人権の畑を耕しましょう
平成21年11月24日
九州農政局


 皆さん今日は。
 ただいまご紹介いただきました中川です。
 私は12時40分頃、庁舎に着きました。丁度、昼の休憩時間で節電のためでしょう。消灯してありましたので廊下が薄暗くてびっくりしました。担当の方を訪ねて九州農政局総務部人事課の事務室に入ってまたまた驚きました。書庫や書類の合間に事務机が並べられています。「こんな狭い事務室で食の安全・安心を確保する仕事が行われているのか。ここが国民の命を預かる所とは心許ないな」が第一印象でした。
 紹介にもありましたように、私は熊本県庁で6年間仕事をしました。県庁の私がいた社会教育課も狭かったのですが、ここはもっと狭いですね。
 今、行政刷新会議の事業仕分けが連日トップニュースで流れています。先日は、科学技術分野の予算が大幅な縮減となったことに対して、ノーベル賞受賞科学者が異議を唱えましたね。事業仕分け人は、対費用効果で予算の見直しを各省に迫っているようです。国民の血税を湯水のごとく使ってもらっては困りますが、対費用効果からだけでは決められないものがあると思います。
 熊本では、九州新幹線開通に伴い熊本駅周辺再開発の核として期待されていた合同庁舎B棟建設費が無駄な予算は削るとした国交省の概算要求に計上されませんでした。私は、農政局の皆さんがA棟、B棟のどちらに入る予定であるのかは知りませんが、人が生きる上で最も大切な食の安全・安心に係る行政に取り組んでいらっしゃる皆さんの事務室はもっと良い環境のもとで行われるべきですよ。人が生きる権利は最も大きな人権課題ですから。
 本日の研修会での講師を依頼され、気軽に引き受けましたが、後で本研修の趣旨や日程を記した研修要項をみて「しまった。引き受けなければ良かった」と後悔しました。
 と言いますのは、県教育委員会社会教育課で勤務していたとき、課長は当時の文部省からの出向でした。私は、生涯学習の推進に係る仕事を担当していました。丸1日かかって生涯学習の啓発に関する文書を作り上げ、課長に見せたのです。課長は5秒から10秒ほど読み、即座に「もう一度考え直してください」と文書を返されました。私なりに何度も何度も推敲して、書き直したものを見せますと、今度は3秒ほどの斜め読みで「これでは、先ほどの文書がましですよ」と指摘されました。課長の頭脳に驚きました。生涯学習推進会議が予定されていた前日に着任された別の課長は、ほとんど会議のレクチャーを受けないで会議に臨まれたのに、会議では、他課からの質問にてきぱきと回答され、もう何年もその仕事に関わっているような応答でした。私とは頭の作りが違うと痛感したものでした。
 そのような国家公務員の皆さんに人権問題を話すこととなり、とても緊張しています。しかし、引き受けましたからには日頃私が思っていますことを精一杯皆さんに訴えたいと思います。
 皆さんは、小中学校、高校、大学で同和教育あるいは人権教育を学んでこられたことと思います。それを思い起こしていただき、皆さんの人権に関する知識が人権意識となって芽を出す畑を耕す手伝いができれば本望です。
 話に入ります前に、配付しています資料を確認します。レジュメとワークシート、資料1「同和対策審議会答申」、資料2「地域改善対策協議会意見具申」、資料3「閣議決定 人権教育・啓発に関する基本計画」、資料4「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」の4資料、ありますでしょうか? 本日、すべてに触れることはできません。時間を見つけて是非目を通してください。

 早速ですが、ワークシート@を見てください。女性の顔が見えます。年齢はいくつくらいだと思いますか?
 若い女性に見える方?(10人程度挙手)
 お年寄りの女性に見える方?(8人程度挙手)
 両方に見える方?(4人程度挙手) 
  (「なに、両方に見える?」という声が聞こえる)
 両方に見える方が数人いらっしゃいます。隣同士で話し合ってみてください。(「あぁ、なるほど」などの声が聞こえる。)
 どうしても両方には見えないという方、いらっしゃいますか?)(0)
 皆さん両方に見えましたね。
 一つの事柄は、表と裏の2面を含んでいますが、片方に注目すると片方が見えにくくなります。物事には、見える領域もあれば見えない領域もあります。私たち一人ひとりが存在するには、社会が必要です。個人と社会は引き離すことはできません。しかし、社会に注目し過ぎると一人一人の個人が見えにくくなります。反対に個人に注目し過ぎると社会が見えにくくなります。人権問題も同じです。「差別は社会問題だ」と強調しすぎると、「差別は一人一人の個人の課題でもある」ということを忘れがちになります。反対のこともあります。人権問題に限らず物事は、両方から見ることが大事だと思います。人権問題は、社会の課題であり、一人ひとりの課題でもあります。
 ワークシートA「あの人は女性だから」を読みます。一緒に読んでください。


       「あの人は女性だから」

 「課長、先日の書類が仕上がりました。」と吉田係長が私に数枚の書類を差し出した。先週頼んでいた書類がきちんと整理されていた。「よくできているね。」と声をかけると、「ありがとうございました。」と明るい返事が返ってきて、良い職場だなといつも思う。
 5時30分、帰り支度を始めたとき、緊急放送が入った。「重要な会議を行いますので、各課係長以上は会議室にお集まりください。」
 吉田係長が会議用の書類を揃え始めたので、「吉田係長、君はいいよ。帰っても。家が困るだろう。会議内容は明日話すから。」と私が言うと、彼女は少し迷って、「ありがとうございます。それでは失礼します。」と言って帰っていった。
 田中課長補佐が近づいてきて「吉田係長はいなくていいのですか?」と言ったので、「あの人は女性だから。」と言うと、「さすが課長、これが配慮なのですね。」と答えた。
部下に配慮できる課だと評判はいいし、私自身もそう自負している。
                                      (自分のこととして考えよう 人権研修テキストV 熊本県)

 「少し迷って帰っていった」吉田係長は、どんな気持ちだったでしょうか?考えてみてください。
 課長の行為は適切な配慮だった思いますか? 理由も書いてください。
 どなたか発表してもらえませんか?
 (「本人の意思を確認しないで、女性だからと特別扱いするのは適切な配慮だとは思わない」の発表がある。)
 そうですよね。職場の中で責任ある態度をとろうとする女性に対して、本人の意思も確認せずに、「あなたは女性だから」と特別扱いすることで、仕事上、男性と同等の機会を与えなかったら、親切心からであったとしても、それは性別役割分担意識に基づいた間違った配慮ですね。
 性別によって役割を決めているケースは社会でもよく見られます。それが本当に適切なものかどうかをいつも意識して、おかしいと思うことは見直していくことが大切だと思います。
 ワークシートに魚の絵を描いてみてください。絵が上手とかそうでないとかは関係ありません。皆さんがイメージする魚の絵を描いてみてください。
 (3分程度自由に描く)
 (一人ひとりのワークシートを見て回ると、全員頭が左向きの魚を描いている。)
 どなたか、ここに描いてくださる方はいらっしゃいませんか? (左向きの魚を描いた2人に描いてもらう) 
 すばらしい魚の絵を描いていただきありがとうございました。皆さん拍手で褒めてください。
 お二人の絵に共通するものがあります。それは、魚の頭が左を向いていることです。同じように左向きの絵を描いた方挙手してください。(全員挙手)
 右向きの魚の絵を描いた方はいませんね。
 私は皆さんに、「魚の絵を描いてください」と言いました。「頭が左を向いている魚の絵を描いてください」とは言いませんでした。それなのに、皆さん全員が左を向いている魚を描きました。
 どこの研修会でも、本日のようにほとんどが左向きの魚を描かれます。どうしてそうなると思いますか?
 私たちが目にする魚の写真や絵はほとんど左向きです。あるところでは料理に出す魚は左向きと決まっているという話を聞いたこともあります。私たちは毎日の生活の中で空気を吸うごとくに無意識のうちに「左向きの魚」を学習しているのです。
 では、次に牛の絵を描いてみましょうか。
 牛の姿をイメージしてください。色を付けてください。
 お尋ねします。
 あか牛をイメージした方?(4人程度)
 くろ牛の方?(4人程度) 
 白黒のホルスタインの方?(14人程度)
 阿蘇郡産山村で聞いたときは、全員があか牛でした。
 天草で聞いたときは、くろ牛が多かったのです。
 私は、白黒のホルスタインをイメージします。私は農家の長男で、小さい頃乳牛を飼っていました。牛を運動に連れて行ったり、乳搾りをしました。
 どうしてこんなに違った牛の色をイメージするのでしょうか?
 黒牛をイメージする方、出身はどちらですか? (宮崎、五島の声が聞こえる)
 五島の牛は黒牛ですか?(「そうです」) 
 小さい頃からよく見ていた牛の姿が思い浮かびますね。魚の絵といい牛の姿といい、私たちは子どものころから、空気を吸うように「○○は○○」と無意識のうちに身につけていきます。これを刷り込みといいます。
 人はだれひとりとして「偏見」を持って生まれてくるわけではありませんが、この刷り込みが時として、思い込みとなり、そして偏見になることがあるのです。
 では、次の話を考えてみましょう。


     息子よ息子

   路上で交通事故がありました。
   大型トラックが、ある男性と、彼の息子をひきました。
   父親は即死しました。
   息子は、病院に運ばれました。
   彼の身元を、病院の外科医が確認しました。
   外科医は、「息子!これは私の息子!」と、悲鳴をあげました。
                                     (人権感覚を磨こう 人権研修テキストU 熊本県)


 この話を聞いて、どう思いますか?すとんと胸に落ちましたか?何かおかしいところがありませんか?
 外科医は、この息子の何にあたるでしょうか?(「母親」という声が聞こえる)
 そうです。母親ですよね。外科医が母親と分かれば、この話はすとんと胸に落ちます。外科医が男性と思い込んでいると、胸に落ちません。 
 ある職業を聞いて、その人の性別が自動的に浮かんでくることがあります。職業と性別に関する意識が一人ひとりの心に影響を与えている結果です。これが社会意識となります。こうした社会意識を私たちは空気を吸うがごとく自分の中に取り込んでいるのです。
 魚や牛の絵は偏見や差別には直接つながることはないでしょうが、この社会意識となると偏見や差別につながります。
 部落問題についても、同じことがいえます。差別が社会に存在し、偏見に満ちた噂やマイナスイメージがある社会に生活しているあいだに、事実かどうかを確かめたわけでもないのに、被差別部落に対する否定的な感情を持ってしまったりすることがあります。
 ですから私たちは、ものごとを正しく理解するためにこのような研修会や自己学習による自己啓発が大切になるわけです。
 それでは、暮らしの中の人権課題をみてみましょう。
 配付しています「閣議決定 人権教育・啓発に関する基本計画」を見てください。これは平成14年3月に閣議決定されたものです。政権が交代しましたがこの基本計画が大きく変わることはなかろうと思います。この計画の中に、人権課題に対する取組が示されています。人権課題とは、女性の人権、子どもの人権、障がい者の人権、高齢者の人権、同和問題、外国人の人権、HIV感染症等をめぐる人権、ハンセン病をめぐる人権、犯罪者等の人権、様々な人権課題として水俣病をめぐる人権、刑を終えて出所した人等の人権、アイヌの人々の人権、性的指向に係る人権問題(性同一性障がい)、インターネットによる人権侵害などが示されています。
 皆さんの仕事に関係するものとして、女性の人権課題のE 農山漁村の女性が,男性とともに積極的に参画できる社会を実現するため,家庭及び地域社会において農山漁村の女性の地位向上・方針決定への参画促進のための啓発等を実施する。(農林水産省)とありますね。
 このように、各省が取り組む課題を挙げています。時間を見つけて、是非目を通してください。
 本日はこの中で、同和問題、ハンセン病をめぐる人権、水俣病をめぐる人権について考えてみたいと思います。
 同和対策審議会答申を開いてください。この答申は、昭和40年8月、時の佐藤栄作総理大臣に答申されたものです。40年以上も前の答申ですが、同和教育・同和対策の理念として今でも受け継がれています。
 前文に、「いうまでもなく同和問題は人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題であり、日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる課題である。したがって、審議会はこれを未解決に放置することは断じて許されないことであり、その早急な解決こそ国の責務であり、同時に国民的課題である」とあります。
 同和問題の本質の章には、「同和問題とは、日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により、日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても、なおいちじるしく基本的人権を侵害され、とくに、近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという、もっとも深刻にして重大な社会問題である。」と述べています。
 この答申文には、「○○」の言葉が使われています。この言葉は差別語として今使われていません。差別語だから使わないではなく、この言葉で、被差別体験を思い起こし、憤りを覚え、悲しむ人がいるから私は使うことができないとなるよう努力したいと思います。
 私は社会教育主事の頃、約500人規模の社会同和教育研究集会で基調提案をしていました。その中に、「同和教育」とか「同和地区」などの言葉がありました。基調提案が終わってから、ある方から「中川さん、あたが行政職員として「同和教育」とか「同和地区」などの言葉を使うのは当然のことだろう。しかし、あたが「同和地区」「同和教育」と言うたびに私は大きな鉄槌で頭を殴られたような思いがする。こんな思いをせんでよかごつ、1日も早う部落差別がなくなるごつしてはいよ」と言われたことがありました。それは、「同和の人」などと差別的に使われてきた経緯があるからです。
 ある支部長さんが「俺は子や孫の代まで部落差別を残さんごつあたたち行政の人に心から頼みよるとばい。部落差別をなくしてはいよ」と両手で私の手を握りしめ、話されたことがありました。
 同和問題解決の展望を、「同和問題もまた、すべての社会事象がそうであるように、人間社会の歴史的発展の一定の段階において発生し、成長し、消滅する歴史的現象にほかならない。したがって、いかなる時代がこようと、どのように社会が変化しようと、同和問題が解決することは永久にありえないと考えるのは妥当でない。また、寝た子をおこすな式の考えで、同和問題はこのまま放置しておけば社会進化にともないいつとはなく解消すると主張することにも同意できない」と寝た子を起こすな論には同意できないとはっきり述べています。同和教育・啓発が行われている所以です。
 そして、同和対策の具体案として、「同和行政は、基本的には国の責任において当然行うべき行政であって、部落差別が現存するかぎりこの行政は積極的に推進されなければならない。したがって、同和対策は、生活環境の改善、社会福祉の充実、産業職業の安定、教育文化の向上及び基本的人権の擁護等を内容とする総合対策でなければならない」と述べています。
 これを受けて、昭和44年に同和対策事業特別措置法、昭和57年に地域改善対策特別措置法、昭和62年、地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律ができ、生活環境の改善、社会福祉の増進、産業の振興、職業の安定、教育の充実、人権擁護活動の強化などの総合的な施策が推進され、ある一定の改善が図られ、平成14年3月、法が失効しました。法はなくなりましたが、差別がある限り、人権教育・啓発を推進することは当然のことです。
 このことは、地域改善対策協議会意見具申、「同和問題の早期解決に向けた今後の方策の基本的な在り方について」において、「人権教育のための国連10年に係る施策の中でも、同和問題を我が国の人権問題における重要な柱として捉え、今後策定される国内行動計画に基づいて教育及び啓発を積極的に推進し、同和問題に関する差別意識の解消に努めるべきである」と述べていることから伺われます。
 人権教育・啓発が行われています今日なお、結婚差別に苦しんでいる人がいます。市町村の役場等に被差別部落の有無を問い合わせるなど差別事件が続いています。インターネット上で差別落書きがあります。
 自己の責任以外のこと、生まれ育ったところによって差別されるという部落差別の解消は、国の責務であり、国民の課題でもあります。ただ座して待つだけでは差別はなくなりません。自分にできることから差別解消の取り組みをしようではありませんか。
 ハンセン病回復者の人権問題をみてみましょう。
 合志市に、国立ハンセン病療養所菊池恵楓園があります。
 熊本県では、平成15年黒川温泉でハンセン病回復者に対する宿泊拒否事件が発生しました。
熊本県では、ハンセン病に対する啓発活動に力を入れていましたがハンセン病に対する偏見が根強く残っていることが明らかになりました。
 これまで、ハンセン病に関する間違った理解が元で数多くの差別事件が起きました。
 その中に、昭和29年に龍田寮児童通学拒否事件というのがあります。
 菊地恵楓園に入所している親をもつ子どもが生活している竜田寮の子どもが、地元の黒髪小学校に通学することにPTAの間から反対の声があがるという、通学拒否事件です。
 「ハンセン病はうつる病気、恐ろしい伝染病」と思いこんでいたことにより、ハンセン病患者への偏見と恐怖により起きた事件です。竜田寮の子ども達の登校に反対して、同盟休校へと発展したのです。当時の熊本商科大学長が竜田寮の子どもを引き取り、そこから通学させるということで、解決しました。
 「黒髪小PTAの反対派をそこまでかりたてたのは、ハンセン病は恐ろしい病気である、うつる病気であると人々が思いこんでいたからです。わが子を思うあまり取った行動であったと思います。このとき、伝染力は極めて弱く、うつることはないとの理解が出来ていればこのような事件は起きなかったでしょう。無知、知らないことは偏見を生みます。偏見は差別につながります。物事は正しく理解することが大切です」と元恵楓園長由布先生は訴えていました。
 ハンセン病に対する理解不足、誤解から起きる偏見・差別事件解消のため、更なる啓発活動を行っています。
 熊本県には、水俣病をめぐる人権問題があります。
 水俣病が、昭和31年5月1日に公式に確認されて以来、長い年月が経ちましたが、今なお多くの人が健康被害で苦しみ、加えて、地域の内外でいわれのない偏見や差別問題が生じました。
 原因がまだはっきりしなかった頃、水俣病は伝染するという誤解から、魚が売れなくなることを懸念して患者を家の中に隠しました。また、患者が出たと分かると、その家には人々が寄りつかなかったり、様々な嫌がらせをするなど厳しい差別がありました。
 このことを水俣病語り部の杉本英子さんが記した手記が熊本県が作成したに掲載してあります。読んでみます。


                 水俣病の体験から 
                                                               杉本栄子

 私は、水俣の茂道の網元の家に生まれました。そこでは、村中が親戚のようになかよく暮らしていました。しかし、昭和34年、突然、けいれんを起こした母が病院に運ばれ、母の病名がラジオで「マンガン病」と放送されました。当時は原因が分からず「その病気はうつる。」と誤解されたため、村の人は誰も家に寄りつかなくなり、雨戸に石を投げられることもありました。あいさつしても無視され、「道を歩くな。」とも言われました。親戚の人たちにさえ、「この恥さらしが。」となじられました。
 村であったことをいろいろ話して私が泣けば、父は泣いて聞いてくれましたし、「死にたい。」と言えば抱きしめてくれました。「母ちゃんより早う死ねんとばい、母ちゃんな誰が介抱すっとかい?」と。
 そして、毎日、隔離病棟に父が通うようになったとき、「仕事も辞めようばい。母ちゃんが寂しか思いばせんごつ。親子3人、うつって死んでもよかがね。母ちゃんから離れんが。」父の言葉を聞いて、私はとてもほっとしました。隔離病棟に入れられた患者さんたちの様子は「地獄」のようでした。母が10年間入院している間に、たくさんの死に様を見ました。家族も親戚も見舞いに来ないのです。
 私が「死にたい」と叫ぶようになったとき、父は「人様は変えられんとばい。自分が変わっていこうばい」と教えてくれました。「魚を捕るもんは、まず、木ば大事にせんばんとばい。水ば大事にせんばんとばい。あんたは誰よりも人様ば好きにならんばんとばい」ということを毎日聞かされました。あの時代、「人様を好きになれ」という父の言葉が信じられませんでした。「鬼になった村の人たちを、どうして信じらんばならんか」ということで、毎日、父に納得するまで訊きましたが、父は、村や親戚からあったことは聞いてくれても、そのことを教えてはくれませんでした。
 「もう出て行こい、父ちゃん、出て行こい。」と、本当に泣き狂いしたんですが、「母ちゃんも連れて行かんばんとばい。母ちゃんば連れて行けば、死にに行くようなもんばい。我が家で死のうばい。」と父は言いました。
 人様を信じることができなかった私には、父の言葉だけを信じて生きていこうと決めるのに、とても長い時間がかかりました。でも、父が、母だけじゃなく他の患者さんにもいろいろと親切にする姿を見たとき、「やっぱり父ちゃんと母ちゃんと死にたい」と思いました。昭和34年、母が「マンガン病」と放送された日から、私たちは死を覚悟せんばならん時代でございました。これまでの生活の中で、父が人様の悪口を言うのを本当に聞いたことがありません。母がうつる病気として隔離病棟に入れられてからも、仕事を辞めてからも、もっともっと親切にする父の姿を見たとき、父だけを信じて生きていこうという気持ちになりました。
 私が死のうとしたとき、父から「自分が命は自分が大切にせんばつまらんとばい。命ち大切ばい。」と命の大切さ、人の営みを教えてもらい、「人様から好かれんだったっちゃ、海から山から嫌われんごつせんばいかんばい。みんな守ってくれとっとばい。」というようなことを聞いて育って参りました。
 水俣病の本を読み返すとき、私は何も知らなかったんだなということが分かりました。これは罪なんだ、知らないことは罪なんだということを知りました。
                                             (人権啓発資料「こころ豊かに共に生きるU」熊本県)         


 杉本さんが最後に結んでいますように無知や誤解から、患者やその家族の方々は大変つらい思いをしました。私たちは、正しい知識を持ち、被害を受けた方の立場に立って考えることが大切です。
 冒頭申しましたように、人権に関する知識が人権意識となって芽を出す畑を耕していきましょう。
終わりに、ワークシートに示しています次のそれぞれの言葉や表現について、どの程度差別的表現が含まれていると思いますか。
 「差別的表現は含まれていない」「少し含んでいる」「かなり含んでいる」「非常に含んでいる」「わからない」の該当するところに印を付けてみてください。(10分程度各自で考える)
 「父兄」という言葉はどうでしょうか?
 この言葉は、戦前の家父長制の名残や男性社会を示す言葉ですね。学校では保護者と言っています。今、父兄という人はほとんどいませんが、時々、テレビや新聞、雑誌などでこの言葉を聞いたり目にしたりすることがあります。まだまだ、啓発が必要です。
 「良妻賢母」はどうでしょう?
 皆さんは「3従の教え」という言葉を聞いたことはありますか?「家にあっては父に従い、嫁いでは夫に従い、夫死しては子に従う」というものです。あくまで男性を立てて、子育てをし、自分を犠牲にする生き方を言っています。女性蔑視と感じる人が多いですね。
 「片手落ち」はどうでしょうか?
 身体の一部を使った言い表し方がたくさんあります。身体の一部を使った言葉の中には「不快」や「差別的響き」を感じる場合があります。「舌足らずな説明」など、不快に感じる方が多いですね。説明不足をこのような表現をすることはおかしいことですね。「手短に」もそうですね。
長崎では原子爆弾の投下でたくさんの犠牲が出ました。その中に爆風で、鳥居の片方が吹っ飛んで足が1本で立っている鳥居があります。これを以前は片足鳥居と表現してありましたが、今は「1本足鳥居」と呼び方が代わっています。片足鳥居という言葉を聞いて、不快に思う人がいるのなら使わないようにしましょう。 
 「らい病」はどうでしょうか?
 かって「らい病」は公的な使われ方をしていましたが、現在では差別語です。「ハンセン病」と言っていますね。
 「知的障がい」はどうでしょうか?
 「精神薄弱」という言葉が不快感を与えるなどの議論があり、それに代わる言葉として「知的障がい」が使われています。
 ワークシートには「障がい」と書いています。以前は「障害」と漢字で書いていましたが、障がい者の障がいは「さしつかえる」の意とはちがいます。ですから、障がいと使われているようです。
 「同和」はどうでしょうか?
 「同和」の語源は、「同胞一和」とか「同胞融和」の略と言われています。「同和地区」、「同和行政」などと使われています。「同和」という言葉だけを使うことは差別性を含む表現として不適切です。それは先ほど触れたように「同和の人」などと差別的に使われてきた経緯があるからです。「同和行政」とか「同和教育」などのように複合語で使います。
 「文盲率」はどうでしょうか?
 字が読めない、書けないことを目が見えないことに例えています。目が見えなくとも様々な手段で読み書きが出来る人は多いですね。「非識字率」という言葉を使います。
 「痴呆症」の「痴呆」の意味や感じ方が不快であることから「認知症」という言葉を使っています。
 「と殺場」の「と殺」は差別語です。「殺す」という言葉から職業差別につながる響きがあります。「と場」とか「食肉処理場」という言葉が使われています。
 「バカチョンカメラ」はどうでしょうか?
 この「バカチョンカメラ」の言葉で次のような話を聞いたことがあります。韓国旅行をした人が、使い捨てカメラを取りだして、近くにいた韓国の人に「これで写真を撮ってください」と頼んだとき、韓国の人が「どうすればよいですか」と聞きました。「このカメラはバカチョンカメラですからこのシャッターを押すだけです」と言ってにこにこしながら写真を撮ってもらったそうです。ところが写真を撮った韓国の人は目にいっぱい涙をため、体が震えていたそうです。旅行者は「バカチョンカメラ」が差別語、韓国や朝鮮の人を差別する言葉とは知らなかったのです。
 皆さんはご存じでしょう。「バカ」は「馬鹿」、「チョン」は「朝鮮半島の人々」を指し、それらの人々に対する蔑視的表現で差別語という意見があります。「使い捨てカメラ」また、「インスタントカメラ」と言います。
 「外人」は「害人」を思い起こさせると言うことから蔑視的響きを感じる外国人が多いそうです。
 「表日本」「裏日本」、私は小学校の頃社会科でこのように習いました。しかし、「裏」という言葉にマイナスイメージを持つ人が多いのも事実です。今は、「太平洋側」「日本海側」と言う表現をしています。
 「歩くから人間」という広告には、多くの人から抗議があったそうです。特に障がいがある人や関係者に対して極めて不快感を与えます。
 これまで見てきましたように、発言する方は差別しようと思わなくとも、その言葉を聞いた人が極めて不快を感じたり、差別感を持ったりすることがあることが分かったと思います。
 「この言葉を使うと何か言われるけん使わんでおこう」ではなく、「この言葉で心を痛める人がいる。私には言葉は使えない」となりたいと思います。
 これまで見つめてきましたように、私たちは、知らず知らずのうちに他人を傷つけてしまっていることがよくあります。相手の立場に立って考え、自分の言動に責任を持つ「人権感覚」を身につけることが重要です。
 日本国民の食の安全を司る農林水産行政に関わる皆さんが、人権尊重のまなざしを持って職務にお励みになることを祈念して話を終わります。
 長時間のご静聴ありがとうございました。