子どもが輝く時〜生きる力を支える基本的生活習慣の育成〜 |
1 はじめに
本日は、小学校の校長として子どもと関わって感じていること、小学校教諭の頃思っていたこと、社会教育行政に関わり家庭教育について考えていることなどをもとに、子育てについて皆さんとともに考えてみたいと思います。
さて、皆さんはどんなときに輝きますか? どんなときに輝きを実感しましたか。恋をしているときや結婚して「愛」を実感したときなどに、「今、自分は輝いている」を実感されたことでしょう。赤ちゃんがおなかにいることが判かったときは、さらに輝きが増されたことでしょう。
そして、赤ちゃんの誕生、成長を見守りながら心からの幸福感を実感してこられたことだと思います。
昔から、子の成長に対する親の願いは「這えば立て、立てば歩めの親心」という言葉で言い表されています。また、子どもさんの成長に伴い子育てについての悩みや不安も増してきたのではないでしょうか。親の悩みとは無関係に子どもは日々成長しています。親の悩みや不安は、子どもの成長の過程にどう関わったらよいか、どのようにしつけたらよいかなどがほとんどではないかと思います。
子どもは、日々成長していますが、その時、その時に身につけておかなければならないものがあります。その時期にしか身に付かないものがあります。このことを適時性といいます。これは人に限ったことではありません。動物の世界でもいえることです。
テレビで「道具を使うチンパンジー」という番組を見たことがあります。ある場所のある集団のチンパンジーにだけに見られる行為として、クルミを石で割って食べるチンパンジーがいるそうです。そのチンパンジーが石を使ってクルミを割り、クルミを食べる技術を習得する過程を観察した番組でした。結論から言いますと、チンパンジーが3歳から5歳までの間に石の使い方を習得しなければその後は、いくら努力しても習得できないというのです。ですから、親は石を使えないのに子どもは石を使ってクルミを割ったり、きょうだいでも石をつかえるチンパンジーと使えないチンパンジーがいるのです。
子どものチンパンジーは石を使っている大人のチンパンジーの様子をじっと観察し、手に一つ石を持ち、クルミ割りに挑戦します。はじめは、クルミを置く台石に気づかず土の上に置いて割ろうとします。クルミは土にめり込みます。あるいは、自分の指をたたいたりしてなかなか割ることはできません。大人のチンパンジーがよそに行ったすきに、大人のチンパンジーが使っていた石と台石でクルミをたたき割ろうとしてもなかなか割ることはできません。自分の指をたたいたり、クルミが飛んでしまったりするばかりです。それを途中であきらめず、辛抱強く繰り返しながら2〜3年かけて覚えるのだそうです。
私が感心したのは、子どものチンパンジーがいくら失敗しても、石割の仕方を観察していても、自分の台石を使ってもいやがりもせず、大人のチンパンジーはじっと子どものするがままに任せていたことです。何かを身につける過程をじっと気長に暖かいまなざし手見守ることの大切さを教えられているようでした。
また、チーターの子育ても見たことがあります。時速100km以上のスピードで獲物を追いかけるチーターの子育てはまさに成長の適時性そのものです。生後、2〜3ヶ月は1日に何kmと歩かせるのです。休息はあまりとらずにずっと歩かせ、足の筋力を鍛えるのです。この時期に足の筋力を鍛えておかないとあのスピードは出ないそうです。ということは動物園で生まれ育ったチーターはあのスピードは出ないでしょう。そして、6ヶ月すぎると、逆に休息時間をたくさんとるのです。この休息時間にきょうだいでじゃれ合いが始まります。このじゃれ合いが瞬発力や急に方向を変えるなどの巧緻性を養い、そして獲物にとびつきとらえる方法を身につけるというのです。
「三つ子の魂百まで」という言葉があるでしょう。これは適時性を教えている言葉でしょう。そして、小さいときに生活の基本的なことは身につけさせておくことをいっている言葉だと私は思います。
2 子どもが輝くとき
子どもはどんなときに輝くでしょうか?これまでの経験から言いますと子どもが輝くのは、気づくままに言いますと、「幸福を実感している時」「自分の力で何かをなしえた時」「何かを発見した時」「夢や目標に向かって努力している時」「自己有用感を実感した時」「めずらしいものにでっくゎした時」「感動した時」「褒められた時」などです。
これらを子どもがたくさん体験できるような生活環境を作ってやることが親を含めてすべての大人にかせられている課題ではないでしょうか。
たとえば、「幸福を実感しているとき」とは、家庭円満で家族の会話が豊かで「自分は家族みんなから愛されている」と実感していることでしょう。夫婦げんかが絶えない、嫁舅の関係がぎくしゃくしているときには子どもは幸福とは感じません。
子どもは幼児期、2歳半頃からよく「自分で(する)」という言葉を発すると思います。自分の力がどれくらいかの認識もないまま「自分で」を連発します。ちょうど私の孫が今、そのころです。何でも自分でするといいます。先日、公園につれて行くと幼稚園の年長さんくらいの子が雲底で遊んでいました。孫は自分も雲底で遊びたいと言います。私はまだ無理と思いましたが、ぶら下がろうとします。危険と思いましたので体を支えていると「じぶんでする」と言うのです。そこで、手を離すと喜んで雲底にぶら下がります。しかし、力が無く落ちそうになりました。「助けてー、落ちる」と言います。何度もその繰り返しでした。幼児期は知的好奇心でいっぱいです。この好奇心を大切にしてほしいと思います。そして、できたときは大いに褒めてほしいと思います。
幼児期のこのような体験が子どもに自尊感情を育てていきます。自尊感情とは、「自分を好ましい」と思う感情です。「自己肯定感」といったりもします。自尊感情を持てるかどうかは、『他人と比較して』優秀かどうかとは全く関連がありません。むしろ自尊感情が高い人ほど他者の存在に対して敬意を払うことができるといわれています。そして、物事への挑戦意欲向上心などが高められます。また、良好な人間関係を築く基本となります。
3 生きる力
学校で子どもに勉強を教える指針になっています学習指導要領というものの中に「生きる力」が求められています。生きる力という言葉はいろんなところで聞かれたことと思います。これは、これからの変化の激しい社会において、いかなる場面でも他人と協調しつつ自立的に社会生活を送っていくために必要となる人間としての実践的な力を総称していってるのです。簡単にいえば「一人で生きていくための知恵」のことです。指導要領では次のように3点を生きる力といっています。
一つが、自分で課題を見つけ、自ら考え、自ら問題を解決していく資質や能力
二つが、正義感や倫理観などの豊かな人間性
三つが、健康や体力
です。
これらの生きる力を学校はもちろんですが、家庭、地域が連携して子どもに身につけさせていこうではありませんか。
4 生きる力の核となる豊かな人間性
平成10年6月30日、中央教育審議会は「新しい時代を拓く心を育てるために〜次世代を育てる心を失う危機〜」と題して、幼児期からの心の教育の在り方を町村文部大臣に提言しました。その中で、子どもたちに是非身につけさせたいこととして次の6点をあげています。
・美しいものや自然に感動する心などの柔らかな感性
・正義感や公正さを重んじる心
・生命を大切にし、人権を尊重する心などの基本的な倫理観
・他人を思いやる心や社会貢献の精神
・自立心、自己抑制力、責任感
・他者との共生や異質なものへの寛容
このような感性や心が子どもたちに確かにはぐくまれるように、私たち大人が社会全体で、つまり、学校、家庭、地域が工夫と努力をしていこうではありませんかと呼びかけています。
5 人格形成の基礎としての母子一体感
生まれたばかりの子どもと母親との関係は、一体化した関係です。赤ちゃんにとって、母親の存在は大きく、自分にとってのすべてなのです。生活のすべてをお母さんに依存している赤ちゃんにとって、優しいお母さん、お父さん、家族の方にに守られているという感覚が、人見知りとなって表れます。安心して自分の身を任せることが出来るから家族が「おいで」と手を差し出すと、にこにこしながら抱かれに行くでしょう。ところが、初めて見る人、時々しか見ない人は、赤ちゃんにとってどんなことをされるのかとても不安です。ましてや自分の身を任せるなどできません。だから人見知りして泣くのです。赤ちゃんが人見知りするのは母子の一体感がとても強い証拠で喜ぶべき事です。
赤ちゃんは、お母さんの愛情を確信し、いつでも保護されていて、必要とあれば母親がとんできてくれるという安心感があると、一人でいることができます。それが次第に周囲の人々を信用することができるようになり、一人でいられる能力が身に付くのです。つまり、心が安定する条件は、母親の愛情です。
ですからこの時期、赤ちゃんに対する愛情をいっぱい注いでほしいのです。母乳がよいのは栄養面ばかりでなくこの母子一体感をさらに増幅させ、子どもの心の安定を保つことができるからです。お乳を飲み、お母さんの体温を実感し、何よりもお母さんの心臓の音を聞くことができることにより心が安定するのです。お母さんのおなかの中にあって毎日聞いていた心臓の鼓動です。赤ちゃんが落ち着く一番の音です。ですから、母乳ではなく、人工乳であっても授乳の時は、いつも抱きかかえ赤ちゃんに話しかけながらお乳を飲ませているでしょう。これが赤ちゃんはベビーベッドに寝かせたまま、母親はテレビを見ながらの授乳では母子一体感が生まれるはずはありません。
先ほども少し触れましたが、母子一体感を体いっぱい実感している赤ちゃんが8か月ぐらいになると、少しずつ母親とは違う人間の存在に気づき始めます。母親以外の他人を発見した赤ちゃんは、その存在に不安と驚きを抱き、泣くのです。これが人見知りですね。母親以外の存在の出現によって、それまでの安定した状態を壊された赤ちゃんが、人見知りするという形で反応するわけですね。これは、誰もが通過する成長の一過程です。
ところが、最近この人見知りをしない子が増えている聞きます。非行青少年の生育歴を調べた人の話によると、非行青少年には人見知りの時期がなかった者が多いと聞きます。これは、日本にもアメリカにも共通することだそうですよ。
私が思いますに、家庭は子どもたちに基本的な生活習慣や生活能力、自制心や自立心、豊かな情操、他人に対する思いやり、善悪の判断などの基本的な倫理観社会的なマナーなどの基礎をはぐくむところですが、母子一体感の欠如によりこれらが十分にはぐくまれないまま大きくなったから非行に走りやすい要素があるからではないでしょうか。
6 親の役割(自立の躾)
冒頭にもお話ししましたような「三つ子の魂百まで」という言葉があります。
昔は、子どもの性格や知能は、おおよそ50%、学者によっては80%遺伝によって決まるといわれていました。 でも最近では、遺伝子の伝えることのできる情報はそれほど多くないことが分かってきました。子どもの脳には、遺伝よりも、環境からの影響が圧倒的に大きいようです。
ですから、子どもにとって、胎児期(9ヵ月)から満2歳(24ヵ月)までの合計33ヵ月の間にどのような環境に置かれるかが、子どもの一生に関わるのです。
そして、その33ヵ月間の環境を作り出して子どもに与える人は、両親と家族です。このことはどうか忘れないでいただきたいと思います。
ティーン・エージャーによる凶悪犯罪が広がっているアメリカでは、この満2歳までの33ヵ月に子どもが受けた環境からの影響と、ティーン・エージャーによる犯罪とを結び付けて調べる研究が進んでいます。
生まれたときから、感情が激しく、着替えなどを嫌がり、親に可愛らしい反応を返すことの少ない子どももいます。そのような子どもが、大きくなってからとても攻撃的になったりすると考えられることは多いようです。 でも実は、そのように思ってしまう最初の人は親なのです。そしてそのような親の気持が、子どもをまともに戻すどころか、逆に悪い方へ追いやってしまうこともあるのです。乳児から幼児の前半までに、子どもは大事なことを学ばなくてはなりません。それは、自分自身をなだめ、強い感情の動きを自分でコントロールすることです。この過程で重要な役割を果たすのが両親が示すお手本です。
子どもが不安や恐怖に襲われたとき、母親が来て抱き上げ、優しく話しかけながらあやし、揺すって落ち着かせるでしょう。先ほどの人見知りで、わんわん泣いている赤ちゃんをお母さん方は抱っこして、体ゆすりながら「良い子、良い子、もう泣かないよね」などと話しかけていると泣きやむでしょう。笑顔が出るでしょう。子どもは、自分で自分をなだめるときにもそうすればいいと分かるようになるものです。私たちが恋に破れたときなど失意にあるとき公園のブランコに腰掛け心を落ち着かせるのもこんなことから来ているのでしょうね。ロッキングチェアーで体を前後にリズミカルに揺り動かして心を落ち着かせるのもそうらしいですよ。
泣いても放っておかれる子どもや、怒る、殴るなどの手荒い扱いを受けた子どもは、自分の脳の中に不安を調節するネットワークを作ることができません。その結果、どうしていいか分からずに、叫んだり、物を叩いたりする形でしか感情を表現できなくなります。そして、不安のあまり、鬱状態になるか、パニックになるかしかありません。でも、両親が早くこのことに気づいて、適当な制限を与えながら、罰よりも褒めることを大事にして注意深く育てたら、十分に社会に順応できる行動が取れるようになると、心理学者は言っています。
しかもこのような育て方は、できるだけ早く、できれば3歳までに取り組んでいただきたいのです。これが、「三つ子の魂百まで」といわれるゆえんです。
7 (基本的)生活習慣
「基本的生活習慣」の育成とはよくいわれることばです。私も何度もこの言葉を使っています。「基本的生活習慣」といわれるもののなかにはどんなものがあるでしょうか。
例えば
朝、一人で起きることができる
衣服の準備・着脱ができる
歯磨きができる
洗顔ができる
あいさつができる
朝食をきちんととることができる
トイレ後の手洗いができる
約束やきまりを守ることができる
遊び道具を買うのを我慢することができる
道路横断で安全を確認できる
時間を守ることができる
外出時のあいさつができる
残さず食べることができる
布団の上げ下ろしができる
後かたづけなど整理整頓ができる
大人にていねいな言葉で話ができる
自分の運動靴の洗濯ができる
お手伝いができる
ケンカの後で仲直りができる
ゴミ・空き缶拾いができる
もっとたくさんあるでしょう。
これら一つ一つが身に付くように繰り返し繰り返し、しつけ続けてほしいと思います。「しつけ」とは「しつづけること」という人もいます。基本的生活習慣が定着している子は輝いています。
生活習慣の定着とともに、生活能力、自制心や自立心、豊かな情操、善悪の判断などの倫理観などをはぐくんでください。
8 子どもに経験させて欲しいこと
このような習慣や力、あるいは心は言って聞かせて身に付くものではありません。子どもが直接体験してはじめて身に付くものです。子どもに豊富な体験をさせてください。
それは、群れ遊びです。自然の中で思いっきり体を動かし遊ぶ体験などです。自分で体を動かし、汗を流す経験の中から生きる力が身に付いてきます。友と遊ぶ中で、仲良く遊んだり、けんかをしたり、仲直りをしたり、遊びのルールを作ったり、道具を工夫して作り出したりなどの経験をします。その過程で本物の喜怒哀楽の体験ができます。
小学校の高学年から中学生にかけて、社会体験、ボランティア体験を大いにさせてください。
9 子どもの個性を伸ばす
個性重視が、昭和59年に設置された臨時教育審議会の教育改革の基本方針でした。これ以来、個性を伸ばすことが叫ばれるようになりました。しかし、個性をとらえ違いしている面もかなり見受けるようになりました。
臨時教育審議会は個性について、「自分を知り、それを育て、それを生かし、自己責任を貫き、伸ばすこと」といっています。つまり、自分の努力で育て上げることです。茶髪にしたいから茶髪にするということも個性という人がいますがこんなことを個性といっているのではありません。
自分の努力で伸ばす個性をを子どもに発見させ、それを生かした生活ができる子にしてほしいのです。自分を生かすことは他を生かすことです。自分を知ることは他を知ることです。自分を尊重することは他を尊重することです。
子どもの中には、勉強や読書が好きな子、外で走り回ったり運動したるするのが好き子、絵を描いたりものを造るのが好きな子、付き合いが上手な子などいます。お子さんの個性を発見し、尊重して伸ばす子育てをしていきましょう。
10 おわりに
いろんなことを話してきましたが、私たち大人が心の安定を保って子育てに当たらなければ子どもの心が安定するはずがありません。私たち大人が輝かなければ子どもが輝く生活を送れるはずはありません。
まずは、私たち大人が幸せを実感できる生活をしていきましょう。その基本は仲のよい夫婦生活です。夫婦での会話を増やしていきましょう。
最後に、これから犬を飼おうと考えている方がいらっしゃったら犬の名前を「ころ」とつけましょう。ころが子犬を生むと「こころ」が生まれます。その子がまた子犬を生むと「まごころ」が生まれます。
ご静聴ありがとうございました。