幼い結奈の目の前で、これまで築き上げてきた価値観が崩壊するような光景が展開されていた。
 無様に力尽きるウルトラマン……そして勝利の咆哮をあげるバルタン星人の姿。
 意識が空白に陥った数秒後、この光景を理解した少女の中で何かが弾けた。
 ウルトラマンは弱かったから負けたのだと悟ったのである。
 紐緒結奈、5歳の春であった。
 
 きらめき高校第二科学部……(比較的)優秀な才能のみが結集された少数精鋭の部が発足して早一年が過ぎていた。
 結奈が中学時代に取得した特許からはいる資金を元に、日夜、世界征服の基礎となるマッドな研究に余念がない。
 もちろんのこと部員は全員結奈に心酔しきっている……洗脳も含めてだが。(笑)
 しかし、結奈は現状に満足していなかった。
 彼女からみれば、部員達のほとんどが下っ端戦闘員よりましというレベルの能力にすぎないのだから。
 既に結奈も16歳。
 世界征服を一代で押し進めるのならば、そろそろ組織の中枢を任せられる自分の右腕とも言えるべき人材を確保しなければいけないはずである。
 だが切れ者の結奈を補佐するとなると、頭脳が明晰で幅広い知識を有していることはもちろんのこと、多方面でも優れた能力が必要となってくる。
 そんなパーフェクト超人のような人材が、そうそういるわけは……
 
 いた。
 
 即断即決。
 それが結奈の生き方であり、誰にも邪魔はさせない筈だった。
「……むう。」
 第二科学部の部室から悠々と去っていく高見公人の後ろ姿を見つめながら、結奈は腕組みした。
 かの人材は拉致・監禁・洗脳のスペシャルディナーはあんまり好みではなかったらしい。部室に連れ込んだところで麻酔が切れてしまった所を見ると、どうやら生まれつき薬に対しての抵抗力が備わっていると思われた。
「逸材だわ……。」
 少年が油断していると思い、すぐさま二度目の拉致・監禁・洗脳のおもてなしを敢行するも、またもや失敗に終わった。
 元々、自分の右腕にと結奈が望むほどの人材である。部員達が束になってかかってもどうこうできるわけがなかった。
 結奈は、少年を引き入れるために新たな作戦を考えなければならなかった。だが、これといった上手い手だてを考えつかぬまま時を過ごしていたそんなある日のことである。
「むっ、高見公人。」
 廊下の片隅に、公人とおそらくは同級生である少女の姿を認め、結奈は慌てて身を隠した。
 指向性の集音マイクを使い、情報収集にかかる。
 過度の期待は禁物だが、これで何か少年の弱みでもつかめれば……
「ねえ、公人君。今度の休みにちょっと買い物につき合って欲しいんだけど?」
「んー、その日ちょっと用事があるんだよな……。」
「もう、幼なじみの頼み事ぐらい聞いてくれたっていいじゃない。」
「……わかったよ。今度の休みだな…。」
 結奈はほう、と息を吐くような声を漏らした。
 しばらく顎先に指先をあてて考え込み、ぽつりと呟く。
「頼む……そう言えば頼んでみたことはなかったわね。」
 考えてみれば自分の右腕に…という人材である。結奈自らが頭を下げるということは、決してオーバーなこととも思えない。
 結奈は、少し自分の頭の中で想像してみた。
「ねえ、高見君。ちょっと世界征服したいんだけどつき合ってくれないかしら?」
「んー、ちょっと別の用事があるんだよな……。」
「私の頼みが聞けないって言うの?」
「わかったよ……。で、いつ決行するんだい?」
 …………。
「ちょっと違うような気がするわね。」
 結奈は軽く頭を振った。
 先ほど少年を動かしたのは『幼なじみの頼み事』という言葉だったような気がする。義理堅いのかも知れない。
 それに引き替え、公人と結奈の間にはこれといった関係は存在しない。
「拉致って、記憶のすり替えを……ってそれが出来ないから困ってるのよ。」
 廊下で地団駄を踏みながらぶつぶつと呟く結奈を、誰もが距離をおいて通り過ぎていく。
「頼み事を聞いてくれるような関係……同級生、友人……」
 結奈の頭の中に、次々と語句が浮かんでは消えていく。
「……恋人。」
 その言葉が自分の唇から出てきた瞬間、結奈は身体を硬くした。
 気持ちを落ち着かせるのに数秒間を必要とした。
「そ、そうね……裏切られないためにはそのぐらいの関係も必要かもしれないわね。」
 紐緒結奈、目的のためには手段を選ばない少女である。
 
 ついぞこれまで立ち寄ることの無かった本屋の一角で、鬼のような速度で結奈はページをめくっていた。
「ふん……どれもこれもくだらない。」
 そう吐き捨て、読んでいた雑誌を棚に戻した。
 そこにはいわゆる、ハイ・ティーン向けの雑誌が並んでいた。いろいろ回りくどいコトが書かれていたが、結奈が要約すると一言ですむ。
 どんな恋になるかはあなた次第。
「何の参考にもならないわね……」
 と毒づいてから、はたと気が付いた。
「……よく考えてみると、フリだけでいいのよねフリだけで。」
 結奈は本屋を出て、はっきりしない空模様を見上げながら街を歩いていく。はっきり言って今まで恋などしたこともない。結奈が欲しいのは、あくまで世界征服のパートナーである。
「でも、私に騙されるような無能なら……同じ手で引き抜かれると言うこともあり得るわけだし……?」
 結奈は、前方に公人と少女の2人連れを見かけて慌てて物陰に隠れた。
「なんか、最近隠れてばっかりの様な気がするわね……」
 ぶつぶつと呟きながら、2人を観察する。
 この前の幼なじみとは違う少女と、親しげに手をつないでいる公人。その姿を見ているとふつふつと怒りがわいてきた。
「……言った側からたぶらかされるとは…」
 結奈ちゃん、それはちょっと走りすぎ。
 などというツッコミが入るわけもなく、結奈はこれからの計画を明晰すぎる頭脳で描き続けていた。
 
「まずは、高見公人に対する悪い噂を流しまくるのよ!」
「ラジャー!」
 方々に散っていく第二科学部の部員達の背中を見送りながら、結奈は安堵のため息をついた。
「まずは孤立して貰うわ……」
 
 そして二時間後。
 ぼろぼろになった部員達を引きずって、第二科学部の部室に公人がやってきた。
「……やるじゃない。」
「紐緒さんほどじゃないけど。」
 背筋がゾクゾクとする感覚を覚える。
「まあ、このぐらいのことでどうにかなるとは思ってなかったけど……ま、お茶でも。」
 と、結奈は椅子をひいてやり、公人の目の前に湯飲みを置いた。
 すると公人は、自分の前に置かれた湯飲みの中身を窓際の水槽に一滴垂らす。
 たちまち背泳ぎを始める金魚達。
 僅かな間をおいて、公人と結奈はお互いの顔をみつめてにっこりと微笑みあった。一見初々しい高校生カップルと言えなくもないだろう。
 ぴくりとも動かなくなった金魚を眺めながら、公人はお茶をぐっと飲み干して机の上に湯飲みを置いた。
 薬物は効かないよ、とでも言いたげな公人の態度に結奈は頬を赤らめる。
 公人が座っていた椅子から、突然身体を拘束するかのように革ベルトが飛び出す。しかし、身体のどこか隠し持っていたメスで、顔色ひとつ変えずにベルトを切断する公人。
「……さすがね。」
「おかげさまで。」
 にっこりと微笑み合う2人。
 結奈は、立ち上がりながら言った。
「ちょっとつき合ってくれるかしら?」
「どこへ?」
「どこまでも……」
「そいつは…ちょっと恐いな。」
 部室の温度が、じわり、と上昇していく様な感覚。
「じゃあ、今度の日曜日に遊園地なら…?」
「いいね、スリルに満ちた休みが過ごせそうだ…。」
 
「ふふふ、地を這いつくばる愚民どもめ…」
「……精々20m程の高さで何をいってんだか……」
「うるさいわね!高いところから下を見下ろしてこういわなきゃいけないのよ!」
「だあっ!暴れたら危ないってば、紐緒さん!」
 2人のいる場所は、もちろん遊園地の観覧車の中である。
 そして観覧車を降りて、係員から説教を食らうこと20分。
「くっ…こんな屈辱を受けるなんて……」
「紐緒さんは、頭はいいけど常識なさ過ぎ。」
 呆れたような公人の呟きにいちいち反応して、結奈は人差し指を突きつけるようにして詰め寄った。
「常識なんてのは、征服者が作るものなのよ!私には必要ないわ。」
「そうかなあ……」
 公人は顎に手をやり、横目でちらりと結奈の顔を見た。
「大衆を扇動するためには、大衆が何を求めているかを知る必要があるんじゃないかな?……それとも、権力や大義名分もない状態で、いきなり力による恐怖支配が達成できるとでも?」
「……む。」
 公人は、わざとらしく首を振って肩をすくめた。
「いや、まさかね。紐緒さんともあろう人が、そんな杜撰な世界征服計画をたてるわけないしね……」
「と、ととと当然じゃない。」
 結奈は顔を真っ赤にしてその意見に同意した。
「今大衆が何を望んでいるか!それはもちろん重要だわ。でも、まだその状況にないだけよ。」
「……じゃあ、いい機会だからいろいろ体験しとこうね。」
「え、ちょ、ちょっと……」
 自分を引っ張る手を振りほどこうとしたが、悲しいかな少女の力である。それが出来ない。
 そして夕方。
 結奈は疲れていた。
「紐緒さん、どうだった?」
「そ、そうね……なかなかためになったわ。」
「じゃあ、来週も社会勉強するから予習しとくように、じゃっ!」
 しゅたっ、と片手をあげて去っていく公人。
「……なんで、この私が家の近くまで送り届けられているのかしら……?」
 その結奈の問いかけに応える者はいなかった。
 それでも、ただ何となく自分が体よくあしらわれたことだけは理解できたのだろう。結奈は、ぎゅっと手を握りしめて空を見上げた。
「……来週は、あなたの好きにはさせないわ。」
 目的のためにはあまり手段を選ばない少女、紐緒結奈。今彼女は、手段に夢中になって目的を見失いつつあることに気づいていなかった。
 
「ふふ、ボーリングだと動きやすい服装の方がいいわね……」
 自室の姿見の前で、結奈は公人とのデートに着ていく服装を考えていた。
 あれから2年弱が過ぎた。
 卒業式を間近に控えているため、高校生としてのデートはこれが最後になるだろう。
「ふふ、もう常識がないなんて言わせな……?」
 結奈の動きが止まり、軽くこめかみのあたりに手をあてた。
 何かを思い出しそうに…と言うか、何か忘れているような気分になったのである。
 そのままの姿勢で、約20秒。
「なっ、なんてことっ!」
 結奈は慌てて手にしていた服を床に投げ捨てた。
 そして、がっくりと膝を折って床に倒れ込む。
「やられたわ……高見公人は私をだしにして組織を乗っ取るつもりだったのね……」
 何故か胸が痛んだ。
 頭のどこかで、その考えは間違っているという声がする。しかし、その感情を無理矢理心の奥に押しやって、結奈は顔を上げた。
 あの少年は敵。
 そう思わねばならなかった。
 つまるところ自分の右腕にと望んだあの少年こそが、自分にとっての最大の障害になる可能性を秘めていた。
 それは能力ももちろんだが、結奈の精神にとってもである。
 結奈がここまでこれたのは、世界征服のための力を欲したからであった。もし、ここで力以上に欲しい物が出来たとき、結奈のこれまでの生き方が覆る。
「彼1人に勝てなくて何の世界征服……ましてや、何のための科学か…」
 頬が濡れていた。
 流れていく温かい液体……
 結奈は涙を拭おうともせずに、さらに多くの涙を流そうとした。
 温かい涙……身体の中から温かさを全部流しきって、自分は氷になるのだ、と。
 
 そして卒業式の前日がやってきた。
 春を目前に控えたはずのこの日、きらめき市一帯は真冬に後戻りしたような寒気に包まれていた。
 時折、うねるような風が砂埃を舞いあげていく。
 その砂埃の向こうに、人影が見えた。
 普段誰も来ない様な場所であるだけに、その人物が結奈の待ち人であることは間違いない。
「……良く来たわね。」
 簡潔な文章から、結奈の決意が固いことを読みとったのだろう。公人は黙ったまま結奈の方を見つめ返すだけだった。
 強い風が埃を舞上げたが、お互いに身じろぎさえしない。
「……やり合う理由は?」
「私の意志に従わないものは消すのみ。それが強ければ強いものほど。」
 ピンと張りつめた結奈の言葉は、強風の中、公人の耳まで無事届いたようだった。
「いつ始めようか…?」
「もう始まってるわ……」
 いっさいの反論は許さない。そのつもりの口調。
 結奈は、音なき声を叫びながら右手を天にかざした。白衣の裾が重力に逆らうようにして舞い上がる。
「……さようなら。」
 結奈の指先が、公人に向かって振り下ろされた。
「……っ?」
 天から地上に向かって一直線に降り注ぐ光のシャワーが、一瞬公人の身体を包み込む。
 それに遅れて耳をつんざくような爆音と共に、大気がびりびりと音をたてて震える。もうもうと舞い上がる土煙の中に蠢く黒い影を認めた瞬間、結奈は叫んだ。
「ロボ!行きなさい!」
 結奈の号令を合図に、真世界征服ロボが持てる火力の全てをその中に叩き込み始めた。それと平行して、結奈は再び天に向かって右手を突き出す。
 再び降り注ぐ光のシャワーと、世界征服ロボによる攻撃で視界は最悪レベルにまで落ち込んだ。だが、結奈は一切攻撃の手を緩めようとはしなかった。
「……。」
 やがて、全ての攻撃を使い切ったコトを知り、結奈の右腕がだらりと力無く下がった。
 そして、地上に穿たれた巨大なクレーターを、泣きそうな表情で見下ろす。
 止まった時間が動き出したかのように再び風が吹く。
 晴れていく視界の中に蠢く影を見て、結奈の表情が泣き笑いに近くなった。
「……もうやめにしよう。」
 すすと埃にまみれた右手をそっと伸ばす公人。
 結奈はゆっくりと首を横に振った。
「言ったはずよ、私の意志に逆らうモノは消すのみ、と。」
 自分の頬を何かが流れていく……結奈は、冬の終わりを感じた。
 春が来れば、氷は溶けるしかない……
 結奈の本当の意志に逆らうモノ。
 彼女の消したかったモノ。
「……行くよ。」
 公人の言葉に、結奈は頷いた。
 結奈の脇を駆け抜けていく公人。その一瞬後、真・世界征服ロボの最後を結奈は背中で悟った。
「……これで、終わったのね…」
 見上げると雪。
 天は一体、何の名残を惜しむのか……。
 
 3月とはいえまだ風は冷たい。
 結奈の指先が、いつも着ている白衣を無意識に探る。
「……と、白衣はもうないのよね……」
 昨日の戦いで、白衣は捨てた。戦って負けた以上、人は何かを失う……結奈にとって当たり前すぎる理論だ。
 甲高く、美しい泣き声を耳にして結奈は顔を上げた。
 空の高いところで雲雀が鳴いている。
「……高い空ね。」
 自分に何かを納得させるように呟いて、結奈は校舎の方に視線を向けた。
「……今度の戦いは、決してあきらめないわ。」
 結奈は柔らかく微笑み、その人物がやってくるのを待っていた……
 
 
                完
 
 
 これは、昔某雑誌に応募した作品の改訂版ですな・・。
 やはり、ヒーローは孤独でなければいけないと思う。(笑)いつから地域住民の顔色を窺いながら、また地域住民に愛されるヒーローが幅を利かせるようになったのか?
 自らが命をかけて救った住民に石を投げられ去っていく主人公に駆け寄ろうとする1人の子供。そういう美しい構図はもう企画にのぼらないんでしょうか?
 主人公をただ応援し、何もしようとしない。そんな情けない住人を何故助けなければいけないのか?という心の葛藤すら演出してくれません。そんなんやから熱い主題歌がきえていくんやあー。(笑)
 とまあ、おたく話はおいといて紐緒さん。美人系で、癖のある性格設定ということでずいぶん根強いファンがついているようです。私が魂を捧げた如月党は某コナミの切り崩しにあってずいぶん数を減らしたようですが、逆境にあってこそ理想はその純度を高めていくようでしてなかなか素晴らしい人たちが集っているようです。
 ・・・何を話したかったのか忘れてしまいました。(笑)
 しかし、珍しくそんまんまな話です。楽しんでいただけますでしょうか?
 
 書き直し……本来は紐緒さんの感情の揺れをきっちり書き上げないといけないのでしょうが、それはまた別のお話、別の機会に語ることに…。(笑)
 しかし、書き直しってつらいなあ……人間の屈辱の半分は経験できそうですし。 

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