幸せはみんなの願い
平成20年11月7日
山鹿市鹿央多目的研修センター

 皆さんこんばんは。ただいまご紹介いただきました中川です。よろしくお願いします。
 ただいま5人の小中学生がすばらしい人権作文を発表しました。その中に山内小学校の子どもがいました。
 私事ですが、長男が新任教員として5年間山内小学校にお世話になりました。皆様方に育てていただきました。その間、結婚しました。披露宴会場にたくさんの子ども達も駆けつけてお祝いしてくれました。本当にお世話になりました。ありがとうございました。
 ところで、昨日は、アメリカばかりでなく世界中が注目した日でした。アメリカ合衆国で初めての黒人大統領誕生という新たな歴史が刻まれた日でした。第44代大統領にバラク・オバマさんが選ばれました。
 勝利宣言演説で、若者と高齢者、富める者と貧しい者、民主党員と共和党員、黒人と白人、障害を持つ人とそうでない人が出した答え。それは、アメリカは一つだというメッセージを世界に伝えたこと。私たちは今も、これからもずっとアメリカ合衆国だ。リンカーンは、「我々は敵ではなく友人なのだ」と語った。好意のきずなを断ってはいけないと言っている。アメリカの強さは、民主主義と自由、機会、希望という理想が持つ不朽の力だ。イエス ウイ キャンと演説しました。
 アメリカ国民は幸せをオバマさんに託し、オバマさんはこれに応えた演説だったと私は受け止めました。本日の講演題を「幸せはみんなの願い」としていますが、幸せを願う心は世界共通だと思います。
 先ほど、私のことを「中川ありとし」さんと紹介して頂きました。私は「有紀」と書いて「ありとし」と読みます。
 私が新任である小学校に赴任したときのことです。校長室にあいさつに行くと、校長先生は私の顔をまじまじと見つめながら、「あたはほんなこて中川先生な。私は職員に今年は2人女性の先生が赴任してくると紹介していたのに。男の先生な。ほんなこて中川先生な」と私に念を押されました。校長先生は、私の名前を「ゆき」または「ゆうき」と読まれたのでしょう。だから私を女の先生と思い込まれたのだと思います。
 先ほど言いましたように「有紀」と書いて「ありとし」とよみます。65歳になった今でも、小学校や中学校の同級生、幼なじみからは「ありちゃん」とよばれています。
 「有」という文字は、上に「保」という文字を付けると「保有する」と言う熟語ができるでしょう。「有」は「保つ」という意味があり、「たもつ」とも読みます。「紀」は「21世紀」の「紀」で、「年」という意味がありますね。そこで、「紀(年)を重ねて年相応の分別ができるような人間になれ」との願いを込めて父が付けてくれた名前です。私はこのようなすばらしい名前を付けてくれた父に感謝しています。私が小中学生の頃、当時は農家の長男は跡取りをするのがあたりまえという時代でした。祖父はいつも「お前は長男だけん跡取りばせにゃんぞ」と言っていました。しかし、父は、「先生になろごたる」と言う私を「お前の好きな道を歩め」と応援してくれました。そんな父を尊敬し、敬愛しています。
 その父に1度だけ強く抗議したことがありました。
 私が結婚を意識し始めた頃、昭和44年のある日のことです。私が結婚しようと思っていた女性、今の連れ合いですが、どこでどのように育ったかなどを聞いていたことを知ったからです。
 当時は、「どこん人か、どぎゃん人か調べたな?」は結婚話の時によく出ていました。しかし、「生涯共に暮らす女性」と私が決めた彼女と私の人権を侵された思いで、「おるがこの女性と結婚したいと決めたのに、おるば信用できんとな」と強く抗議しました。父は何も言いませんでしたが、下を向いたままのその姿から父の思いが伝わってきました。結婚に際しては心から祝福してくれました。当時、私は同和教育という言葉は知りませんでしたが、これが私と同和問題との出会いでした。
 私は社会教育主事の頃、社会同和教育研究集会で基調提案をしていました。その中には「同和教育」とか「同和地区」などの言葉がありました。基調提案が終わってから、ある方から「中川さん、あたが行政職員として「同和教育」とか「同和地区」とか言うのは当然のことだろう。しかし、あたが「同和地区」「同和教育」と言うたびに私は大きな鉄槌で頭を殴られたような思いがする。こんな思いをせんでよかごつ、1日も早う部落差別がなくなるごつしてはいよ」と言われたことがありました。
 ある支部の支部長さんが「俺が大声であたにいろいろ言うけん、俺があたばおごりよると思うちゃおらんな。子や孫の代まで部落差別を残さんごつあたたち行政の人に心から頼みよるとばい。部落差別をなくしてはいよ」と両手で私の手を握りしめ、話されたことがありました。
 自分の責任以外のこと、生まれた所によって差別を受ける部落差別はあってはならないことです。
 部落差別を始めあらゆる差別をなくす取り組みは、すべての人の願いです。
 啓発活動が進んで、日頃は、「俺は、差別もなんもしよらん。誰とでも付き合っている」と人は口にします。しかし、結婚や就職と言った人生の節目の時、差別意識が心の奥底から出てくることがあるのです。
 熊本県が作成した「人権教育研修テキスト」に、熊本県が平成16年度に調査した県民意識調査のデータが記してあります。
○同和問題に関し、どのような問題が起きていると思うか」の問に、複数回答ですが、
  @結婚問題で周囲が反対すること               54.4%
  A身元調査をすること                    41.8%
  B就職・職場で不利な扱いをすること             29.8%
と答えています。結婚や就職と言った人生の節目のときに差別意識が出てくることがこのことからも伺うことができます。
○結婚問題に対する態度について、子どもが同和地区の子どもと結婚するときどうするかの親の態度を聞いた問に対して、
  @子どもの意見を尊重する。親が口出しすべきことではない   62.5%
  A親として反対するが、子どもの意志が強ければしかたがない  30.0%
  B家族や親戚の反対があれば、結婚を認めない          4.1%
  C絶対に結婚を認めない                    3.4%
6割の人が親が口出しすべきことではないと回答しています。これまでの人権・同和教育の成果だと思います。しかし、反対するがしかたがないと回答した人が3割もいること、さらに、結婚を認めないが7、5%もいることはさらなる教育啓発が必要なことを示しています。
○結婚問題に対して、同和地区の人と結婚しようとしたとき周囲の反対があればどうするかの本人の態度を聞いた問に対して
  @親の説得に全力を傾けたのち、自分の意志を貫いて結婚する  54.5%
  A自分の意志を貫いて結婚する                26.7%
  B家族や親戚の反対があれば、結婚しない           15.2%
  C絶対に結婚しない                      3.6%
5割強の人が親を説得して結婚すると答えています。これも、これまでの同和教育の成果だと思います。自分の意志を貫くと合わせると8割の人が結婚すると回答しています。しかし、反対があれば結婚しない、結婚はしないと回答した人が2割弱もいることです。
 同和対策審議会答申のもと、同和教育が始まって、40年近く経った今でもこのような考えの人がいることを私たちは重く受け止め、さらなる人権・同和教育・啓発活動を進めていかなければならないと思います。
 次のデータはを見てください。児童生徒、保護者の願いです。
 まず、児童生徒の回答です。
 ○「学校であなたにしてほしいことはどんなことですか?」に対して
@授業が分かるように工夫してほしい             46.1%
Aしかるとき、何が悪いのかわかるように教えてほしい     12.0%
B自分の考えや悩みをしっかりと聞いてほしい         10.7%
 「わかるように教えてほしい」と5割弱の子が答えています。学校では、全員がわかる授業を目指して授業は展開されていますが、子ども達が「わかりたい」という気持ちを強く持っていることを先生方には受け止めてほしいと思います。
 ○「部落差別についての学習でどのようなことがわかりましたか?」に対して
@理由もなく差別を受け、苦しんでいる人がいること      62.3%
A部落差別をなくすためには、思いこみや間違った見方などをしないで、自分自身で考え判断することが大切なこと                   29.0%
B差別を許さない、差別に負けない強い心をつくること     28.3%
 「ある地域に生まれたから」という自分の責任外のことで差別を受けることの不合理さを子ども達は理解しています。また、「思いこみ」「間違った見方」をせずに、自分自身で学び判断することの大切さに気付いています。
 ○「部落差別の問題を解決するために、今あなたにできることはどのようなことですか?」に対して、
@部落差別を正しく理解する                 27.1%
A人ごとでなく自分の問題として差別をなくすよう努力する   21.4%
Bおかしいと思ったことは積極的に伝える           18.8%
 「部落差別を正しく理解すること」「自分の問題として差別をなくす努力をすること」を挙げています。先ほどの小中学生の意見発表は、人権問題を自分のこととして受け止めての発表でした。
 次は保護者の回答です。
 ○「同和問題の解決に必要なことはどんなことだと思いますか?」に対して
@同和問題を解決するための教育・啓発広報活動を推進する   50.7%
A同和問題について、自由な意見交換ができる環境をつくる   40.5%
B行政が差別を受けておられる方々の自立しやすい生活環境をつくるよう努力する 
                              31.7%
 「教育・啓発」の必要性を強く感じています。本日の人権を考える集いも啓発活動の一環であると思います。
 ○「学校の人権問題の研修会などについて、どのようにお考えですか?」に対して
  @講演会などで、いろいろな体験談などを聞きたい       36.2%
A人権についての学習の大切さは理解できるが、人権問題以外の学習もしたい 13.1%
B講演会などで、いろいろな人権問題についてじっくり学習したい  13.1%
 21世紀は、人権の世紀とも生涯学習の世紀とも言われています。人権尊重の視点から生涯学習をすることを回答しています。
 ○「お子さんの人権学習について、どのようなお考えですか?」に対して
@自分の考えをはっきりと伝えたり、相手の気持ちをきちんと理解できるように育ててほしい                             22.4%
A高齢者の方や障害者の方達との交流学習を通して、優しさや思いやりなどしっかり学んでほしい                           20.7%
Bお互いを認め合い、励まし合いながら、育ち合う環境で学習させたい  19.2%
 これからの人権教育に望む児童生徒・保護者の考えが見えてきます。
 今年の4月、人権教育の指導方法等に関する調査研究会議は、「人権教育を通じて育てたい資質や能力」についての第3次とりまとめを発表しました。
 それには、「人権教育を通じて育てたい資質や能力」を「自分の人権を守り、他者の人権を守るための実践行動」としています。行動する力を求めています。そして、行動する力となるのは、自分の人権を守り、他の人の人権を守ろうとする意識と意欲と態度が必要であるとしています。さらに、意欲や態度を導き出すのが、人権に関する知的理解と人権感覚としています。そして、人権感覚とは、人権が持つ価値や重要性を直感的に、共感的に受け止めようとする感性や感覚としています。
 これら人権教育が成立する基盤として教育・学習環境を挙げ、人権学習環境は、「人権尊重が徹底し、人権尊重の精神がみなぎっている環境」としています。
 今、学校ではこの提言を元に人権学習が進められていますが、このことは学校のみならず、家庭においても地域社会においても進めねばならないものと思います。
 資料の新聞切り抜き「人権感覚持つ子ら育てたい」をご覧下さい。
 小学4年生の孫娘に電話すると、いつものような元気がない。訳を聞くと、「明日体育の授業でリレーがある。去年、リレーの時、私が走るのが遅いので私の組はビリだった。みんなからとても嫌なことを言われた。明日、またリレーがある。嫌だな」と言う。
 妻は、「リレーであなたの走りが遅くて負けたのなら、みんなにごめんなさいと言いなさい。それでも、みんなが文句を言うなら先生に相談しなさい。泣いたり怒ったりしては駄目」とアドバイスした。孫娘は、「分かった」と言った。
 周りから「おまえのせいで負けた」と責められると、「自分はダメな人間」と思いこみ、自信喪失になる。不登校や引きこもりになりかねない。
 孫の憂鬱は、人権感覚を育てることに直結する問題だと思う。人は自分の短所や欠点を他人に話すことには抵抗がある。しかし、自分のことを理解してもらうには自分のありのままの姿をきちんと話さなければならない。このような時、所属する集団に、互いの違いを認め、共に生きる感性や人権感覚が育っていれば素直に話すことができる。子どもの生活場面に起きる具体的な事例をもとに、豊かな人権感覚を持った子ども達をはぐくんでいただきたいと願う。
 日常生活の中で、人権上問題のあるようなできごとに接した場合に、直感的にそういうできごとはおかしいと思う感性や、日常生活において、人権への配慮が態度や行動に現れるような人権感覚
を養って欲しいと思います。
 つまり、「自分の大切さとともに他人の大切さを認めること」ができる力を育てることだと思います。この根底には、「自尊感情」が横たわっていることです。
 子どもがこの自尊感情を醸成していく子育て、教育、環境が大切だと思います。
 自尊感情は、算数や国語の勉強のように毎日「自尊感情を育てなさい」と声かけしても育つものではないと思います。
 今学校では、「認め、褒め、励まし、伸ばす」の視点で教育にあたっておられます。これは学校教育に限らず、社会全体で行うものと思っています。そして、子どもたちに自己実現を実感できる機会を数多く持たせることにより、自尊感情が育まれていくと思います。
 「子どもを褒めて自己実現増幅」をご覧下さい。これは、孫が1年生の時のことを投稿したものです。
 小学校1年生の孫が通知票を持って来た。通知票には、学習の様子、係の役割、出席状況、身体の様子、そして子どもの学校での暮らしぶりが所見として担任の先生の心温まる言葉で、実に丁寧に書き記してある。
 所見を声に出して読み、「うわー、2学期は1日も休まなかったんだね。体が丈夫になったね。『計算ができる』や『本読みができる』は、三重まるになっている。勉強もがんばっているね。係の仕事も一生懸命している。お友達とも仲良く遊んでいる。すごいぞ!」とほめると孫は、はにかみながらもうれしそうに「学校は楽しいよ。」と声を弾ませて応える。家族一人ひとりに通知票を見せながら、学校での様子を話している。その得意げな顔。瞳が輝いている。
 自分がしたことを人から認められたり、ほめられたりすることで存在感や有用感を実感する、いわゆる「自己実現」を味わっているのであろう。この自己実現が、現在はもとより生涯にわたっての学習意欲をかきたてる源であるという。公民館講座やカルチャーセンターなどで学んでいる意欲旺盛な人のほとんどは、小中学生時代に「自己実現」を実感する機会が多かったようだ。
 子どもたち一人ひとりの学習や生活の様子などつぶさに観察し、通知票にまとめて保護者に伝えることは大変な労力であろう。先生方のご苦労に頭が下がる。心を込めて作られた通知票をもとに家庭でも子どもたちを認め、ほめ、励まし、伸ばしたい。このことが子どもたちの「自己実現」を増幅させ、学習意欲旺盛で主体的に生きる人づくりにつながるはずだ。
 人は認められ、褒められると、いくつになってもうれしいものです。それは、自己の存在感や有用感を実感するからです。この実感の積み重ねが自尊感情を醸成します。学校ばかりでなく、家庭でも地域でも、認め、褒め、励まし、伸ばしていきたいものです。
 先ほどの小中学生の意見発表の中に、部落差別を始めあらゆる差別をなくす子ども人権集会で、中学生が発表した「「ありがとう」の響く家から」がありました。
 その人権作文を資料につけています。平成19年度全国中学生人権作文コンテスト県大会最優秀賞で、熊日新聞で報道されましたのでお読みの方もおいでのこと思いますが、大急ぎで読んでみます。一緒に読んでみましょう。


               「ありがとう」の響く家から 本渡中学校2年 森下真旺

 「人権って何だろう」
 人権といえば、「差別をなくそう」とか、「友だちを大切に」などといった呼びかけの言葉がすぐにうかんでくる。
 でも、人権ってそれだけのことなのだろうか。辞書で「人権」という言葉を調べてみると、「人間が人間として生まれながらに持っている権利」と書いてある。言葉としてはわかるが具体的に考えてみると、結構難しい。
 私は人権という言葉についていろいろ考えてみた。すると、私が小学校2年生の頃のある出来事が頭に思い浮かんできた。
 私の両親は小学校の教師をしている。ある日の夜のことである。その日は父が夜の会議で遅くなるので、母が早く帰ってくる予定になっていた。しかし、学校で何かトラブルがあり、母は担任している子供の家に家庭訪問に行くことになった。母が家にたどり着いた時には、すでに10時を回っていたそうだ。
 その日、私と2歳年下の妹は、8時頃まで夕ご飯も食べずに母を待っていた。でも妹がおなかをすかせているのを見かねて、私は目玉焼きを2つずつ作り、妹と一緒に食べた。そして、二人で入浴し、いつもの約束通り9時半頃には床についた。
 妹は寝る前に、母にあてて広告紙の裏に手紙を書いて玄関の所に置いていた。
 母によると、その手紙にはこう書いてあったそうだ。
 「おしごとおつかれさまでした。おねえちゃんがめだまやきをふたつつくってくれたので、なっとうといっしょにたべました。めだまやきはふたつだったけど、わたしは4にんで1つずつのほうがいいです。おやすみなさい」
 母は翌朝、私と妹に「ありがとう」と言った。夜帰ってきて手紙を読んだとき、母は大泣きしたそうだ。
 母から「ありがとう」と言われたときは、得意満面に「どういたしまして」と言った私だったが、母が泣いた理由はわからなかった。でも、今考えてみると、母があの手紙を読んで涙を流した理由がわかる気がする。
 我が子を家に残して夕ご飯も作れなかったとき、子供達が助け合って、自分達が出来ることをしていたことに感謝したのだろう。そして、親のことを気遣い、大切に思っている妹の手紙に心がふるえたのだろう。
 私は人権について考えることで、忘れかけていた大切な思い出を思い出すことができた。
 私は人権というのは難しいことではなく、人に感謝する「ありがとう」という言葉から始まるのではないかと思う。「ありがとう」という言葉は自分の心を優しくしてくれる。「ありがとう」という言葉は、相手の心を温かくしてくれる。「ありがとう」という言葉は人と人とをつなぐ。そして、人と人とがつながれば、人はもっと元気になれる。
 「ありがとう」という言葉は「有り難し」という言葉からできている。当たり前のことを当たり前と思わず、有り難いと思える事にでも感謝の気持ちを表すことの大切さが込められているのではなかろうか。
 私の両親は生活の中でどんな小さなことでも「ありがとう」と言う。食器を運んでくれて「ありがとう」。テレビをつけてくれて「ありがとう」。
 それに私と妹の誕生日には、「生まれてきてくれてありがとう」。私には、なんでもないと思える事でも、「ありがとう」と言うのだ。
 両親が毎日のように「ありがとう」と言っているおかげで、私も「ありがとう」と言えるようになってきた。すぐにパッと言葉が出てくるわけではないが、例えばお弁当を作ってもらったら、「お弁当ありがとうございました。おいしかったよ」と弁当箱を洗って母に返している。
 これからも「ありがとう」という言葉が響く家をずっと続けていきたい。そして、もし私にできるのなら、世界中のみんなが「ありがとう」を素直に言える世界にしていきた。私はこの大きな目標に向かって、自分の目の前の人に「ありがとう」を伝えていきたいと思う。
 人権について考えているうちに「ありがとう」という言葉にたどり着いた。今生きている私たちは、数え切れないほどの偶然と無数の命のバトンを受け継いで生まれてきた。だとすれば、命を授かって生きていること自体が「有り難い」ことなのである。
 生きていることに感謝してしっかりと生きていくことが、人権そのものなのかもしれないと、私は考えている。

 読んでどう感じましたか?私はこの作文を読むたびに目頭が熱くなります。
 「おしごとおつかれさまでした。おねえちゃんがめだまやきをふたつつくってくれたので、なっとうといっしょにたべました。めだまやきはふたつだったけど、わたしは4にんで1つずつのほうがいいです。おやすみなさい」
 この文から、家族の濃やかな愛情と信頼が目に浮かびます。人権について中学生がこのように考えていることに驚きと同時に喜びを感じました。そして、人権意識とは家庭生活の中から生まれてくるのだというのを実感しました。
 また、人権子ども集会では、高校生が部落差別とたたかっていることを発表しました。
 「あそこって元部落よね」という友達の発言について両親や担任と話し合い、当人だけでなく他の親しい友達にも自分が差別とたたかう生き方をしていることを話します。すると、友達は、「あなたがどうだと言うことは関係なか。私たちは友達よ」と言ったそうです。高校生は、「関係なかではない。あなた達が部落差別をする側に立つのではなく差別をなくす側に立って欲しい」「共に差別をなくす仲間になってほしい」との思いから、一人でも多くの差別をなくす仲間を増やしていきたいと熱い思いを訴えました。彼女の思いが、会場の私たちの心に響きました。
 「部落差別は関係なか」ではないのです。私たち一人ひとりに関係があります。私たちに関係があるからこそ、今夜はこんなにたくさんの方がお集まりです。部落差別を始めあらゆる差別を他人事として受け止めるのではなく自分のこととして受け止め、みんなが幸せに暮らせる世の中になる努力を続けましょう。
 人権教育の指導法のあり方の中にありました「人権感覚を豊かにする」には、豊かな感性が必要です。感性は感動から生まれます。感動は、一人で味わうより数人で味わうと倍加します。
 益城中央小学校には、南京ハゼが植えてあります。これから紅葉の季節となりますが、この南京ハゼの紅葉はそれはきれいです。晩秋の寒い朝、1年生の子が小さな手を真っ赤にして南京ハゼの葉っぱを拾っていました。私は、生活科か算数で使うものとばかり思っていました。ところが、1時間目が終わった休み時間、1年生の子が輪ゴムで束にした南京ハゼを持ってきて「校長先生プレゼントです」と言うではありませんか。思いもしなかったことで私はとてもうれしく、「うわー、きれいなプレゼントありがとう」と子ども達と握手しました。子ども達は少しはにかみながらもうれしそうでした。
 七滝小学校は、竹林に囲まれた学校でした。晩秋になると、竹林の向こうにこんなに大きく、真っ赤な夕日が沈みます。子ども達が「校長先生、夕日を見に行きましょう」と誘いに来ました。その日の夕日はことのほか美しく、竹林の向こうはあかね色に染まり、真っ赤な夕日が今沈もうとしていました。「うわー、きれいかね」と言うと、子ども達は「七滝の夕日は日本一きれいだもん」と言います。一人で夕日を眺めるのも感動しますが、数人で見ながら「うわー」と感動するのではその質が違います。いくつになっても感動したいものです。
 私は心を揺り動かされる体験を情動体験と言っています。今の子ども達にはこの情動体験が少ないようです。
 私の次男はばあちゃんっ子です。義母が8月亡くなりました。脳溢血で倒れそのまま息を引き取りましたので、家族誰も最後の別れをすることはできませんでした。家族が帰って母が亡くなっていることに気付きました。次男にも職場にすぐに電話しました。次男は、帰って来るなり、母に抱きつき、「ばあちゃん。ばあちゃん」と泣き叫びました。冷たくなっている母の顔に手を当てたり、手を握りしめていました。棺にうつすときも目を真っ赤にして母の体を抱いて、「ばあちゃん。ばあちゃん」と心の中で呼び続けているようでした。そして、ばあちゃんに贈る言葉を書こうと色紙を用意して真っ先に「ばあちゃん、ありがとう。ばあちゃんのことは決して忘れません」と書いていました。出棺するときも、母の体を花いっぱいに飾り、手を握りしめて最後の別れをしました。火葬が終わるまで泣き続けていました。次男にとっては、物心が付いてからずっと母がそばにいましたので別れがとてもきつかったようでした。
 身近な人と最期の別れをするという体験、あるいは生命誕生を身近に体験するなどの心を揺り動かす体験を子ども達にはさせたいと思います。そこから、命に対するいろんな思いをつかみ取ることと思います。これらが人権感覚を豊かなものにするものと思います。
 思いこみや決めつけについて考えてみたいと思います。
 県民意識調査のデータの中にもありました。人権教育指導法のあり方の中にもありました。人権問題を解決するには、物事を思いこんで決めつけることではなく、正しく理解することが大切です。しかし、私たちは意外と思いこみや決めつけていることが多いように思います。
 皆さん、魚の絵を描いてみましょう。(3分程度自由に描く)
 できるなら皆さんにここで描いてほしいところですが本日は時間がないので、私がここに描きます。(頭が左向きの魚と右向きの魚を描く)
 おたずねしますので、手を挙げてください。
 頭が左向きの魚を描いた人?(全員挙手)
 右向きの魚を描いた人?(挙手0)
 皆さん全員が左向きの魚を描きました。
 どこの研修会でも、本日のようにほとんどが左向きの魚を描かれます。どうしてそうなると思われますか?
 あるところでは、「料理に出す魚は左向きと決まっている」という話を聞いたこともあります。そうですよね。お皿にある魚は左向きです。今度図書館へ行かれたとき、魚の写真や図鑑を見てください。ほとんどが左向きです。私たちの毎日の生活の中にある絵や写真、料理で見る魚の頭はほとんどが左を向いています。私たちは空気を吸うごとくに無意識のうちに「左向きの魚」を学習しているのです。
 では、次に牛の絵を描いてみましょうか。
 牛の姿をイメージしてください。色を付けてください。
 お尋ねします。
 あか牛をイメージした方?(およそ3分の1)
 くろ牛の方?(0) 
 白黒のホルスタインの方?(およそ3分の2)
 阿蘇郡産山村で聞いたときは、全員があか牛でした。
 天草で聞いたときは、くろ牛の方が多かったのです。
 私は、白黒のホルスタインをイメージします。私は農家の長男で、小さい頃乳牛を飼っていました。
 どうしてこんなに違った牛の色をイメージするのでしょうか?
 それは、自分の身近にいる牛が直ぐに浮かぶからです。私たちには小さい頃から見続けてきた牛を「牛とはこんなもの」とのイメージが出来上がっているのです。これを刷り込みといいます。この刷り込みが時として、思い込みとなり、そして偏見になることがあるのです。その偏見が差別を生むことがあるのです。
 人はだれひとりとして「偏見」を持って生まれてくるわけではありません。私たちは、子どものころから、空気を吸うように無意識のうちに身につけていきます。
 次にコップを描いてみましょう。
 水を飲むコップを描いた人?(半数近く挙手)
 ビールを飲むジョッキみたいなものを描いた人?(3分の1近くが挙手)
 コーヒー茶碗みたいなものを描いた人?(3分の1近く挙手)
 まだ、このほかにもいろんなコップがあったものと思います。
 私は「コップを描いてみましょう」と言ったのですが、こんなにいろんなコップが出てきました。私たちはある言葉を聞いて思い描くものが違うことがあるのです。そこで、誤解が生じることがあります。「話さんでもわかるはず」と思うのは間違いです。自分の気持ちをきちんと話すことです。
 今年度の中学生人権作文コンテストで最優秀賞を受賞した河浦中学校3年生の横田萌見(もえみ)さんは「快適な生活を送るために」と題した作文で、言葉の大切さを述べています。今日は時間がありませんので読むことはできませんが帰ってから是非読んでください。
 このほか、裁判官と被告人の関係について考えたり、「固定観念」、「偏見」、「客観的な意見」とはどんなことかを考えてみるものなどを資料につけています。考えてみてください。
 以上見てきましたように、
 「先入観は人を見る目を曇らせます」。
 「誤解や無知は、偏見を生み、間違って判断することがあり、差別を助長します」。
 「生きていくうえで欠かせないことは、ものごとを正しく知ることです」。
 「人生、やり直しはできませんが見つめ直しはできます」。
「そうかな?」と立ち止まって、予断と偏見、差別心を取り除いていきましょう。
 こんな努力で積み重ね、みんなが幸せに生きる世の中をみんなでつくりあげていきましょう。
 日頃の生活の中で人権感覚を育て、行動へ移しましょう。
 おわりに、こんのとしひこさんの詩「それがにんげん」を全員で声に出して読みましょう。


     「それがにんげん」  こんの としひこ         

  しあわせ いっぱいに   
  生きていたい   
  自分の のぞむ    
  しごとに つきたい
  みんなのために      
  なにかをしたい  
  あいする人と     
  むすばれたい
  にんげんらしく      
  くらしたい    
  こうしたねがいが   
  かなうこと
  こうしたねがいが     
  じゃまされないこと
  それが にんげん

 ありがとうございました。
 長時間のご静聴誠にありがとうございました。


                        米野岳中学校区人権を考える集い 講演感想

○中川有紀様の話は、とても参考になりました。

○講師の中川氏が熊日に投稿された「カブトムシ」の記事、本渡中学校の生徒の「ありがとうの響く家から」の作文は、心に響きました。また、ものごとを正しく理解することの大切さが分かりました。

○人権感覚や感情は、多くの話を聞いたり、いろんな人と話をすることにより養われると思います。いろんな話を聞くことができる良い機会となりました。学ぶこと、行動することの大切さも感じました。

○中川先生が、心を揺り動かされる体験の大切さを話していただき、目の前の子どもたちに体験と、そして自尊感情を高められるような保育を心がけていきたいと思います。

○思いこみや自分を見つめ直すことの大切さ、自尊感情を大切にすることの大事さが分かりました。認め・褒め・励まし・伸ばす、これは当たり前のことと思っていたことだが、もう一度しっかり考えてみます。
  感謝の気持ち、ありがとうということの大切さが分かりました。

○人権感覚を子どもたちに育てたいと思いました。(情動体験をさせてあげたい)
 
○人は変われるということを学んだ。

○感性、自尊感情が人権教育をはぐくむことが分かりました。

○講演、大変良かったです。誠実な人柄が伝わってきました。

○中川先生の孫娘さんのことを書かれたことに心を打たれました。私にもそんな体験が多々ありましたから。

○中川先生の講演はとっても分かりやすく、とても心を打たれました。ありがとうございました。