生涯学習の視点に立った人権教育の推進
平成14年9月
県公立小中学校長人権教育研修


1 はじめに
 県公立小中学校長人権教育第2次研修会の場で人権教育に対する取組を発表する機会を得ましたことを大変うれしく思います。
 私は常日頃職員に対して「依頼があったことは引き受けること」と言っています。そこで、先輩校長先生方がいらっしゃる中ではありますが引き受けました。
 しかし、今とても後悔しています。午前中に水俣病の語り部さんから心の琴線に触れる話を聞きました。私が話をしない方がいいような感じています。
 しかし、引き受けました以上、私の人権・同和教育に対する思いやら取組の一端を背伸びすることなく、また卑下することなくお話しします。時には校長先生方に対して失礼なことを生意気なことを申し上げるかも知れませんが、私の人権教育推進の思いをお汲み取りの上ご容赦ください。
 私がある学校に赴任したときのことです。時の校長先生が私の顔をまじまじと見つめながら
「あたはほんなこて中川先生な。私は職員に今年は2人の美人の先生が赴任してくると紹介していたのに。男の先生な。」と私に話されました。校長先生は、私の名前を「ゆき」と読まれたのでしょう。私の名前は「ありとし」と言います。「年(紀)を重ねて年相応の分別ができるような人間になれ」との願いを込めて父が付けてくれた名前です。私はこのようなすばらしい名前を付けてくれた父、そして、私が小中学生の頃、当時は農家の長男は跡取りをするのがあたりまえという時代に、お前の好きな道を歩めと応援してくれた父を尊敬しています。
 その父に1度だけ強く抗議したことがあります。
 私が結婚を意識し始めた頃(昭和44年のことです)のある日、私が結婚しようと思っていた人がどこでどのように育ったかなどを聞いていたことを知ったからです。「生涯共に暮らすに相応しい人」と私が決めた人と私の人権を侵された思いで、父に強く抗議しました。当時私は同和教育という言葉は知りませんでしたが、これが私と同和問題との出会いでした。

2 教諭の頃
 ある小学校に勤務しているとき、クラスの子どもたちは「中川先生は、人をいじめたり、差別することが一番好かっさん。」と言っていました。子どもからこう言われたことを誇りに思っています。
 また、私は子どもが欠席すると必ずその日のうちに家庭訪問していました。ですから家庭によっては10回も20回も訪問していました。
 インフルエンザが流行し学級閉鎖になったときのことです。子どものようすを見るため、全家庭を訪問していたときです。あるお母さんが「先生ならわかっど。私は豊臣秀吉が一番好かんこつば。」と話を切り出されました。そして、自分のことを話されました。差別の現実を初めて直接聞きました。心から憤りを覚えました。「差別のない社会を創り上げる教育をさらに推進します」とお話ししました。

3 社会教育主事の頃
 「あたはわしが大声で言うけんおごりよって思うとっど。あたたちにお願いせんと差別はのうならん。差別のなか世の中にしてほしかて思うけん太か声で言いよっとたい。」
 ある地区の方の言葉です。その方とは何度も話をし、部落差別の厳しさ、醜さ、悲しさを感じ取りました。
 「あたは酒飲んで夜遅くタクシーで帰るとき、どこで降りるな。家の前で降りるど。わしたちは雨の降ろうが一つ手前の部落で降りるとばい。なしかわかるな。」
 「私の地区の高校生がバス通学するのに、わざわざ次の停留所で乗り降りする。なしか分かるな。」
 「昨日まであいさつしていた人が、ある日突然あいさつしなはらんごつなる。なしか分かるな。」
差別の現実を聞きました。
 ある研修会では、お父さんが4年生の子に社会的立場を話されたときのようすを聞きました。
 私の人権・同和教育についての基本的認識が深まったのはこの社会教育主事の頃です。そして、このころ先輩の先生方から「これからの学校経営は『人権尊重の視点と生涯学習の視点』だ」ということを学びました。これが現在の私の学校経営の基盤となっています。

4 校長として
(1)「人権尊重」と「生涯学習」の視点からのを学校経営
 「学ぶ喜びを体験する」ことが、自ら学ぶ意欲を喚起するとともに学習の方法を学び取らせることにつながります。そこで、授業へ積極的に参加し、わかる喜び、できないことができるようになる喜びを体感させるために、次の6つの「あう」学習の展開を求めています。
   みんなで助けあう学習
   みんなで励ましあう学習
   みんなで喜びあう学習
   みんなで楽しみあう学習
   みんなで支えあう学習
   みんなで高まりあう学習
 基礎的・基本的内容を確実に身に付けさせるために、
 ○十分な教材研究と学習道具の準備、わかる授業の展開、反復練習による基礎・基本の定着
 ○学習の仕方、方法を学び取らせる(自主学習の仕方、自主研究の方法、記録の仕方、ノートの取り方・まとめ方、発表・話の仕方、聞き方など)の指導に力を入れました。
 一人ひとりの子どもに自己実現、自己有用感を学校生活の中で味わわせながら自尊感情を育てる。
 ○1度きりの人生を大事にする態度、向上しようとする心、人生を充実させることに生きがいや生きる目標を見出そうとする情緒、自尊感情を育てる。
 ○豊かな心とたくましい体を育むとともに、人間としての生き方を身に付けさせる
 ○一人一人の子どもの居場所づくりをとおして、豊かな人間性、人としての生き方、在り方を考える指導を行う。
 このようなことを平成13年5月に提言された「人権擁護推進審議会答申」でもうたっています。
・「人権教育は、生涯学習の視点に立って、学校・家庭・社会教育がそれぞれの主体性を発揮して実施する必要がある。」
・「学校では、各教科の特質に応じ、学校の教育活動全体を通じて人権尊重の理念に理解を促し、一人一人を大切にする教育を推進していく必要がある。このため、生命を大切にし、自他の人格を尊重し、お互いの個性を認め合う心、他人の痛みが分かる、他人の気持ちが理解でき、行動できるなどの他人を思いやる心、正義感や公正さを重んじる心などの豊かな人間性を育成することが重要である。」
 このことから、本日の話のテーマを「生涯学習の視点に立った人権教育の推進」とさせていただきました。

(2)学校経営の中で人権教育を進める上で重視してきたこと
○同和問題をはじめあらゆる人権問題に関する基本的認識の確立
○「人権教育の日常化」
○保護者や地域の理解を得る人権教育の推進
の3点です。
 私をはじめ本校職員の同和問題をはじめあらゆる人権問題に関する基本的認識の確立を図ることです。

◎部落差別の現実に学ぶ
月見交流会 グランドゴルフ交流会 豚舎見学 識字学級参加 料理教室参加
 ○月見交流会
 集会所の存立理由を周辺地域の方に理解してもらい、共に生きる交流をしようとの思いから、月を見ながらの交流をということで始まったと聞いています。もう既に20年以上続いているということです。ここ数年は参加者が多く、参加職員を制限しなければならないような具合です。地区の方の手作りの料理で酒を酌み交わしての話に花が咲きます。「からいもあん」のまんじゅうが評判です。その席で地区の方の思いから、いろいろなことを学ぶことができます。今年もこの月見交流会を楽しみにしています。
 ○豚舎見学
 同和対策事業によりできた豚舎の見学の中で、豚舎での仕事内容、養豚の喜び、悲しみ、生きがいなどを聞きました。その中で、育て上げた豚を肉用として出荷するとき、豚がなかなか車に乗らず涙を流しながら豚の尻を押し、車に積み込むこと。「お前の命をいただいて人々が命を育んでいる。ありがとう」と心に言い聞かせながら出荷するなどの話を聞くことができました。栄養士は給食週間の講話では必ずこのことを話しています。
 ○料理教室
 毎月第3水曜日、料理教室が行われます。この教室に参加している方は地区の方、そして周辺地区の方です。私や人権教育指導教諭、社会教育課の職員などが出席して試食会をします。試食会後の話は、人権問題に関することで花が咲きます。私はこの試食会が人権文化の花が咲いた状態だと思っています。
 人権教育指導教諭が、毎回一つの話題を提供します。
 「なんぎなしに言っている言葉も人ば傷つけるとだもんな」
 「わたしや、ここに来ると、こぎゃんこつば習うことのできるけんくっとたい。今まで知らんだったことがよーわかるようになった。」
などの話でにぎわいます。
 たまに、それぞれの家庭で作った食べ物を持ってこられます。例えば、「そばねり」「ほしごるまめ」などです。それがおいしいのです。私はその度にそれをもらって帰り、職員に食べさせます。生活の知恵を学び取ることができます。これも基本的認識を高める一つであると考えます。

(3)「人権教育の日常化」
@人権尊重の視点からの教育活動の展開
具体的な事例を紹介します。
○共生の教育
 本校の共生の教育は、共生と自立です。
 本校には、肢体不自由児学級があります。昨年は2名在籍、今年は1名の在籍です。昨年の運動会のようすをお話しします。運動会を参観したある区長さんの話です。
 「運動会を見て涙が出ました。車いすを後ろから押している光景はよく見かける。本校では自分でできるところは自分で車いすを操作している。組み体操も見学ではなく自分でできるところは一緒に参加している。係活動もしている。すばらしい光景を見ることができました。」
 車いすの子がクラスの子と一緒に長縄跳びをします。一緒に遊ぶ姿を想像してもらえませんか。縄を回す役、これはどこでもしていることです。子どもたちが考えた遊びはそれだけではありません。ゆっくりではありますが縄が回っている間に車いすで急いで通過するのです。こんな遊びも考え出すことができました。もちろん担任の指導があることは言うまでもありません。
 昨年度の卒業式では、卒業証書を受け取るためにステージに登壇する方法を担任と子どもたちが一生懸命考えました。短い距離であれば歩くことができましたから登壇は子どもの介助でできるようになりました。降壇はいくら練習してもできません。そこで、昇降機で降壇するようにしました。もちろんこのときも介助が必要ですが担任は昇降機の操作、子どもたちが自主的に介助に回りました。
 修学旅行は割愛します。
○1年生 A君のようすです。
 5月頃から元気に登校することができなくなりました。途中までおじいさんの車で来て、おばあさんが抱っこして妹と一緒に登校してきました。しかし、おばあさんに抱きついたまま、離れることができません。担任が抱き寄せ、ほおずりしながら「先生と一緒よ。」と言い聞かせおばあさんを帰しました。しばらく「おばあちゃん。おばあちゃん。」と泣いていました。担任がおばあさんに「後は私に任せて帰ってください。」と伝えました。
 A君は担任に抱きついて教室に入り、午前中はそのまま、担任から離れようとしません。担任はA君から離れず授業をしていました。そのようなことが1週間程度続きましたが自力での登校はできません。ただ、おばあさんから担任へはいくようになりました。この間、担任と話をしたことは学校では全職員であなたをフォローする。家庭と共通理解して指導をすること、それは優しさと厳しさを持って、家族みんなで見守るようにするよう指示しました。ある日は父親と一緒に、ある時は母親が一緒に登校しました。A君が「お母さん一緒にいてぇー。」と泣くのをぐっとこらえて、帰ってもらいました。
 母親は私に「このまま帰っていいでしょうか」と言います。
 「学校のことは担任に任せて、家庭では愛情いっぱいに抱きしめてやってください。」と言って帰しました。
 1週間過ぎて、4校時が終わる頃には担任から離れることができるようになり、それが少しずつ早くなり、7月にはおばあさんと歩いて登校できるようになりました。休み前には登校班で登校できるようになり、2学期はみんなと一緒に登校しています。
 この間、他の子どもや保護者から「先生はA君ばかり抱っこしていいな。」とか「甘えとらす。」などの声がありました。その度に担任は「今、A君は自分の心とたたかっている。みんなで応援しよう。あなたがきついときはあなたを先生やみんなで応援する。」ときちんとていねいに説明していました。子どもも保護者も応援者となることができたことでA君は元気に登校できるようになりました。
 担任の愛情あふれる支え、家族の理解と協力、本人の学校へ行きたいという強い思いなどでA君は元気に登校できるようになりました。

A同和教育の総和は学力保障(学力充実)
 同対審答申は「同和地区住民に就職と教育の機会均等を完全に保障し、近代的な主要産業の生産過程に導入することにより生活の安定と地位の向上を図ることが、同和問題解決の中心的課題である。」と述べています。就労保障は進路保障、進路保障は学力保障です。学力保障は学力充実です。 このことから、これまで同和教育が校内研究のテーマであったのを教科指導の工夫改善の研究へと改めました。そして、学び方の定着、生涯にわたって学ぶ意欲の醸成、基礎・基本の定着、自尊感情の醸成を主眼に校内研究を進めています。
 職員との合い言葉は「子どもがわかる授業、子どもが輝く授業の創造」です。
○学習指導案への人権教育の視点の明記
 本校では、学習指導案に「生涯学習の視点」と「人権教育の視点」を明記するようにしました。
 生活科の指導案に一人の教師が明記した人権教育の視点を紹介します。
・自分が感じ取ったことを表現できる雰囲気作りに努める。(自立・実践力)
・順番を守って発表したり、友だちの考えを最後まで聞いて話し合い、お互いの考えを認め合うことができる。(仲間づくり)
・発表を苦手としている子どもには、その子なりの発表意欲を持たせる配慮をする。(人権尊重)
・生き物も命を持っていることや成長していることに気づき、人に優しく接するのと同様に生き物を大切にしようとする心情を育てる。(豊かな感性)
・学び方を習得したり楽しく学び合い活動をしていく中で自己存在感や自己実現の喜びを実感させる。(自己実現、自尊感情の醸成)
 ・主体的学習態度の育成
 抽象的な言葉ではなく、常に意識しながら授業を進める具体的な言葉で書かれています。
○5・6年生のミニ教科担任制、いくつかの教科担任制の導入です。中学校へのスムーズな接続、教師が持つ専門性を発揮した授業づくりなど、多くの教師で子どもを支援することを今年から始めました。
○4・5・6年生の少人数指導「輝きの時間」導入
 毎週水曜日5校時を前期(4月から10月)が国語、後期(11月から3月)算数に特定し、全職員で指導に当たっています。
 国語の指導例です。コースを、お話コース 書き書きコース 読み読みコース ことばコースの4コース作りました。子どもたちは担任と相談し、自分で学習コースを選択します。学級を解体し、学年ごとにコースごとに学習を進めていくのです。1コースが8〜15人程度います。それを一人の教師が指導しています。
 ことばコースの指導例です。
(例)学習課題「土筆」何と読むでしょう?
   ヒント 春先に田圃のあぜ道や通学路の端にでてきます。
  「イルカは漢字でどう書くでしょうか。来週はこんなことを学習します。」
  「それまでに自分で調べておこう。」
 子どもは、喜々として学習に取り組みいつの間にか次から次に自ら進んで学習に取り組んでいました。
 書き書きコースの指導例
  学習課題「私のねがい」をみんなに紹介しましょう。
  「おばあちゃんが長生きできるように」「友だちと仲良く」
 子どもたちは、このようなテーマを自分でつくり作文を書いていきました。指導者の発問一つで心豊かな子どもをはぐくむことができます。

(4)保護者や地域の理解を得る人権教育の推進
@校長室便り発行
 前任校である保護者から「開かれた学校とよく言っていますが、開かれた学校とは体育館や運動場を校区に開放することだけですか?」との質問を受けました。
 社会教育行政に携わっているとき、また校長となってから職員に「学校が持っている情報や教育資源を多いに地域に開放提供しましょう。」と言っている私自身が保護者や地域に何一つ情報提供していないではないかと、鉄槌をくった思いでした。
 このときから私の教育への思い、教育界の動向、学校の教育活動のようす、子どものがんばりや暮らしのようすの一端を知らせようとの思いで、毎週月曜日に校長室便りを発行しています。
 学校設置基準が改定され、学校の説明責任が一層求められている今日、説明責任の観点からも発行を続けています。
A保護者の参加型人権問題学習「身近な暮らしを見つめてみましょう」
 外部から招いた講師の話を聞く学習ではなく、職員が講師となって参加型人権問題学習会を開きました。笑い声有り、涙声有りの研修会でした。保護者の声をいくつか紹介します。
 「子どもの悪かところは直ぐに浮かぶのによかところを聞かれるとなかなか浮かびません。」
 「飲み方があって私が2次会に行って帰りが遅くなると家族みんなからワイワイ言われます。連れあいが遅く帰ってもそれが当たり前のように思っています。今度生まれ変わることができたら男に生まれたいです。」
 「今日学習参観に来るとき、今日は何の日か意識しないで来ました。結婚式、葬儀というと今日はどぎゃん日だろうかとふと思います。おかしかですね。」
 また、女性の絵を見て、「思いこみをただすこと、違う角度からものを見つめなおすことの難しさ、それができたときのすばらしさ、大切さ」を実感しておられました。
 「同和教育の学習ということだったから出席しょうかどうしようか迷ったけど参加してよかったです。いろいろ考えました。」
B公民館講座での講話、フィルムフォーラム
 これは校長初任校と前任校でのことです。教育委員会主催の人権啓発事業の中で地域の方とよく学習会をしました。

(5)今年は人権教育の変わり目(学校総体としての人権教育の推進)
 「今日まで推進されてきた同和教育の成果を継承するとともに、発展的に再構築し、同和問題を人権問題の重要な柱としてとらえ、保護者や地域から理解を得る人権教育を推進する」ことが私たち校長に求められています。校長がリーダーシップを発揮して学校総体としての人権教育の推進を図らねばなりません。
 それは「教職員自らの人権感覚を豊かにし、実践的指導力の向上を図る」職員研修の充実につきると思います。
 私の人権・同和教育に対する思いです。
 我が国固有の人権問題である同和問題について憲法が保障する基本的人権の侵害にかかる深刻かつ重大な問題であるとして、その早期解決を図るために、昭和40年、同和対策審議会は時の佐藤内閣総理大臣に「同和地区に関する社会的及び経済的諸問題を解決するための基本的方策について」答申した。この答申では、同和問題の解決は国の責務であると同時に国民的課題であると指摘した。
 平成8年には、地域改善対策協議会は「同和問題は過去の問題ではない。この問題の解決に向けた今後の取組を人権に関わるあらゆる問題の解決につなげていくという広がりを持った現実の問題である」という意見具申を行ない、教育・啓発を積極的に推進することを提言した。
 平成11年には、県民一人一人の人権が守られ、すべての県民が安全で心豊かに暮らせるような社会の実現を基本理念とした「人権教育のための国連10年熊本県行動計画」が策定された。
 平成14年3月、特別措置法が失効した。これまで以上に部落問題の現実に目を向け、今日まで推進されてきた同和教育の成果を継承すると共に、発展的に再構築し、あらゆる人権問題の解決を図っていかねばならない。
 こうしたなかで、同和問題を人権問題の重要な柱として捉え、あらゆる場で人権意識を培い差別意識の解消に向けた教育啓発を推進することは学校の責務である。
@人は誰でも幸せに生きたいと願っている。それはお互いの人権が尊重されることによって初めて実現されるが、現実には部落差別をはじめ、いろいろな差別がある。これらの差別に対して、「自分には関係なか」、「私は差別はしとらん」といって人権問題を避けている人がいる。私たちの心にある差別意識は何かの利害関係が生じたとき出てくる。私たちはこの差別意識に気付いていないことが多い。自分自身の差別意識に気付き、差別心をなくす努力を積み重ねていきたい。
A「無知は偏見を生む。偏見は差別を生む。」という言葉を人権問題研修の中核に据え、あらゆる差別に関する自己研修を深めるとともに啓発活動に努めたいと思います。
B21世紀は人権の世紀といわれます。しかし、座して待つだけでは人権の世紀は来ません。21世紀を人権の世紀とするためには学習・実践を積み重ねていかねばなりません。
C「益城中央小学校は子どもの心を指導していただいています。」という保護者の言葉を大事にした教育活動をさらに前進させましょう。
D「共に生きる」視点での教育活動をさらに前進させましょう。

5 おわりに
 21世紀は人権の世紀といわれています。しかし、座して待つだけでは人権の世紀とはなりません。
 杉本さんの言葉を借りて人権の視点から社会を見ると『しけ』が続いています。すべての人が『なぎ』と感じる世の中にしなければなりません。
 最後に、江口イトさんの 「人の値打ち」を読んで終わりとします。


            人の値打ち 
                          江口 イト
    何時かもんぺをはいて
    バスに乗ったら
    隣座席の人は私を
    おばさんと呼んだ

    戦争中よくはいたこの活動的なものを
    どうやらこの人は年寄りの
    着物と思っているらしい

    よそ行きの着物に羽織を着て
    汽車に乗ったら
    人は私を奥さんと呼んだ
    どうやら人の値打ちは
    着物で決まるらしい 

    講演がある
    何々大学の先生だといえば
    内容が悪くとも
    人は耳をすませて聴き
    良かったという
    どうやら人の値打ちは
    肩書きで決まるらしい

    名もない人の講演には
    人はそわそわと帰りを急ぐ
    どうやら人の値打ちは
    学歴で決まるらしい

    立派な家の娘さんが
    部落にお嫁に来る
    でも産まれた子どもはやっぱり
    部落の子だと言われる
    どうやら人の値打ちは
    生まれたところによって決まるらしい   
  
    人はいつ
    このあやまちに気付くであろうか


ご静聴ありがとうございました。