「くらしと人権」について考えましょう。
JA上益城同和教育研修会
平成12年8月


1 はじめに
 皆さん今日は。中川有紀です。「ありとし」といいます。長いこと社会教育関係の仕事に携わってきました。同和問題研修会にもよく出席しました。そういう研修会や会合でよく耳にしたことが「自分ないっちょん差別しとらんもん。同和教育とは関係なか」「同和問題、同和問題てあたどんが言うけん、知らんもんまじ知ってしまうもん」などでした。
 その度に、「そうでしょうか。どうして研修が必要かを考えてみましょう」と言ってきました。
 皆さん。千昌夫さんが歌う「星影のワルツ」ご存じでしょう。
「星影のワルツ」
一 別れることはつらいけど  仕方がないんだ君のため  別れに星影のワルツを歌おう
  冷たい心じゃないんだよ  冷たい心じゃないんだよ  今でも好きだ死ぬほどに
二 一緒になれる幸せを    二人で夢見たほほえんだ  別れに星影のワルツを歌おう
  あんなに愛した仲なのに  あんなに愛した仲なのに  涙がにじむ夜の窓
三 さよならなんてどうしても 言えないだろう泣くだろう 別れに星影のワルツを歌おう
  遠くで祈ろう幸せを    遠くで祈ろう幸せを    今夜も星が降るようだ
 私は、この歌が好きでよく二次会などで歌っていました。同和問題研修会で、この詩の背景にあるものを学習して以来、歌えなくなりました。それは、同和地区出身の人が周りの反対にあって、自分がこの世で一番好きな人、結婚して幸せな家庭をつくとうと心に決めた人と別れねばならなくなった心情を歌ったものと知ったからです。もう一度歌詞を読んでみます。「あんなに愛した仲なのに」、「今でも好きだ死ぬほどに」、「一緒になれる幸せを、二人で夢見たほほえんだ」、「遠くで祈ろう幸せを」この言葉一つ一つを読んでいると、愛する人と別れねばならない作者の無念さ、部落差別に対する憤りが伝わってきます。
 この歌を歌う時の千昌夫さんの真剣な表情から、部落差別の不当性、部落差別への怒り、そして部落差別を無くそうと強く訴えながら歌っているように思えてなりません。
 熊本では、水俣病を伝染病とした誤った認識から、患者の方を地域から疎外するするなどの差別事例もありました。最近では、0−157の食中毒患者が発生した地域からの旅行者の宿泊を拒否したり、パソコン通信で同和地区を紹介するような新たな差別事件も起きています。
 髪の色や服装、言動が他の人と少し違うというだけで「いじめの対象」となるという問題も起きています。大変残念なことですが、私たちの周りには、同和問題をはじめいじめや女性差別あるいは障害者差別など、いまだに様々な差別が残っています。
 「差別は自分には関係なか」と無関心でいて、いいのでしょうか。
 「一人ひとりが人間として大切にされたい。健康で明るく生きたい。しっかりと教育を受け、安定した仕事に就きたい」これは私たち誰もが持っている願いです。差別のない明るい住み良い社会をつくるために「差別って何なのか」一緒に考えてみましょう。

2 自分のこととして考えてみましょう
 次の会話を聴いてください。
 「ねえ、聞いた?。Aさんは、大学を卒業して5年目で司法試験に合格したそうよ。」
 「へーっ。あの難関の。すごいわねー。」
 「Aさんのお母さん、とってもえらいのよ。人のやりたがらないような仕事までして息子さんを支えたんですって。」
 この会話で、何か変だとお気づきになりませんか。「人のやりたがらないような仕事までして」という言葉の裏にある意識には、Aさんのお母さんの仕事を軽視している心が潜んでいます。「きつい」「きたない」「きけん」いわゆる3Kといわれるような仕事も、私たちの生活にとってなくてはならない仕事です。仕事に貴賤はありません。
 「自分は差別はしていないし、差別なんて関係なか」と思っている人でも、自分の心の中の差別意識に気づかずに、ふとしたときに人を傷つけてしまっている場合があるのではないでしょうか。
言われた人はどう感じるでしょうか。自分が言われたとしたらどうでしょう? 自分自身の問題として捉えることが大切だと思います。
 「女のくせに」「年寄りなんだから」など無意識に考えることはありませんか。
 「Bさん。あなたはもう30歳でしょう。そろそろお嫁にいったらどう?」
 「よけいなお世話よ。」
 「女は夫や子どもに尽くし、家を守るのが1番の幸せよ。」
 私たちは「女性は家事や育児をして家を守るべき」だとか「子どもが小さいときは、母親は家にいるべき」という固定的な考えを他に押しつけて、女性の「社会に出て働きたい、活動したい」という願いとその機会を奪ってはいないでしょうか。
 人には一人ひとり異なる夢や希望があります。それが、自分の希望や努力と全く関係のない、「女性だから」「男性だから」「高齢者だから」「障害者だから」あるいは「生まれた地域が○○だから」という理由で可能性が閉ざされてしまったら、誰もが憤りを感じるのではないでしょうか。
 一人ひとりの希望や価値観を尊重する必要があります。
 「迷信、俗信」なんとなくおかしいけど無視できない。こんな時、どうしたらよいのでしょう。
 「きょうは仏滅だよ。どうして仏滅の日に結婚式をしたのだろうね。」
 大安といえば吉日の代名詞で、仏滅と聞けば何となく不安を覚える代名詞のように考える人が多いのですが、この語源から運を占う根拠は何もないということです。
 高千穂正史さんの話を聞いたことがあります。
 いま、私たちは7日間という週を単位に生活しています。昔の日本には週はなかったので、上旬とか中旬という10日単位を用いていました。これでは細かい1日単位の表現が不自由なので、6日を1周りとした周期をつくったのです。これが先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口で6曜とよばれるもので、足利時代の末期に中国から伝わった時刻の名前を日に転用したものです。そのとき、旧暦の毎月の1日を次のようにすると定めました。すなわち正月と7月の1日を先勝、2月と8月の1日を友引という具合にです。このようにして定められ、ただ機械的に暦に記入された文字を見て、知性を持った現代の人間が日がよいとか悪いと言って心配しているのは、何とも滑稽なことです。
 大安に押し合いへし合いで、大混雑の結婚式を挙げても、分かれたり不幸になったりする夫婦はたくさんいます。仏滅にゆっくり式を挙げ、それからの人生を夫婦の愛情と努力で立派に築き上げていくような若い人が増えて欲しいものです。
 迷信や不合理な偏見、因習にとらわれた主体性のない生活態度ないしは価値観は結果として同和問題やいじめ障害者差別などあらゆる差別を残すことになってしまいます。
 今朝、家を出られるとき、今日は何という日かを確かめて出てこられた方はあまりおいでじゃないと思います。普段は特段意識もなく生活しています。それが、結婚式、葬式というときに「何の日」という意識が出てきます。
 差別意識も全く同じです。普段から「差別してやろう」と意識して生活している人はおそらくいないでしょう。それが利害関係が生じたときや結婚話が持ち上がったとき「相手はどこんもんや。調べにゃんたい。」となるのです。就職の際、本人の責任外の質問などが出てくるのです。これは自分で気づいていない差別心があるからでしょう。
 大人たちが持っている偏見が、いつの間にか子どもにも伝わり真似ることがあります。
 「C。あそこの子とは遊ぶなよ。」
 「友だちとは仲良くしなさい」と教えながらも、特定の友人について合理的な説明もないまま排除しようとすれば、それは友だちばかりでなく、言われた子どもの心も深く傷つけてしまいます。
 自分で直接見たり、聞いたことはないけれど、噂や人から聞いた話で人や集団に対して悪いイメージを持つことはありませんか。私たちは時として、十分な根拠もなく偏見を持ってしまうことがあります。
 同和問題においても、「同和地区の人はおそろしか」というのを耳にすることがあります。「どこが恐ろしいのですか。何か怖い目にあわれたのですか。」と聞くと「自分なそぎゃん目におうとらんばってん、だっでんそぎゃん言いよる。」と返ってきます。
 これこそ、噂や憶測で思いこんでいることではないでしょうか。
 身の回りには悪いことをしたり言葉が乱暴な人がいます。それを、たまたま同和地区の人が悪いことをしたとき「だけん、あすこんもんな恐ろしかもん」と一部の人の言動を全体のこととして決めつけてしまう偏見は考え直さねばなりません。
 子どもは両親など身近な人から発せられる言葉や態度に敏感で、感情などを読みとったり、行動ばかりでなく考え方まで真似ようとします。
 身近な大人の言動に差別や偏見があれば、それは次の世代の子どもたちに伝わり、差別意識はいつまでも解消されません。
 平成5年の熊本県の実態調査から見ると、同和地区を認知した時期は15歳未満が最も多く、50、1%で、認知した方法は身内からが43、5%、仲間からが22、1%です。
 また、平成10年度の甲佐町の人権問題についての調査からは、家族の話で聞いたが15%、近所の人から聞いたが5%です。
 大人が持つ子どもへの影響力を考えてみる必要があるように思います。
 示した絵を見てください。
 歩道に止めてあるあふれるばかりの自転車、点字ブロックの通路をふさいでいます。よく見る光景です。
 「他にも自転車がたくさんおいてあって私は横に1台置いただけよ。車椅子の人が通れないように、わざとしたわけじゃないわよー。」
 この人は「車椅子の人が通れるかな」と気にかける気持ちがあったのでしょうか。
 「自分一人ぐらい」の気持ちの繰り返しが、意識しないところで車椅子の人々の人権を奪っているとしたらどうでしょうか。
 通れなかった人はどう感じるでしょうか。自分だとしたらどうでしょう? 考えてみて欲しいものです。

3 同和問題とは
 同和問題とはどんな問題なのかを考える前に、次の話を聞いてください。ある地区出身の人の言葉です。
  私は地区出身です。
  私のどこが皆さんと違いますか?
  違うという人がいたらどこが違うか教えてください。
  皆さんと違うのは、生まれた場所が部落ということだけです。
  皆さんと同じように明るく生きたい。
  皆さんと同じように恋もしたい。結婚もしたい。
  皆さんと同じように幸せな家庭もつくりたい。
 私たちは、このような地区の人の願いを知ろうとしているでしょうか。人ごととしてながめてはいないでしょうか。この方の言葉を自分のこととして受け止めていきたいと思います。
 このような意味から、同和問題と人権に関することを一緒に考えていきたいと思います。
 同和問題とはどんな問題でしょうか。
 同和問題とは、いわゆる部落差別の問題です。部落差別とは、同和地区の人が、同和地区に生まれたというだけで、自分には何の責任もないのに、言葉や身振りで、あるいは結婚や就職に際して差別を受けたり、生活環境が低位の状態におかれたり、職業が不安定であったりなどの権利と自由が侵され、時には生命まで奪われるという深刻な問題です。
 江戸時代の封建制度の仕組みの中で人為的につくりあげられた身分制度により、同じ日本人でありながら、一定の地域に住まわされ、職業、結婚、交際から服装にいたるまで生活のあらゆる面で非人間的な厳しい取り扱いを受けた、一部の人に対する差別に由来するものです。
 徳川幕府は、権威と地位の安泰を図り、民衆を支配することを目的として士農工商の身分制度を作りました。このことは皆さんご存じの通りです。
 重い年貢を取り立てるため、「上見て暮らすな。下見て暮らせ。」という幕府の政策で苦しい生活を強いられた農民の不満をそらすために、士農工商、さらに低い身分を制度として作ったことが同和地区の起こりです。これが政治的起源説といわれるものです。
 このつくられた差別の認知状況を平成5年の熊本県の実態調査から見ると、民衆を支配するために幕府が作ったと正しく認識している人、つまり政治起源説の考えの人が54、2%でした。
 当時賤業とされていた革細工、死馬牛の処理、下級刑吏などの職業に就いていた人の子孫であると誤った考え方、つまり職業起源説の考えの方が11、5%でした。同和地区の人々は江戸時代の身分制度により厳しい差別を受けましたが、その差別の一つに一定の職業以外にはついてはいけないという職業の制限を受け、そのような仕事を強制されたのです。
 同和地区の人々は祖先が違うという誤った考え方、いわゆる人種起源説の考えを持っている人が9、3%もありました。この考えは古代社会に大陸から渡来してきた人々の子孫であるとか、加藤清正が朝鮮出兵の時に連れ帰った捕虜の子孫であるというものです。これは全くその根拠や事実はありません。同和地区の人々はまぎれもない日本人です。
 平成10年の甲佐町の同和問題についての調査では、政治起源説の考えが50%、職業起源説の考えが12%、人種が違うが4%でした。驚くことは知らないと答えた人が33%だったことです。そして、20代の人の3分の1も知らないと答えているということです。同和問題に対する啓発が必要です。
 同和という言葉の語源はどこからきたのでしょうか。
 同和教育、同和問題、同和行政、同和対策事業などの用語が使われています。
 同和という言葉は、「同胞一和」あるいは「同胞融和」という言葉から生まれたもので、家柄、門地、血筋、あるいは社会的身分の別なく、国民はひとしく慈しみあわねばならないという発想に基づくものといわれています。
 昭和40年、「同和対策審議会答申」から同和という用語の意味内容が大きく変わりました。同答申は同和という用語を、部落解放の思想や人間解放の思想を意味する言葉として位置づけたのです。つまり、真の民主主義社会建設のため、部落差別を解消し、差別によって奪われた人間としての自由と権利の獲得を意味する用語へと転換されました。
 以来、同和という言葉は、部落問題をはじめ様々な人権問題を示す言葉として定着してきました。そして、同和教育とか、同和問題などのように使われています。
 近頃、この同和という言葉が新たな差別語として使われています。例えば、「同和ん衆」とか「同和は恐ろしか」などです。この言葉を聞いた同和地区の人はどう思うでしょうか。
 「『同和地区の人々は・・・』という言葉を聞く度に、頭を鉄槌で殴られるような思いがする」と地区の人から聞いたことがあります。同和教育とか、同和問題などのように同和という意味を考え正しく使いたいものです。
 同和問題と私たちとはどんなかかわりがあるのでしょうか。
 私たちの周りには、部落差別をはじめ、女性差別、高齢者差別、障害者差別など様々な差別があります。私たちは差別する側に位置したり、差別される側に置かれたりするような状況にあります。
「自分には関係なか」と傍観できる立場にはありません。私たちの心の中にある誤った偏見などが、同和地区の人々の生活の安定向上を阻む原因となっています。
 同和問題は、基本的人権にかかわる問題であり、その解決は国民すべての幸せに結びつくものであり、私たちとは深いかかわりがあり、国民すべての幸せに結びつくものであることを認識する必要があります。
 部落差別について、心理的差別と実態的差別があるといわれていますがどんなことでしょうか。
 心理的差別とは、人々の観念や意識の中に潜在する差別のことです。言葉や文字、身振りなどで封建的身分の賤称語をあらわして侮蔑したり、偏見によって交際を拒んだり、婚約を破棄したりするなどの行動にあらわれます。
 実態的差別とは、同和地区の人々の生活実態に現れている差別です。昭和26年、雑誌「オールロマンス」に京都市職員が書いた小説が載りました。その内容は、京都市内の同和地区の様子をことさらに劣悪に誇張して描写し、読者に差別と偏見を拡大するようなものでした。
 部落解放全国委員会がこの問題を取り上げ、同和地区の劣悪な状態は誰に責任があるのかを問いかけたのが「オールロマンス事件」です。京都市内の地図に、「不良住宅の密集しているところはどこですか。」「水道のないところはどこですか。」「下水道施設のないところは?」「消防自動車も入れなく、消火栓もないところは?」「トラホーム、結核患者の多いところは?」「生活困窮者の多いところは?」「不就学児童の多いところは?」など行政施策が遅れている地域に○印を付けていったところ、○印がいくつも重なったところが同和地区でした。
 同和地区が本来公平に行われるべき行政の施策の外に放って置かれたこと、そこに誤解や偏見を生み出す実態的な差別があることが明らかにされました。
 心理的差別と実態的差別とは、相互に因果関係を保ち、心理的差別が原因となって実態的差別をつくり、また反面では実態的差別が原因となって心理的差別を助長するというように相互に作用しあっています。
 この相互関係が差別を再生産する悪循環を繰り返す原因となっています。この相互関係を断ち切ることを同和対策審議会答申が指摘し、それを受けて後で述べます同和対策事業特別措置法などが施行されたのです。
 特別措置法の施行により、住宅、道路など物的な生活環境については改善が進んでいます。しかし、劣悪な生活環境、不安定な就労形態の比率が高いこと、世帯の家計の状況が全国平均よりも低位な状況にあること、高等学校等の進学率などに差が見られます。
 平成8年に出されました地域改善対策協議会の意見具申では、「差別意識の解消に向けた教育及び啓発の推進」で、差別意識の解消のために教育及び啓発の果たすべき役割はきわめて大きく、これまで様々な手法で施策が推進されてきた。同和問題に関する国民の差別意識は解消へ向けて進んでいるものの依然として根深く存在しており、その解消に向けた教育及び啓発は引き続き積極的に推進していかなければならないと述べています。
 本日の同和問題研修会もその一つです。

4 同和問題に対する誤った認識
 「部落差別はそっとしておけば自然になくなるのではないか」という考えを持った人がいます。そうでしょうか。
 「同和問題を知らない人にまで教えなくてもいいのではないですか。」「知らないままにしておけば、時とともに自然に薄れ、なくなるのではないですか。教えるから、かえって差別が広がるのではないのですか。」という言葉を聞くことがあります。
 本当にそっとしておけば同和問題は自然に解消していくものでしょうか。
 今なお、差別意識が残っているために、同和地区の人々は就職や結婚などに際して、差別されることがあります。
 例えば、結婚話で「あすこんもんな恐ろしかてだっでん言う。止めたがよかばい。」などと周りの反対にあったとき、周りの考えが間違っていることを指摘し、その考えを改めさせ、それを乗り越える力が必要になります。その力は学習によってしか得ることはできません。
 「寝た子を起こすな」の考えでは、人権意識を眠らせ差別を温存し、次の世代まで残してしまうことになります。
 同和問題について正しい理解と認識を持ち、お互いの人権を尊重しあい、差別をなくしていくことが大切です。
 「同和地区の人々が分散すれば差別はなくなるのではないか」という考えを持った人がいます。
 「同和地区の人々はかたまって住んでいて、地区外の人との付き合いが少ないから差別される。分散してバラバラに住めば、同和地区出身かどうかわからなくなり差別もなくなる」という言葉を聞くこともあります。
 誰でも自分の好きなところに住む権利を持っています。自分の意志以外の力で分散させられるとしたら、基本的人権の侵害です。同和地区の人が自分の意志で地区外へ移り住んだとしても、その人が地区出身であることが明らかになれば就職や結婚などに際して差別されてしまうという厳しい現実があります。
 建て売り住宅を購入して移り住むようになった人が近所の方に毎朝夕「おはようございます」「こんばんは」と挨拶していると、近くの人から「あぁたが毎日挨拶を交わしている人は同和地区の人ばい。」と教えられ、それをさかいに、朝夕あっても挨拶どころかぷいと横を向いて通り過ぎてしまうという差別を受けている現実もあります。
 「あなたが毎日挨拶している人は同和地区の人ばい」と言う人、そしてそれを聞いて挨拶どころかぷいと横を向いて通りすぎる人の行動、これ以上の差別があるでしょうか。
 誰がどこに住んでいても、すべての人が差別を受けることのない社会をつくることが大切です。
 「今時、差別などなか。同和問題は、過去のものではないのか」という考えを持った人もいます。
 就職や結婚という時に、いろいろな形で差別が起きており、決して過去の問題ではありません。私たちの生活の中で、事実を正しく学び、誤った考え方を正していくことが同和問題の解決につながります。
 迷信や俗信のところでもお話ししましたが、ものの見方や考え方が、古くてゆがんだ考え方に左右されて間違った社会意識がつくられていることもあります。事実を正しく学び、誤った考えを正していくことが同和問題の解決につながります。

5 同和問題解決のために
 同和問題解決のための法律などには、どんなものがあるでしょうか。
  昭和40年8月 同和対策審議会答申
  昭和44年   同和対策事業特別措置法
  昭和57年   地域改善対策特別措置法
  昭和62年   地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律
 答申などでは、 
  地域改善対策協議会の意見具申
  人権擁護推進審議会答申
  「人権教育のための国連10年」国内行動計画策定
 などがあります。これらの法律などにより、同和問題解決の諸施策が推進され、実体的差別はある程度解消されつつあります。
 同和問題解決は、国民的課題といわれるのはなぜでしょうか。
 同和対策審議会答申は、その前文で「同和問題は人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題であり、日本国憲法によって保障された基本的人権に関わる問題である。したがって、審議会はこれを未解決に放置することは断じて許されないことであり、その早急な解決こそ国の責務であり、国民的課題であるとの認識に立って対策の探求に努力した。」と述べています。
 部落差別が私たちの権利と深い関係があることを考えれば、他人ごとではありません。私たち一人ひとりが自らの生活を見つめ、今なお根強く残っている不合理や偏見を見抜き、自分が何をすべきかを考え行動していくとき、同和問題が国民的課題となり、差別解消へとつながるものと思います。
 学校や地域で、そして職場で同和教育が行われています。その学習の成果がいろいろな場面で表れています。
 本日は、同和問題研修会の場ですからあえて差別語を使いますが、今、「○○」という言葉を使う人はいません。「□□」という人もいません。
 私たちは、こんな言葉を使うとだれからか怒られるから使わないのでしょうか。使ってはいけないのでしょうか。
 こんな言葉は使ってはいけないではなく、このような言葉を聞いた人の怒り、悲しみを思えば使えないのです。互いに相手を認めあい、思いやるやさしい心があるからです。互いの人権が尊重され、共に明るく充実した人生を送る共生の心があるからです。
 「○○」という言葉を使わないで「目の不自由な人」という言葉を使います。「□□」という言葉を使わないで「足が不自由な人」という言葉を使います。日本には相手を思いやるすばらしい言葉があるのです。
 これは同和教育の成果です。
 昨年、甲佐小学校で県立点字図書館長さんが、3年生の子どもと「共に生きる」学習をされました。
 そのときの館長の言葉です。
 「私は、目が不自由です。しかし、歩くこともできます。ものを考えることもできます。楽しいときには大きな声で笑い、悲しいときには涙を流し悲しみます。ただ、車の運転だけは皆さんのお父さん、お母さんたちと同じようにはできません。私たち目が不自由な人と、皆さんたちとで楽しく触れ合うことができるようにするには少しの工夫があればよいのです。その工夫の一つが点字です。点字を使って、みんなで会話やゲームができるのです。体の不自由な人とそうでない人と共にくらせる世の中をつくっていきましょう。」
 昨年のNHKドラマ「元禄太平記」では、浅野内匠守が殿中松の廊下で吉良上野介に斬りつけた刃傷沙汰の裁きを「片落ち」と表現していました。原作の船橋精一の「新忠臣蔵」では、「片手落ち」でした。
 長崎市に原子爆弾の爆風により、鳥居の片方が吹き飛ばされた鳥居があります。皆さんもご存じだと思います。以前はこの鳥居を「片足鳥居」といっていました。昨年、6年生と修学旅行に行ってみると、「1本足鳥居」とありました。呼び方が変えてあったのです。
 このほかにも「父兄」と言う人も大変少なくなりました。保護者といいます。子どもの教育に責任を持つのは父や兄といった男性ばかりではありません。お父さんでありお母さんです。だったらどうして「父母」といわないで保護者というのかについては皆さんで考えてみてください。
 これまで使っていた言葉の中でも改めたがよい言葉は改められています。同和教育の成果です。
 「人権教育のための国連10年」熊本県行動計画とはどんなものでしょうか。
 平成6年、第49回国連総会で、1995年から2004年までの10年間を「人権教育のための国連10年」とすることが決議されました。
 平成7年、日本では、内閣総理大臣を本部長とする「人権教育のための国連10年推進本部」が設置され、平成9年7月、国内行動計画がまとめられました。
 平成11年、「人権教育のための国連10年」熊本県行動計画策定されました。
 「人権の世紀」といわれる21世紀に向けて、広く県民の間に共生の心を育むことにより、県民一人ひとりの人権が守られ、すべての県民が安全で心豊かに暮らせるような社会の実現をめざすことを基本理念としています。
 そして、差別や偏見をなくし、県民一人ひとりが、日常生活の中のあらゆることに対して、人権尊重の視点に立って考え、行動できるような社会の実現をめざすこと、正しい知識の習得に努め、誤った世間体や偏見、家意識、因習、習俗等にとらわれることなく、科学的に判断する力を養うこと、様々な人権問題を他人のこととしてではなく、自分のこととして考える態度を養うこと、いろいろな価値観や考え方・行動・表現の仕方があることを認め、これを受け入れる意識や態度を養うことなどを目標として掲げています。
 さらに、日常生活の中で、行政、学校、企業、民間団体、家庭及び地域等それぞれが主体となり、互いに連携しながら、あらゆる場、あらゆる機会をとらえて人権教育を推進しますと宣言しています。
 また、人権を、すべての人が生まれながらに持っている、人間らしく生きていくために必要な、誰からも侵されることのない基本的権利と捉え、人権教育は、すべての県民を対象として、あらゆる場、あらゆる機会をとらえて行われるものであって、自らの尊厳に気づくとともに、多様性を容認する「共生の心」を育み、物事を人権の視点でとらえ、それを自分のこととして考え、行動できる態度を身につけるための教育と捉えています。
 そして、人権教育を次の4つの視点から見ています。
 @人権についての教育(人権を知識として伝達すること)
 A人権としての教育(教育を受けることを権利として保障すること)
 B人権のための教育(人権が尊重される社会を築く力を持つ人をつくること)
 C人権を通じての教育(学習環境が人権を大切にする雰囲気を備えていること)
 重要課題についての取り組みは次の通りです。
@女性の人権 A子どもの人権 B高齢者の人権 C障害者の人権 D同和問題 Eアイヌの人々の人権 F外国人の人権 GHIV感染者・ハンセン病感染者等の人権 H刑を終えて出所した人等の人権 I犯罪等の被害者の人権

6 おわりに
 私は多くの方と話をする中で、自分で学ぶことの大事さに気付かされました。と同時に、一面からの見方だけではなく、他方からも見る姿勢が肝要であることに気付かされました。
 日常生活の問題をどちらの側から見ているかが、問われます。差別落書きとか差別発言について、落書きは消したら消えてなくなるでしょうが、発言は痛くもかゆくもないでしょうが、などと言う人がいます。しかし、同和地区の人々は、差別落書きや差別発言によって自分の被差別体験が蘇ってきて怒り、悲しみ、孫や子どもの将来がどうなるか心配でたまらなくなるのです。
 地区の人は「自分はがまんする。でも子や孫が自分と同じような差別を受けることはどうしてもがまんできない」といわれます。自分が差別される側にいるならこのような気持ちになるのは当然です。
 自分がどこに立ってものを見るか、考えるかがとても大切であると思います。これまで考えてきましたように身の回りには、部落差別を始めさまざまな差別があります。これを氷山に例えるなら、海面上に現れている氷山は、差別の一現象です。海面の下に「差別意識」、「予断」、「偏見」などの「人権意識の希薄さ」が隠れているのです。「この人権意識の薄さ」の氷の塊を溶かす努力、周りの海水の音度を上げる学習、人としての生き方、在り方を常に追い求めていきたいものです。
 菊池恵楓園の園長は「無知は偏見を生み、偏見は差別を生む。」と言われます。ハンセン病に対する間違った認識で私たちは長年、ハンセン病患者を差別してきました。部落差別と同じです。
 同和対策審議会答申では、人によってつくられた差別は人によって取り除かれねばならないと訴えています。私たち一人一人の努力で1日も早く同和問題を解決していこうではありませんか。
 21世紀は人権の世紀といわれています。しかし、ただ待っていても人権の世紀とはなりません。私たちの努力で21世紀を「人権の世紀」としましょう。人権文化の花を咲かせましょう。
 長時間のご静聴、ありがとうございました。