「ねえお兄ちゃん。今日遊びに来てた人ってなんて言う人?」
 兄の部屋をノックもせずにいきなり開ける優美。以前そのせいでかなり気まずい思いを経験したはずなのに全く懲りる気配がない。
「優美。ノックしろっていってるだろ。まったく。」
 兄の言葉にも全く動じない優美。
「ま、気にしない気にしない。女の子と違って見られて困ることなんかないでしょ。」
 −あるんだよ。・・・たまに。−
 心の中で激しいつっこみを繰り返す好雄だったが、兄の心妹知らずでさっさと教えなさいとせまってくる。
「名前ぇー?公人だよ。高見公人。」
「あ、やっぱり。いつもよく電話かけてくる人だよね?」
 へえ、あの人が高見さんなのね。とつぶやき、
「お兄ちゃんの知り合いとは思えないわね。かっこいいじゃない。」
 身も蓋もないいいように優美につい声を荒げてしまう。
「優美。おまえ兄貴のことをなんと思ってるんだ?」
「女の子の後ばっかり追い回して何の取り柄もない悲しい人。」
 平然と返す優美。一方好雄は核心をつかれ部屋中をのたうちまわっている。そのせいで階下から母親の声がひびく。
「好雄っ!うるさいわよ静かにしなさい。」
 あまりの速度で転げ回ったせいでバター状と化した好雄に優美は一言。
「学校で走りまわってんだから家の中でぐらい静かにしたら?」
 好雄の安息の地は夢の中だけのようだった。
 
 高校1年の夏休み。クラブ活動なんかやってると遊びに行ける休みの日なんて実質3日もあるかないか。そんな貴重な休みをなぜ男友達と待ち合わせしなければいけないのか。 そんな不条理さに公人のいらいらは高まっていく。頭上から照りつける太陽がそれをアシストし、そんな中30分も遅刻している好雄の存在がだめ押しとなるシュートを次々と叩き込み続けていた。
「公人、すまん。」
 背後からやけに息をはずませた声がかけられる。
 −そうだろうそうだろう。もっと謝れ。−
「なんとかして、振り切ろうと思ったんだが振り切れなかった。」
 −振り切る?−
 怪訝に思って振り返った公人の目に元気よくはね回るポニーテールの少女が映った。
「あ、はじめまして高見さん。私早乙女優美です。お兄ちゃんがいつもお世話になってまーす。」
 それが、彼女とのファーストコンタクトだった。
 
「それ以来、好雄との待ち合わせには半分ぐらいの確率でもれなく優美ちゃんまでついてくるようになってね・・・。まあ、懐いてくれるのは悪い気分じゃないし、妹というのはこんな感じかな?」
 公人は公園の噴水の水しぶきに黄色い声をあげながら走り回る優美に向けていた優しい視線を、隣に座る詩織に移動させながら話す。
「公人君一人っ子だもんね・・・私もだけど。」
 詩織も公人に向けて微笑み返す。
 しかし、2人の様子をよーく観察すると公人のこめかみの血管がぴくぴくと蠢いていることや、詩織の頬の筋肉がひくひくと痙攣していることから、2人の言葉が嘘ではないにしろ決して本心からの言葉ではないことがわかる。
 最初に仮面をはずしたのは詩織であった。
「でもね・・・」
 詩織の肩がぶるぶると震え出す。
「今日公人君はわ・た・し・と2人で遊びに行く予定だったのよねえ!それなのに、なんでもれなく優美ちゃんまで当たり前のようについてくるのよ!ねえ、なんで?」
 詩織の爆発に巻き込まれ、公人もまた連鎖したように立ち上がる。
「こっちが聞きたい!本当に珍しく2人のクラブの休みが重なって喜んでたのにどうしてこうなるんだ!」
 実りのない会話に憮然とした表情で再びベンチに腰を下ろす2人。
 公人にとっては妹のようであり、また詩織にとってはクラブのかわいい後輩でもある優美。2人はやりばのない怒りを胸にいらいらと辺りを見渡す。
 そこに何気なく好雄が通りかかったのは神のいたずらか運命か?
 2人は同時に呟いた。
「はけ口君、発見。」
 
「今お兄ちゃんの声がしませんでしたかあ?」
 額の汗を拭い、さわやかな面もちでベンチに座る2人の方に駆け寄ってくる優美に詩織は公人君聞いた?とばかりに視線を公人に向ける。それを受けてさあ?とばかりに肩をすくめる公人。そんな2人の様子に優美は首をひねっていった。
「じゃあ優美の気のせいかなあ?」
 ベンチの後ろでぼろ雑巾のようになって横たわる物体。早乙女好雄・・・幸薄い男である。・・・・別名天罰ともいう。(笑)
 いろんな感情の入り交じった3人の耳に微かな電子音が聞こえてきた。優美が慌てて自分の腕時計に目をやって悪戯っぽく笑った。
 優美はごそごそと自分の腰のポーチから何かを取り出して詩織に手渡した。
「詩織先輩、おじゃましてすいませんでした。これ高見先輩と一緒に観てくださいね。」
 手を振りながら2人に背を向けて駆け出していく優美をきょとんとみつめていた詩織は、ふと思い出したように手の中の紙切れに視線を向けた。そこには映画の優待券が2枚。・・・この日限定のチケット。
「詩織、何だったの?」
「ん、映画のチケット。・・・多分優美ちゃんは公人君と観たかったのね・・。」
 詩織はチケットを好雄のポケットに突っ込んだ。
「・・・さすがに使えないわねこれは・・。」
「・・・確かに・・。」
 ベンチに腰掛けたまま呟く2人の目に、チケットを握りしめて走っていく好雄の姿が見えた。
 
「えーっ?優美ったら高見先輩狙いなの。」
 素っ頓狂な声をあげ、優美の友人がゆっくりとつま先から頭の上まで優美を眺め回して肩をすくめた。そしてあきれたような目つきで首を振る。
 一瞬の後に優美の脇固めによって苦悶の声をあげながらも友人は反論を続けようとする。
「優美じゃ詩織先輩に勝てないって。それに敵は詩織先輩だけじゃないし・・。」
「・・優美はこれから成長期なの!」
 靭帯が悲鳴をあげ始めたところで優美は力を抜いた。
「それに、詩織先輩より若いって武器があるんだから。」
「・・・・・・・・・・(幼いの間違いでしょ)・・・。」
 その類い希なる(プロレスの)実力により、もはや女バスの一年はしめたも同然の優美であった。・・・その割には抵抗されているようであるが・・・。
 それまで黙って服を着替えながら優美達に冷ややかな視線を送っていた少女がロッカーをぱたんと音をたてて閉め、口を開いた。
「こう言っちゃあなんだけどさ、高見先輩と優美のお兄さんが友達なのよね?」
「何が言いたいのよ?」
 優美が少女の含むところのある言葉に唇をとがらせた。
「・・・別に、お兄さんの存在のおかげで相手して貰ってるだけじゃないのかな?と思っただけよ。」
「利用できるものは何でも利用するのが悪いって言うの?」
 開き直った優美の発言に少女は鼻をならして出ていった。更衣室のしらけた雰囲気を取り繕うとして何人かが優美に声をかける。
「気にしない方がいいよ・・あの子高見先輩と知り合うきっかけがないから優美のことが羨ましいんだよ。」
 欲しい物は欲しい。そんなシンプルな思考の中で生きてきた優美にはまだ理解できない行動に思えたので曖昧に頷くだけであった。
 
 茂みに身を隠してカップルの様子を観察する様はなかなか怪しさ満点である。
 ある休日、公人の家の近所にて偶然公人を見かけて、偶然行き先が同じだった優美はここ中央公園で息を潜めて茂みからポニーテールをひょこひょこさせているわけである。
 もちろん全て偶然である。
 じりじりと2人との距離をつめ、会話が聞こえてくるように風下から接近していくことも全て偶然が重なった結果であり、言い換えれば大自然の脅威ともいえよう。(笑)
「そうだ、私お弁当作ってきたの。時間が無くて慌てて作ってきたから味の方は保証しないけど・・。」
 にっこりと微笑みながら公人にバスケットを差し出す少女は、公人の所属するサッカー部のマネージャーである虹野沙希。学校内でも評判の高い女の子である。
 ・・何が慌てて作った、よ。うっすらと化粧されて目立たないけれど、その目のしたのクマはいったい何なの?・・
 優美はいらただしげに茂みの葉を次々とむしっていく。
「へえ、おいしそう。じゃあ早速1つ。・・・うまい、うまいよ虹野さん。・・・虹野さんて料理が上手なんだね。いいお嫁さんになれるよ、きっと。」
「あらやだ・・高見君ったらもう。からかわないで・・。」
 ほんのりと染まった頬に両手をあてて軽く首をふる沙希の姿に、優美はめきりと枝を握りつぶす。耐えかねて優美が腰を浮かせかけた矢先、首元に細い指先が軽く食い込んだ。
『誰?』
『高見君の邪魔はさせないわよ。』
 低く押し殺した声に混じって、得体の知れない獣のような鳴き声が優美の耳に聞こえてきた。優美が身体の緊張を解くと同時に首元の指が離れていった。
『・・・あなたも高見先輩が好きなの?・・・だったら・・』
『あなた、高見君のせっかくの休日を滅茶苦茶にするつもり?高見君の困った顔が見たいの?もっと大人になりなさい。』
『あなたはそれでいいの?』
『・・見守るだけの恋もあるのよ。』
 謎の女がそう言い残した瞬間、優美の周りから気配が消えた。優美はいつのまにか公人と沙希の姿が見えなくなったことに気が付き唇をかんだ。
「見守るだけなんて優美はやだな・・。」
 そう呟いて優美は背後を振り返り、再び口を開く。
「一体誰だったんだろう?」
 
 好雄は困っていた。何はともかく可愛い妹の頼みである。
「だが、しかし・・・。」
 好雄の頬をつたった汗があごの先を経て料理の並べられたテーブルの上に落ちた。
 顔を上げると、何かを期待するような優美が目をきらきらさせながら自分の方をみつめている。
 テーブルの上に並べられた料理。まず見た目からして食欲が半減する。とはいっても形は悪くてもおいしい料理というのは存在する。・・ええ存在しますとも。さらに香り。これも香りは悪くともおいしい料理は存在します。・・するったらする。
 しかし、この2つが強烈にタッグを組んだとき不安と言う感情がむくむくと成長するのは仕方のないところだと思う。
「・・味見はしたよね。・・・なんせ公人に食べさせるんだもんな、当然だよね。」
 優美はこめかみの辺りにうっすらと血管を浮き上がらせ、腕組みしながらきっぱりと断言した。
「ちゃんと本を見て作ったんだから大丈夫。」
 口の中でもごもごと呟きながら好雄は箸をのばした。
「どう?」
「もう少し奇をてらわない味付けが好みだな。」
 可愛い妹のためを思ってやわらかい表現を好雄は選んだ。しかし、優美は無情にも口をとがらせる。
「別にお兄ちゃんの好みに合わせたわけじゃないもん。」
 料理に関して全ての人を納得させる味付けは存在しないと思う。しかし、(以下略)
 
「高見先輩!優美、お弁当作ってきました。」
 昼休みになると同時に教室に駆け込んできた優美を見て公人はぎこちなく微笑み、好雄は軽く胸の前で十字をきった。
 誠意と真心、そして勇気。この3つがあれば大抵幸せになれると人は言う。しかし、人に食べさせる前に自分で味見をしないというのはどういう了見なのだろう?・・・少し話が脱線しましたが、公人は今まさにそれらの3つを試される状況にあった。
 子供の頃おままごとで葉っぱや泥を食わされたことを考えれば、少なくともこれは食べ物である。ついでに死んだばーちゃんに食べ物を粗末にしてはいけないと言い残されている。(あまり深く突っ込まないように)
 食うんだ公人!食え!食え!
「クェー!!」
 一口目で公人はこらえきれずに変な叫び声をあげてしまった。昨夜の段階で奇をてらった味付けだった料理は優美の寝不足と過剰な愛情によりさらなる力を身につけていたのであった。
 だが公人もただ者ではなく、一口で心の防波堤を作り上げ平然と残りを平らげる。しかも笑顔。
「虹野先輩のとどっちがおいしいですか?」
「・・・虹野さん。」
 それを聞いて優美の目に涙がじんわりとわいてくる。公人は慌てて優美に対して物は言い様というお手本のような慰めに出た。
「いいかい、優美ちゃん。虹野さんは君より1つ年上なんだから、1年後の優美ちゃんの料理と較べて初めて公平と言えるんだ。だから優美ちゃんは今から練習して、俺はその時を待っているから。」
「はい、優美頑張ります。」
 公人は額の汗を拭いながら心の中で呟いた。
『これで、後1年はこういうこともないだろう・・。』
 ちなみに、この日公人はクラブを休んだ。
 
 指折り数えた5月16日。
 先日優美はまた1つ年をとり、17歳になった。でも早く追いつきたいと思う先輩もまた年をとっていく。永遠に差の詰まらない追いかけっこ。背伸びをすればするほどそれに疲れ、自分の目線に戻ったとき惨めな気持ちになる。
「どうしてすぐに大人にならないんだろ・・。」
 優美はつい思ったことを口に出してしまう。それを聞きとがめたのか公人が独り言のように呟いた。
「子供には戻れないからだよ・・。」
「高見先輩!優美のこと馬鹿にしてるでしょ?」
 公人は静かに首を振る。
「優美ちゃんは小学生の頃楽しんだ遊びを今も楽しめるかい?・・・人はみんなその時の感情を思い出すことができても、二度と感じることはできない生き物かもしれないよ。だったら今できること感じることを一生懸命やるしかないと思うけど・・。」
 優美は曖昧に頷く。納得できないのかそれとも理解できなかったのかはわからない。ただ、公人にそうやって諭される毎に子供扱いされているようで嫌なのだ。
「高見先輩は大人なんですね・・・。」
「そう?俺は自分のこと子供だと思ってるけど・・。別に悪い事じゃないし。」
 突然公人が立ち止まる。遊園地で転んで膝をすりむいた優美をおぶってここまで歩いてきたから疲れたのかもしれない。
「高見先輩・・・おろしてください。」
「足は大丈夫なの?」
 公人が背中の方を振り返りながら尋ねると、優美は顔を隠すようにして首をすくめた。
「元々あんまり痛くなかったから・・ちょっと先輩に甘えたかっただけ・・。」
 公人はため息をついて、優美の太股のあたりを支えていた両手を放す。優美の身体がずるずると滑り落ちるようにして地面に落ちた。
「怒ってますか?」
 地面に座り込んだまま優美が公人の顔をのぞき込む。気のせいか公人の顔が優美の目には老けて見えた。
「いや、・・・怒りを通り越してあきれてる。」
「ごめんなさい・・・。」
 その夜。
「お兄ちゃん・・優美って子供?」
 好雄は口に煎餅をくわえたままぶんぶんと首を横に振った。
「じゃあ、大人?」
 好雄は再び横に振り、煎餅を飲み込んでから口を開いた。
「優美、お前はがきんちょだ。」
 見事なドラゴンスリーパーが好雄の左腕と頭部をロックする。一度きめてしまえば力は必要ないため、優美がぼんやりと遊園地での出来事を思い出しているうちにいつの間にか好雄の抵抗が完全に止んでいた。優美は慌てて好雄の背中に膝をあてて活を入れてからその場を離れていった。
 
「ところで早乙女さんはまだ高見先輩をあきらめてないの?」
「なんであきらめなきゃいけないの?」
 きょとんとした表情で少女に聞き返す。依然仲がいいとはいえないもののそれなりの関係にはなっている少女は着替えの手を止めて優美の顔をみつめる。
「なんでって・・つらくない、そういうのって?・・・みんな適当な相手と適当に遊んでるのに早乙女さんはずっと高見先輩一筋でさ・・。」
「・・・私そういうのって良くわからないから・・。」
 頭をかきながら優美がぽつりと呟くと少女はくすっと笑った。その笑い方がかんに障ったのか、優美がきっと少女を睨みつける。
「何よ・・優美が子供だって言いたいの?」
 少女は首を振りながら寂しげに笑った。
「ううん、そうじゃないわ・・。ただ、そういうのってちょっとうらやましいかなって思っただけ・・。」
 少女は制服に着替え終わるとロッカーをぱたりと閉じた。
「まあ、頑張ってね・・。何でもあきらめたらそれで終わりだしね・・。」
 数日後、その少女はバスケット部を退部した。以前から痛めていた膝が悪化して医者にストップをかけられたからであった・・。
 
「ほら、1年。ぼさっとしない!」
 率先して後輩のまとめ役にまわる優美の姿を目にして、詩織がへえ、という感じで視線をとめた。なかなかどうして、立派に先輩としてやっていけてるようである。インターハイ直前ということもあって、みなが自分の練習で手一杯なのだが良く周りが見えているようだ。ひょっとすると頼る人がいなくなって初めて成長するタイプなのかもしれない、詩織はそう感じた。
 
 今年はきらめき高校のクラブの当たり年といえた。望の率いる水泳部、公人のサッカー部、詩織の女子バスケット部の3つのクラブが全国制覇を果たしたのだから。その中でも接戦を勝ち抜いた詩織達の喜びは他の2つに較べて際立っていたように周りには見えた。 優美は優勝メダルを持って、インターハイ直前に退部した少女の元へと報告しに行き、そしてメダルを手渡した。不思議そうにメダルをみつめる少女に向かって優美は屈託のない笑顔で断言する。
「優美は来年もう一つ貰うから・・。」
 少女は優美につられるようにして笑い出し、メダルを優美に返した。そして翌日、少女はマネージャーとしてクラブに復帰することになる。
 同じ日に詩織は優美を新キャプテンに指名した。
 
「詩織、優美ちゃんがキャプテンになったって本当か?」
 公人に聞かれて詩織は片目をつぶりながらまあね、と頷いた。
「まあ、詩織が指名したんなら大丈夫だろ・・。」
「半分は実力、半分は成長の期待を込めて・・・だけどね。公人君もあまり優美ちゃんをかまわない方がいいわよ・・。あの子すぐ人に頼ろうとするから・・。」
 冷ややかな詩織の視線に公人は肩をすくめる。
「はいはい、鬼キャプテンに従いますよ・・。」
「公人君、女の子は一旦成長し出すと早いわよ。」
 詩織の視線の先にはぎこちないかけ声で部員達の先頭を走っている優美がいた。我が子の成長を眩しげにみつめる母親の表情と軽い嫉妬の感情がないまぜになった複雑な表情を詩織は見せていた。
 一途に誰かを見つめ続ける瞳。それは詩織にはまねのできない事だったからかもしれない。おそらく優美の瞳は自分の隣に座る幼なじみの心を別の誰かが射抜いても曇ることはないだろう・・。詩織はもし自分が幼なじみとつきあい始めたとしても優美の瞳に耐えられないだろうと悟ったときから手を引こうと決意した。そうなると自分にできるのは優美を成長させることだけ・・。
「これでいいのよね・・。」
「何が?」
 詩織は黙って首を振った。
 あきらめてしまえるなら所詮そこまでの恋。優美のそれを恋というならば自分のそれは恋ではなかったのかもしれない・・。
 詩織の瞳が優しい色に包まれていた。
 
 運良くサッカーの道で生きていけることになった公人はあれやこれやで忙しくなり、卒業式ともなると実に2ヶ月ぶりの登校であった。
 何気なく机の中に手を入れると指先に何かが触った。
 短い文章。見覚えのある字。好雄が手紙をひょいとのぞき込んでまじめな顔でこういった。
「お兄さんとよんでもかまわないぞ・・。」
 自称お兄さんに鉄拳をたたき込んだ後、公人は呟いた。
「まあ、ほっとけないよな・・。」
 
 伝説の樹の下に立つ少女。大人になろうとして背伸びをする度に転んでいた少女だけに一旦輝き出すと公人の目にはやけに眩しく映った。
「優美ちゃん?」
 思わず問いかけてしまうほどに以前の記憶とは別人のようである。自信にあふれた心の輝きが外見にも影響しているのかもしれない。
 その輝きがふっと弱まったように見え、優美が話し出す。
「優美の卒業式は1年先だけど・・・まさか1年待ってもらうなんて虫のいい話ですもんね・・。」
 少し困ったような表情の笑顔。
「本当はもっと大人になった優美のことみて欲しい。でも、今しか言えないから・・。今できることしかできないから。」
 少しずつ小さくなっていく言葉。公人はこの時初めて目の前の少女をいとおしいと感じた。妹としてではなく・・。
「だから、勇気を出して言います。」
 真っ直ぐな瞳が公人の瞳をみつめている。視線を逸らすことを許さない瞳。
「優美は・・」
 春先に多い急な突風。ポニーテールの髪が激しく揺れる。
「高見先輩のことが・・」
 ざわざわと騒ぎ始める梢の音に負けない声。
「大好きですっ!!」
 公人は優美の心臓の鼓動を耳にしたように感じて、静かに優美を抱き寄せた。微かに震えていた優美の身体が定位置に収まったように公人の胸の中で震えを止める。
 突風が過ぎ去ると一転してやわらかな風が2人のそばを吹き抜け始めた。暦の上での春だというのにその風は春の香りを運んできたように2人には思われた。
 
 
 

 ファンの人すいません。正直言ってきつかったです。(笑)なんというか、幸せにしたくないという感情と、そういうわけにもいかんという感情がせめぎ合って・・・。
 何とか形になりましたよね?ねっ?(涙目)何せ一回しかクリアしてないので記憶があやふやだし、人数増やしたくないのに強制的に登場するし・・・。あまり良い感情を持ってません。とりあえず成長をテーマに持ってきましたが、そのままの優美が好きという方には憤懣やるかたなしといった話でしょう。とりあえずラストに向かっての流れはそれなりに書けたかなとは思うのですが・・・。
 ストレスは全て好雄にぶつけたせいでなかなかあれですが、やつには地獄すら生ぬるいと思ってますんで仕方のないところかと・・・。私の知り合いなんかその存在を記憶から抹消しましたし・・。(え?優美は一人っ子だよ。という同人誌)
 なんというか本当に書き上げたという実感のわいた文章です。
 解釈は個人に任せます。
 しかし、このゲームのインターハイってどうして冬なんだろ?

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