入学式・卒業式 式辞



              入学式式辞「がんばる芽 元気いっぱいの芽 仲良しの芽」

 本日は、益城町立益城中央小学校小学校の入学式を挙行するに当たりまして、多数のご来賓の方々並びに保護者の皆様のご臨席を賜りましたことに、厚くお礼申し上げます。ありがとうございました。
 さて、84名の新1年生のみなさん。入学おめでとうございます。
 皆さんも、そしてお家の方々も今日の入学を楽しみに待っていたことでしょう。何回も何回もランドセルを背負ってみたのではないでしょうか。先生方も後ろに座っているお兄さんやお姉さんも、皆さんが入学してくるのを、とても楽しみに待っていました。学校の木々の芽も花壇の花もみなさんの入学を「おめでとう」とお祝いを言っているようです。
 皆さん、右の方には皆さんの入学をお祝いするためにおいでくださったお客様方がたくさんいらっしゃいます。左の方には先生方がおられます。皆さんを担任する先生をはじめ優しい先生ばかりです。
 きょうから皆さんは、益城中央小学校の1年生です。学校は、勉強をするところです。これまでわからなかったことがわかるようになり、賢い子になるところです。そして、運動をするところです。走ったり、ボール遊びをしたりしてたくましい子になるところです。また、お友達と仲良く遊び、思いやりのある子になるところです。この益城中央小学校のお兄さん・お姉さんはとても心優しい人ばかりで、みんな仲良しでいじめたりする人はいません。お兄さんやお姉さんたちとも早く仲良しになって、楽しい学校生活を送って欲しいと思います。
 今日の入学をお祝いして、私から皆さんに3つの銀杏の種をあげます。お家に帰ったらお家の方と一緒に庭にまいてくださいね。この3つの種からは、すばらしい芽が出てくるのですよ。
 まず第1の芽は「がんばる芽」です。お勉強や掃除など一つ一つ自分の力でやりながら覚えていくのですよ。「わからないからやめた」「だれかやって」などど言わずに、最後まで自分のことは自分でがんばる1年生になってください。
 次の芽は、「元気いっぱいの芽」です。学校の運動場はとても広くて、遊び道具もたくさんあります。休み時間になったら元気よく外で遊びましょう。
 3番目の芽は「仲良しの芽」です。私は、お友達は宝物と思っています。お友達とお話をしたり遊んだりすることはとても楽しいですね。時には、けんかもするけれど、困っているときに助けてくれるのもお友達です。早くお友達の名前を覚えて仲良く遊びましょう。
 熊本県には「熊本の心」といって「助けあい、励ましあい、志高く」という言葉があります。大きな目当てを持って3つの芽を大事に育ててくださいね。
 最後になりましたが、保護者の皆様に一言お祝い申し上げます。
 これまで手塩にかけて育てられた我が子の晴れ姿を前に、感慨ひとしおのものがおありでしょう。私どもは本日から大切なお子さまを責任を持ってお預かりいたします。長い人生で記念すべきことを3つあげるとすれば、入学、就職、結婚ではないかと思います。第1の節目である入学を迎えたわけです。
 社会が急激に変化している今日、お子さまの教育は、学校だけでは背負いきれないものがあります。学校・家庭・地域社会が同じ方向性を持ってお子さまの教育に当たって参りたいと思います。よろしくお願いします。
 さて、1年生の皆さん、お話がりっぱに聞けました。すばらしい1年生ばかりです。
 明日からは早く起きて、お兄さん、お姉さん達と一緒に歩いて学校に来てください。
 1年生の健やかな成長と限りない発展を祈念して式辞といたします。



               卒業式式辞「自ら学ぶ姿勢を身につけましょう」

 校庭の木々にも新芽が伸び、私たちの七滝小学校にも春の息吹が感じられるようになりました。
 本日は、平成9年度卒業証書授与式の日です。この式には、御船町教育委員会をはじめ多くのご来賓の方々のお出でをいただきました。卒業式をこのように温かい雰囲気の中で挙行できますことは、本校にとりまして、誠に光栄なことであり、この上もない喜びとするところであります。
 14人の卒業生の皆さん、卒業おめでとう。また、今日の日を待ち望んでこられた保護者の皆様、お子様のご卒業、誠におめでとうございます。お子様の晴れ姿に感無量なものがおありだと思います。心からお慶び申し上げます。
 さて、卒業生の皆さん、皆さんは先ほど会場一杯の温かい拍手に迎えられ、胸を張って入場してきました。あの拍手は皆さんのこれまでの努力を讃え、卒業をお祝いする拍手でした。
 ただ今は、大変厳かな雰囲気の中で、一人一人がこの壇上で卒業証書をしっかりと受け取りました。その態度は実に見事なものでした。こうして皆さんと対していますと、キラキラした瞳の輝き、表情の美しさを改めて発見するとともに、その中に秘められた自覚や決意をひしひしと感じます。
 今、皆さんの胸には6年間の様々な思い出がかけめぐっていることでしょう。また、中学校生活への夢が大きく膨らんできていることと思います。
 世の中は今、21世紀に向けて大きく変化しています。変化の激しい社会にあっては自分で課題を見つけ、自ら学び、考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決していく力が必要になります。
 そこで私はお別れに当たって次の言葉を皆さんに送ります。それは「自ら学ぶ姿勢」を身に付けて欲しいということです。
 「学ぶ」ということを考えるとき、いつも私の頭に浮かぶ1冊の本があります。それは原ひろ子著「子どもの文化人類学」です。原さんが北極近くに住むヘアー・インディアンという民族の生活を研究したことを書き表した本です。
 ヘアー・インディアンの男子は14・5歳になると大人の仲間に入って狩りに行き、いつの間にか上手にトナカイやシカを射止めるようになります。「トナカイの射止め方を誰に教えてもらったの?」と聞くと、不思議なことを聞く人だという表情で「自分で覚えた」と言います。あんな難しいことを自分だけで身に付けられるはずがないと思い、近くの大人に「彼に狩りの方法を誰が教えたのですか?」とたずねると、「誰も教えはしない。彼が自分で覚えたのだ」とこともなげに言うのです。
 そこで、原さんは、ヘアー・インディアンの生活を注意深く観察したそうです。確かに大人が子どもの手を取って教えたり、「次はこうして作るのだ」と説明している様子は全く見られません。しかし、子どもたちは、大人のすることをしっかり観察し、じっと話を聴いて方法を知り、自分でやってみて、間違っていたらやり直し、狩りの方法を身に付けるのです。つまり、彼らは誰かが教えてくれるのを待つのではなく、積極的に自分から学んでいるのです。
 中学生になるということは、誰かが教えてくれるのを待つことではなく、自分から進んで「学ぶ」人になることだと思います。今お話ししたヘアー・インディアンの生活を心に留め、すばらしい中学校生活を送ってください。
 卒業生の保護者の皆様に一言ご挨拶申し上げます。
 万葉の古歌に防人として旅立つ子に向け
  「旅人の 仮寝せん野に 霜降らば 吾が子 はぐくめ 天の田鶴群」
 とうたった親の心は、今も生き続けています。
 大切なお子様をお預かりして6ヶ年間、私どもは微力ではありましたが全力を尽くして見守ってきました。今、小学校の全課程を修了して、本校から巣立っていくことになりました。
 私ども職員も、この子たちの将来にもし霜が降るのなら、空飛ぶ鶴にすがってでも、順調に育まれていってほしいと思う気持ちは皆様に劣るものではございません。
 14人の子どもたちが末永く七滝小学校の卒業生として、誇りと自覚を持って力強く生きていけるよう皆様とともに見守ってまいりたいと思います。
 終わりに、ご多用の中御出席をいただきましたご来賓の皆様に重ねて感謝申し上げ、卒業生の皆さんの限りない発展・成長と幸多い人生であることを願って式辞といたします。



                    卒業式式辞「自分の行動に責任を持とう」

 44人の卒業生の皆さん。今日は小学校6年間のしめくくりの日、最後の日です。
 今、大変厳かな雰囲気の中で、一人ひとりに卒業証書を手渡しました。卒業証書を受け取る皆さんは、希望に胸膨らませきらきらした瞳の人、卒業という感動で涙をにじませている人などさまざまでした。私も皆さんの姿を見て、感激で胸がいっぱいです。
 皆さんの心の中には、お父さんやお母さんに手を引かれ、櫻の花が満開だった入学の時から今日までの6カ年のさまざまな思い出が浮かんでは消え、消えては浮かんでいることと思います。
 がんばった部活動、雨が降る中砂入れをして準備した最後の運動会、力一杯発表した学習発表会、工夫を凝らした遊び祭りや若あゆ集会、友達と夜遅くまで話し合った修学旅行、お父さんやお母さんの叱咤激励の言葉、先生と歯を食いしばってがんばった勉強などさまざまだと思います。その思い出を大切にしながら、皆さんは中学校に進学していきます。きっと期待と不安が入り交じった複雑な気持ちだと思います。
 そこで、皆さんに強くたくましく育って欲しいという願いを込めて、「自分の行動に責任を持つ」というはなむけの言葉を贈ります。
 「自分の行動に責任を持つ」ということを考えるとき、私は外国で生活をしていた知人、橋本さんの話を思い出します。
 橋本さんは長い間、ドイツで生活していました。そんなある日のことです。大のサッカー好きの橋本さんの息子さんが小学校5年生の時、庭でサッカ−ボールを蹴って友達と遊んでいました。遊んでいるうちに夢中になり、息子さんが蹴ったボールが隣のドイツ人の家にとびこんでしまいました。息子さんがおそるおそるボールを取りにいくと、ボールは植木鉢にあたったらしく、壊れた植木鉢の近くにありました。びっくりした息子さんはどうしようか迷ったあげく、そっとボールを取り、家へ逃げ帰ってしまいました。息子さんから植木鉢をこわしたという話を聞いた橋本さんは驚きました。すぐに、植木鉢とケーキを買って、ドイツ人の家にお詫びに行ったそうです。
 ドイツ人の方は、橋本さんの息子さんが植木鉢をこわした話を聞いていましたが、橋本さんが来てくれたことを喜び、持っていったケーキを一緒に食べましょうとコーヒーを入れ、すっかりうちとけて話をされたそうです。帰るときにはまたいろいろとお話ししましょうと言われたそうです。
 そこで、橋本さんはお詫びが済み、一件落着という気持ちでホッとして家へ帰りました。ところが夜になって、ドイツ人の方から電話がありました。
 皆さんはどうしてドイツ人の方から電話がかかってきたと思いますか。植木鉢がすてきで、ケーキがおいしかったのでそのお礼でしょうか。それともコンサートかパーティーのお誘いでしょうか。どれも違います。電話の内容は、「お宅の息子さんが謝りに来るのをずーっと待っていたのですが、どうして来ないのですか。」のお叱かりの電話だったのです。橋本さんは親が謝りに行ったからそれでもう済んだと思っていたのですが、そうではないのです。ドイツ人の方は息子さんを一人の人間として認め、悪いことをしたら、自分で謝りに来るという考え方なのです。親が謝れば済むということではないのです。子どもでも自分の行動に責任を持たねばならないということなのです。
 社会というのは、多くの人々の集まりで成り立っています。その人達が、自分の行動に責任を持っているからこそよりよい社会になっていくのです。
 人は失敗したとき、よく誰々さんもしていたから自分もしたとか、みんなもしていたのにどうして自分だけということがあります。これは大変恥ずかしい言葉です。自分の行動に責任を持っていない言葉です。
 橋本さんの息子さんはその夜遅く、一人で謝りに行ったそうです。帰ってきた息子さんの話によると、とても厳しく叱られたそうです。どうして逃げてしまったのか、自分で謝りにこれなかったのはどうしてかなど聞かれたそうです。しかし、自分の行動に責任を持つことの大切さを教えてもらってとてもよかったということでした。その息子さんは今、中学生ですが、「自分の行動に責任を持つ」という言葉を忘れたことはないとのことです。
 卒業生の皆さん、中学校生活では、皆さんの考えや行動がこれまで以上に尊重されます。自分の行動に責任を持ってすばらしい中学校生活にして欲しいと思います。がんばってください。
 卒業生の皆さんの活躍を振り返り、中学校でのさらなるがんばりを祈念しながら、清流大井手川の若水で墨をすり、卒業証書を書きました。また、卒業のお祝いに皆さんが好きな言葉と似顔絵を色紙にかきました。卒業の記念にしていただければ幸いです。
 今日の日を待ち望んでこられた保護者の皆様、お子様のご卒業、おめでとうございます。お子様の晴れ姿に感無量なものがおありだと思います。心からお慶び申し上げます。
 私ども職員も、44人の子どもたちが末永く甲佐小学校の卒業生として、誇りと自覚を持って力強く生きていけるよう皆様とともに見守ってまいりたいと思います。
 終わりになりましたが、甲佐町教育委員会をはじめ、多くのご来賓の皆様のご参列を賜りましたことに対し、心からお礼申し上げます。
 ご覧いただきましたように44名の卒業生は、よく考え、学びあい、明るく思いやりのあるすばらしい子どもたちでございました。
 これも一重に、ご来賓の皆様の日頃の温かいお力添えによるものでございます。子どもたち共々感謝申し上げます。
 名残は尽きませんが、卒業生の皆さんの限りない発展・成長と幸多い人生であることを願って式辞といたします。



                      卒業式式辞「3意の精神をいつも胸に」

 70人の卒業生の皆さん、卒業おめでとう。
 皆さんは、先ほど会場一杯の温かい拍手に迎えられ、胸を張って入場してきました。あの拍手は皆さんのこれまでの努力を讃え、卒業をお祝いする拍手でした。
 ただ今は、大変厳かな雰囲気の中で、一人一人がこの壇上で卒業証書をしっかりと受け取りました。その態度は実に見事なものでした。こうして皆さんと対していますと、キラキラした瞳の輝き、表情の美しさを改めて発見するとともに、その中に秘められた自覚や決意をひしひしと感じます。
 今、皆さんの胸には6年間の様々な思い出がかけめぐっていることでしょう。また、中学校生活への夢が大きく膨らんできていることと思います。
 世の中は今、大きく変化しています。変化の激しい社会にあっては自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決していく生きる力、つまり、生涯にわたって学び続けていく意欲や態度が必要になります。
 そこで私はお別れに当たって「3意の精神」という言葉を皆さんに送ります。
 3意の1つめは、「熱意」の「意」です。「熱意こそ、夢を実現するためのエネルギーの源である」といわれるように、熱意は物事を成功に導く重要な心の力です。
 日本人ではじめて2度目の宇宙への度に挑戦した向井千秋さんの夢を実現させた源は、「もう1度天女になった気分を味わい、周りの人たちと喜びを分かちあいたい」という「熱意」であったそうです。
 2つめは、「創意」の「意」です。「創意は、たくましく生き抜くための貴重な食料である」という言葉があるように、私たちの生活でさまざまな知恵を発揮しながら「工夫のある日」を送ることは大切なことです。平成13年のノーベル化学賞を受賞した野依良治博士の発見は、創意工夫の結晶であったと思います。皆さんも、「創意工夫の心」を持ち続け、自分の目標に向かって前進して欲しいと思います。
 3つめは、「誠意」の「意」です。多くの世界の人に惜しまれながら天国に旅立ったマザーテレサは、「温かい心」の持ち主でした。皆さんも常に「誠意・真心」を持って人に接し、「ボランティアの心」に満ちた人生を創り上げて欲しいと思います。
 どうか「熱意・創意・誠意」をいう「3意の精神」を持ち続け、21世紀の日本を確かに頼める人間に成長してください。
 卒業のお祝いに、皆さんが好きな言葉と皆さんの似顔絵を色紙に描きました。卒業の記念にしていただければ幸いです。
 今日の日を待ち望んでこられた保護者の皆様、お子様のご卒業、おめでとうございます。お子様の晴れ姿に感無量なものがおありだと思います。心からお慶び申し上げます。
 万葉の古歌に防人として旅立つ子に向け
  旅人の 仮寝せん野に 霜降らば 吾が子 はぐくめ 天の田鶴群
とうたった親の心は、今も生き続けています。
 私ども職員も、この子たちの将来にもし霜が降るのなら、空飛ぶ鶴にすがってでも、順調に育まれていってほしいと思う気持ちは皆様に劣るものではございません。70人の子どもたちが末永く益城中央小学校の卒業生として、誇りと自覚を持って力強く生きていけるよう皆様とともに見守ってまいりたいと思います。大切なお子様をお預かりして6年間、私どもは微力ではありましたが全力を尽くして教育に取り組んでまいりました。その成果を卒業証書に記して、本日をもちまして、ご家庭にお返し申し上げます。
 この間、学校に対しましての絶大なるご協力を心からお礼申し上げます。
 終わりになりましたが、牧寺教育委員長をはじめ、多くのご来賓の皆様のご参列を賜りましたことに対し、心からお礼申し上げます。
 ご覧いただきましたように70名の卒業生は、よく考え、学びあい、明るく思いやりのあるすばらしい子どもたちでございました。これも一重に、ご来賓の皆様の日頃の温かいお力添えによるものでございます。子どもたち共々感謝申し上げます。
 名残は尽きませんが、卒業生の皆さんの限りない発展・成長と幸多い人生であることを願って式辞といたします。



                      卒業式式辞「卒業は人生の節です」

  ともし火を  そむけては
  共に哀れむ  深夜の月
  花をふんでは
  同じく惜しむ 少年の春

 これは、和漢朗詠集という本に記されている詩の一節です。
 今、あなたたちは、共に肩を組み、共に手を取りあって学び合ってきた友と、そして、先生とも別れ、この学舎を去ろうとしています。
 いつも、人ごとのように送り、迎えていたであろう卒業があなたたち自身の現実の問題として、長い自分の人生に一つの区切りをつけようとしているのです。今年の春は、二度とは戻らぬ小学校生活に別れを告げ、新しい人生に向かっての門出となる意義をもっています。それは少年時代との別離でもあり、青年時代への出発です。
 卒業がきたから卒業するだけなら、卒業はあなたに対して何の役割りも意味も果たしません。竹が伸びていく時に節があるように、私たちの長い人生にも、その多くの節があるのです。卒業とは、あなたたちにとっては、自分で考えねばならぬ最初の大きな節です。その節が大きけれは大きい程、強ければ強い程、次への成長や伸展が約束されます。
 自分にとって卒業とは何か、自分が小学校で身に付けた力は何か、これから進んで行く中学校では何をなしていこうとするのか。この卒業という節目を太く大きくする為に、自分をふり返り考えてほしいと思います。そして、自分なりに得た自信の持てるものを大事にすることです。それは、これからのあなたの人生にとってのいろいろな節を、乗りこえて行く為の大きな力となっていくからです。また、自分として最も弱い点、あるいは、なおさねはならぬことがあるならば、それを時間をかけても正し、直していくことです。襲いくるであろう幾多の節に屈伏することがないようにする為です。間違いは誰にでもあります。しかし、自分のみを主張して人の話を謙虚に聞き入れる気持ちがなければ成長がないばかりか、人生の節に挫折し、その進む道は曲がりくねってしまうことでしょう。
 春はすべての人に同じように花を散らせ、月はその光を投げかけるのですが、人はそれぞれ異った自らの運命をたどつていかねばなりません。そこに横たわる節は、人によってそれぞれに違うでしょう。その運命を切り開き、輝かしい人生を形成する為に今日の日を人生の節目としてほしいのです。
 今年度からスタートした新しい学習指導要領の総合的な学習の時間の学習活動では、あなたたちは自ら課題を設けて、調査研究に全力を傾け、自ら新しいものを作り出していった創造力、力強さを知りました。秋の運動会、二月の中央小フェスタ、等々こつこつと積みあげていく根気強い意志、全員のチームワークを感激の中で見守ったことを思い出します。
 集中すれば一人の力といえども偉大であること、協力すれば大きな力を産むことを体験したあなた方は、たくましさの中にも、優しさを持って中学校への道へ歩みを進めて行くことでしょう。
 許せるものならば、私も時の流れにさからつて、あなたたちと一緒に花をふみ、深夜に月の影を落とし、ゆく春を惜しんで語りあう少年時代に戻り、共に手をだずさえて船出したい気持ちにかられます。
 でも、今は、あなた達一人一人の心や、脈うつ血の中に、益城中央小学校の先生方の力がひそみ、あなた達の人生を見守り、学校や社会で活躍することを信じ、その前途を心から祝福する心で、皆さんの似顔絵と好きな言葉を色紙に描きました。卒業の記念にしてください。
 あなた方の卒業を心から祝っておられるご両親を今まで以上に大事にし、孝養に努めることを望みます。あなたが大きく成長するということは、あなたのご両親が、そのからだを細めていくということになります。
 あなたの喜びや悲しみ、悩み苦しみを、誰よりも身近かにいて共に喜び悲しんでくださるご両親こそあなたの最大の理解者であることを改めて肝に銘じ、進んでいってください。
 今日の日を待ち望んでこられた保護者の皆様、お子様のご卒業、おめでとうございます。お子様の晴れ姿に感無量なものがおありだと思います。心からお慶び申し上げます。
 92人の子どもたちが末永く益城中央小学校の卒業生として、誇りと自覚を持って力強く生きていけるよう皆様とともに見守ってまいりたいと思います。
 終わりになりましたが、中川総務課長様をはじめ、多くのご来賓の皆様のご参列を賜りましたことに対し、心からお礼申し上げます。
 ご覧いただきましたように92名の卒業生は、よく考え、学びあい、明るく思いやりのあるすばらしい子どもたちでございました。これも一重に、ご来賓の皆様の日頃の温かいお力添えによるものでございます。子どもたち共々感謝申し上げます。
 名残は尽きませんが、92名の卒業生の限りない発展・成長と幸多い人生であることを願って式辞といたします。



              卒業証書授与式学校長式辞 「巣立ちの舞」

 あなたたち90名は、6年間という長い間多くの先生方や仲間たちと楽しく過した益城町立益城中央小学校を鳥の巣立ちのように今、飛び立とうとしています。
 皆さんは、小学校生活をがんばり通しました。特にこの1年間は最上級生として、「元明楽清」のスローガンのもと、縦割り班の先頭に立ってあいさつ運動、花の栽培活動、スポーツの店での活躍など常に輝いていました。その成果の一端を中央小フェスタでみごとに披露しました。
 ところで、私たちが生活しているこの社会をながめてみると、欲しいと思えば手に入らないものはないほど、物の豊かな時代です。寒いと思えば暖房があり、暑いと感じれば冷房のスイッチというように、自分で考えたり工夫したり作る必要もなければ、生活上の問題を解決しようという必要性もないほどです。
 私たちは、物の豊かさの中にひたりきって、何の不自由もなくのんびりと生きていてよいのでしょうか。これからはただ生きるだけで力が育つ時代ではありません。自分から求めて汗の場や学びの機会を、組み立てることが必要な時代なのです。
 そこで私は、皆さんに次の実話をとおして考えてみて欲しいことをお話します。

 北海道の帯広平野を旅した、ある写真家の記録です。キタキツネの親子を発見した写真家は、じつくりと腰をおろして観察することにしたのです。
 母ギツネは運動のために、あるいは生きていくための餌の取り方や、敵との戦い方など、毎日毎日訓練を続けました。時には肉片を穴の中に入れてやったりもしました。巣のまわりでなごやかな親子・兄弟のたわむれ遊ぶのどかな日々もあったようです。子ギツネの体は、見る見るうちにたくましく成長していきました。
 ある日のこと、突然母ギツネが子ギツネの三匹に襲いかかりました。それは巣の前でやっていたじゃれ合いではありません。母ギツネの目には、本気で戦う心がみなぎっています。子ギツネたちは、優しかった母が気でも狂ったのではないかと逃げまわり、「お母さんどうしたの!」と呼びかけているようでした。しかし本気になって襲いかかる母の気力におされた子ギツネたちも、やがて野性のキツネに変ったようです。かみ合いひっかき合い、それはまさに死闘です。3対1で戦う母ギツネは、若い子ギツネの力と数にはかないません。全身から流れ出る血、それでも戦う母の気力に、子ギツネは圧倒されて逃げ出しました。
 1匹が去り2匹目も走り去りました。とうとう全部の子ギツネを巣から追い出して、一人ぼっちになった母ギツネの、ほあはあと息づかいも荒く子ギツネが走り去った遠くの方を見つめている姿が、夕日にくっきりと写っていたというのです。

 この戦いを「巣立ちの舞」というのだそうです。舞というより「巣立ちの戦」と言った方が適当かもしれません。
 さてあなたたちは、この母ギツネの本当の心がわかるでしょうか。また子ギツネも知っていたでしょうか。母ギツネは子どもたちをこれ以上自分の胸にかかえていては、自然の中で生きていけない弱いキツネとなることを心配したのです。早く独立させ、野性のキツネとしてたくましく育てるには、巣立ちの戦以外には方法がないと判断をしたのでしょう。かわいそうではあるが、これが本当の愛だと信じたのでしょう。
 今日はあなたたちにとって、めでたい卒業の日です。門出の日です。門出の日にふさわしい姿は、まさに「巣立ちの舞」の姿でなくてはならないと思うのです。母ギツネは学校の先生であり、父や母とも考えられるでしよう。そこには「おめでとう」の祝福があり、喜びがあふれています。しかし、巣立ちの自覚なしに中学生になったとすれば、卒業は単なる形でしかありません。「巣立ちの舞」はあなたたち自身の心の中の問題として、人間らしい戦いを自分自身の心に向けてください。
 これからの皆さんの前途には、「遊びか勉強か」などの軽いものから、職業の選び方のような重大な問題まで、別れ道の連続が待っています。そのとき、どの道を選択するかはその時に持っているあなたの力によって決まるのです。ですから、その時の力が問題となります。その時に正しい判断ができる自分であるためには、汗して体験を積み、自ら学習や研究を続ける以外に道はありません。その力がつくかどうかはあなたたちの中学校生活にかかっていると言えましょう。
 野性の動物たちのきびしい生き方に学び、それに負けない人間らしい豊かな心を持った人となるために、卒業記念の色紙に選んだ「挑戦」「あきらめない」「夢」「希望」「明日」「未来」などの言葉を生涯忘れることなく、巣立ちの感動を大切にして欲しいと思います。
 また、今日の日のために、苦労を苦労ともせず、ひたすらあなたたちの今日に期待してこられた父母の恩や心をしのび、きょう家に帰ったら、お父さんやお母さんに、「ありがとうございました」と感謝の言葉が出る人であってほしいと思います。
 今日の日を待ち望んでこられた保護者の皆様、お子様のご卒業、おめでとうございます。お子様の晴れ姿に感無量なものがおありだと思います。心からお慶び申し上げます。
 万葉の古歌に防人として旅立つ子に向け
  旅人の 仮寝せん野に 霜降らば 吾が子 はぐくめ 天の田鶴群
とうたった親の心を持って私ども職員は微力ではありましたが全力を尽くして教育に取り組んでまいりました。この子たちの将来にもし霜が降るのなら、空飛ぶ鶴にすがってでも、順調に育まれていってほしいと思う気持ちは皆様に劣るものではございません。90人の子どもたちが末永く益城中央小学校の卒業生として、誇りと自覚を持って力強く生きていけるよう皆様とともに見守ってまいりたいと思います。大切なお子様をお預かりした6年間、学校に対しましての絶大なるご協力を心からお礼申し上げます。
 終わりになりましたが、中川総務課長をはじめ、多くのご来賓の皆様のご参列を賜りましたことに対し、心からお礼申し上げます。ご覧いただきましたように90名の卒業生は、よく考え、学びあい、明るく思いやりのあるすばらしい子どもたちでございました。これも一重に、ご来賓の皆様の日頃の温かいお力添えによるものでございます。子どもたち共々感謝申し上げます。
 名残は尽きませんが、卒業生の皆さんの限りない発展・成長と幸多い人生であることを願って式辞といたします。