ぬくもりのある学校
御船町人権教育課題別研究会
御船町カルチャーセンター

 
 皆さん、おはようございます。
 連日30度を超える猛暑が続いていますが、今朝は、暑さの中にも湿気のないカラッとした爽やかさを感じました。阿蘇の山々を眺めながら、中国新疆ウイグル自治区ウルムチやクチャ、ホータン、カシュガルを妻と二人で旅したときのことを思い出しました。日なたは暑いのですが、木陰に入りますと爽やかな風が吹いてそれは気持ちよかったです。
 本日は、暑い中ではありますが、冷房の効いた中での研修会です。御船町人権教育課題別研究会で皆様と人権について考えることができますこと大変光栄に思っています。人権教育研修会ですので、会長のご挨拶にもありました人権課題、中でも熊本県の大きな人権課題であります同和問題、ハンセン病問題、水俣病問題について考えねばならないところですが、既に先生方はいろんな研修会で十分に研修を積んでおられます。本日はこれらの人権問題については割愛させていただき、子ども達の心に落ちる人権教育を推し進める上で根底に置かねばならない「豊かな感性」や「人権感覚」、そして「自尊感情」の醸成について一緒に考えていきたいと思います。
 少し自己紹介をします。ただいま会長からご紹介いただきました中川有紀でございます。
 私の名前は、「有紀」と書いて「ありとし」と読むのですが、「ありとし」と読む方はほとんどいません。ほとんど「ゆき」または「ゆうき」と読まれ、女性とよく間違われます。「ありのり」さんと読まれたのが私の名前に最も近い読み方でした。私は自分の名前が大好きです。「有」という文字は、上に「保」という文字を付けると「保有する」と言う熟語ができるでしょう。「有」は「保つ」という意味があり、「たもつ」とも読みます。「紀」は「21世紀」の「紀」で、「年」という意味があります。そこで、「紀(年)を重ねて年相応の分別ができるような人間になれ」との願いを込めて父が付けてくれた名前です。父の願いに沿うようにと努力はしていますが、なかなか年相応の人間にはなれません。生涯、学習だと思っています。今はこの世にいませんが、こんなすばらしい名前を付けてくれた父に感謝しています。父を敬愛しています。きっと今頃、天国から「今日はちゃんと勉強してきただろうか。皆さんに分かるような話ができるだろうか」と不安げに見守っていることと思います。
 先月69歳になりましたが、今でも小学校や中学校時代の幼なじみからは「ありちゃん」とよばれています。私は「ありちゃん」と呼ばれることを嬉しく思っています。それで、「ありちゃん」を頭に付けた「ありちゃんのホームページ」をインターネット上に開いています。「ありちゃんのホームページ」で検索すると、今日現在、ヤフーでもグーグルでもトップにでます。仕事で疲れたとき、一息つこうかと思われたとき、時間にゆとりがあるとき、のぞいてみて下さい。
 大好きな名前ですが、私は小さい頃、上級生などから、「おっ、アリの来よる。アリば踏みつぶそう」と足で踏みつぶす仕草をしてからかわれたりいじめられることがありました。そんなとき、「俺はアリじゃなか。ありとし」と言って体当たりでぶつかっていました。
 先生方の学級の中で、名前のことでからかわれたり、意地悪されたりして悔しい思い、悲しい思いをしている子がいるかもしれません。そんなとき、みんなの前でその子の名前に込めた親御さんの思いを語って下さい。名前に込められた親御さんの願いや思いを知ったら、からかったり意地悪したりすることの愚かさにきっと気づくと思います。
 お子さんがいらっしゃる方、お子さん誕生の時の感動、名前に込めた思いを話してやって下さい。きっと、お子さんは自分の名前をこれまで以上に好きになり、誇りを持つと思います。自分の名前を好きになり誇りに思うことは、自分自身を好きになり誇りを持つことにつながります。これが自尊感情を育み、自分も周りの人も好きになることができる人に育つと思います。私はこのことが人権教育の礎であり、スタートだと思っています
 いきなりですが、先生方、レジュメの空いているところにコップの絵を描いてみてください。
 皆さんとてもすばらしいコップの絵を描いていらっしゃいます。どなたかこのホワイトボードに描いてもらえませんか?(挙手無し)
 では、私からお願いします。(2人に描いてもらう)
 ○○さん、▽▽さん、とてもすばらしい絵を描いて頂きました。ありがとうございました。
 ○○さんの絵(握りての着いた湯飲み)にちかいコップを描いた方、挙手して下さいませんか?(約30名程度)
 ▽▽さんのコップ(水飲みコップ)に近い方(大多数)
 (ジョッキにちかいコップを描く)このようなコップを描いた方?(挙手無し)
 (コーヒーカップを描く)このようなコップを描いた方?(1名挙手)
 皆さん、ちょっと考えて下さい。私は皆さんに「コップの絵を描きましょう」と言いました。「コーヒーカップを描きましょう」とも「水を飲むときのコップを描きましょう」とも「言いませんでした。でも、皆さんが描いたコップには3つの種類がありました。
 どうしてこんなことが起きるのでしょう?
 同じことを聴いても受け止め方が、人によって違うことがあるということですね。違いを受け止め、認め、共に生きていく力を子どもたちに身につけさせるのが人権教育だと私は思っています。
 この3つのコップの絵を見て下さい。3つの絵に共通するものがあります。何だと思いますか?(一生懸命見つめているが答なし)
 3つに共通するのは、どれも上を向いていることです。皆さん上向きのコップを描かれました。下向きのコップの方はいらっしゃいますか?(返答なし)
 皆さん上向きのコップです。食器棚にコップをしまっておくとき、下向きにしまったり、上向きにしまったり、それはそれぞれの思いがあるでしょうが、私たちが普段目にしているコップは、食卓やテーブルの上での上向きのコップです。「コップは上向き」の固定観念ができているのです。それで私たちは上向きのコップを描きます。コップが上を向いているということは、飲み物を注げば貯まります。
 私たちの周りにはたくさんの情報があります。しかし、聞こうとする気持ちがないといくら情報があっても素通りしてしまいます。聞こうとする気持ちがない人の心のコップは、伏せられているのです。外から水を注いでも、「心のコップ」には、何も溜まっていきません。もったいないことですね。
 今こうして私の話を聞いている皆さんは私を見つめ、一生懸命聴いていらっしゃいます。心のコップが上を向いているからと思います。「心のコップ」がいつも「上向き」になるようにしましょう。このことは子どもたちに是非伝えて欲しいと思います。
 7月11日、広島県から親子でパンダを見に来た子どもが、上野動物園前でパンダの赤ちゃんの死を知って泣きじゃくっている様子がニュースで放映されました。見た方もいらっしゃるでしょう? 子どもは、パンダの赤ちゃんが元気に育つことを一生懸命に願っていたのでしょう。そこへ、赤ちゃんの死を聞いて、悲しさのあまり泣きじゃくったのでしょう。命の尊さを一心に受け止めた姿を見て私も心が揺り動かされました。
 放課後子どもプラン推進事業研修会で、文科省地域・学校支援推進室係長、長田徹さんの話を聞きました。長田さんは、4月まで宮城県仙台市教育委員会の指導主事だったそうです。講演の中で、震災時のたくさんの写真を見せられました。3階の教室に車が押し流されていました。卒業式後のお別れ会のプログラムが残っている黒板は、波で汚されていました。それらの写真を見せながら3.11大震災のことを話されました。その中のいくつかを紹介します。
 仙台市の学校は、津波からの避難場所として校舎は3階建てになっている学校が多いそうです。3.11の津波は想定を遙かに超えた大津波で3階の教室まで押し寄せたそうです。校舎屋上に避難している6年生の子たちがとった行動です。
 学校そばの電柱につかまっていた男性を発見して、みんなでじゃんけんを始めたそうです。男性に声をかける順番を決めるためにじゃんけんをしたのだそうです。
 「おじさーん、眠らないで−」「おじさーん、がんばってー」「おじさーん、もうすぐ夜が明けるよー」など、思い思いに一晩中声をかけ続けたそうです。
 夜が明け、津波が引き、助かった男性は「いつ波にさらわれるかの恐怖、寒さ、そして睡魔に襲われ、何度も手を離しそうになった。そのたびに子ども達の励ましの声が聞こえ、がんばれた。今生きているのは一晩中声を掛けてくれた子どもたちのおかげ。」と話されたそうです。
 別の学校の校長先生が取られた行動です。
 津波でヘドロの海水に頭までつかっていたある校長先生は、子ども達の安否が分かるまでは死ねないとの思いから、引き波の時に背伸びして息をし、押し波で頭まで海水につかり、また引き波で息をして押し波で海水に沈むを繰り返されたそうです。この行動を3時間続けられたということです。そして津波が引いた後で、子どもや先生方の無事を確認されたそうです。大多数の子ども達は自主的に津波から逃れていたそうです。
 我が家が、車が流されているのを屋上から見ていた子どもの話です。
 避難している屋上から、我が家が流されているのをじっと見つめているだけ。中には、流される窓に人影が見えることもあったそうです。家族の一人だったかもしれません。ただ見ているだけで何もできなくて悔しくて悔しくて。悲しみと無力感でいっぱいだったと泣きじゃくりながら言っていたそうです。そんな子ども達が、「あんなときにこそ何かができる人になりたい。そんな人になるために勉強をがんばる」と勉強をがんばっているそうです。また、「自分は生かされている。母が見ている。だからがんばる」と震災から必死に立ち直っているそうです。
 資料につけています熊日新聞「読者の広場」に平成20年5月18日に投稿した「子どもたちに生命の尊厳を」を見てください。前半は省略します。


 ペットショップで買ったカブトムシが死んだとき、「カブトムシの電池が切れた。電池を替えて」のわが子の言葉にがくぜんとした父親は、その子を連れて山へカブトムシの採集に行った。
 そこで採集したカブトムシが死んだとき、「お父さん、カブトムシが死んだ。お墓を作ろう」と言うわが子の目を見て安堵したという話を聞いたことがある。

 子どもたちが命を現実のものと受け止める機会を数多く作りたいと思います。命の尊厳を受け止める子どもを育てることは喫緊の課題であると思います。
 6月は、「いじめ根絶月間」でした。
 各学校では、いじめ根絶に向けた取り組みをしてこられたことと思います。チラシにありましたように今年のテーマは、「つながる“わ” こころのきずなをふかめよう」でした。今お話ししました大震災以来、人と人との「つながり感」が強く叫ばれています。
 この「つながり感」こそ、いじめ不登校問題を考えるとき決して欠落してはならない視点だと思います。
 今、新聞テレビで報道されています滋賀県大津市立の中学校でのいじめ問題は、報道で知る限りですがつながり感が生徒にも先生方にも共有されていたのでしょうか。
 私がある小学校に勤めていますとき、登校班の中でいじめが起きました。
 1年生から6年生までの登校班で登校していました。その地区は、学校まで5kmくらいの山間地です。冬場は子ども達は空に明けの明星が光り輝いている頃、朝の6時40分頃家を出ていました。子どもの足で1時間半くらい要する道を1年から6年生までが一緒に歩いて登校するのです。体の大きさが違います。歩幅も違います。歩くスピードも違います。疲れ方も違います。1年生のスピードに合わせると遅刻します。それで、初めは高学年の子が1年生に対して「急げ!」などの声かけだったようですが、背中を押したり、ランドセルのひもをつかんで引っ張ったりしている内に、段々エスカレートして足を蹴ったりしたようです。
 このことをおじいさんから学校に訴えがあり、担任はじめ地区担当が事実を聞き取り指導していたのですが、いろんな事情から1年生は、校区内の別の地域に引っ越しました。おじいさんは週に1度くらい学校に来ては、私に「校長先生、孫がいなくなって寂しい思いをしています。農作業で疲れて帰っても、孫の『お帰り』の言葉で疲れが吹っ飛んでいました。どんなに疲れていても孫と相撲を取ると疲れは吹っ飛びました。その孫がいない寂しさ、校長先生分かりますか?」と言っておられました。私は話を聞いたあと、「おじいさんも辛いおもいをしていらっしゃいますね。お孫さんは、学校では元気に過ごしていますよ」と言い、教室へ案内し、勉強ぶりや掲示してある作品を見てもらっていました。孫の元気な姿や掲示物を見て安心して帰っておられました。
 2学期の終業式の夜、地区の公民館で、いじめられた子の祖父母、保護者、地区の保護者、区長、公民館の役員の方々が集まり、このいじめ問題について話し合いました。2時間ばかり過ぎたとき、高学年の子の父親がおじいさんの前に出て、手をついて謝ろうとしました。そのときです。おじいさんは「あんたは何ばしよっと!謝らんちゃよか!こんいじめは誰が悪かつでんなか。わしの孫に『いじめんで』といじめを跳ね返す力が身についていなかったこと。いじめた子に『弱い者をいじめるのは愚かなことだ』ということに気づく力が身についていなかったこと。周りの子に『弱い者をいじめることは恥ずかしいことだ』といじめをやめさせる力が身についていなかったこと。この3つの力がなかったけんいじめが起きた。わしや孫のようにきつか思いをする者がこの地区から出らんごつ皆で子ども達に3つの力をつけさせようじゃなかな」と言われました。
 この3つの力は、いじめ根絶の力でもあり、差別解消の力でもあります。
 すべての子どもにこの3つの力をつけさせることが人権学習の目標であると職員で確認し合いました。
 私は、先生方が教材研究を深め、すばらしい教材・教具を駆使し、人権教育を熱心に推し進めても、学級や学校内に「人権尊重の精神」がみなぎっていなければ人権教育は子ども達の心には届かないと思います。
 資料に、私が朝日新聞「声」に平成20年5月17日に投稿した「人権感覚持つ子ら育てたい」を見てください。
 人は自分の短所や欠点を他人に話すことには抵抗があります。しかし、自分のことを理解してもらうには自分のありのままの姿をきちんと話さなければなりません。このような時、所属する集団に、互いの違いを認め、共に生きる感性や人権感覚が育っていれば素直に話すことができると思います。子どもの生活場面に起きる具体的な事例をもとに、豊かな人権感覚を持った子ども達をはぐくんでいただきたいと思います。学級や学校に互いの違いを認め、共に生きる感性や人権感覚が育っていることが人権教育推進の基底に座っていなければならないと思っています。
 そのために、先生方は次のような視点から人権教育を推進していらっしゃることと思います。それは、「自分の大切さとともに他の人の大切さを認めること」ができる力を培い、課題解決に向けた行動力を身につけさせることです。
 その力とは
 ○ 他の人の考えや気持ちなどがわかるような想像力、共感的に理解する力
 ○ 自分の考えや気持ちを適切に表現し、伝え合い、わかり合うためのコミュニケーション力
 ○ 自分の要求を一方的に主張するのではなく他の人との人間関係を調整する力
です。
 このような力をはぐくむ人権教育を発達段階に応じて推進していらっしゃいます。
 人権教育の指導方法等の在り方においても「人権感覚をはぐくみ、人権課題解決のために行動する力を育む」ことが謳われています。
 桑原律さんは、「人権感覚とは、具体的な場面に遭遇したとき、とっさに迷うことなく人間として当然あるべきあり方を行動として示すことのできる感性を指しています。それは、そうせずにはいられない直感的情動に基づく行動であり、正義感と言っても理屈の上ではなく、ごく自然に湧き上がってくる感性の行動化にほかなりません。」と述べています。
 そして、「人権感覚」って何ですかという詩を作っていらっしゃいます。
 資料につけています。一緒に読みたいと思います。しばらく黙読してください。
では、一緒に声に出して読みましょう。

 
          「人権感覚」って何ですか   桑原 律

   「人権感覚」って何ですか
   それは ケガをして
   苦しんでいる人があれば
   そのまますどおりしないで
   「だいじょうぶですか」と 助け励ます心のこと

   「人権感覚」って何ですか
   それは 悲しみに うち沈んでいる人があれば
   見て見ぬふりをしないで
   「いっしょに考えましょう」と 共に語らう心のこと

   「人権感覚」って何ですか
   それは 偏見と差別に 思い悩んでいる人があれば
   わが事のように感じて
   「そんなことは許せない」と 自ら進んで行動すること

  「人権感覚」って何ですか
  それは すどおりしない心
  見て見ぬふりをしない心
  他者の苦悩をわが苦悩として 人権尊重のために行動する心のこと     

                     (ヒューマンシンフォニー 光は風の中により)  


 桑原さんは、人権感覚って何ですかの問いに「だいじょうぶですかと助け励ます心のこと」「いっしょに考えましょうと共に語らう心のこと」「そんなことは許せないと自ら進んで行動すること」「他者の苦悩をわが苦悩として人権尊重のために行動する心のこと」と心、つまり感性を重視しています。この感性は、心を揺り動かされる体験を通して磨かれていくものと思います。冒頭、命のぬくもりを伝えましょうでいくつかを紹介しましたが、私の父の死について話します。
 私の父は、21年前になくなりました。父は生前、「我が家で死を迎えたい」と言っていました。父は我が家で、家族や親族が見守る中で眠るがごとく息をひきとりました。息をひきとるまで、母は、両手で父の手をしっかりと握りしめ、無言で父を見つめていました。父の弟妹は「たもっちゃん、たもっちゃん」と名前を呼び続け、私たち子は「父ちゃん、父ちゃん」と、孫たちは「おじいちゃん、おじいちゃん」と呼び続けました。次第に冷たくなる父の手や足をみんなで必死でさすりました。私は、「父ちゃん、これまでありがとう。これからも俺たちを見守っていてはいよ」とこみ上げる悲しみを必死でこらえながら父に語りかけました。息をひきとると、みんながわっと泣きながら父の体を抱きしめました。
 ノンフィクション作家柳田邦夫さんは自著「壊れる日本人」で、次のように述べています。


 死を目前にしている患者が入っている病室に、心拍数、心臓の鼓動の波形などを示すモニターを病室に設置しているところが多い。病室に詰めている家族の目は、どうしてもモニターに向かう。患者の枕元で手を握り、顔を見つめて、別れの言葉をかけるという別れの行為を誰もが忘れていることに誰も気付かない。医者から「ご臨終です」と言われて家族は死者の顔を見ることになる。


 人の死を見守るにもそれぞれですが、人の誕生や死に立ち会い、心が揺り動かされる中で「生きる」とはを考えたいと思います。心が揺り動かされる体験が豊かな感性をはぐくむと確信しています。
 今の子どもたちには、心が揺り動かされる体験を数多くさせたいものです。
 資料につけています「一冊のノート」、少し長い文ですが、斜め読みで結構ですので読んでください。


                          一冊のノート

                                                            北鹿渡 文照

 「おにいちゃん、おばあちゃんのことだけど、このごろかなり物忘れが激しくなったと思わない。ぼくに、何度も同じことを聞くんだよ。」
 「うん、今までのおばあちゃんとは別人のように見えるよ。いつも自分の眼鏡や財布を探しているし、自分が思い違いをしているのに、自分のせいではないと我を張るようになった。おばあちゃんのことでは、お母さんかなりまいっているみたいだよ。」
 弟の隆とそんな会話を交わした翌朝の出来事であった。
 「お母さん、ぼくの数学の問題集、どこかで見なかった。」
 「おかしいな、一昨日この部屋で勉強したあと、確かにテレビの上に置いといたのになあ。」
 学校へ出かける時間が迫っていたので、ぼくはだんだんいらいらして、祖母に言った。
 「おばあちゃん、また、どこかへ片づけてしまったんじゃないの。」
 「私は何もしていませんよ。」
 そう答えながらも、祖母は部屋のあちこちを探していた。母も隆も問題集を探し始めた。 しばらくして、隆は隣の部屋から誇らしげに問題集をもってきた。
 「あったよ、あったよ、押し入れの中の新聞入れに昨日の新聞と、一緒に入っていたよ。」
 「やっぱり、おばあちゃんのせいじゃないか。」
 「どうして、いつも私のせいにするの。」
 祖母は、責任が自分に押しつけられたので、さも、不満そうに答えた。
 「そうよ、なんでもおばあちゃんのせいにするのはよくないわ。」
 母が、ぼくをたしなめるように言った。ぼくは、むっとして声を荒げて言い返した。
 「何言っているんだよ。昨日、この部屋を掃除してたのはおばあちゃんじゃないか。新聞と一緒に問題集も押し入れに片づけたんだろう。もっと考えてくれよな。」
 「そうだよ。お兄ちゃんの言うとおりだよ。この前、ぼくの帽子がなくなったのも、おばあちゃんのせいだったじゃないか。」
 「しっかりしてよ、おばあちゃん。近ごろ、だいぶぼけてるよ。ぼくら迷惑してるんだ。今も隆が問題集を見つけなかったら、遅刻してしまうところじゃないか。」
 いつも被害にあっているぼくと隆は、いっせいに祖母を非難した。祖母は悲しそうな顔をして、ぼくと隆を玄関まで見送った。
 学校から帰ると、祖母は小さな机に向かって何かを書き込んでいた。ぼくには、そのときの祖母のさびしそうな姿が、なぜかいつまでも目に焼き付いて離れなかった。
 祖母は、若いころ夫を病気で亡くした。その後、女手一つで4人の息子を育て上げるかたわら、児童民生委員や婦人会の係を引き受けるなど地域の活動にも積極的に携わってきた。そんなしっかりものの祖母の物忘れが目立つようになったのは、65歳を過ぎたここ1・2年のことである。
 祖母は、自分は決して物忘れなどしていないと言い張り、家族との間で衝突が絶えなくなった。それでも若い頃の記憶だけはしっかりしており、思い出話を何度もぼくたちに聞かせてくれた。
このときばかりは、自分が子どもに返ったように目を輝かせて話をした。両親が共稼ぎであったことから、ぼくたち兄弟は幼いころから祖母に身の回りの世話をしてもらっており、今でも何かと祖母に頼ることが多かった。
 ある日、部活動が終わって、ぼくは友だちと話しながら学校を出た。途中の薬局の前で、友だちの一人が突然指さした。
 「おい、見ろよ。あのおばあさん、ちょっとおかしいんじゃないか。」
 「ほんとうだ。なんだよ。あの変てこりんな格好は。」
 指さす方を見ると、それは季節はずれの服装にエプロンをかけ、古くて大きな買い物かごを持った祖母の姿であった。確かに友だちが言うとおり、その姿は何となくみすぼらしく異様であった。ぼくは、あわてて祖母から目を離すとあたりを見回した。道路の向かい側で、二人の主婦が笑いながら立ち話をしていた。ぼくには、二人が祖母のうわさ話をしているように見えた。
 祖母は、すれちがうとき、ほほえみながら何か話しかけた。しかし、ぼくは友だちに気づかれないように、知らん顔をして通り過ぎた。友だちと別れた後、ぼくは急いで家に帰り、祖母の帰りを待った。
 「ただいま。」
 祖母の声を聞くと同時に、ぼくは玄関へ飛び出した。祖母は、大きな買い物かごを腕にぶら下げて、汗を拭きながら入ってきた。
 「ああ、暑かった。さっき途中であった二人は・・・・。」
 「おばあちゃん。なんだよ、その変な格好は。何のためにふらふら外を出歩いているんだよ。」
 ぼくは、問い詰めるような厳しい口調で祖母の話をさえぎった。
 「何をそんなに怒っているの。買い物に行ってきたことぐらい見れば分かるでしょ。私が行かなかったら誰がするの。」
 「そんなこと言っているんじゃない。みんながおばあちゃんのことを笑っているよ。かっこ悪いじゃないか。」
 「そうして、みんなで私をバカにしなさい。いったいどこがおかしいって言うの。誰だって年をとればしわもできれば白髪頭になってしまうものよ。」
 祖母のことばは、怒りと悲しみで震えていた。
 「そうじゃないんだ。だいたいこんな古ぼけた買い物かごを持って歩かないでくれよ。」
 ぼくは腹立ちまぎれに祖母の手から買い物かごをひったくった。
 「どうしたの。大きな声を出して。おばあちゃん、ぼくが頼んだものちゃんと買ってきてくれた。」
 「はい、はい。買ってきましたよ。」
 隆は、買い物かごをぼくから受け取ると、さっそく中身を点検し始めた。
 「おばあちゃん、傷バンと軍手が入っていないよ。」
 「そんなの書いてあったかなあ。えーと、ちょっと待ってね。」
 祖母は、あちこちのポケットに手を突っ込みながら1枚の紙切れを探し出した。見ると、それは隆が明日からの宿泊合宿のために祖母に頼んだ買い物リストであった。買い忘れがないように、祖母の手で何度も鉛筆でチェックされていた。
 「やっぱり、傷バンも軍手も、書いてありませんよ。」
 「それとは別に、今朝、買っておいてくれるように頼んだだろう。」
 「そんなこと、私は聞いていませんよ。絶対聞いていません。」
 「あのね、おばあちゃん・・・・。」
 隆は、今にもかみつくような顔で祖母をにらんだ。
 「もうやめろよ。おばあちゃんは忘れてしまったんだから。」
 「なんだよ、おにいちゃんだって、さっきまで、おばあちゃんに大きな声を出していたくせに。」
 ぼくは不服そうな隆を誘って買い物に出かけた。道すがら、隆は何度も祖母の文句を言った。
 その晩、祖母が休んでから、ぼくは今日のできごとを父に話し、なんとかならないかと訴えた。父は、ぼくと隆に、先日、祖母を病院に連れて行ったときのことを話し出した。
 「お前たちが言うように、おばあちゃんの記憶は相当弱くなっている。しかし、お医者さんの話では、残念ながら現在の医学では治すことはできないんだそうだ。これからもっとひどくなっていくことも考えておかなければならないよ。おばあちゃんは、おばあちゃんなりに一生懸命やってくれているんだからみんなで温かく見守ってあげることが大切だと思うよ。今までのように、何でもおばあちゃんに任せっきりにしないで、自分でできることぐらいは自分でするようにしないといけないね。」
 「それはぼくたちもよく分かっているよ。だけど・・・。」
 これまでの祖母のことを考えると、ぼくはそれ以上何も言えなくなった。
 その後も、祖母はじっとしていることなく家の内外の掃除や片づけに動き回った。そして、ものがなくなる回数はますます頻繁になった。
 ある日、友だちからの電話を受けた祖母が、伝言を忘れたため、ぼくは友だちとの約束を破ってしまった。父に話したあと怒らないようにしていたぼくも、このときばかりは激しく祖母をののしった。

 まだ途中の方もいらっしゃると思いますが、3ページ中程から私が読みます。一緒に読んでみましょう。


 それから1週間あまりすぎたある日。捜しものをしていたぼくは引き出しの中の一冊の手あかに汚れたノートを見つけた。何だろうと開けてみると・・・
 それは、祖母が少しふるえた筆致で、日ごろ感じたことなどを日記風に書き綴ったものであった。見てはいけないと思いながら、つい引き込まれてしまった。最初のページは、物忘れが目立ち始めた2年程前の日付になっていた。そこには、自分でも記憶がどうにもならないもどかしさや、これから先どうなるのかという不安などが、切々と書き込まれていた。普段の活動的な姿からは想像できないものであった。しかし、そのような苦悩の中にも、家族と共に幸せな日々を過ごせることへの感謝の気持ちが行間にあふれていた。
 「おむつを取り替えていた孫が、今では立派な中学生になりました。孫が成長した分だけ、私は歳をとりました。記憶もだんだん弱くなってしまい、今朝も孫に叱られてしまいました。自分では気付いていないけれど、ほかにも迷惑をかけているのだろうか。自分では一生懸命やっているつもりなのに・・・・あと10年、いや、せめてあと5年、なんとか孫たちの面倒をみなければ。まだまだ老け込む訳にはいかないぞ。しっかりしろ。しっかりしろ。ばあさんや。」
 それから先は、ペ−ジを繰るごとに少しずつ字が乱れてきて、判読もできなくなってしまった。最後の空白のページに、ぽつんとにじんだインクのあとを見たとき、ぼくはもういたたまれなくなって、外に出た。
 庭の片隅でかがみ込んで草取りをしている祖母の姿が目に入った。夕焼けの光の中で、祖母の背中は幾分小さくなったように見えた。ぼくはだまって祖母と並んで草取りを始めた。
 「おばあちゃん、きれいになったね。」
 祖母は、にっこりとうなずいた。

                                             文部省道徳教育推進指導資料集第4集(平成6年3月)


 私はこの文を読むたびに心が揺り動かされ、声がつまってしまいます。お聞き苦しかったことと思います。
 この資料を使った道徳の授業を参観した人の話です。


 一人の男子生徒が、読み終わると泣いていました。ワークシートの半紙の上に涙がぼろぼろ落ちました。それを必死で袖でぬぐっている様子を見た私も涙が止まらなくなりました。隣の女子生徒の目にも涙がいっぱい浮かんでいました。結局この子は、ワークシートには何も書くことはできませんでした。
 先生はこの子をどう評価するのだろうと、担任の先生に尋ねると、先生は「ここに涙のあとがあります。何かを書いたのより彼の気持ちが分かります」とおっしゃいました。


 このように心を揺り動かす授業を通して子ども達の感性を豊かなものにしたいと思います。
 そこに、相田みつおさんの色紙をコピーしています。
 「うつくしいものを美しいと思えるあなたのこころがうつくしい」
 美しいものを「美しい」と思える、いいことを「いいなぁ」と思える、幸せなことを「幸せだなぁ」と思える、そういう心が大切ではないでしょうか。
 美しいものに感動できるために必要なのは、素直な心ではないかと思います。
 人はもともと感動できる美しい心をもっています。
 今は七滝中央小学校に統合されてなくなりましたが、旧七滝小学校に勤務していたときのことです。子ども達が、「校長先生、七滝小学校の夕焼けは日本一うつくしいです。見に行きましょう」と運動場に連れて行きました。学校の周りは竹山で囲まれています。竹林の向こうに真っ赤な夕日が落ちようとしています。その夕日と夕焼けの美しさは言葉には言い表せません。「うわー、きれいかー」と言うと子ども達も「今日の夕日は本当にきれい」と言って顔を見合わせていました。感動をみんなで共有するとその感動はさらに増幅されますね。
 先日、久しぶりに甲佐町のアユ祭りの花火大会を見ました。緑川沿いに打ち上げられる花火はそれはきれいでした。大勢の見物客で押すな押すなの人だかりでした。見物客の中に、小学校の低学年らしき女の子とお母さんが見ていました。女の子が「うわー、きれいか! うわー、音の大きか!」と言うと、お母さんも一緒に「うわー、きれい!」とその美しさを共有しておられました。少し早めに帰りかけていると、先ほどの親子とほぼ同じくらいの年格好の親子連れがいました。やはり、女の子が「うわー、きれいか! うわー、音の大きか!」と言いました。すると、お母さんは「せからしか、黙って見きらんとね」と女の子を叱りました。女の子は黙ってしまいました。
 花火大会でどちらの女の子が心を揺り動かされたでしょうか。
 心を揺り動かすのは、人の生死や美しさに対する感動ばかりではありません。部活動などで勝ったときのうれしさ、負けたときの悔しさ、体育祭で苦しさを乗り越え練習に励み見事な応援を成し遂げたときの達成感など、心が揺り動かされる情動体験の機会はたくさんあります。この情動体験が豊かな感性を育み、人権感覚を豊かにします。
 私は、人権を考えるとき私たちの心に育っていなければならないものに「自尊感情」があると思っています。
 子どもたちの自尊感情をはぐくんで欲しいと強く思います。
ものの本を読んでみますと、自尊感情を支える4つの感覚があるといいます。
 もっとも大切な感覚は、「包み込まれ感覚」です。
 包み込まれ感覚とは、自分の身近にいる人が自分を温かく包み込んでくれているとか、自分を愛してくれているなどだれかが自分の気持ちを分かってくれているという感覚です。
 乳幼児期に子どもが泣き声や微笑みなどの信号を発信したとき、親や周りの人がそれに反応することで子どもに安心感を与えています。これが自分は受け入れられている、包み込まれているという感覚です。
 この4月、次男に待望の赤ちゃんが生まれました。今、3ヶ月です。じじバカですがそれは可愛いです。微笑えんだり、べそをかいたり、大声で泣いたりします。そのたびに次男は、「寂しかったね」「おしりが気持ち悪かったね」など声をかけています。抱き上げたり、声をかけるだけで泣き止んだり、微笑んだりします。このような親や家族の反応が、小さな赤ちゃんに安心感を持たせるのですね。生後、7〜8ヶ月くらいから人見知りが始まりますが、自分を包み込んでくれている人は、自分の安心・安全を託すことができる人。あまり接触していない人は、自分の安心・安全を託すのが不安な人。接触が少ない人は、自分を包み込んでくれるか不安です。だから怖くて人見知りするのでしょう。ですから、乳幼児期に包み込まれ感覚を実感させることが大事なのです。しかし、家庭の事情で乳幼児期に包み込まれ感覚を持てなかった子どももいることでしょう。子どもとかかわる者が肯定的に評価し、かかわることで包み込まれ感覚を補うことができます。学級生活の中で、温かく肯定的な眼差しで子どもたちを見つめ、「自分は学級の中で温かく包み込まれている」という感覚を実感できる学級経営が大切だと思います。
 この「包み込まれ感覚」が「自己有用感」「自己効力感」に影響を与えます。自分を価値ある人間としてみる自己効力感はタマネギのような構造だと言われています。
 タマネギは、真ん中に青い芯があります。自分がしたことを良いと感じるのが青い芯です。タマネギの芯が暑さや寒さに弱いのと同じように、自分だけの評価でつくった自己効力感は、難しい課題とか障害にぶつかるとすぐにしおれてしまいます。父親が褒める、母親が褒める、友達が褒める、先生が褒める、地域の人が褒めるなどいろいろな人が褒めていくことによって、自分なりの自己効力感が1枚1枚皮で覆われ、タマネギのような形になるのです。
 社交性感覚とは、友達が言ったことを自分はよく分かる、自分の言ったことは友達がよく分かってくれる、という友達との心の通じ合い感覚です。
 勤勉性感覚とは、自分はこつこつと努力する人間だ、何かをやり始めたら最後までやり通すという感覚です。
 自己受容感覚とは、今の自分が好きだとか、自分の性格が好きという感覚です。
これまで見てきました自尊感情は、自分だけの独りよがりでははぐくまれません。周りの人の肯定的な眼差しや周りの人との関わりの中ではぐくまれます。
 先生方は「ピグマリオン効果」という言葉を聞いたことがあるでしょう。ギリシャ神話の一つですが、昔キプロス島にいた若い王「ピグマリオン」は、美しい女性の像を彫るのが好きでした。彼は大理石に全身全霊を込めて女性像を彫り続けました。完成した像は生きているように美しく、ピグマリオンは女性像に恋をしてしまいました。このことを聞いた愛と美の女神アフロディテが大理石の女性像に命を吹き込みました。命が宿った像はガラテアと名づけられ、二人は結婚し、いつまでも幸福に暮らしたという話です。
 この話は「強く信じ続けて行えば、願いは必ずそのとおりになる」「自分が肯定的な眼差しで見れば必ず相手も応えてくれる」ことを教えてくれる伝説です。
学級・学校で自尊感情をはぐくむ環境を作って欲しいと思います。その環境とは、包み込まれ感覚を獲得できる環境、自己受容感覚が獲得できる環境、自己効力感を獲得できる環境、社交性感覚が獲得できる環境です。
 いま、ロンドンオリンピック真っ盛りです。体操団体が銀メダルに輝きました。体操種目の難度の高い技を開発した人を顕彰して、「ツカハラ」とか「モリスエ」などとネーミングされています。
 先生方も、考え方や解き方を考案した子どもの名前を取って「○○ちゃん式解き方」などネーミングされるでしょう。そのような中で子どもたちは自分はかけがえのない存在という感覚を感じます。
 このような取り組みを通して子どもたちの自尊感情をはぐくんでください。そして、子ども達一人ひとりの心に落ちる人権教育を推進してください。
 本日のテーマ「ぬくもりのある学校」とは、周りの人が自分を温かく包み込んでくれ、分かってくれていると実感できる学校、自分をかけがえのない存在として認めてくれる学校、できるという可能性が信じられ、失敗が許されるだけでなく再チャレンジができ、プロセスが大切にされる学校、互いが相手の言うことを理解でき、心が通じ合う学校だと考えます。
 子ども達一人一人が、誰かが見守ってくれている、誰かが寄り添ってくれているという肯定的な「まなざし」を実感できる学校・学級づくりに取り組まれますことを祈念して話を終わります。
ご静聴ありがとうございました。


感想

・中川先生のあたたかい人柄がとても印象的だった。もう少し話を聞きたいと思った。

・心が揺さぶられる講演だった。自分の人権感覚を磨き、子どもの感性を磨くよう努めていきたい。

・あっという間に感じた。「学校に人権尊重の風土ができていないと優れた人権教材も上滑りしてしまう」という言葉が心に残った。

・中川先生の話は今回初めて聴かせていただきました。ここ最近、連日のようにいじめ事件がニュースで大きく取り上げられています。私自身もクラス担任していて、人ごとではないと感じていました。しかし、今日の話を聞いてすごく勉強になったと同時に子ども達一人一人にしっかり向き合って寄り添っていきたいと思いました。

・優しい語り口で「ぬくもり感」を感じる講演でした。教師の人権感覚が将来のある子ども達に大きな影響を与えることを再認識しました。自分自身の人権感覚を日々磨いていきたいと思う講演でした。

・人権教育の視点や人権感覚についてわかりやすい言葉で話していただき、すんなりと頭に入っていくような気がしました。自尊感情を育む環境を学校でも家庭でも心がけていきたいと思います。・具体例を挙げながらのお話で大変わかりやすかった。桑原律さんの「人権感覚って何ですか」の詩はとても心に響くものでした。拡大して職員室や校長室に掲示したいと思います。それから保護者にも紹介していきたいと考えています。午後からのレポート研にも役に立ちました。

・一冊のノートの文面に涙がこぼれました。心揺さぶられる講演でした。

・命のぬくもりから、いじめをなくす力、人権感覚とは、と幅広い内容で勉強になりました。「一冊のノート」を読んで、おばあちゃんの様子が母と重なり、涙が出てしまいました。自分の人権感覚もまだまだ不十分ですが、いろいろな体験を通して特にきついことがあったことで気付くことができるようになりました。自分のことを思い出し、人に優しくならなければと思いました。

・認知症のおばあさんの話がとても心に残りました。我が家にも認知症の年寄りがおり、日々奇想天外なことを言っていたり、やっていたりする。けれども子ども達は決して祖母を怒らない。働き者で優しかった以前の姿の思い出がそれぞれの心にあることと、記憶にないことを責めることがただいまの祖母を傷つけるだけだと思うためかと思う。人のことを理解しようとする力は、毎日の生活の中で培われていく。やはり周りの大人達の姿が大切になると思う。一日一日の授業実践、生活指導が人権意識を培うものであるように努めたい。

・「一冊のノート」を読んで、自分の言動について改めて考えさせられました。子どもと接する時、指導しなければと思い、ついついマイナス面を指摘してしまいます。これから意識してプラス面を本人や保護者に伝えていきたいと思います。

・中川先生のとてもあたたかい人柄が伝わる講演でした。情動、心を揺さぶられる体験、経験を自分自身で数多く積み重ねていきたいと思います。

・心あたたまる講演でした。特に、「一冊のノート」では、子ども達と同様、心を揺り動かされました。学校に戻ってこの話をしていきたいと思います。また、包み込まれ感覚に満ちた学級を目指していきたいと思います。

・あたたかいお話ありがとうございました。紹介してくださったエピソードはどれも今後大切にしていきたいと思いました。コップの話を子ども達にも是非伝えていきたいと思います。

・コップの絵を描いたり、資料の中に詩や話があったり、興味を引くものが多く、とても充実した内容でした。自分の感覚を見直すよい機会となりました。また、お話を聞いてみたいと思います。

・実践や体験からのお話でしたのでわかりやすく心の中にストンと落ちました。ぬくもりのある学校、学級、人を目指して取り組んでいきたいと思います。

・「命のぬくもり」という言葉は抽象的な言葉であるが、人権を考える上では、命の重たさをたとえるシンボリックな言葉だなと感じた。ぬくもりを温めるのも冷やすのもその人の人となり次第。行動する感性は、まだ遙かに遠い到達目標であるが、自らの人となりを形成していきたいと思う。

・心が揺り動かされる体験が大切なこと。改めて再認識しました。今回の講演のお話は、とてもわかりやすく、聞きやすかったです。もっともっと、中川先生のお話を聞きたいなあと思いました。貴重な時間でした。ありがとうございました。

・人権教育をするためには、人権尊重の精神が身に付いていなければならない。それと、学級や学校の中で取り組んでいけるぬくもりのある学級・学校にするためには、自尊感情を持つことが大事だと言われたことが印象に残った。ゆとりのない時間で自尊感情を生むことができるか心配な気がした。私も子ども達に静かに寄り添って見守っていけるように努力したい。

・感動する体験を積み重ねる事の大切さを改めて感じました。自分と結びつけてたくさん感動することで、人の喜びや悲しみ、痛みにも気づけるようになると思いました。学級づくりでも、全員で感動して心を耕せるような取り組みをしていきたいと強く思いました。

・一冊のノートから祖母を思い出しました。祖母が私を認め、あたたかい言葉を掛けてくれる存在であったことを思い出しました。祖母に対してもですが、周囲の子どもたちに対しても、包み込まれ感覚を与えられる存在でありたいと思いました。

・人権感覚を育む、自尊感情を育む、2学期からの実践で直ぐに取り組んでいき、ぬくもりのある学校、学級にしていきたいと感じました。命のぬくもりに関してのお話や心を揺り動かされる体験を子どもたちにさせていきたいと思いました。

・講演を聴いて、講師の先生の地域の花火大会での子どもの発言「わあ、きれい」というものに対して保護者が「静かにしなさい」と言われたことが心に残りました。これは学校生活でも一緒じゃないかと思い、自分自身、生徒の反応に共感している場面が少ないなと反省しました。今回のことを踏まえ、今後の生徒指導に生かしていきたいです。

・クラスの子どもたちにも、我が子にも、「命のぬくもり」を伝えているかなと振り返りました。そして、これから少しでも多く「命」のことを伝えていきたいと思いました。「人権感覚」はまず、私自身本当に感じ行動できるのか、自分の人権感覚をもっと高めていきたいと思います。

・人は情動体験をたくさんすることで、いろいろな立場を理解し、行動できるようになっていくことが分かった。「一冊のノート」は涙が止まらなかった。子どもたちにも、この心を動かす体験をさせたいと思った。

・死や老いのとらえ方をもって人権教育を語られたり、震災のこともパンダの赤ちゃんの死のことも、全て大切な人権意識としてとらえることができました。中川先生の年代だからこそ語ることのできる、ぬくもりを感じることのでいる講演だったと思います。

・中川先生の語り口調、身近な事例を用いた講演でとてもわかりやすかったです。情動体験を通して人権感覚を育む・・・・、それができていなければどんなに人権教育をしてもうわべだけになってしまう・・・。確かにそうだなと思いました。自分自身でも分かっているができていないことを思い知らされ、豊かな人権感覚を育んでいかなければと再認識でき、とてもよい機会になりました。

・「一冊のノート」を読むと、自分自身も同じような経験があり、とても考えさせられました。また、自尊感情を高める取組の大切さ、実際、現在受けもっている子の中にも、低い子もいるので、学活や道徳の時間等を中心に取り組んでいきたい。

・先生のあたたかく熱の入った話に、引き込まれていきました。途中から涙が止まらなくなり、自分自身が心が揺り動かされる体験をさせていただきました。「いじめをなくす3つの力」を頭に入れて、今後生徒指導に関わっていきたいと思いました。本当にすばらしい講演、ありがとうございました。

・自尊感情は周囲との関わりがなければ育たないということを、先生の話で改めて深く理解することができました。一人一人の違いを受け入れ、認めること、簡単なようで難しい面もありますが、自分自身まだまだ成長が必要であると感じました。子どもたちが見守られていると感じながら学校生活が送れるよう努力していきたいと思います。

・「家庭に子どものプラス面を伝えること」2学期は確実にこのことを実践していきます。中川先生の話も資料も大変参考になりました。

・自尊感情を高めていくことは非常に大切だと思いました。コップの絵のように人それぞれいろんなとらえ方があるので、それぞれを受け止めなければならないことを再確認できました。また、人権感覚という言葉をよく耳にしますが自分自身が具体的に分かっていませんでした。人権感覚をしっかり身につけるよう人権学習だけでなく日頃の学習指導をしっかりがんばっていきたいです。

・最近の子どもたちが、あまりにも体験から学んだ事柄が少ないので、この子どもたちの将来を心配する毎日です。スポーツでもいい、文化活動でもいい、いろいろな経験をさせて心を豊かにさせることの大切さ、今更ながら痛感しています。先生のお話からも情動体験の重要性を学ぶことができました。ありがとうございました。

・何度聞いても心温まる講演でした。人権感覚を磨くのは、その人に寄り添う心があれば次第に磨かれるのではないでしょうか。子どもは、私たち大人の姿を見て育っていきます。私たちの感性を感じて子どもの感性も磨かれていくと感じます。

・熱い心のこもった中川先生の伝えたい気持ちあふれる講演ありがとうございました。いじめをはね返す力、いじめの愚かさに気づく力、いじめを止めさせる力を常に忘れたくないと思いました。

・包み込まれ感覚という言葉を初めて聞き、とても印象に残りました。家庭や学級で安心して過ごせることで自尊感情が高まることを改めて感じました。そういう雰囲気を創っていきたいと思いました。

・大変すばらしい講演で内容がいい。講師の中川先生の人間性、人間愛に触れ感動した。

・人は情で動く。しかし、プラスの情とマイナスの情に支配されるのが子どもも否大人の集団。プラスの情にしていくのはかなり難しいこと、言うは易く行うは難し。しかし、マイナスの情をプラスの情にどう変えていくのかが実践である以上は自らの行動力、やる気、気力、体力が常に問われる。

・心が揺り動かされる体験や自分を受け入れてくれる環境が子どもの自尊感情を育てていく上で大切なことを改めて感じた。いじめをなくす力(はね返す力、気づく力、止めさせる力)は、身につけさせたい力で、無関心が人を傷つけていることも知って欲しい。今回の講演で学んだことを2学期からの実践で生かしていきたい。

・中川先生のとても心の温かいお人柄が伝わる講演でした。情動、心が揺さぶられる体験、経験を自分自身で多く積み重ねていきたいと思いました。

・いじめをなくす3つの力、「いじめをはね返す力、弱いものをいじめてはいけないと気付く力、止めろという周りの人間の力」この3つの力を子ども達に付けさせてやりたいと強く思った。そして、情動体験という言葉が印象に残った。心を揺り動かされる体験を感性の鋭い時期にたくさんさせる必要性を感じた。

・いじめをなくす3つの力、できて当たり前のことなのにできない。直ぐできそうなのになかなかできない。この3つのいじめをなくす力を身につけさせる努力を親、子ども、先生達で協力してやっていきたいと思った。

・心を揺り動かすような体験を我が子にも生徒達にもなかなかさせてあげていないことに気付きました。もっともっと子ども達の感性を磨く手助けをしていきたいと強く思いました。

・「1冊のノート」で涙が流れてしまいました。(自分の母親と重なってしまい)命の大切さ、家族のつながり、改めて感じさせられました。今後も中川先生の言葉をしっかりと心の中に入れ、人権尊重の精神を持った教師になれるよう日々子ども達と接しながら身につけていきたいと思います。

・子どもが、そして私たちが気付くべき点を一つ一つ教えていただいたような気がします。具体例も紹介されたのでわかりやすかったです。「一冊のノート」は自分の母と重なるところがあり、心打たれてしまいました。

・中川先生の講演は、自分の考えを変えるような内容だった。「一冊のノート」を読んで心温まる話で思わず泣いてしまった。

・内容が盛りだくさんで結局何を伝えたいか分かりませんでした。