「子供の頃…」
未緒の口元から白霧と共にこぼれる言葉…公人はそれに耳を傾けた。
「誕生日の前日は、こう…なんかドキドキしてなかなか眠ることが出来なかったんです」
そう言って、未緒は公人にちょっと微笑みかけ…たのだが、公人は少し困ったような表情を浮かべる。
「ふうん…俺は、誕生日を祝ってもらったりすることが無かったからなあ」
そして、ちょっと遠くを見るような眼差しで空を見上げる公人。
「だから、誕生日が楽しみ…っていうのはちょっと無縁だったかな」
「あ、いえ…そうではなくて…」
未緒もまた、さっき公人が浮かべたのと同じような表情を浮かべ、言葉を継ぎ足す。
「なんというか…誕生日の朝、目覚めてみたら自分が新しく生まれ変わっているんじゃないか…そんな期待があった…という意味なんですが」
空を見上げていた公人の視線が未緒へ…いつもの、優しく包み込むような視線ではなく、何かを射抜くような、はっと胸を衝かれるような表情を浮かべて。
「え…わ、私…何か…変なこと言いましたか?」
「如月さんは…」
「…はい?」
未緒の返事から一拍おいて。
「あんまり、自分のことが好きじゃなかったの?」
「…ぁ」
公人の視線から顔をそむけ、未緒は自分の胸にちょっと手をあてた。
「そう…かも…いえ、そうですね、きっとそうです…」
何かを納得したように小さくうなずくと、未緒は公人の方に視線を戻した。自分の言葉が未緒を傷つけてしまったのではないか…そんな表情を浮かべている公人に向かって、心配ないですよ、というように微笑みながら。
「今は、そんなことないですし」
「…ごめん、変なこと言って」
そう言って、公人は再び視線を空に転じた。
昨日の雪が、周囲の雪景色が、ウソのように晴れ上がった冬の空。
そんな空とは裏腹に、公人が心の中で自分を責め続けているのがわかった未緒は…多少の意地悪な気分を込めつつ口を開いた。
「高見さんは、嫌いでしたか?」
「え?」
「自分のこと」
「……うん、嫌いだった。大嫌いだった」
空を見上げたまま…公人はぽつりぽつりとつぶやく。
「何で自分はこうなんだろうって、いつも思ってた…」
雪雲から吐き出される白い雪…公人の言葉はそれに似ていて。
公が今の高校に入学した経緯、そして高校に入学してからの努力…公人自身がそれを語ったことは無かったが、未緒はそれらをおせっかいな情報通の友人によってほぼ知っていた。
「今は…どうなんですか?」
「よくわからない…」
大きなため息とともに、公人は空に向かって呟いた。
「勉強とかスポーツとか…それらは結果に過ぎなくて、本当は、今もあの時のままなんじゃないかって思う時があるよ」
「そうですか…」
未緒はそっと目を閉じる。
「私は…子供の頃はもちろん、中学時代の高見さんも知りませんけど…」
「……」
「高見さんが以前と同じかどうかわかりませんけど…私は高見さんが…」
かすかな逡巡。
「…嫌いじゃありませんよ」
かああっと、頬が熱くなっていく。
ちょっとつっけんどんな言い方になってしまったかもしれないけど、それを素直に言葉にするのはさすがに躊躇われて。
未緒は足元の雪をすくい、熱くなった頬に押し当てた。
ひんやりとした感触がとても快い。
ふっと、公人の方に視線を向けると……何故か公人も同じように頬に雪を押し当てていて…それはひょっとして、などと考えると、未緒が頬に押し当てた雪の解ける速度が上がっていく。
二人して、頬に雪を押し当てた不思議な体勢のまま時間が過ぎ…やがて、沈黙に耐えかねたように、公人がぽつりと呟いた。
「えっと、誕生日おめでとう…」
そして、そっぽを向くようにして、コートのポケットから取り出した小さな包みを未緒に向かって差し出してくる。
「あ、ありがとうございます…」
深々と頭を下げ、それを受け取る未緒の耳に、うめくような公人の呟きが聞こえてくる。
「…なんで…もっと、自然に渡せないんだ俺は…」
未緒ははじかれたように顔を上げ…自分の独り言に気づいていない公人の顔をじっと見つめ……そして、幸せそうに微笑んでもう一度、感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます、高見さん」
完
ワードって、使いづれえ…。
まあ、一太郎がインストールされてる漫画喫茶なんぞ見たこと無いですが。