Z.邑知剣友会
昭和24年、邑知公民館発足と共に剣道の同好者が集まり、「邑知町剣道同好会」が誕生した。
松島安政、岩原外輿、尾高祥介、池田太喜雄、山田 啓、前田勇輔、飯坂外雄ら各氏の献身的な協力により、当時の邑知4地区(神子原、北邑知、若部、中邑知)による青年剣道大会(各地区5名の選手)が盛んに行われた。
また、その頃の青年選手減少化傾向の中にあって、各地方の小学校では少年剣道教室が盛んになり、交換大会も各地で行われるようになった。邑知地区でも前述の松島、尾高、岩原の各氏の熱心な指導のもとに、飯山、神子原、そして余喜の各小学校で剣道の教室が出来、普及が進み盛んになっていった。
当時の交換大会は、押水、志雄、羽咋、飯山、余喜、神子原、富永、越路野の各小学校剣道教室8チームによって行われた。
昭和46年、「邑知剣友会」が生まれ、その2月11日建国の日の記念行事の一つとして、「近郷少年剣道邑知大会」が邑知中学校講堂において開催された。この大会には、当時の柳生スポーツ店主柳生哲夫氏の熱意と労により、地方の少年剣道教室から多数のチームが集まった。
翌47年2月11日には、「邑知近郷少年剣道大会」と改め第1回大会が開かれた。河北から七尾鹿島まで、南は内灘、北は西海までの27チームを迎え、少年200名、世話をする剣道有志100名、計300名という未曾有の大会となった。
48年2月には、幸正隆平、松島利一氏等の指導のもとに「飯山(現在の邑知)少年剣道教室」(90名)も生まれ、第2回の近郷少年剣道大会が開かれた。