子供の頃に観たスポ根ドラマのヒーローにあこがれ、自分もそうなりたかった。でも、中学の3年間で自分にその資格がないことを悟り、私はそうなれそうな人の手助けにまわることにした。
エゴかもしれないけど、その可能性がある人はあきらめなければいけなかった人の分まで頑張らなきゃいけないと思う。そして私はその瞬間を見届けるのだ・・。
沙希はため息と共に机の上に身体を投げ出した。
「どこかに根性のある人っていないのかしら・・?」
マネージャーになったはいいものの、自分の夢を叶えてくれそうな人がいないことに沙希はがっかりしていた。
机を挟んで彩子が不思議そうに呟く。
「根性?・・・・ちょっと違うかもしれないけれど高見君って知ってる?」
彩子の話によると、幼なじみを追いかけて担任には絶対に無理と言われたこの高校に合格をはたし、その幼なじみにはどんなに冷たくされてもあきらめようとしない不屈の闘志を持った少年らしい。
「ふむ、磨けば光る逸材かもしれないわね・・。」
あきらめない。いい言葉である。沙希はこの言葉が大好きであったし、作者が大好きなMMRもよく使う言葉である。(笑)
沙希はしばらく公人を観察し、確信と共に公人の前に姿を現した。
「高見君、あなたには根性があるわ。さあ、私と一緒に国立競技場を目指しましょう。」
びしっ。
雲1つ無い青空に何かが見えているのか沙希の指先はある一点から微動だにしない。何とも言えない迫力は、そこらをうろつく犬でさえついそこを目指してしまいそうである。
「そんな暇はないっ!」
きっぱりと言い切った公人に向かって沙希は微笑んだ。
・・・このぐらいの迫力に飲まれるようではこの私の眼鏡違いというものよね・・。
沙希の口元がついゆるんでしまう。
「・・・高見君、あなたは幼なじみの藤崎さんに恋してるわね?」
びしいっ。
沙希の指先が公人の胸のあたりに向けられた。公人は初めて動揺を顔に表した。沙希は公人の耳に口をよせて囁き出す。
「想像してみるのよ・・。大歓声に揺れる競技場の中で踊るようにプレイする1人の選手。その選手は高見君。あなたの動きに観衆全てが酔いしれている。勝利の合図と共に観客席から飛び出す1人の少女。頬は軽く上気して、あなたの元に駆け寄ってくる。あなたの胸に飛び込む少女。やがて潤んだ瞳であなたを見上げる顔は藤崎さん・・。どう?」
小刻みに公人の身体が震え出す。
「そ・そんな夢みたいな事・・。」
かすれた声で反論する公人に沙希はなおも囁き続ける。
「夢は昼にみるものよ・・それにあなたならできるわ・・。きっとできる。」
公人は徐々に洗脳されつつある自分を感じていた。しかし、それは麻薬にも似た甘美なしびれをともない公人の心を掴んで放そうとしない。
「・・・今のままじゃ藤崎さんは振り向いてくれないわよ。」
このささやきが決定打となった。
その日の放課後からグラウンドで汗を流す公人の姿が確認されるようになったそうな。
公人自身に隠れた能力があったのか、それとも愛情故の執念なのか全くの素人であったはずの公人はめきめきと頭角を現しつつあった。
公人の思考と行動のあまりのシンプルさに沙希は満足そうに頷きながらマネージャー業務をてきぱきとこなしていく毎日が続いていた。ともすれば倒れるまで練習を続けようとする公人を休ませるために、沙希が度々休みの日に公人を遊びに誘うようになったのも自然な流れであろう。
「ラスト5分です!」
紅白戦をおこなっているグランドに声をかけると、タオルや冷やした水をいれたペットボトルをクーラーボックスから取り出していく。もっとマネージャーの人数が多ければ、常に冷やした水をグランド脇に用意できるのだけれども・・そう思って沙希はため息をついた。
水は水分補給だけではなく身体を冷やすためにも使われる。特にこういう夏場には水は必要不可欠である。
陽差しを浴びてお湯のようになったペットボトルを沙希は回収していく。身体にかぶる水は水道の水をそのままいれたペットボトル、飲むための冷たい水は一度沸騰させたものに氷を混ぜて水筒にいれてある。
ただ、沙希のその献身的なマーネージャー精神の恩恵を受けるのにふさわしい人間が数多くいるとは思えないのだが・・・。
ベンチ脇でだらしなく上半身はだかになって暑さにうだっているような部員達は、先程の紅白戦の問題点を論じあうでもなくただだべっているだけとしか思えない。こういう輩に限って俺も昔は・・なんて酒を片手に語り出すに違いない。
そんな中で黙々と練習を続ける公人がチームから浮き上がるのは当然といえば当然のことであった。
その後の秋の予選では、敗戦後へらへらと笑いながら帰り支度をする部員達に殴りかかろうとした公人を沙希が必死になって押しとどめる一幕があった。
「私が高見君をサッカー部に誘ったのって間違ってたかな・・?」
公人と沙希の2人だけが残されたベンチで沙希がそう呟いた。公人は何も言わずに沙希の頭にぽんぽんと手を置いてそのまま1人で帰っていった。
公人の報われぬ努力は晴れの日も雨の日も風の日も雪の日も続いた。沙希もそれをずっと眺め続けてきた。いつの間にか2人は3年生になっていた。
「高見君、さっきのプレイだけどパスした方が良かったんじゃないかしら?」
「・・・・俺がこの部で信頼してるのは虹野さんだけだよ・・。」
これまでずっと1人で戦い続けてきたのだ。プレイスタイルは変えられても自分の目標を他人にゆだねることなどまっぴらという考えに支配されても仕方のないところかもしれない。
沙希も公人の気持ちを思うとそれ以上は強く言えなくなってしまう。そんな沙希の表情に気が付いたのだろう。公人はにこっと笑った。
「・・・わかってるよ。虹野さんのためにも必要があるならパスするさ。・・・ただし、俺は可能性の高い方を選択するよ。」
おそらくこれ以上の譲歩は得られまい。沙希はそれに答えるようににっこりと笑った。
「今年が最後のチャンスなのね・・。」
「国立か・・。」
国立陸上競技場。言わずとしれた冬の選手権で全国大会準決勝から使われる競技場である。つまり、全国ベスト4進出が条件になる。公人の場合サッカーを続けるとしたらこれからも機会はあるかもしれないが、沙希にとっては本当にこれが最後の機会になる。
2人とも当初の目的を忘れているようだが、一度サッカーに携わったものにとっては国立競技場は憧れて止まない魅力がある。野球で言えば甲子園、同人で言えばコミケみたいなものである。(笑)
「・・・そういえば最近藤崎さんとはどう?」
沙希がちらりと片目だけを開いて公人の方を盗み見た。
「・・・・友達の美樹原さんを紹介してくれたよ・・。」
無表情でそう呟く公人がやけに哀れに思えて、沙希は心の中で涙を流した。これだけの努力を続ける幼なじみに対して鬼のような仕打ちと言えよう。ただ、公人の努力の大きさを思うたびに沙希の心の中には小さな痛みがきざまれていくようになっていた。沙希自身が気が付かないほどの小さな小さな痛みではあったが・・。
努力した分だけ報われるなどと考えるのは日本人の悪い癖であるが、少なくとも何かに付け成功を収めているものはみな努力していることは事実である。
ゆっくりと、しかし確実に時は刻み続け季節は秋へと移り変わりつつあった。
相手チームの戦略はいつも簡潔にして最も有効でありまたシビアなものであった。
高見をつぶせ。
それだけである。
トリプルチーム(3人1組)、相手によっては4人がかりで公人を封じ込め、時には削る。(反則ぎりぎり、もしくは反則で足を文字通り削ること)公人1人に対して3人・4人のマーカーがつくことによる数的優位をうまく生かすだけの技術がないので常に苦戦が強いられた。ただ、それらは予想されたことなので公人は相手の反則を巧みに誘うことでこれに対抗した。こうしたセットプレイからの得点できら高は順調に勝ち進んでいった。
多少の運動性を犠牲にしてテーピングとガードで足首周りを保護しているものの、勝ち進むに連れて公人の足はぼろぼろになっていく。衝撃が膝までぬけるので膝のサポーターも使用しながら弱音を吐こうとしない公人の姿は沙希にとって好ましい姿の筈なのだが、沙希が公人に向ける視線には複雑なものが含まれていた。
全国大会出場を決めた瞬間公人は芝の上に座り込んだ。喜びにわくスタンドや部員達をぐるりと見渡す。みんなが喜びを露わにしている中で1人、寂しげに自分をみつめる沙希の姿が公人の印象に残ると共に公人の心に小さな痛みを刻んだ。
公人は立ち上がるのに沙希の肩を借りた。
「虹野さん・・嬉しくないの?」
「もちろん嬉しいわよ・・・どうしてそんなこと聞くの?」
「・・・だって虹野さん笑わないから・・。」
「・・・高見君も笑ってないじゃない。」
それきり2人の間には奇妙な沈黙がおりた。その後はチームメイトにもみくちゃにされることで話す機会もないまま祝勝会になだれ込んだ。
「・・・虹野さん、何か元気ないですね?」
「ああ、未緒ちゃん。何か最近の私変なの・・。」
珍しく覇気のない沙希の姿に、未緒は少々戸惑いながら沙希の向かい合わせに腰をおろした。沙希は誰が相手でも良かったのか、淡々と喋りだした。子供の頃の話、高校生になってマネージャーを選んでこれまでにあったこと・・・。
「一歩一歩目標に近づいてるのにどうしてこんな嫌な気分になるんだろう?」
沙希はそう言って顔を上げた。沙希の視線の先には微笑んだ未緒の顔がある。
「多分、虹野さんはヒーローじゃなくてヒロインになりたかったんだと思います。」
「ヒロイン?」
「だから、自分以外の人のために頑張る誰かさんを見るのが嫌になったんじゃないですか?」
未緒はそう言って立ち上がった。
沙希は俯いたまま未緒の後ろ姿を見送ることもなく何かを考えていた。そして、その口元は何かを呟き続けている。
今日は練習が休みのサッカー部の中で1人、公人だけが障害物を置いてセットプレイの練習を繰り返している。その姿を眺めながら沙希は公人を勧誘したときの言葉を思い出した。
『勝利の合図と共に観客席から飛び出す1人の少女。頬を軽く上気させながら、あなたの元に駆け寄ってくる。あなたの胸に飛び込む少女。やがて潤んだ瞳であなたを見上げる顔は・・。』
自分がそんな風に扱われたかったのだろうか?それを望んでいたとしたら、それにふさわしいと思った相手が高見君なんだろうか?
夕陽による影が沙希の後ろに長く長く伸びていた。
「高見君、テーピングは?」
「今日はいらない。」
ワンマンチームとか、総合力評価で下位ランクを貰ったりしたものの、勝つことで全てを沈黙させてきた戦いも今日が最後。
公人は指の先で沙希の額をちょんとつついた。
「ちゃんと見ててね。」
つまり、少しでも運動性を犠牲にしたくないということだろうか?
サポーターすら付けていない公人の後ろ姿を見送りながら沙希はそう思った。
前後半40分ずつの80分。単純に半分ずつにわけてもチーム全体で40分。一人あたり4分弱しかボールには触れられないことになる。パスを重視するプレイスタイルだとなおのこと短くなり、フォワードは一試合でボールに触るのは10回前後という例もある。
その短い時間で観客を魅了することができるのだろうか?
記憶の中ではなく今現在のプレイで観客を引き込むことは非常に困難である。しかし、その困難に敢えて挑もうとした人間が惨めな結果に終わる中で、ふと神様が気を抜いた瞬間とでも言うのだろうかそれを可能にできる瞬間がある。
公人はそんな瞬間を無理矢理たぐり寄せた。
ゴール・トゥ・ゴール。
キーパーまで軽やかに抜き去って茶目っ気たっぷりにヒールでちょこんと押し込む。
試合結果は忘れられてもこの偉業は伝説として残るであろう。
試合が終わって観客席に近づいた公人に声援が飛ぶ。沙希もまた必死になって声をかけた。
ふと自分に向かって公人の両手が差し出された。沙希の目に公人の大きな胸が映った。
ほら、何してんの?と周りの人が沙希の背中を叩いたことでやっと踏ん切りがついて沙希は公人の腕の中に飛び込んでいった。
観客席からのはやし立てるような声援の中沙希と公人は顔を真っ赤にして抱き合っていた。
みんなの前で恋人宣言したようなあの日から2ヶ月。
沙希は未だに実感のわかない感情を納得させるために短い手紙を持って廊下を歩いていた。辺りを見渡してその手紙を机の中に投げ込む。
心の準備さえできていなかったあの日とは違う。くすぐったいような感覚。
「さて、根性出して待ちますか・・。」
沙希は大きく頷いて伝説の樹の下へと駆け出した。
完
なぜ、虹野さんの話を書こうとするとスポーツおたくな文章になってしまうのだろうか?(笑)なんかひきまくるみなさんの表情が目に見えるようでげんなりです。
私自身、部活に命を捧げた・・・本当に捧げそうになったこともありましたが、マネージャーの存在。女の子がいるとやる気がでるとかいろんな意見があるでしょうが、個人的に仕事のできないマネージャーは邪魔以外の何者でもありません。というか、そういう雰囲気の部活に籍を置いてたので、実際監督が邪魔だから辞めさせたマネージャーも十数人も見てきました。もし、彼女たちが全員止めてなかったら部員よりマネージャーの方が多くなったかもしれません。(笑)高校の時の話ですけどね・・。僕の学年は最終的に部員が9人しか残りませんでした。極端な話、部員が増えれば増えるほど一人あたりの練習量は減っていきチームとしては弱体化していきます。僕らの2つ下の学年が50人以上になってからどんどん弱くなっていきました。(一人あたりの練習量が減ってあんまり辞めなかったらしい。)
さて、じゃあ仕事のできるマネージャーは?と聞かれると首をひねるしかありません。野球の時はそういう人に出会ったことがないのです。(笑)はっきり言って邪魔でした。 大学で陸上部に入り、今度は何せ初めてなもんで有能かどうかわからないことと、どうも細かな事務関係の仕事が多かったようで今思うとかなり有能な人材がそろっていたようです。私は練習ばっかりだったから、必要なこと以外話したことがない。(笑)
そういうわけで、マネージャに対するあこがれなんてものは無いです。
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