしいおもい、悔しいおもい、辛いおもい、悲しいおもい、腹が立つおもい等
これらの心を、頭で教えるのではなく体験を通して子どもたちに身につけさせたいと願っています。
(2)家庭を見直そう
@家庭の在り方を問い直そう
・思いやりのある円満な家庭つくり ・家族の絆つくり ・家族一緒の食事 ・父親の影響力
A悪いことは悪いとしっかりしつけよう
・間違った行いを正す ・自己責任 ・自分の子もまわりの子も ・環境を大切に
B思いやりのある子どもを育てよう
・祖父母を大切に ・手助けの必要な人への思いやり ・差別や偏見は許されない ・命の大切さ
C子どもの個性を大切にし、未来への夢を持たせよう
・良いところをほめ伸ばす
D家庭で守るべきルールを作ろう
・家事を担わせ、責任感や自立心の育成 ・礼儀 ・我慢 ・家庭内の催事の見直し
E遊びの重要性を再認識しよう
・自然の中で伸び伸びと ・ゆとりを
F異年齢集団で切磋琢磨する機会に積極的に参加させよう
・地域のボランティア・スポーツ・文化活動、青少年団体の活動、地域行事への積極的参加
(3)地域社会の力を生かそう
@地域で子育てを支援しよう
・中・高校生が乳幼児と触れあう機会つくり
A異年齢集団の中で子どもたちに豊かで多様な体験の機会を与えよう
・長期の自然体験活動を振興しよう
・ボランティア・スポーツ・文化活動、青少年団体の活動を活発に展開しよう
・地域の行事や様々な職業に関する体験の機会を拡げよう
・情報提供システムを工夫し、子どもたちの体験活動への参加を可能にしよう
B子どもの心に影響を与える有害情報の問題に取り組もう
・テレビ等の自主規制
・有害情報から子どもを守る仕組み
まだまだ、たくさんの提言がなされていますが、時間がありませんので割愛させていただきます。詳しく見てみようと思われる方は、文部省のホームページをごらんになると答申文全文が掲載してあります。そちらをご覧ください。
さて、熊本県各市町村の社会教育委員の具体的な活動についてみてみましょう。
5 教育委員会からの諮問に応えて
県下では、市町村教育委員会の諮問を受けて社会教育委員の皆さんが各種提言をされています。あるいは現在審議中の市町村もたくさんあります。どのようなことを提言したかあげてみますと、
○生涯学習の推進方策について
○学校週5日制の推進方策について
○生涯学習推進体制つくりについて
○教育委員会2課設置について
○青少年の健全育成を図るための方策について
○公民館長の民間人登用について
○生涯学習センター建設について
○生涯学習に関する市民の意識調査について
○成人の日の式典の在り方について
○新生活運動としての生活儀礼の簡素化について
○幼児期のしつけをどうするかの研究調査
○学社融合の取り組みについて
以上のような内容です。大別しますと、生涯学習の推進に関すること、青少年問題に関することのようです。
それでは、どのような手順で教育委員会からの諮問に応えて提言するか演習してみましょう。
6 演習
お手元の演習問題を見てください。先ず、諮問文と諮問理由書を読んでみます。
諮問
次の事項について、別紙理由書を添えて諮問します。
上益城郡A町青少年の学校外活動について
〜A町青少年の学校外活動充実のための具体的方策について〜
平成10年12月2日
A町教育長 上益城 太郎
A町社会教育委員 各位
諮問理由
中央教育審議会は、「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」の諮問を受けて文部大臣に対して、ゆとりある生活の中で、子どもたちに「生きる力」をはぐくむことの重要性を提言しました。教育課程審議会は「完全学校週5日制の下で、各学校がゆとりのある教育活動を展開し、子どもたちに生きる力をはぐむ」ことを眼目とした学校の教育課程の基準の改善についてを答申しました。さらに、去る11月18日には、新しい学習指導要領案が示され、平成14年(2002)から、学校完全週5日制がスタートいたします。
子どもたちは、家庭や地域社会で諸活動を体験する中で、学校で学んだ知識や技術を生きる知恵へと変容させ、「生きる力」をはぐむことになります。
かかるときに、青少年の学校外活動を充実させることは、本町にとって喫緊の課題であります。
学校・家庭・地域社会が密接に連携、補完しあって、3者が一体となった学校外活動の充実のため、活動の場の開発、指導者養成、情報提供の在り方等の具体的方策を必要としています。
以上の理由により、諮問事項に関する御提言をいただきたく存じます。
私は、この演習をするに当たって国の教育改革の流れと町村諮問事項具現化のタイムスケジュールを次のように考えています。
平成10年11月18日 学習指導要領案提示
11年 2月 町村教育長が社会教育委員へ「学校外活動の充実方策について」諮問
12年10月頃 町村社会教育委員教育長へ答申
11月から 答申内容を社会教育行政施策として検討し、予算化を検討
13年2月 町村議会で諸施策承認(3号委員(議員)皆さんのご支援を必要です)
13年4月 公民館講座での施策の展開(試行として)
13年10月 施策の練り直し、予算化
14年4月 学校完全週5日制スタート
公民館事業(子どもの学校外活動の場設定、指導者派遣、事業の連絡調整、広報等)の展開
次は、答申文です。これまた読み上げます。
平成10年12月2日
A町教育長 上益城 太郎 様
A町社会教育委員の会
代表 甲乙 花子
A町青少年の学校外活動充実のための具体的方策について
本社会教育委員の会で審議会を重ねてきました「A町青少年の学校外活動充実のための具体的方策」について、下記の通り提言として取りまとめました。
つきましは、本町の社会教育行政を展開するに当たり、本提言の趣旨を生かされ、本町青少年一人一人が輝き、郷土A町が輝くふるさとになるよう積極的に取り組まれますことを期待します。
答申文
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そこで、これからの演習で、この答申文を各グループで作成してみましょう。
国の中央教育審議会や生涯学習審議会は、諸施策の啓発という意味もあり長々とした文章で答申文が構成されています。市町村の答申文は住民啓発ということは考えなくて良かろうと思います。こんなことをねらってこんなことを展開したらどうかとか、こんなことも考えられるなど、より具体的に提言した方が社会教育施策として実行しやすいと思います。
それでは、A町の社会教育委員として青少年の学校外活動充実のための具体的方策を考えてください。
6 おわりに
演習しましたことを各町村にお持ち帰りいただきまして、各町村の社会教育行政課題解決に生かしていただきたいと思います。
特に、青少年の学校外活動の充実は喫緊の課題です。平成14年4月からは、学校完全週5日制となるわけです。これは、地域・家庭週2日制ととらえなければなりません。待ったなしです。
社会教育委員の皆様のますますのご活躍をご期待しまして話を終わります。
ご静聴ありがとうございました。